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白狼襲来
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「私が目を覚ました時には、桜は、もういませんでした。蓮華と一馬を追ったんだと思います。」
丘での出来事を思い出して、撫子の顔に悔しさが滲み出す。オレが慰める様に撫子の肩を触ると撫子は、顔を隠すようにオレにもたれかかった。そこへオレを追って真奈美がやって来た。オレは、丘での出来事を真奈美に伝えると真奈美は、
「そんな…あの一馬君が。」
と言って、信じられない顔でオレを見た。周囲も明らかに動揺している。オレ達にとって心象の悪い一馬だが、里では、信頼されていたのかもしれない。だが、そんな事より、今は、蓮華と桜が心配だ。オレは、
「オレ達は、直ぐに東へ向かいます。蓮華を取り返す為に。」
と言うと撫子と一緒に準備を始めた。それを聞いた真奈美は、
「分かりました。事は急を要します。私が馬を用意しますので、此処でお待ちください。」
と言って、里に入ろうとした。その時だった。後方で
「うわぁぁぁ!お前ら逃げろ!!」
と叫んで1人の兵士が逃げて来た。更にその後方からは、白毛の大きな狼が迫って来ている。それも1匹じゃない。兵士が慌てて逃げて来るのも仕方がない。緊迫した状況。その上、蓮華達の危機に考えている余裕はない。オレは、白狼達に手を翳(かざ)すと力を込めた。だが、魔法を放とうとした瞬間、オレの手を掴み、
「待ってくれ。」
と声をかけられた。オレがその声の主を確認するとそこには紅牙が立っていた。紅牙は、オレの手を下ろさせるとまだ蹌踉(よろ)ける足で迫り来る白狼達の前に立った。紅牙の無謀とも思える行動。だが、白狼達は、紅牙を確認するとその勢いを止め、紅牙を取り囲んだ。
「ぐるるるるぅっ」
「ゔぅぅっ」
興奮しているのか、白狼達から唸(うな)り声が聞こえる。白狼達に囲まれ、いつ襲われてもおかしくない紅牙の状況に周囲の人間達は、一様に心配、動揺したが、そんな危険な場所に誰も近づく事ができなかった。そんな中、最初に動いたのは、紅牙だった。紅牙は、一歩白狼達に近づくと
「お主達がこんな里近くまで来るとはな。余程の要件か」
と尋ねた。すると一回(ひとまわ)り大きな白狼が近づき、そして、周囲の臭いを嗅ぐと
「此処でも火薬…か。どうしようもない奴らだ。紅牙よ、お前もこっ酷くやられた様だな。だが、よく生きていた。」
と言って、紅牙に顔を近づけた。獣族と人族が会話する奇妙な光景に周囲は、騒(ざわ)めくが、紅牙は、その顔を触ると
「あぁ、何とかな。」
と返した。それと同時に風が腕の通してない袖を揺らす。紅牙は、その揺れる袖を掴むと
「命は助かったが、この様さ。情けない限りだ。それより、今は要件について聞こう。急ぎなのだろう。それに先程の話、此処でも火薬とは…まさか其方でも何かあったのか?」
と尋ねた。すると白狼は、西の空を見て
「ああ。昨日の事だ。我らの縄張り近くにあるお前達の里で爆発があった。」
と答えた。その言葉に紅牙は、
「お主らの近く…。白西の里か。だが、何故あそこが。」
と憤りを滲ませた。白狼は、経緯を説明する。
「数日前、我らの末の仔が行方不明になった。我らは、総出で探し回り、昨日、麻袋に入れられた末の仔を馬で引摺(ひきず)る奴らを見つけたのだ。親父は、怒り狂い、群れを率いて向かったが、奴らは、我らを見つけるなり、末の仔を引摺ったまま里の中へと入って行った。明らかな誘いだった。だが、罠だと分かっていても麻袋から滴(したた)り落ちた血を見たら見過ごす事はできなかった。我らは、里に突入すると末の仔を探し回った。そして、奴らを見つけると八つ裂きにし、末の仔を取り返した。だが、末の仔は、既に息をしていなかった。せめて我らが地に還そうと末の仔を麻袋から取り出した瞬間だった。麻袋が爆発したんだ。」
『紅南の里と似た様な惨劇。白狼の言う奴らは、イヴァイルの仲間で間違いないだろう。』
白狼の話を聞き、紅牙は、拳を強く握る。そして、
「里は…白西の里は、どうなった?それにガイア殿は?」
と尋ねると白狼は、目を閉じ、
「里は、火の海になった。被害は、知らん。我らとて親父と傷ついた仲間を連れ帰るので精一杯だったのでな。それと親父は、生きてる。だが…お前と同じで片目を失った。それに多くの仲間もな。」
と答えた。一回り大きい白狼の言葉に他の白狼達が威嚇するかの様に唸り始める。恐怖が周囲を包む。そんな中、紅牙は、俯きながら
「そうか…ガイア殿も…それでお主達が此処へ来た理由は」
と聞いた。白狼は、目を鋭くし、前脚に力を込めると
「親父からの伝言を伝えに来た。我らシルバームーンウルフは、この都市を滅ぼす。」
と伝えた。白狼の言葉に誰もが怯む中、紅牙は、白狼の目をしっかり見ると
「その戦い、避けられないのか。戦えば互いに大きな犠牲が出るぞ。」
と確認した。白狼は、首を振ると
「無理だな。一族に多くの犠牲が出た以上、我らは、戦わなければならない。それがエレナ様の意に背く事であってもな。」
と答えた。そして、
「紅牙よ。お前は、此処に残れ。もし戦さ場で合い対する事になれば、例えお前とて我らは殺さねばならない。…お前には、エレナ様とクレアの恩がある。殺したくはない。」
と加えた。脅威からの救いの手。少しの沈黙の後、紅牙が口を開く。
「すまないが、それはできない。此の地は、俺が生まれ育った地だ。家族がいる。仲間がいる。恩ある方がいる。それを見捨てる事はできない。」
紅牙の言葉に白狼は、下を向くと
「そうか…残念だ。次会う時は、敵同士だな。」
と呟いた。お互いが決別を無言で承認する。少しの沈黙の後、紅牙は、真奈美を見る。真奈美は、その意図を汲み、それに答えるように首を振った。それを見た紅牙は、静かに目をつむった。そして、白狼達に対して
「俺は、お主達に、ガイア殿に詫びねばならない。…クレア様を奪われてしまった。」
と言って、頭を下げた。紅牙の言葉に後ろに控えていた白狼の1匹が
「クレアが奪われただと。紅牙、貴様。我らを裏切ったのか。」
と声を荒げた。他の白狼達も苛立ちを露わにしている。いつ紅牙が喰い千切られてもおかしくない状況に周囲の空気が凍りつく。
「どういう事か説明しろ。紅牙。」
先程とは態度を一変させ、一回り大きい白狼が紅牙に問いただす。紅牙は、白狼の顔を見ると
「俺の仲間がクレア様を連れ去った。おそらくイヴァイルの手の者に騙されている。俺は、これからクレア様を助け出しに行くつもりだ。この命にかえても必ずな。」
と答えた。一回り大きい白狼は、紅牙の顔をじっと見ると今にも襲い掛かろうとしている仲間を下がらせ
「分かった。…だが、しくじれば此の地の人族は、全員滅ぶと思え。」
と忠告した。そして、年若い白狼達に対し、首を振ると
「紅牙。こいつらを連れて行け。」
と言った。3匹の若い白狼が紅牙に近づく。一回り大きい白狼のはからいに紅牙が
「いいのか?」
と確認すると白狼は、
「勘違いするな。こいつらは、見張りだ。クレアにもしもの事があれば、紅牙。お前が最初の犠牲になるだけだ。」
と言って、背を向けた。そして、残りの白狼を引き連れて去ろうとする姿に紅牙は、
「感謝する。」
と言って、頭を下げた。
丘での出来事を思い出して、撫子の顔に悔しさが滲み出す。オレが慰める様に撫子の肩を触ると撫子は、顔を隠すようにオレにもたれかかった。そこへオレを追って真奈美がやって来た。オレは、丘での出来事を真奈美に伝えると真奈美は、
「そんな…あの一馬君が。」
と言って、信じられない顔でオレを見た。周囲も明らかに動揺している。オレ達にとって心象の悪い一馬だが、里では、信頼されていたのかもしれない。だが、そんな事より、今は、蓮華と桜が心配だ。オレは、
「オレ達は、直ぐに東へ向かいます。蓮華を取り返す為に。」
と言うと撫子と一緒に準備を始めた。それを聞いた真奈美は、
「分かりました。事は急を要します。私が馬を用意しますので、此処でお待ちください。」
と言って、里に入ろうとした。その時だった。後方で
「うわぁぁぁ!お前ら逃げろ!!」
と叫んで1人の兵士が逃げて来た。更にその後方からは、白毛の大きな狼が迫って来ている。それも1匹じゃない。兵士が慌てて逃げて来るのも仕方がない。緊迫した状況。その上、蓮華達の危機に考えている余裕はない。オレは、白狼達に手を翳(かざ)すと力を込めた。だが、魔法を放とうとした瞬間、オレの手を掴み、
「待ってくれ。」
と声をかけられた。オレがその声の主を確認するとそこには紅牙が立っていた。紅牙は、オレの手を下ろさせるとまだ蹌踉(よろ)ける足で迫り来る白狼達の前に立った。紅牙の無謀とも思える行動。だが、白狼達は、紅牙を確認するとその勢いを止め、紅牙を取り囲んだ。
「ぐるるるるぅっ」
「ゔぅぅっ」
興奮しているのか、白狼達から唸(うな)り声が聞こえる。白狼達に囲まれ、いつ襲われてもおかしくない紅牙の状況に周囲の人間達は、一様に心配、動揺したが、そんな危険な場所に誰も近づく事ができなかった。そんな中、最初に動いたのは、紅牙だった。紅牙は、一歩白狼達に近づくと
「お主達がこんな里近くまで来るとはな。余程の要件か」
と尋ねた。すると一回(ひとまわ)り大きな白狼が近づき、そして、周囲の臭いを嗅ぐと
「此処でも火薬…か。どうしようもない奴らだ。紅牙よ、お前もこっ酷くやられた様だな。だが、よく生きていた。」
と言って、紅牙に顔を近づけた。獣族と人族が会話する奇妙な光景に周囲は、騒(ざわ)めくが、紅牙は、その顔を触ると
「あぁ、何とかな。」
と返した。それと同時に風が腕の通してない袖を揺らす。紅牙は、その揺れる袖を掴むと
「命は助かったが、この様さ。情けない限りだ。それより、今は要件について聞こう。急ぎなのだろう。それに先程の話、此処でも火薬とは…まさか其方でも何かあったのか?」
と尋ねた。すると白狼は、西の空を見て
「ああ。昨日の事だ。我らの縄張り近くにあるお前達の里で爆発があった。」
と答えた。その言葉に紅牙は、
「お主らの近く…。白西の里か。だが、何故あそこが。」
と憤りを滲ませた。白狼は、経緯を説明する。
「数日前、我らの末の仔が行方不明になった。我らは、総出で探し回り、昨日、麻袋に入れられた末の仔を馬で引摺(ひきず)る奴らを見つけたのだ。親父は、怒り狂い、群れを率いて向かったが、奴らは、我らを見つけるなり、末の仔を引摺ったまま里の中へと入って行った。明らかな誘いだった。だが、罠だと分かっていても麻袋から滴(したた)り落ちた血を見たら見過ごす事はできなかった。我らは、里に突入すると末の仔を探し回った。そして、奴らを見つけると八つ裂きにし、末の仔を取り返した。だが、末の仔は、既に息をしていなかった。せめて我らが地に還そうと末の仔を麻袋から取り出した瞬間だった。麻袋が爆発したんだ。」
『紅南の里と似た様な惨劇。白狼の言う奴らは、イヴァイルの仲間で間違いないだろう。』
白狼の話を聞き、紅牙は、拳を強く握る。そして、
「里は…白西の里は、どうなった?それにガイア殿は?」
と尋ねると白狼は、目を閉じ、
「里は、火の海になった。被害は、知らん。我らとて親父と傷ついた仲間を連れ帰るので精一杯だったのでな。それと親父は、生きてる。だが…お前と同じで片目を失った。それに多くの仲間もな。」
と答えた。一回り大きい白狼の言葉に他の白狼達が威嚇するかの様に唸り始める。恐怖が周囲を包む。そんな中、紅牙は、俯きながら
「そうか…ガイア殿も…それでお主達が此処へ来た理由は」
と聞いた。白狼は、目を鋭くし、前脚に力を込めると
「親父からの伝言を伝えに来た。我らシルバームーンウルフは、この都市を滅ぼす。」
と伝えた。白狼の言葉に誰もが怯む中、紅牙は、白狼の目をしっかり見ると
「その戦い、避けられないのか。戦えば互いに大きな犠牲が出るぞ。」
と確認した。白狼は、首を振ると
「無理だな。一族に多くの犠牲が出た以上、我らは、戦わなければならない。それがエレナ様の意に背く事であってもな。」
と答えた。そして、
「紅牙よ。お前は、此処に残れ。もし戦さ場で合い対する事になれば、例えお前とて我らは殺さねばならない。…お前には、エレナ様とクレアの恩がある。殺したくはない。」
と加えた。脅威からの救いの手。少しの沈黙の後、紅牙が口を開く。
「すまないが、それはできない。此の地は、俺が生まれ育った地だ。家族がいる。仲間がいる。恩ある方がいる。それを見捨てる事はできない。」
紅牙の言葉に白狼は、下を向くと
「そうか…残念だ。次会う時は、敵同士だな。」
と呟いた。お互いが決別を無言で承認する。少しの沈黙の後、紅牙は、真奈美を見る。真奈美は、その意図を汲み、それに答えるように首を振った。それを見た紅牙は、静かに目をつむった。そして、白狼達に対して
「俺は、お主達に、ガイア殿に詫びねばならない。…クレア様を奪われてしまった。」
と言って、頭を下げた。紅牙の言葉に後ろに控えていた白狼の1匹が
「クレアが奪われただと。紅牙、貴様。我らを裏切ったのか。」
と声を荒げた。他の白狼達も苛立ちを露わにしている。いつ紅牙が喰い千切られてもおかしくない状況に周囲の空気が凍りつく。
「どういう事か説明しろ。紅牙。」
先程とは態度を一変させ、一回り大きい白狼が紅牙に問いただす。紅牙は、白狼の顔を見ると
「俺の仲間がクレア様を連れ去った。おそらくイヴァイルの手の者に騙されている。俺は、これからクレア様を助け出しに行くつもりだ。この命にかえても必ずな。」
と答えた。一回り大きい白狼は、紅牙の顔をじっと見ると今にも襲い掛かろうとしている仲間を下がらせ
「分かった。…だが、しくじれば此の地の人族は、全員滅ぶと思え。」
と忠告した。そして、年若い白狼達に対し、首を振ると
「紅牙。こいつらを連れて行け。」
と言った。3匹の若い白狼が紅牙に近づく。一回り大きい白狼のはからいに紅牙が
「いいのか?」
と確認すると白狼は、
「勘違いするな。こいつらは、見張りだ。クレアにもしもの事があれば、紅牙。お前が最初の犠牲になるだけだ。」
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