悪役って楽しい

おきょう

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9 偽りの姿と本当のこと

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 エリーゼの説明を聞いたアンナは、しばらく考え込むように黙っていた。
 しかしやがて何かを決意したように固い声で言う。 

「お姉さま、私もナーヤに帰ることにしました。今日明日というわけにはいきませんが、お姉さまが行く学校にわたしも編入します」
「帰る?」
「はい。実は私は、ナーヤからこちらに留学している身分なのです。……でも、お姉さまのお傍に付いて居たいので、帰ることにしました」 

 アンナの言葉にエリーゼは眉を吊り上げ、きっぱりと拒絶する。

「そういうのは、迷惑なのだけれど。なにかしら、ストーカーというやつかしら」

 恥ずかしそうに頬を赤らめ縮こまるアンナは、でも引く様子はなかった。

「もっ、申し訳ありません。でもっでも……私、エリーゼお姉さま無しではもう生きていられない身体になってしまっていて……それに。お姉さま、ナーヤで伴侶探しをするとおっしゃいました、よね」
「えぇ。そうね」
「でしたら、とてもとてもお勧めの者がおります!」
「……へぇ?」

 エリーゼはその話に興味をひかれた。
 隣国ナーヤとこの国はあまり交易がない。
 夫を探すと言っても伝手も情報もないのだ。
 
「どこの家の、なんという方かしら。貴方の名前を出せば通じる?」
「えぇ。もちろん。だって、ここにおりますから」
「は?」

 アンナは頬を赤く染め、おっとりとほほ笑んだまま自分自身を指さしていた。

「アンナ、何を言って……」

 意味の分からないことに苛立ったエリーゼが叱責しようとしたとき。
 アンナが「失礼します」とエリーゼの右手を取り、そのまま彼女の胸へとペタリと当ててしまった。
 相手が異性ならば色仕掛けにもなったのだろう。
 だが、女が女の胸に手を当てられても何もならない。
 本気でエリーゼが声を荒げようとして赤い唇を開いたところで、ふと。その手の感触に違和感を覚えた。

「…………」
「…………」

 眉を寄せたエリーゼと、今か今かと叱られることを望んで目元を潤ませているアンナの視線が交わり合う。
 エリーゼはそんなアンナの期待に反して、わずかに動揺した震えた声を出した。

「な、無い……?」

 ささやかなんてものじゃない。

 一切ない。

 無いどころか、布ごしに触れているのは固い胸筋で、いくら鍛えているといったって女性には無理がある硬さだ。
 しばらくアンナの胸元に手を当てたまま呆けていたエリーゼは、アイスブルーの切れ長の瞳を瞬かせつつ、おそるおそる声を上げた。

「アンナ。貴方、ただ小さなだけだと思っていたのだけど。その……」

 目の前にあるアンナの顔は、女性にしては高めの身長のエリーゼよりもまだ少しだけ高い位置にある。
 茶色い瞳は少したれ目気味。
 目元にある泣きぼくろが、おっとりとして儚く見える彼女の雰囲気にとても合っていた。
 その瞳と視線を合わせたままでいるエリーゼに、アンナは眉を下げて、少し申し訳なさそうな表情でほほ笑む。

「だますような形になってしまい、申し訳ありません。男です」
「なっ!」
「お疑いなら下にもどうぞ触れてくださいませ」
「っし、し、したって……! っていうか声色まで変わって……!?」

 いくらドSだと言ったって、前世の記憶をもっていたって、良家の箱入り娘。
 直接的な下ネタは刺激の強すぎる内容だった。
 しかしアンナは止まらない。
 はぁはぁと息を荒げ、勢いよく身をささげようとしてくる。

「エリーゼお姉さまになら、何処をどうされたって構いません! むしろご存分に上も下も苛めてくださっ―――むぐっ」

 真っ赤な顔をしたエリーゼが、手のひらでアンナの口を思い切り抑えた。
 顔は熱くてたまらないのに、エリーゼの背筋には悪寒が走っていた。

「まさか…お、男の娘だなんて……」

 思わず滑りでてきた日本の専門用語にアンナは首を傾げたが、すぐに目元を下げる。
 口を覆っていたエリーゼの手が取られたかと思えば、アンナはそれを両手で覆い、握りしめたのだ。
 エリーゼが抵抗して手を引っ張っても、彼の手に捕らわれた手はびくともしない。
 思い通りにならないことに苛立つエリーゼに、彼は興奮した様子で懇願した。

「わた……ではなく、俺と結婚してくださいませんか」
「え、えぇぇ? ―――というか、どうして女装を? 私に求婚してくるということは、心が女性というわけではないのでしょう?」
「はい。身も心も男です。その……我が家は男児のみが家督を受け継ぐ決まりでして、ちょっと激しくなりすぎて命の危険まで出て来た家督争いから隠れるために、名前と身分と性別を隠してこちらの国へ避難していたんです」
「あら」

 結構複雑な事情だったのかと、女装に引いた自分が申し訳なくなった。
 しかしそんな罪悪感は、次にキラキラと輝く瞳で吐き出されたアンナの言葉に吹き飛んでしまう。

「でもご安心ください! 先日、無事に家督争いから弾かれました!!」
「弾かれたんだ……」
「虐げられるのか好きだなんて、上に立つ立場としては問題がありますからね!!!」
「確かに。叱られて喜んで言う事を聞いていたら家の没落へ真っ逆さまよね」
「でも幾つか家業がございまして、将来はそのうちの一つを任される予定なので生活に苦労はさせません。まぁ公爵家と比べると劣るでしょうが」
「…………」

 エリーゼは別に贅沢が好きなわけではない。
 可愛いものも綺麗なものも好きであったし、家に金はあるから今まで使ってきた。
 庶民から見れば贅沢過ぎるだろうが、身分相応な使い方だったと思う。
 しかし家に見放された現在はもうこれまでほどの高価なドレスや宝石を手に入れるのは難しいと自覚していた。
 だからアンナに貰われても特に生活面での不満は起きそうにないのだ。

(え? いやいやいや。何を考えてるの私! どうしてアンナとの未来の生活を想像しちゃってるのよ!)



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