上 下
8 / 38
第一章:ギルド加入編

#8.朝の出来事

しおりを挟む
 ……よくあるチュンチュンという鳥の鳴き声、そして見知らぬ天井……?
 あれ、どうしたんだっけ……たしか、昨日は夏休み最終日で宿題して……ああ、思い出した。銀行強盗に巻き込まれて死んで転生したんだ。
 寝起きだからかな……まだ頭が回らないや……

 「お、起きたか……って、寝癖がすごいぞ?」

 ヴァンにそう言われ、頭を触ってみると確かに毛が跳ねていた。ただし、頭だけじゃなく、腕や脚などあちこちだ。

 「シャワー浴びてこいよ、スッキリするから。タオルは脱衣所の棚の中な」
 「あ、うん。そうする……」

 布団から出て脱衣所に入って服を脱ぐ。
 その時に目に入った鏡に自分の姿が映っているのに気づき、なんとなくジッと見た。
 全身に生えた毛皮、頭にある三角耳、スカイブルーに輝く瞳、前に少しだけ伸びたマズルと先にある黒い鼻、人間と異なる指の形(数も)と爪と肉球……もう人間じゃなく動物……もとい、獣人なんだと思い知らされる。
 まぁ、ヴァンがいた時点で別世界なのだろうが。
 これが僕の身体……この身体で生きていく。昨日それを理解して誓ったはずなのに、なんだか寂しくも感じた。
 たぶんそれは、もう人間の頃の親や友達に会えないから……
 あ、あれ……な、涙が……
 僕は泣いた。今まで我慢していたみたいに思いっきり。
 たぶんヴァンに聞こえているだろうけど、来ないのは恐らく察してくれているからだろう。
 しばらくして泣き止み、二つあるうちの一つのバルブを回し、お湯を出した……はずが、水だった。
 シャワーは天井にくっついてるタイプなため、僕は思いっきり水を浴びた。

 「ふにゃあああああああああ!!?」
 「ど、どうした!?」

 慌てて駆けつけたヴァンが思いっきり扉を開けた。
 今の僕は全裸で座り込み、涙目で水によって毛がへばりついてる状態なわけで。
 なぜか顔を赤くしたヴァンはサッと後ろを向いた。

 「き、急に叫んでどうしたよ?」
 「あ、ごめん……お湯だと思って捻ったら水だったから……」
 「ったく……泣いたり叫んだり朝から忙しいな……お前」

 うん、やっぱり泣いてたの聞かれてたか。
 でも、聞かないとこをやっぱり察して……

 「で、なんで泣いてたんだ?」

 くれてなかった。
 ええ……なんで今聞いたの?さっき来なかったくせに……
 まぁ……いいか。隠してるわけじゃないし。

 「鏡で自分の姿見たら、もう親や友達に会えないんだと思って……寂しくなっちゃって……そしたら涙が……ね」

 できる限りの笑顔を見せたらなぜか頭を撫でられた。あれ、なんかこんなシーンアニメで見たことあるよ?
 うん、見たことある。

 「まだ……つらいか?」
 「……ううん、もう大丈夫」

 心配させちゃったかな……?
 でも、僕としてはなんとなく嬉しくて照れくさかった。
 考えてみれば、僕は親にまともに撫でられたことがないや……共働きだしなぁ……
 でも、休みの日には美味しいご飯とか作ってくれてたし、勉強も教えてくれてたから全く相手にされてなかったわけじゃなかった。
 さすがに仕事の日はしかたなかったな。
 家や僕のためだってのは理解していたし、おかげで僕の家事能力も上がっていった。
 ……家事能力はこの世界で通用するかわからないけど、料理はいけるよね。
 あ、米はないんだっけ……それは仕方ない。
 とにかく、今は頑張って強くなって役に立てるようにしないと。

 「悪いな、慰め方が下手で……やったことないから、よくわからないんだ」
 「ううん、ありがとう。なんだか嬉しかった」
 「そっか。とりあえず、早く浴びて出てこいよ?初出勤で遅刻なんてしたくないだろ?」

 あ、そうだった! ヴァンが戻った後に急いでシャワーを浴びる。
 ボトルに書かれた文字を思い出しながら読み、二つあるうちの一つがシャンプーだとわかった。
 しかし、あと一つ……テイルシャンプーと書かれてるけど……これは尻尾専用ってこと?ってことは、シャンプーで尻尾を洗わない方がいいのだろうか?
 ……よし、物は試しってことで普通のシャンプーで洗ってみよう。洗ったらどうなるか……ちょっと楽しみ。

 「シャワー終わって軽く拭いたら右のドライヤー室で乾かせよ。入って正面のとこにスイッチがあるから」
 「あ、うん」
 ドア越しからヴァンの声。
 ど、ドライヤー室?普通のドライヤーじゃないの?
 シャワーが終わり、タオルで全身を拭くけど、水気が取れないから毛がボッサボサになってしまう。
 シャワールームから出て右を見ると扉があった。
 そういえば、ドライヤー室使えって言ってたっけ……
 中に入ると正方形の室内で、上下左右に穴があった。
 ポツンとあったボタンを押すと、穴から温風が吹いてきた。
 おお……水気が飛ばされてどんどん乾いていく……って、あれ?身体の毛は乾いてフワッとしてきたのに、尻尾の毛だけガサガサっていうかゴワゴワっていうか……なんか爆発した後みたいでフワッとならないんですけど!?
 え、え、どうして?どうしてこうなった?
 とりあえず、これはヴァンに聞いてみよう……
 ドライヤー室から出た僕は、支度し終えてるヴァンのとこに向かった。

 「ねぇ……なんか尻尾の毛だけ変なんだけど……」
 「は?……プッ、アッハッハッハッハッハ!」

 なぜか急にお腹を抱えて笑い出したヴァン。
 え、何急に?失礼じゃない?

 「お前……テイルシャンプーじゃなくて普通のシャンプーで洗ったろ」
 「え、うん……」
 「俺ら毛皮がある獣人の尻尾の毛って結構繊細なんだ。だから専用のテイルシャンプーがあんだが……プッ、アッハハハハハハハハハ!!」
 「それ、早く言ってくれない?」

 またお腹を抱えて笑い出した。
 うわ、自分が悪いんだけどイラっとするな。

 「さ、さて、時間もアレだし……とりあえず行こうぜ。ソレはシーナに直してもら……プクク……」
 「あ、うん」

 ねぇ、笑いすぎでないかい?いや、まぁ……こんなにしたのは僕だけど……さすがに失礼だと思うよ?
 そして、家を出て移動するも、ヴァンは一度も見ようとしなかった。
 代わりに、街ですれ違う獣人達に見られては笑いが聞こえてくる。
 堪えるのもいたけど、その獣人は僕を見るなり高速で首を曲げ、必死で笑いを堪えていた。中には飲み物や食べ物を吹き出す獣人も。
 羞恥心がハンパなかった。これ、なんの罰ゲーム?
 僕、何かしたかな……シャンプー以外で。
 銀行強盗に股間蹴り?いや、あれは時効でしょ。第一、僕は被害者だし!
 学校帰りにゲームを買おうとしたこと?買おうとしただけで、まだ買ってないから論外!
 ……もう考えるのやめよう。今度から気を付ければいいんだ。
 わからないことは聞く!これ、一番!
 やがてギルドへ着き、目の前にシーナがいた。
 僕を見るなり目を見開き、驚いた表情をしている。
 おおう……笑わなかったのがこんなに嬉しいとは……

 「おはよう、シーナ……」
 「おはようござ……どうしたんですか?その尻尾……」
 「コイツ、尻尾をテイルシャンプーじゃなくて普通のシャンプーで洗ったんだよ。おかげで……プクク……グホォ!?」

 シーナの回し蹴りがヴァンの横っ腹に炸裂した。
 おお……容赦のない回し蹴り……
 ヴァンは蹴られた腹を押さえてうずくまっている。

 「あなた、こんな状態のまま街中を歩かせたんですか?この世界に来たばかりなのにひどすぎませんか?死にますか?」
 「こっちもひどくねぇか!?」
 「コウジの羞恥心と比べたら軽いものですよ。コウジ、直してあげますからこっちへ来てください」

 歩いていくシーナにチラッと痛そうにしているヴァンを見ながら付いていった。
 うん、あれは絶対に痛い。すごい音もしたし、耳もペタンとなっていた。
 蹴られた瞬間だけど、尻尾がブワッとなっていたしね。
 考えてみれば、昨日からシーナはヴァンに対して態度がすごかった気がする。
 ……なんて、僕が考えても仕方ないか。ヴァン、ご愁傷さまです。
 連れてこられたのはシャワー室。
 尻尾だけ出してくださいと言われ、ズボンを履いたままシャワー室内に入れると、まずはお湯で濡らし、テイルシャンプーをかけて泡立たせて洗っていく。
 お湯で泡を洗い流してドライヤー室で乾かしていく。
 すると、尻尾がフワッとしたモフると気持ちよさそうな尻尾になった。
 心なしか、尻尾が軽く感じる!

 「わぁ、すっごい!」
 「フフ、フワッフワになりましたね。尻尾は必ずテイルシャンプーを使ってくださいね?でないと、さっきみたいになりますから」
 「うん、ありがとう」
 「仕返しに、シャンプーとテイルシャンプーの中身を入れ替えて、ヴァンに恥ずかしい思いをさせてもいいですからね」

 ……笑顔でそんなこと言われると、怖いです。
 なんとなく、シーナの頭に耳だけでなく小さな角や、背中に小さな悪魔の翼が見えましたよ?
 ……そんな事言えるわけないけどね。
 そう思いながら、僕達はみんなのとこに戻っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

俺、異世界でダンジョンになる

九頭七尾
ファンタジー
異世界に転生した俺は「穴」になっていた。 って、穴!? 穴ってどういうことだよ!? どうやら俺は生まれたばかりのダンジョンらしい。 全長15メートル。ただまっすぐ伸びているだけの、たぶん世界で最も攻略が簡単なダンジョン。 まぁでも生まれ変わってしまったもんは仕方ないし、せっかくだからダン生を精一杯生きていこう。 というわけで、最高難度のダンジョンを目指します。

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

放置された公爵令嬢が幸せになるまで

こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

処理中です...