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水帝の砦
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まだ紅牙の意識は戻っていないが、浅かった呼吸は戻り、顔色も良くなってきた気がする。片腕を失った重症状態である事は、変わりないが、命の危険は、回避できたはずだ。
『しかし、造血剤が1~2時間で効果が出るとは、聞いた事がない。多少の血液なら分かるが、あの出血量を回復できるのは、信じがたい。そういえば、以前、鳳来さんがこの世界には、機械、ましてや精密な機械が存在しないと言っていた。そもそも電気自体が一部の部族で生活魔法の代わりに使用しているくらいだと。更に手術などの医療技術はあるが、より高度医療を受けるには、巨人の里の様な場所でなければ受けられない状況だ。もしかしたら、それが薬剤の発展に繋がったのかもしれない。それにしても、大した事はしていないはずなのに疲れた。』
切迫した緊張感から解放されたせいか、オレは、急に力が抜けて近くの椅子に座った。そんなオレにシコタは、水を差し出すと
「ありがとうございます。この御恩、何とお礼を言ったらいいか分かりません。」
と頭を下げた。朱李も紅牙の手を握りながら、オレに頭を下げる。オレは、シコタの水を受け取ると
「オレは、オレにできる事をしただけです。とにかく紅牙さんが助かって良かったです。」
と言って、水を飲んだ。喉を通る水がオレを落ち着かせる。まだ外は、騒がしい。オレは、一息つくとシコタにこの状況について尋ねた。
「シコタさん、此処で何が起こったんですか?」
オレの質問にシコタは、一度、紅牙と朱李を見ると部屋の戸を閉めた。そして、
「ここまで関わらせてしまった以上、貴方には聞く権利があります。ですが、その前に貴方の素性について教えていただけませんか?」
と聞いて来た。オレは、
「オレは、永遠と言います。人孤の里で紅牙さんからの依頼を受けて来ました。」
と答え、不知火から預かった依頼書をシコタに見せた。シコタは、オレの言葉を聞くなり、依頼書を奪い取るように確認すると
「まさか、貴方が。それは、失礼しました。それでクレア様は、何処に?無事なんですか?」
と聞いてきた。シコタの興奮した様子に対し、オレは混乱する。
『クレア?そうか。こっちでは、蓮華ではなく、クレアだった。』
オレは、混乱を隠しながら、
「はい。今は、オレの妻達と一緒に近くの丘で待っています。」
と答えた。シコタは、オレの言葉を確認するように朱李を見ると朱李は、頷き、
「永遠様の言っている事は、本当です。今は、里の南の一本杉の丘にいるはずです。」
と返した。シコタは、その言葉を聞くと
「なら直ぐに迎えに行かせましょう。まだ近くに奴らの残党がいるやもしれませんので。」
と言って、急いで外に出て行った。そして、外の兵士数名に指示すると部屋に戻って来た。
「話を折ってしまい、すみません。私達にとってクレア様の保護は、最優先事項なものですから。そう言えば、まだちゃんと名乗っていませんでしたね。私は、真奈美・シコタ。此処、紅南の里で紅牙様の補佐をしている者です。」
クレアの件もあってか、真奈美が改まって自己紹介をする。そして、深く頭を下げると
「紅牙様の命を救って頂いただけでなく、クレア様の護衛までして頂き、本当にありがとうございます。この御恩には、何をもってしても御返しさせていただきます。」
とお礼を述べた。あまりの低姿勢にオレは、
「そんなに改まらないで下さい。蓮華、いやクレアさんの護衛は、依頼だった訳ですし。それよりも今の状況を説明いただけますか?」
と返した。真奈美は、頷くと一度目を瞑り、これまでの事を思い出すと今迄の経緯を話し始めた。
「10日前。朱李、貴方と拓朗が此処から出て行った後、作戦の漏洩を危惧した里長達によって、直ぐに麗奈の暗殺が決行されたの。」
その言葉に朱李に反応する。
「そんな。おばちゃんは、止めなかったの。麗奈さんは、おばちゃんの…」
真奈美は、朱李を宥(なだ)める様に
「止めたわ。でも、あの時は、仕方なかったのよ。領主様達の命がかかってたから。」
と答えた。そして、話を続ける。
「でも、麗奈の暗殺は失敗した。失敗と言うよりできなかったの。貴方達が此処の暗殺忍具を持ち出した事で、北翠と白西の里の暗部が暗殺を行う事になったのだけど、暗部が向かった時には、既に麗奈は、領主様の館に居なかったから。作戦が漏れたのか、それとも麗奈の判断だったのか。今となっては、分からないけど、私達は、無事領主様達を保護する事ができたわ。でも、それから6日後、領主様の館がある都市中央部に部隊を編成した時に、水帝の砦が落とされたと報告があったんです。」
「水帝の砦?」
「ええ。この都市には、各守護之門里の間に都市を囲む様に砦があるんです。砦の防衛・管理は、それを挟んでる里が交互に行なっているのですが、3日前、此処、紅南の里と東蒼の里の間にある水帝の砦がイヴァイル達に破壊されたんです。元々、イヴァイルは、水帝エリアを統治していましたし、拓馬が共謀している事を考えれば、警戒しなければいけない拠点だったのですが、中央に部隊編成をしている隙をつかれてしまったんです。私達は、その知らせを聞いて急いで水帝の砦に向かいましたが、着いた時には既にイヴァイル達の姿はなく、砦だけが無惨に破壊された後でした。防衛の拠点の一つを破壊された。それだけでも影響は、大きかったのですが、その破壊の大部分が都市の外側から行われていた事に私達は、頭を抱えました。つまり、イヴァイル達は、都市の外にも軍備を整える拠点がある事を示していたんです。それにこの砦の破壊は、別の悲劇も生んだんです。」
『別の悲劇?』
その言葉が気になってオレが
「別の悲劇って、何があったんですか?」
と聞くと真奈美は、嫌な事を思い出した様に答えた。
「その後、機を見たかのように獣人族達が攻めてきたのです。」
『やはり』
オレは、その言葉を聞いて、精霊の森での事を真奈美に伝えた。
「実は、オレ達も精霊の森で豚人族達に襲われたんです。奴らは、明らかにクレアさんを狙っていました。」
『しまった。その暗殺に朱李が関与していた事を忘れていた。』
オレは、話した後に後悔したが、真奈美は、朱李の関与どころか、豚人族の襲撃を初めて聞いたかの様に
「まさか。イヴァイル達が獣人族達と繋がっているの?でも、イヴァイル達が水帝の砦を破壊した後に都市に攻め込むわけではなく、都市外に戻ったと報告があったわ。その時は、砦攻略で失った戦力を整えるためと思ったけど、それが本当なら色々と納得できるわ。」
と言って、里の襲撃について話し始めた。
『しかし、造血剤が1~2時間で効果が出るとは、聞いた事がない。多少の血液なら分かるが、あの出血量を回復できるのは、信じがたい。そういえば、以前、鳳来さんがこの世界には、機械、ましてや精密な機械が存在しないと言っていた。そもそも電気自体が一部の部族で生活魔法の代わりに使用しているくらいだと。更に手術などの医療技術はあるが、より高度医療を受けるには、巨人の里の様な場所でなければ受けられない状況だ。もしかしたら、それが薬剤の発展に繋がったのかもしれない。それにしても、大した事はしていないはずなのに疲れた。』
切迫した緊張感から解放されたせいか、オレは、急に力が抜けて近くの椅子に座った。そんなオレにシコタは、水を差し出すと
「ありがとうございます。この御恩、何とお礼を言ったらいいか分かりません。」
と頭を下げた。朱李も紅牙の手を握りながら、オレに頭を下げる。オレは、シコタの水を受け取ると
「オレは、オレにできる事をしただけです。とにかく紅牙さんが助かって良かったです。」
と言って、水を飲んだ。喉を通る水がオレを落ち着かせる。まだ外は、騒がしい。オレは、一息つくとシコタにこの状況について尋ねた。
「シコタさん、此処で何が起こったんですか?」
オレの質問にシコタは、一度、紅牙と朱李を見ると部屋の戸を閉めた。そして、
「ここまで関わらせてしまった以上、貴方には聞く権利があります。ですが、その前に貴方の素性について教えていただけませんか?」
と聞いて来た。オレは、
「オレは、永遠と言います。人孤の里で紅牙さんからの依頼を受けて来ました。」
と答え、不知火から預かった依頼書をシコタに見せた。シコタは、オレの言葉を聞くなり、依頼書を奪い取るように確認すると
「まさか、貴方が。それは、失礼しました。それでクレア様は、何処に?無事なんですか?」
と聞いてきた。シコタの興奮した様子に対し、オレは混乱する。
『クレア?そうか。こっちでは、蓮華ではなく、クレアだった。』
オレは、混乱を隠しながら、
「はい。今は、オレの妻達と一緒に近くの丘で待っています。」
と答えた。シコタは、オレの言葉を確認するように朱李を見ると朱李は、頷き、
「永遠様の言っている事は、本当です。今は、里の南の一本杉の丘にいるはずです。」
と返した。シコタは、その言葉を聞くと
「なら直ぐに迎えに行かせましょう。まだ近くに奴らの残党がいるやもしれませんので。」
と言って、急いで外に出て行った。そして、外の兵士数名に指示すると部屋に戻って来た。
「話を折ってしまい、すみません。私達にとってクレア様の保護は、最優先事項なものですから。そう言えば、まだちゃんと名乗っていませんでしたね。私は、真奈美・シコタ。此処、紅南の里で紅牙様の補佐をしている者です。」
クレアの件もあってか、真奈美が改まって自己紹介をする。そして、深く頭を下げると
「紅牙様の命を救って頂いただけでなく、クレア様の護衛までして頂き、本当にありがとうございます。この御恩には、何をもってしても御返しさせていただきます。」
とお礼を述べた。あまりの低姿勢にオレは、
「そんなに改まらないで下さい。蓮華、いやクレアさんの護衛は、依頼だった訳ですし。それよりも今の状況を説明いただけますか?」
と返した。真奈美は、頷くと一度目を瞑り、これまでの事を思い出すと今迄の経緯を話し始めた。
「10日前。朱李、貴方と拓朗が此処から出て行った後、作戦の漏洩を危惧した里長達によって、直ぐに麗奈の暗殺が決行されたの。」
その言葉に朱李に反応する。
「そんな。おばちゃんは、止めなかったの。麗奈さんは、おばちゃんの…」
真奈美は、朱李を宥(なだ)める様に
「止めたわ。でも、あの時は、仕方なかったのよ。領主様達の命がかかってたから。」
と答えた。そして、話を続ける。
「でも、麗奈の暗殺は失敗した。失敗と言うよりできなかったの。貴方達が此処の暗殺忍具を持ち出した事で、北翠と白西の里の暗部が暗殺を行う事になったのだけど、暗部が向かった時には、既に麗奈は、領主様の館に居なかったから。作戦が漏れたのか、それとも麗奈の判断だったのか。今となっては、分からないけど、私達は、無事領主様達を保護する事ができたわ。でも、それから6日後、領主様の館がある都市中央部に部隊を編成した時に、水帝の砦が落とされたと報告があったんです。」
「水帝の砦?」
「ええ。この都市には、各守護之門里の間に都市を囲む様に砦があるんです。砦の防衛・管理は、それを挟んでる里が交互に行なっているのですが、3日前、此処、紅南の里と東蒼の里の間にある水帝の砦がイヴァイル達に破壊されたんです。元々、イヴァイルは、水帝エリアを統治していましたし、拓馬が共謀している事を考えれば、警戒しなければいけない拠点だったのですが、中央に部隊編成をしている隙をつかれてしまったんです。私達は、その知らせを聞いて急いで水帝の砦に向かいましたが、着いた時には既にイヴァイル達の姿はなく、砦だけが無惨に破壊された後でした。防衛の拠点の一つを破壊された。それだけでも影響は、大きかったのですが、その破壊の大部分が都市の外側から行われていた事に私達は、頭を抱えました。つまり、イヴァイル達は、都市の外にも軍備を整える拠点がある事を示していたんです。それにこの砦の破壊は、別の悲劇も生んだんです。」
『別の悲劇?』
その言葉が気になってオレが
「別の悲劇って、何があったんですか?」
と聞くと真奈美は、嫌な事を思い出した様に答えた。
「その後、機を見たかのように獣人族達が攻めてきたのです。」
『やはり』
オレは、その言葉を聞いて、精霊の森での事を真奈美に伝えた。
「実は、オレ達も精霊の森で豚人族達に襲われたんです。奴らは、明らかにクレアさんを狙っていました。」
『しまった。その暗殺に朱李が関与していた事を忘れていた。』
オレは、話した後に後悔したが、真奈美は、朱李の関与どころか、豚人族の襲撃を初めて聞いたかの様に
「まさか。イヴァイル達が獣人族達と繋がっているの?でも、イヴァイル達が水帝の砦を破壊した後に都市に攻め込むわけではなく、都市外に戻ったと報告があったわ。その時は、砦攻略で失った戦力を整えるためと思ったけど、それが本当なら色々と納得できるわ。」
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