神盤の操り人形(マリオネット)

遊庵

文字の大きさ
上 下
101 / 113

都市中央戦 西部防衛戦

しおりを挟む
紅牙は、翠星軍に突進する白狼達の前に立ち塞がると
「止まってくれ。あの軍は、奴等の軍ではない。」
と言って、馬を降りた。だが、既に戦闘態勢だった白狼達は、興奮した状態で、
「退(ど)け、紅牙。あれが奴等の軍でなければ、奴等は何処に行った。クレアの命がかかってるんだぞ。」
と言い返した。紅牙は、残った片腕を精一杯広げて白狼達を止(とど)めると
「奴等は、中央都市に入ったようだ。あの軍は、都市の防衛にあたっていた軍。奴等の策略に嵌(はま)って、獣人族達の討伐に来ていたんだ。」
と説明した。紅牙の説明に白狼達は、前足に力を込めると
「なら、さっさと中央都市に攻め込めばいい。何を躊躇している。」
と言ってきた。紅牙は、一度中央都市の方を見ると
「中央都市は、周囲を厚い石壁で囲まれている。そして、入り口である門は、奴等によって閉められたそうだ。そうなると容易には入れない。更に都市中央内の防衛軍は僅か。奴等にとっては、領主様を討ち取る絶好の好機だろう。だが、散らしたはずの防衛軍が戻ってきたとなれば、逆に奴らは袋のネズミになる。あの軍には、東門の制圧を指示した。窮地に陥れば、切り札であるクレア様の命を早々に奪う事はできなくなるはずだ。」
と答えた。クレアの命の危機に違いはない。だが、紅牙の言葉に冷静になった白狼達は、前屈(まえかが)みになった身体を戻すと
「なら、これからどうするつもりだ。どちらにせよ中央都市とやらに入らなければなるまい。」
と聞いてきた。紅牙は、その言葉に頷くと
「そうだ。その為に門を突破するだけの戦力が必要になる。だから、俺達は、これから西に向かう。そこで白炎軍とガイア殿に合流する。」
と答えた。その言葉に白狼達は、顔を見合わせる。そして、紅牙をみると
「何を言っているのか分かっているのか?親父が此の地に来ているならクレアが攫われた事を知っているはずだ。その状況で会えば、お前は、ただでは済まないぞ。最悪、命を失うことになると分かっているのか。」
と言った。白狼の忠告に紅牙は、自分の胸ぐらを掴むと
「構わない。俺の命一つで此の地もクレア様も救う事ができるなら安いものだ。」
と答えた。紅牙の言葉に、目にその意志を感じ取った白狼達は、首を西に向けると
「分かった。なら、先を急ぐぞ。」
と言って、西へと進路を変えた。

都市中央西の平野
「白炎様、見えました。ガイアです。他に白狼が10匹います。」
部下の報告に白炎は、大きく息を吐くと
「全くやってくれるぜ、イヴァイルの野郎。まさか、またあの白大獣(オオカミ)と殺り合う事になるとはな。」
と言って、腰を上げる。徐々に近づく獣族の群れに軍全体が固唾を飲む。そんな緊張の中、白炎の副官が
「里は、無事でしょうか。」
と心配する。白炎は、遠くに見える殺意の塊を感じながら
「どうだろうな。あの報告の後、直ぐに救護班と琥珀(こはく)の軍を向かわせたが、彼奴(あいつ)が此の地に現れたとなれば、最悪の事態も考えねばなるまい。あの件以降、無闇に人を襲わなくなったとはいえ、あの状況だ。爆破の話が本当なら完全にキレてるはずだからな。多少なり理性が残っていればいいが。まあ、俺らが白西の民だ。そう簡単には、死んでないだろう。何とかしてるさ。」
と答えた。そして、後ろに控える兵士達を見ると
「おう、お前ら。里の家族、仲間の無事を確認する為にも先ずは、お前達が生き残れ。死に急ぐな。彼奴等は強い。1匹に対し、複数でかかれ。負傷した者は、直ぐに戦地から離れろ。ガイアは、俺と鞍馬が相手をする。分かったか。」
と命じた。兵士達は、白炎の言葉に武器を掲げると声を張り上げる。白炎は、兵士達の士気が上がったのを確認すると
「よし、行くぞ。お前ら!」
と言って、猛進して来るガイア達に向かって武器を構えた。徐々に姿がはっきりしてくる白狼達。白炎の副官は、一触即発の機を見計らうと指示を出す。その指示を見て、後方の弓矢隊が矢を一斉に放つ。何十もの矢が襲う中、ガイア以外の白狼達は、矢を避ける様にばらけ、ガイアは、素早く飛び上がると大きな前足で矢を弾き飛ばした。白炎達の前に降り立つガイア。その形相は、怒りに満ち溢れていた。赤く染まった隻眼が大きな威圧となって白炎達を襲う。
「はぁ、はぁ、はぁ」
白炎の横で大きな斧を持った鞍馬は、戦う前から息が上がっている。
「大丈夫か、鞍馬。」
鞍馬を気遣う白炎だったが、自身もガイアから目を離せないまま、息をのむ。
「嫌な感じだぜ。この威圧感。昔の彼奴だ。…背中の傷が疼きやがる。」
足に力を込め、攻撃の機会を窺う白炎に対し、ガイアは、一瞥(いちべつ)すると
「邪魔だ。失せろ。」
と言って、鞍馬を大きな斧ごと吹っ飛ばした。相手が獣族の王とはいえ、長の片腕たる強者が一撃で倒される衝撃に上がったばかりの兵士達の士気は、一気に下がった。ガイアの攻撃は、たった一撃で戦場を支配したのだ。他の白狼達を相手にしていた兵士達も1人、また1人と倒れていく。一瞬にして勝敗は決した。だが、白炎は、
「やってくれたな、ガイア。」
と呟くと武器を構え続けた。圧倒的な強さを目の前にしても怯まない戦士に容赦なくガイアの攻撃が襲いかかる。白炎は、大剣を使って何とか直撃を防いだが、長く伸びた鋭い爪先に肉を抉(えぐ)られ、弾き飛ばされた。致命傷ではないが、大剣を持てない程の傷に
「くそがっ!…はぁはぁ…だが、絶対に先には行かせん。」
と言って、小刀を構えた。傷ついても諦めない長の勇姿に再び武器を構える者もいたが、
「もうダメだ。敵うわけがないんだ。」
「畜生、暗殺忍具さえあれば」
と所々で弱音が聞こえてくる。だが、白炎は、それを打ち消す様に自らガイアに向かって行った。一撃必殺を捨てた白炎は、傷つきながらも巧みにガイアの攻撃を躱し、隙を見て攻撃をする。だが、リーチの短い武器では、ガイアには届かず、当たってもかすり傷以下。正に蝿の一撃でしかなかった。だが、ガイアをイラつかせるには十分な攻撃だった。ガイアは、
「邪魔をするな、雑魚が!!」
と叫ぶと大地に一撃をいれた。その瞬間、今まで攻撃を続けていた白炎の動きが止まった。いや正確には止められた。ガイアの一撃は、白炎の足を氷漬けにしたのだ。氷の拘束で身動きのできなくなった白炎にゆっくりとガイアが近づく。白炎は、絶体絶命の中、最後の悪あがきとばかりに小刀を投げたが、ガイアは、それを容易く跳ね除けるとそのまま前足を白炎に振り下ろした。その時だった。
「待ってくれ、ガイア殿!」
と遠方から声がした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

亡霊剣士の肉体強奪リベンジ!~倒した敵の身体を乗っ取って、最強へと到る物語。

円城寺正市
ファンタジー
勇者が行方不明になって数年。 魔物が勢力圏を拡大し、滅亡の危機に瀕する国、ソルブルグ王国。 洞窟の中で目覚めた主人公は、自分が亡霊になっていることに気が付いた。 身動きもとれず、記憶も無い。 ある日、身動きできない彼の前に、ゴブリンの群れに追いかけられてエルフの少女が転がり込んできた。 亡霊を見つけたエルフの少女ミーシャは、死体に乗り移る方法を教え、身体を得た彼は、圧倒的な剣技を披露して、ゴブリンの群れを撃退した。 そして、「旅の目的は言えない」というミーシャに同行することになった亡霊は、次々に倒した敵の身体に乗り換えながら、復讐すべき相手へと辿り着く。 ※この作品は「小説家になろう」からの転載です。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

貞操逆転世界の男教師

やまいし
ファンタジー
貞操逆転世界に転生した男が世界初の男性教師として働く話。

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

処理中です...