神盤の操り人形(マリオネット)

遊庵

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裏切りの始まり

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桜と再開できたオレ達は、憔悴した桜を抱えながら紅牙達の元へと向かった。近づくと紅牙と白狼達が何かを話しているのが聞こえてきたが、内容までは分からない。紅牙が片腕を広げ、一度声を荒げていたが、話が終わると紅牙と朱李は、その場に立ち尽くし、白狼達は、何かを囲むように立ちあがった。そして、白狼の1匹が何かに喰らいつく。
「うあぁぁぁ……。」
それと同時にか細い叫びが聞こえたが、その叫びは、程なくして消えていった。紅牙も朱李も俯く。明らかにオレ達とは違い、張り詰めた空気が流れている。オレは、安全な所で桜を休ませると紅牙達の元へと近寄った。
(ゔっ)
何となく分かっていた。そこには、白狼に噛みつかれ、首から血を垂れ流す一馬の姿があった。獣人達に身体をボロボロされ、顔は、腫れ上がっている。その上での白狼の一撃。半開きの一馬の目には、既に生きようとする気力が微塵も感じられなかった。拓朗と重なる様な結末に僅かながら同情を感じる。静かに息を引き取ろうとする一馬に対し、オレが言葉を詰まらせていると紅牙が
「一馬君は、騙されていたんだ…。他ならぬ父親に。こんな酷い事があっていいのか。」
と口にした。どうやら紅牙は、最期に一馬から今までの経緯(いきさつ)を聞いたようだ。

10日前 紅南の里
「叔父貴達がわざわざ此の里に来るなんて何かあったのかな?まさか、あの噂…」
そう呟きながら里を歩く一馬に慌(あわ)ただしい声が聞こえる。
「早く探せ。まだ近くにいるはずだ。」
里の大人達が右往左往している様子が気になった一馬は、近くにいた大人達に
「何かあったんですか?」
と尋ねた。大人達は、一馬の姿を見ると慌てて目を逸らし
「一馬君。…いや、何でもないんだ。君は、気にしなくていい事だから。」
と答えた。明らかに何かを隠す様な仕草だった。だが、間の悪いことに奥にいた大人達から
「拓朗と朱李が暗殺様の毒針を持って逃げたらしい。急いで探すんだ。」
と聞こえてきた。信じられないといった表情の一馬に、近くにいた大人達は、
「いや、何かの間違いだと思うんだ。だから君は…」
と一馬を宥(なだ)めようとしたが、一馬は、
「拓朗がそんな事をするはずがない。俺、探してきます。」
と言って、里を出て行った。当てもなく、拓朗を探す一馬。暗具を盗んだ上に里を抜けるのは、重罪。弟を信じたい気持ちとは裏腹に次第に追い詰められていく。悩んだ末に一馬は、自分達の生まれ故郷である東蒼の里へと向かった。真っ暗な夜道を1人走り続ける一馬。そんな暗闇の中、自分を追走する気配に気づいた一馬は、急に止まると持っていた小刀を手に襲いかかった。
「待て。俺だ。」
その声に驚き、小刀を下ろす一馬の目に映ったのは、父、拓馬の姿だった。
「親父!?…親父なのか。今まで何処に行ってたんだよ。大変だったんだぞ。親父が里が裏切ったとか噂が流れるし…今だって拓朗が。」
不安を抱えてきた一馬の心内が拓馬の出現によって露わになる。拓馬は、一馬に目線を合わせると
「そうか、俺の事が噂に…すまなかったな、一馬。」
と謝った。そして、
「俺の事について、麗奈は、何か言ってなかったか?」
と聞いてきた。一馬は、拓馬の質問に首を振ると
「何も聞いていないよ。それに親父がいなくなった後、母さんは、俺達を紅南の里に預けて、それ以来ずっと領主様の所に御勤めに行っているんだ。だからあの日以来、母さんに会ってもいないよ。」
と答えた。拓馬は、それを聞くと少し考えて
「そうか…。一馬。これから言う事は、お前の中に閉まっておくんだ。いいな。」
と言った。その言葉に一馬が頷くと拓馬は、
「俺は、つい先日まで、イヴァイルに捕まっていたんだ。ようやく隙を見て、逃げ出したんだが、どうやら俺が捕まっている間にイヴァイルと麗奈に接触があったようだ。おそらく麗奈は、俺を人質にされ、領主様の所に。正直、非常にまずい状況だ。お前の話からすると俺達夫婦は、既に裏切り者の汚名を着せられている。俺がイヴァイルの場所を教えても信用されないだろう。だから、お前に頼みがある。俺の頼みを聞いてくれるか?」
と話した。いつも厳格な父からの切実な頼みに一馬は、疑いもせずに
「分かった。どうしたらいい。」
と答えた。一馬のやる気に拓馬は、笑みを見せると
「そうか。やはりお前は、自慢の息子だ。」
と一馬の肩を叩いた。一馬が誇らしげに頷くと拓馬は、
「お前は、これから南に向かうんだ。精霊の森を越えた先にある人里。おそらくそこに銀髪の人獣を連れた一団が来るはずだ。お前は、その一団から銀髪の人獣を預かり、俺の元に連れてきてくれ。」
と頼んだ。
「銀髪の人獣?そいつが俺達家族の汚名を晴らしてくれるのか?」
一馬の疑問に拓馬は、少し悩むと
「そうだ。その方は、領主様の孫娘。名は、確かクレア様だったか。内密ではあるが、あの戦乱から身を守るため、御身を人獣の姿に装い、隠れていたのだ。今までは、紅牙殿によって匿(かくま)われていたが、紅牙殿の指示で、此の地に戻られる事になったようだ。だが、この情報は、イヴァイルに漏れてしまった。おそらく、麗奈が…。お前なら分かるな。クレア様がイヴァイルの手に落ちたら、戦況が大きく傾く。その前にお前が保護するんだ。領主様の血族をお守りしたとなれば、俺達の汚名も晴れるだろう。」
と話した。一馬は、その言葉に納得すると
「分かったよ、親父。俺は、クレア様の護衛に向かう。」
と答えたが、
「だけど、まだ問題があるんだ。拓朗が紅南の暗殺忍具を盗んだらしい。俺は、それで拓朗を探していて。拓朗は、どうしたらいい?」
と話した。拓馬は、頭を抱えると
「あの馬鹿息子は…これでは、俺達の汚名が増すばかりじゃないか。拓朗の事は、ほっておけ。俺は、引き続きイヴァイルの監視を続けるが、その合間を見て、拓朗の情報を集める。お前は、クレア様を頼む。今やお前だけが、頼りなんだ。頼むぞ、一馬。」
と一馬に声をかけた。紅牙と同じく尊敬していた父から頼られた事に一馬は、意気揚々と精霊の南にある人里へと向かった。
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