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白狼の聖地
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サハリア領南西 炎妃の砦
「おい、何か聞こえないか?地響き?いや、足音か?」
砦を守る兵士が異変に気づき、他の兵士達を集めた。
「今度は何だ。」
「さっきの光といい、いったい何が起こってるんだ?」
ただならぬ状況に騒(ざわ)つく兵士達は、松明の灯りを掲げ、辺りを照らす。暗かった大地に灯りが広がり、砦の前の視界が徐々にひらけていく。そこで兵士達が目にしたのは、巨大な熊だった。
「なっ、何でブラックフォレストベアーが領内に??いや、そんな事を言っている場合じゃない。水帝の砦に続き、此処まで落とされたら、サハリアは終わりだ。お前達、ありったけの武器を…って、お前達」
砦の監視長は、兵士達に指示をしようとしたが、森の脅威を目の当たりにした兵士達は、武器を持てるわけがなく、一部の者は、発狂して逃げ始めた。現場の混乱は、一監視長では、抑える事ができないレベルだった。監視長も慌てる状況に暗闇から声が響く。
「落ち着け、お前達!」
暗闇から聞こえるその声に恐る恐る砦の外を見る兵士達。その目に映ったのは、領主バーナードと北翠の里長翠玄の姿だった。凶獣と領主、そして、軍団長。目を疑う組み合わせに誰もが呆然と立ち尽くす。そんな中、翠玄が馬を一歩前に進ませ、
「此処の監視長はいるか?」
と尋ねた。翠玄の言葉に監視長は、慌てて砦を降りる。そして、クウガに怯えながらも深々と頭を下げて、
「領主様に翠軍長様。私が現砦監視長の充・チダでございます。」
と名乗った。領主と軍団長の前という事もあるが、近くにいる森の脅威のせいで監視長は、なかなか頭を上げられない。そんな監視長に翠玄は、
「まあ、そうなるわな。安心しろ。お前達が何もしれければ、森の王も手は出すまい。それよりもお前達に聞きたい事がある。此処に白狼達が来なかったか?」
と聞いた。監視長は、恐る恐る頭を上げると
「白狼達ですか?…、そういえば、今朝ほど此の近くで見かけたと報告がありました。たしか紅南の里の方に向かったと。その後は、見ておりません。」
と報告した。その答えを聞いた翠玄は、バーナード達を見て首を振って、結果を知らせた。そして、監視長を再び見ると
「分かった。我々は、これから砦の外に出る。悪いが門を開けてくれないか。」
と指示した。監視長は、直ぐに砦の兵士達に指示し、門を開かせた。門を通るクウガとオレ達。だが、自分の予想の結果に納得のいかないクウガは、
「おかしいのう。濃くはないが、確かにあやつらの臭いがするんじゃがな。」
と呟いた。その呟きに翠玄は、気を利かせ、緊張と恐怖で膠着している兵士達に
「もし、白狼達を見つけたら何でもよい、知らせてくれ。」
と指示をした。その指示に一兵士が口を開く。
「あっ、あの翠軍長様。よろしいでしょうか。」
口を振るわせ話す兵士に翠玄が
「何だ。」
と聞くと兵士は、森の方を見て、
「先刻ですが、此処から北西の砦壁に複数の光る物体が現れました。その光る物体は、砦壁前辺りで一度止まると飛び跳ねる様に空を舞い、砦壁を越え、森へと消えたんです。あまりに突然で不可思議な現象でしたので、究明は、夜が明けてからとしてましたが、もしやあれが白狼達だったのではないかと思いまして。」
と答えた。その言葉を聞いてクウガがドヤ顔を見せる。おそらくガイア達で間違いないだろう。クウガは、オレ達に首を振って促すと鼻を効かせながら北へと足を進ませた。オレ達もクウガについて行く。翠玄は、その兵士の肩を触ると
「よき報告だった。」
と労い、
「我らは行く。引き続き、砦の防衛を頼むぞ。」
と言って、オレ達を追いかけた。
数分走っただろうか。急にクウガが速度を緩める。
「永遠、見てみろ。」
クウガに言われ、その先を見るとそこには、溶け始めた巨大な氷の岩があった。砦壁の高さは、5メートル位。その氷の岩は、2メートル位あった。明らかに魔法が使われた形跡にクウガは、その氷の岩を触ると
「どうやら間違いない様じゃのう。」
と言って、森を見た。クウガの気配に森が騒(ざわ)めく。異様な雰囲気を感じるが、クウガは、構わず森へと歩みを進める。すると森から何かが駆けてくる音が聞こえてきた。クウガは、何かを察すると
「どうやら迎えもきたみたいじゃな。」
と言って、森の手前で止まった。足音は、徐々に大きくなり、森を駆け抜ける。そして、現れたのは、紅南の里で会った一回り大きい白狼だった。
「何をしに来られた、クウガ殿。それに他の者まで連れて来るとは。此の地が我が一族にとって特別な場所であるとご存知なはずだが。各々、覚悟はお有りなんでしょうな。」
一回り大きな白狼は、そう言うとクウガに怯む事なく威嚇した。クウガは、その威嚇に
「覚悟も何もワシは、只の付添人じゃ。お主らと事を構える気は無い。まあ、かかって来るなら相手はするがのう。」
と返し、オレ達を見た。一回り大きな白狼もオレ達を見る。クウガがいるとはいえ、その威嚇に萎縮してしまう。だが、そんな中、桜が口を開く。
「お願いです。蓮華ちゃんに会わせて下さい。」
桜のようやく振り絞った言葉に撫子も
「お願いします。」
と言い、頭を下げた。一回り大きな白狼は、何かに目を瞑ると今度は、バーナード達を威嚇した。バーナード達は、既に死地の覚悟をもって来ている。その威嚇に対しても怯む事はなく、
「ガイア殿と話がしたい。ただ、それだけだ。その為の覚悟はできておる。」
と答えた。一回り大きな白狼は、威嚇を解く。それを見て、クウガは、一息吐くと
「とんだ茶番だったな。」
と呟いた。その言葉に一回り大きな白狼は、
「茶番だと」
と反論するが、クウガは、
「ガイアの長子であるお主が来たという事は、ガイアの奴は、ワシ等が縄張り入るのを既に許しているのだろう。」
と返した。ガイアの長子は、何も言わない。その言葉にオレが
「それってどういう事だ?」
と聞くとクウガは、
「そのままだ。ガイアは、ワシ等が来た事に気づき、此奴を遣(よこ)したのだ。…と言っても永遠達は、分からんか。此奴の言う通り、ワシ等が行こうとしているのは、此奴らの聖域とも言える場所だ。当然、此奴等も此奴らの眷属である狼人族(ワーウルフ)達もそこに行こうとする者に対し、容赦はしない。ここ十数年は特にな。」
と言って、バーナード達に目をやった。バーナード達は、何かを理解した様だ。クウガが話を続ける。
「故にワシ等がこのまま森に入れば、此奴らや狼人族共が襲ってきただろう。まあ、ワシを襲ってくる奴は、そうはいないだろうがな。だが、少なくとも永遠、お主達の実力を知らぬ奴らは、確実に襲ってきた。此奴は、そうさせない為に来たのだ。此の地の支配者たるガイアの招いた者であるなら、襲いはできぬからな。まあ、先の威嚇は、此奴なりの最終試験みたいなものじゃな。」
クウガの言葉にガイアの長子は、
「何を言っているか分からん。我は、親父殿に此の地を血で穢すなと言われただけだ。」
と言うとついて来いと言わんばかりにオレ達に背を向けた。オレ達は、ガイアの長子の後を追うように森へと入った。森に入るとクウガの言葉の意味がよく分かった。真っ暗な森の中、殺意のこもった唸り声と眼光がオレ達に向けられる。ガイアの導きがなければ、オレ達は、入った瞬間に何匹もの闇からの刺客に襲われていただろう。そんな中、しばらく進み、森を抜ける。
「わぁ…」
桜達が思わず声を漏らす。そこには月明かりが降り注ぎ、まるでそれに呼応して、大地までもが輝いているかの様な光景が広がっていた。そして、その先にある巨大な岩の上には、此の地の支配者たるガイアが佇んでいた。ガイアは、初めて蓮華と会った時の同じ様に月明かりをその身に纏い、幻想的な姿でオレ達を出迎えた。誰もがその姿に敬意を持って息を呑む。ガイアは、そんなオレ達の姿を確認すると岩から降りてきた。そして、桜達をしっかり見ると
「よく来たな、人孤の娘達よ。お前達の事は、紅牙から聞いておる。今日まで我が娘が世話になった。礼をいう。」
と言った。獣族の王が人獣に礼を言う。前代未聞の行為に桜達は、動揺を隠せないでいた。
(蓮華ちゃんに会わせてください。)
先程、ガイアの長子には言えた言葉さえガイアの神々しい姿や言動を前に憚(はばか)れてしまう。だが、ガイアは、桜達の表情から何かを察すると白狼達の群れに目をやった。言葉こそないが、その視線に白狼達は、何かに頭を擦り付ける。すると白狼達の群れの中から蓮華が顔を出した。眠気眼をこする蓮華。その姿に桜は、
「蓮華ちゃん。」
と言うと、白狼達の群れへと駆け寄った。桜の声に蓮華も気づく。蓮華は、桜達の姿に涙を堪えられず、ポロポロと溢すと桜に向かって駆け出した。そして、
「桜お姉さまぁ!」
と叫ぶと桜に抱きついた。桜も蓮華を強く抱き留める。
「ごめんね…ごめんね、蓮華ちゃん。ちゃんと守ってあげられなくて。」
桜が謝りながら涙を流す。それに蓮華は、首を振って答える。大泣きしながら抱き合う2人を撫子が包む様に抱きしめる。血の繋がりはないが、そこには確かに家族の絆があった。その光景にガイアは、目を瞑り、感慨深く何かに頷いた。そんなガイアにバーナード達が近づく。
「あの娘は、良き家族に育てられた様だな。」
その言葉にガイアは、バーナード達を見ると
「話す事はない…そう言ったはずだが」
と返した。バーナードは、ガイアと目を合わせると再びクレアを見て、
「あぁ、話す事は無くなった。今、此の時、同じものを見て、同じ想いを抱けた。エレナの言っていた意味がようやく分かった気がする。それだけで満足だ。もう語らずでよい。だが、せめて私の最後の酒に付き合ってくれんか。」
と頼んだ。ガイアは、その言葉に何かを思い出すと巨大な岩の方に歩を進め、
「一献(いっこん)だけだ。」
と答えた。巨大な岩に腰を下ろすガイアとバーナード。空には、丸く大きな月が輝く。目の前に置かれた朱色の盃に酒が注がれること3つ。
「紅牙が好んでいた酒だ。」
バーナードがそう言うとガイアは、
「そうか。なら謹んで呑むとしよう。」
と言い、酒を口にした。
「おい、何か聞こえないか?地響き?いや、足音か?」
砦を守る兵士が異変に気づき、他の兵士達を集めた。
「今度は何だ。」
「さっきの光といい、いったい何が起こってるんだ?」
ただならぬ状況に騒(ざわ)つく兵士達は、松明の灯りを掲げ、辺りを照らす。暗かった大地に灯りが広がり、砦の前の視界が徐々にひらけていく。そこで兵士達が目にしたのは、巨大な熊だった。
「なっ、何でブラックフォレストベアーが領内に??いや、そんな事を言っている場合じゃない。水帝の砦に続き、此処まで落とされたら、サハリアは終わりだ。お前達、ありったけの武器を…って、お前達」
砦の監視長は、兵士達に指示をしようとしたが、森の脅威を目の当たりにした兵士達は、武器を持てるわけがなく、一部の者は、発狂して逃げ始めた。現場の混乱は、一監視長では、抑える事ができないレベルだった。監視長も慌てる状況に暗闇から声が響く。
「落ち着け、お前達!」
暗闇から聞こえるその声に恐る恐る砦の外を見る兵士達。その目に映ったのは、領主バーナードと北翠の里長翠玄の姿だった。凶獣と領主、そして、軍団長。目を疑う組み合わせに誰もが呆然と立ち尽くす。そんな中、翠玄が馬を一歩前に進ませ、
「此処の監視長はいるか?」
と尋ねた。翠玄の言葉に監視長は、慌てて砦を降りる。そして、クウガに怯えながらも深々と頭を下げて、
「領主様に翠軍長様。私が現砦監視長の充・チダでございます。」
と名乗った。領主と軍団長の前という事もあるが、近くにいる森の脅威のせいで監視長は、なかなか頭を上げられない。そんな監視長に翠玄は、
「まあ、そうなるわな。安心しろ。お前達が何もしれければ、森の王も手は出すまい。それよりもお前達に聞きたい事がある。此処に白狼達が来なかったか?」
と聞いた。監視長は、恐る恐る頭を上げると
「白狼達ですか?…、そういえば、今朝ほど此の近くで見かけたと報告がありました。たしか紅南の里の方に向かったと。その後は、見ておりません。」
と報告した。その答えを聞いた翠玄は、バーナード達を見て首を振って、結果を知らせた。そして、監視長を再び見ると
「分かった。我々は、これから砦の外に出る。悪いが門を開けてくれないか。」
と指示した。監視長は、直ぐに砦の兵士達に指示し、門を開かせた。門を通るクウガとオレ達。だが、自分の予想の結果に納得のいかないクウガは、
「おかしいのう。濃くはないが、確かにあやつらの臭いがするんじゃがな。」
と呟いた。その呟きに翠玄は、気を利かせ、緊張と恐怖で膠着している兵士達に
「もし、白狼達を見つけたら何でもよい、知らせてくれ。」
と指示をした。その指示に一兵士が口を開く。
「あっ、あの翠軍長様。よろしいでしょうか。」
口を振るわせ話す兵士に翠玄が
「何だ。」
と聞くと兵士は、森の方を見て、
「先刻ですが、此処から北西の砦壁に複数の光る物体が現れました。その光る物体は、砦壁前辺りで一度止まると飛び跳ねる様に空を舞い、砦壁を越え、森へと消えたんです。あまりに突然で不可思議な現象でしたので、究明は、夜が明けてからとしてましたが、もしやあれが白狼達だったのではないかと思いまして。」
と答えた。その言葉を聞いてクウガがドヤ顔を見せる。おそらくガイア達で間違いないだろう。クウガは、オレ達に首を振って促すと鼻を効かせながら北へと足を進ませた。オレ達もクウガについて行く。翠玄は、その兵士の肩を触ると
「よき報告だった。」
と労い、
「我らは行く。引き続き、砦の防衛を頼むぞ。」
と言って、オレ達を追いかけた。
数分走っただろうか。急にクウガが速度を緩める。
「永遠、見てみろ。」
クウガに言われ、その先を見るとそこには、溶け始めた巨大な氷の岩があった。砦壁の高さは、5メートル位。その氷の岩は、2メートル位あった。明らかに魔法が使われた形跡にクウガは、その氷の岩を触ると
「どうやら間違いない様じゃのう。」
と言って、森を見た。クウガの気配に森が騒(ざわ)めく。異様な雰囲気を感じるが、クウガは、構わず森へと歩みを進める。すると森から何かが駆けてくる音が聞こえてきた。クウガは、何かを察すると
「どうやら迎えもきたみたいじゃな。」
と言って、森の手前で止まった。足音は、徐々に大きくなり、森を駆け抜ける。そして、現れたのは、紅南の里で会った一回り大きい白狼だった。
「何をしに来られた、クウガ殿。それに他の者まで連れて来るとは。此の地が我が一族にとって特別な場所であるとご存知なはずだが。各々、覚悟はお有りなんでしょうな。」
一回り大きな白狼は、そう言うとクウガに怯む事なく威嚇した。クウガは、その威嚇に
「覚悟も何もワシは、只の付添人じゃ。お主らと事を構える気は無い。まあ、かかって来るなら相手はするがのう。」
と返し、オレ達を見た。一回り大きな白狼もオレ達を見る。クウガがいるとはいえ、その威嚇に萎縮してしまう。だが、そんな中、桜が口を開く。
「お願いです。蓮華ちゃんに会わせて下さい。」
桜のようやく振り絞った言葉に撫子も
「お願いします。」
と言い、頭を下げた。一回り大きな白狼は、何かに目を瞑ると今度は、バーナード達を威嚇した。バーナード達は、既に死地の覚悟をもって来ている。その威嚇に対しても怯む事はなく、
「ガイア殿と話がしたい。ただ、それだけだ。その為の覚悟はできておる。」
と答えた。一回り大きな白狼は、威嚇を解く。それを見て、クウガは、一息吐くと
「とんだ茶番だったな。」
と呟いた。その言葉に一回り大きな白狼は、
「茶番だと」
と反論するが、クウガは、
「ガイアの長子であるお主が来たという事は、ガイアの奴は、ワシ等が縄張り入るのを既に許しているのだろう。」
と返した。ガイアの長子は、何も言わない。その言葉にオレが
「それってどういう事だ?」
と聞くとクウガは、
「そのままだ。ガイアは、ワシ等が来た事に気づき、此奴を遣(よこ)したのだ。…と言っても永遠達は、分からんか。此奴の言う通り、ワシ等が行こうとしているのは、此奴らの聖域とも言える場所だ。当然、此奴等も此奴らの眷属である狼人族(ワーウルフ)達もそこに行こうとする者に対し、容赦はしない。ここ十数年は特にな。」
と言って、バーナード達に目をやった。バーナード達は、何かを理解した様だ。クウガが話を続ける。
「故にワシ等がこのまま森に入れば、此奴らや狼人族共が襲ってきただろう。まあ、ワシを襲ってくる奴は、そうはいないだろうがな。だが、少なくとも永遠、お主達の実力を知らぬ奴らは、確実に襲ってきた。此奴は、そうさせない為に来たのだ。此の地の支配者たるガイアの招いた者であるなら、襲いはできぬからな。まあ、先の威嚇は、此奴なりの最終試験みたいなものじゃな。」
クウガの言葉にガイアの長子は、
「何を言っているか分からん。我は、親父殿に此の地を血で穢すなと言われただけだ。」
と言うとついて来いと言わんばかりにオレ達に背を向けた。オレ達は、ガイアの長子の後を追うように森へと入った。森に入るとクウガの言葉の意味がよく分かった。真っ暗な森の中、殺意のこもった唸り声と眼光がオレ達に向けられる。ガイアの導きがなければ、オレ達は、入った瞬間に何匹もの闇からの刺客に襲われていただろう。そんな中、しばらく進み、森を抜ける。
「わぁ…」
桜達が思わず声を漏らす。そこには月明かりが降り注ぎ、まるでそれに呼応して、大地までもが輝いているかの様な光景が広がっていた。そして、その先にある巨大な岩の上には、此の地の支配者たるガイアが佇んでいた。ガイアは、初めて蓮華と会った時の同じ様に月明かりをその身に纏い、幻想的な姿でオレ達を出迎えた。誰もがその姿に敬意を持って息を呑む。ガイアは、そんなオレ達の姿を確認すると岩から降りてきた。そして、桜達をしっかり見ると
「よく来たな、人孤の娘達よ。お前達の事は、紅牙から聞いておる。今日まで我が娘が世話になった。礼をいう。」
と言った。獣族の王が人獣に礼を言う。前代未聞の行為に桜達は、動揺を隠せないでいた。
(蓮華ちゃんに会わせてください。)
先程、ガイアの長子には言えた言葉さえガイアの神々しい姿や言動を前に憚(はばか)れてしまう。だが、ガイアは、桜達の表情から何かを察すると白狼達の群れに目をやった。言葉こそないが、その視線に白狼達は、何かに頭を擦り付ける。すると白狼達の群れの中から蓮華が顔を出した。眠気眼をこする蓮華。その姿に桜は、
「蓮華ちゃん。」
と言うと、白狼達の群れへと駆け寄った。桜の声に蓮華も気づく。蓮華は、桜達の姿に涙を堪えられず、ポロポロと溢すと桜に向かって駆け出した。そして、
「桜お姉さまぁ!」
と叫ぶと桜に抱きついた。桜も蓮華を強く抱き留める。
「ごめんね…ごめんね、蓮華ちゃん。ちゃんと守ってあげられなくて。」
桜が謝りながら涙を流す。それに蓮華は、首を振って答える。大泣きしながら抱き合う2人を撫子が包む様に抱きしめる。血の繋がりはないが、そこには確かに家族の絆があった。その光景にガイアは、目を瞑り、感慨深く何かに頷いた。そんなガイアにバーナード達が近づく。
「あの娘は、良き家族に育てられた様だな。」
その言葉にガイアは、バーナード達を見ると
「話す事はない…そう言ったはずだが」
と返した。バーナードは、ガイアと目を合わせると再びクレアを見て、
「あぁ、話す事は無くなった。今、此の時、同じものを見て、同じ想いを抱けた。エレナの言っていた意味がようやく分かった気がする。それだけで満足だ。もう語らずでよい。だが、せめて私の最後の酒に付き合ってくれんか。」
と頼んだ。ガイアは、その言葉に何かを思い出すと巨大な岩の方に歩を進め、
「一献(いっこん)だけだ。」
と答えた。巨大な岩に腰を下ろすガイアとバーナード。空には、丸く大きな月が輝く。目の前に置かれた朱色の盃に酒が注がれること3つ。
「紅牙が好んでいた酒だ。」
バーナードがそう言うとガイアは、
「そうか。なら謹んで呑むとしよう。」
と言い、酒を口にした。
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