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7夜中の襲撃

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 リュクスくんに拾われて以来、私の毎日はとってものどかだ。

 朝はリュクスくんと同じベッドで目覚め。
 毎食リュクスくんの足元でご飯を食べて。
 夕方までリュクスくんと遊んで、一緒にお風呂に入って眠りにつく。

 お勉強の時間だけは気が散ってしまうからと別室で、マリーさんと二人でのんびりして過ごすけれど、ほぼ二十四時間彼と一緒だ。 

 仕事をしなくていい。
 いつでもどこでも寝ていい。
 家事もしなくていい。
 前世の過労死するほど働きづめだった毎日とは比較できないほどまったりした生活は、うっかりこのままでもいいかも、なんて度々思ってしまうくらいに心地がいい。

 
 でもやっぱり外へ出て自由に生きてみたいな。
 ペットという『飼われる』立場は嫌だな、と思ってしまう複雑な気持ちは消えないのだ。

 外へのあこがれという小さな悩みをもちつつも、抵抗できる術もなく、過ぎていくのどかな毎日。




 ――その日々が激変するきっかけが、唐突とうとつに訪れた。



「きゃあぁぁぁぁぁ! 誰か! 誰かぁー……!!」

 誰もが寝静まっていた真夜中のこと。
 屋敷に響きわたった大きな悲鳴に、私はビクっと目を覚まし顔をあげる。

「きゅう?」

 いったい何ごとだろうと首を伸ばし、きょろきょろ辺りを見回した。
 すると暫しして、部屋の外からどたばたと走り回るいくつもの足音と、怒鳴ったり叫んだりするような大人のたくさんの足音が聞こえるようになった。

「侵入者だ!!」
「複数いるぞ、全員逃がすな!」
「剣をもてるものは全員でろっ!」

 男たちが怒号をあげ、廊下を走りまわっている。
 いくつもの悲鳴と、何かを壊すようなガンゴンッという大きな音。
 屋敷内は緊迫した空気に包まれていて、私は怖くなって息をつめて固まってしまった。
 寝ている間に見知らぬ誰かが家に勝手に入って来たなんて、こわすぎる。
 こっちに来ないよね。大丈夫だよね? ……目的はなんだろう。

「南だ! 南の方に逃げようとしてるぞ!」
「きゃぁぁあ! 誰か、お医者様を! 血が、血がとまらないわ!」
「ひぃっ、早く捕まえてぇ!」

 怪我人が出たのだろうか。
 ますます怖くて、私はぎゅうっと身体を縮めてしまう。
 大人の竜なら――魔法をつかえたら――力を持っていたら、戦えたのだろうか。
 でも今はただただ怖くて、震えるしかできない。

「シンシア……?」

 さすがの騒ぎに眠りの深いリュクスくんも起きてしまったらしい。
 暗闇の中、上半身を起こし目を擦ってパチパチさせてから、不安そうにドアの向こう側をみた。
 
「なに?」
「きゅう」

 侵入者だって。危ないからここで大人しくしていようね。
 そう思って彼を見上げると、リュクスくんはもうベッドから降りようとしていた。

「きゅう!」

 行っちゃだめだよ! 
 そう声を上げた私に、リュクスくんは違う方向を指さす。

「……シンシア。あっち」

 彼は指した部屋の奥の方へと駆けていく。

「きゅ?」
 
 何をするつもりだろうと、ベッドのわきに置いてある踏み台に助けられつつ私も降りて着いて行くと、彼は腰をかがめて部屋の奥の壁に手をあてていた。
 そして床に近い高さの壁と柱のつなぎ目を指で探り、難しい顔をしていたかと思えば。

「よ、いっしょ……」
「きゅ!?」

 ギィっという重い音と共に、壁の一部が扉みたいに開いた。
 中は何もない、大人が体育座りをしてぎりぎり入るだろうと言った感じの空間だ。

「シンシア。ここ、きんきゅーの、かくれるとこ」

 こんなのがあったのか。
 何よりたった四歳で、彼は緊急時はここに隠れるのだと理解しているのか。
 きっと大人が何度も何度も教え、リュクスくんも大切なことだと分かって覚えたのだろう。

 ……つまり、こういう非常事態がおこる可能性が結構高かったということ。
 公爵家という立場からなのか、それとも違う理由からなのか、またはこの世界では当然のことなのかは分からないけれど。

 それでもこの世界の子供は前世よりもずっと危ない中で生きているいるんだと、衝撃を受けてしまう。

 リュクスくんは私を抱いて穴に入り、そこにしゃがみ込むと内側の取っ手を引いて閉じた。
 ぎりぎり周りが見えるくらいの薄闇から、本当の暗闇になる。
 真っ暗闇の中、狭い隠れ穴で私をぎゅうっと抱きしめるリュクスくんは、ガタガタと震えていた。
 テキパキと隠れたところから冷静にみえていたけれど、やはりとても怖がっている。
 
「……きゅう」
「しっ」
「………」

 私は身体をリュクスくんのほうに摺り寄せた。
 ぎゅうっと、私を抱くリュクスくんの腕の力が強くなる。
 少し苦しいけれど、今は文句は言わない。
 私も怖いから、彼に力いっぱい抱き付いた。


 ―――二人で隠れ穴の中で抱きあいながら、ただ息をつめて待つしかない状況。
 
「いちにちでも、みっかでも、たすけがくるまではここにって」

 そう教えられているのだと言うリュクスくんと、私は真っ暗闇の中でただ待った。
 

 どれくらいたっただろうか。


 私たちのいたリュクスくんの私室に、誰かが大きな音を立ててドアを開け、荒々しくはいってきたのが分かった。
 足音が、まずはリュクスくんのベッドの方へと向かって行く。
 そして今度は、部屋の奥……私たちの隠れている方に近づいて来る。

「っ……」

 一歩一歩、確実に近くなっていく足音に、私たちはお互いの心臓の音が聞こえるくらいに強く抱き合いながら、息をのむ。

「だいじょうぶ」

 リュクスくんが、吐息ほどの小声で私に囁いた。

「ぜったい、ぜったい、シンシアはぼくがまもるから。だいじょうぶ」
「っ……きゅう」

 守ろうとしてくれている。それがもの凄く嬉しい。
 嬉しいけれど、体は赤ちゃんでも私は私の方が彼より大人だと思っている。
 いざとなったらこの鋭い牙で相手にかみついて、尖った爪で引っ掻きまくって、どうにか隙を作ってリュクスくんを逃がさなくては。  

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