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初めての処置
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ベットに横たわる紅牙。失った右腕を包む包帯からは、止血しきれなかった血が滲み出ている。当然、激痛もあるはずだが、紅牙が声も出さずに横たわっているのは、麻酔か何かで強制的に痛みを抑えているのだろう。いや、それ以前にオレ達が入って来ても何の反応もないところを見ると意識が無いのかもしれない。麻酔の影響か、それとも大量の出血の影響か。ただ、そんな瀕死の状態の紅牙に朱李は、言葉を失った。最愛の男(ひと)を失い、今度は、父親を失おうとしている。シコタは、この状況を察して、せめてもの情けで抜忍である朱李を連れて来たのだろう。膝から崩れ落ちる朱李からやっと絞り出された言葉は
「…ぉ父さん」
だった。シコタは、朱李の肩に手を置くと中にいた男性に目を配り、外に出した。そして、オレにも視線を向けると
「貴方も出て行ってくれるかしら。せめて最期は家族だけにしてあげたいわ。」
と声をかけた。シコタの言葉の意味は分かる。だが、オレは、首を振ると紅牙に近づき、腰を落とすと紅牙の耳元で
「オレは、不知火の遣いで来ました。その意味を理解できる様でしたら、オレに貴方の治療をさせて下さい。」
と伝えた。オレの突然の行動にシコタは、
「貴方、何を言っているの?」
と言って、オレを紅牙から引き離そうとした。だが、その時だった。オレの言葉を聞き取れたのか、はたして意味を理解できたのか分からないが、紅牙の左腕が動いた。紅牙のできる精一杯の反応だったのだろう。オレは、その手を取ると
「この人は、まだ生きようとしている。なら、オレは、できる限りの事をしたい。」
とシコタに頼んだ。シコタは、半信半疑だったが、紅牙の反応に頷くと
「分かったわ。私は、何をしたらいい?」
とオレに尋ねた。オレは、周囲を見渡し、新しいガーゼを要求するとシコタは、すぐさま部屋を出て行った。シコタが居なくなるのを確認すると、オレは、近くにあったトレイに水を入れ、朱李に見えない様にして、近くにあった刃物で指を切った。滴る血が水に溶け、薄ら赤くなる。
『きっとこの事がバレたら不知火さんに怒られるだろうな。』
そう思っている間にシコタが戻って来た。オレは、シコタからガーゼを受け取るとトレイの液体にガーゼを漬け込んだ。そして、ガーゼに液体が染み込む間に紅牙の右腕の包帯を剥がしていった。露わになる紅牙の腕は、悲惨な状態だった。引き千切られた腕の傷は、砕けた骨が剥き出しになり、血を止めるために焼かれたはずの肉からは、今もなお血が流れ落ちていた。きっと中にいた男性は、この目を背けたくなる状況に絶望し、苦痛を和らげる事しかできなかったのだろう。オレは、その腕に液体を染み込ませたガーゼを当てると再び包帯で固定した。初めての処置。いや、医者見習いどころか学生だったオレの行為は、処置と呼べるものでは無かったのかもしれない。それでも自分のできる事をした。その結果を見守っていると巻き直した包帯がまた赤く染まり始めた。
『出血が止まらない…という事は』
目の前の現実にオレが肩を落とすと急に紅牙が呻き始めた。
「ゔっ…ぐぅぅ」
紅牙の苦しそうな声に朱李が駆け寄り、
「お父さん、お父さん。死なないで…。」
と言って、紅牙の身体を抱きしめた。その場にいた誰もが最悪の結末を覚悟した、その時だった。紅牙の胸で泣き崩れる朱李の頭に紅牙の左手が添えられた。僅かに動く紅牙の左手が朱李の頭を撫でる。紅牙の意識は、間違いなくまだ朧(おぼろ)げだった。だが、紅牙の左手は、確かに朱李の言葉に反応していた。朱李は、その左手を握ると
「お父さん!お父さん!」
と連呼した。朱李の呼びかけに反応して紅牙の口が動くが、あまりにか細い声で聞き取れない。
『意識はあるけど、このままでは紅牙は、腕からの失血で…いや、違う。腕の包帯は、赤くなっているが、血は、滲み出ていない。』
オレは、巻き直した包帯を再び剥がし、ガーゼの内側を確認すると紅牙の腕は、歪(いびつ)ではあったが、皮膚で覆われていた。
『出血は、おさまっている。だが、今の紅牙は、気力で生き延びているにすぎない。早く血を与えないと』
オレは、シコタに
「紅牙の血液型は?それと誰か輸血ができる人間を。」
と指示をした。だが、シコタは、オレの指示の意味を理解できないのか、オレの指示を確認する。
「紅牙様の血液型って?輸血って何?」
『嘘だろ。血液型の概念がない?輸血も知らないのか?いや、鳳来の時は、輸血や輸液を入れていた。医療にここまで格差があるのか。でも、麻酔の技術がある。多少の心得がある人間がいるはずだ。』
オレは、シコタに先程までこの部屋で治療を行っていた男性を連れてくる様に頼んだ。連れてこられた男性は、部屋に入ってくるなり、何が起こったのかと周囲を確認した。挙動不審な男性にオレが声をかける。
「すみません。貴方は、輸血を知っていますか?」
オレの言葉に男性は、驚いた表情で
「輸血だって?何でそれを君は知っているんだ。」
と聞いてきた。オレは、男性に近づくと
「輸血を知ってるんですね。早く、紅牙さんに輸血を行って下さい。」
と頼んだ。だが、男性は、首を振ると
「輸血はできない。あれは、巨人の里で血液の種類を調べないとできないんだ。血液の種類を間違えれば、血液が壊れてしまう可能性があるから。それに輸血ができたとしても出血の続くあの状況では…。」
と答えた。
『確かに血液型を間違えれば、血液の凝集が起こる可能性がある。そういう意味では、万能薬と称されているとはいえ、オレの血液を使用したのは、失態だったのかもしれない。だが、今は、紅牙にどうやって輸血するかだ。』
オレは、男性に現状を説明する。
「紅牙さんの止血は、済んでいるんです。後は、何とか血を…」
オレが言い切る前に男性がオレに掴み掛かる。
「どういう事だ。止血が済んでる?そんなわけ無いだろ。あの傷だぞ。そんな事ができるなら、俺が何とかしてる。」
オレを疑い、興奮する男性にオレは、紅牙の右腕を見せた。そして、
「何とかできるなら、急いで下さい。紅牙さんの容態は、一刻を争っているんです。」
と言った。男性は、信じられないものを見たかの様に一度言葉を失ったが、オレの言葉の意味を理解したのか、急いで部屋を出ると何やら薬品を持って戻って来た。
「それは?」
オレの問いに男性は、息を切らしながら
「これは、造血剤。巨人族の里で作られた緊急手術用の一級薬剤だ。」
と答え、注射器でその液剤を取ると紅牙に投与した。
『造血剤?詳しくはないが、血液を増やすのに数日かかるのではなかっただろうか。それでは紅牙がもつか。』
男性の言葉に心配になったオレは、
「造血剤で大丈夫なんでしょうか?それだと血液を増やすのに数日くらいかかるのではないですか?」
と聞くと男性は、呆れた様にオレを見て、
「何を言っているんだ。さっき言っただろ。巨人族の里で作られた緊急手術用の一級薬剤だって。使用すれば、1~2時間はかかるが、通常血液の半分位は回復できる。その分、腎臓等に負担はかけてしまうが、紅牙様なら大丈夫だろう。」
と答えた。そして、男性は、紅牙を触診すると
「はぁ、しかし本当に奇跡だ。巨人族の里で長年研鑽を積んできたつもりだったが、こんな奇跡は、見た事がない。君は、一体何をしたんだ?まさか噂に聞く回復魔法か?」
と問い詰められた。答えられない。紅牙を助けるのに必死で言い逃れる為の言葉を考えていなかった。オレの目が泳ぐ。そんなオレを助けるかの様に部屋の外から男性を呼ぶ声が聞こえてきた。部屋の外には、まだ患者がいる。男性は、渋々部屋を出たが、あの目は、きっとまた追求に来るだろう。それまでに何か考えておこう。
「…ぉ父さん」
だった。シコタは、朱李の肩に手を置くと中にいた男性に目を配り、外に出した。そして、オレにも視線を向けると
「貴方も出て行ってくれるかしら。せめて最期は家族だけにしてあげたいわ。」
と声をかけた。シコタの言葉の意味は分かる。だが、オレは、首を振ると紅牙に近づき、腰を落とすと紅牙の耳元で
「オレは、不知火の遣いで来ました。その意味を理解できる様でしたら、オレに貴方の治療をさせて下さい。」
と伝えた。オレの突然の行動にシコタは、
「貴方、何を言っているの?」
と言って、オレを紅牙から引き離そうとした。だが、その時だった。オレの言葉を聞き取れたのか、はたして意味を理解できたのか分からないが、紅牙の左腕が動いた。紅牙のできる精一杯の反応だったのだろう。オレは、その手を取ると
「この人は、まだ生きようとしている。なら、オレは、できる限りの事をしたい。」
とシコタに頼んだ。シコタは、半信半疑だったが、紅牙の反応に頷くと
「分かったわ。私は、何をしたらいい?」
とオレに尋ねた。オレは、周囲を見渡し、新しいガーゼを要求するとシコタは、すぐさま部屋を出て行った。シコタが居なくなるのを確認すると、オレは、近くにあったトレイに水を入れ、朱李に見えない様にして、近くにあった刃物で指を切った。滴る血が水に溶け、薄ら赤くなる。
『きっとこの事がバレたら不知火さんに怒られるだろうな。』
そう思っている間にシコタが戻って来た。オレは、シコタからガーゼを受け取るとトレイの液体にガーゼを漬け込んだ。そして、ガーゼに液体が染み込む間に紅牙の右腕の包帯を剥がしていった。露わになる紅牙の腕は、悲惨な状態だった。引き千切られた腕の傷は、砕けた骨が剥き出しになり、血を止めるために焼かれたはずの肉からは、今もなお血が流れ落ちていた。きっと中にいた男性は、この目を背けたくなる状況に絶望し、苦痛を和らげる事しかできなかったのだろう。オレは、その腕に液体を染み込ませたガーゼを当てると再び包帯で固定した。初めての処置。いや、医者見習いどころか学生だったオレの行為は、処置と呼べるものでは無かったのかもしれない。それでも自分のできる事をした。その結果を見守っていると巻き直した包帯がまた赤く染まり始めた。
『出血が止まらない…という事は』
目の前の現実にオレが肩を落とすと急に紅牙が呻き始めた。
「ゔっ…ぐぅぅ」
紅牙の苦しそうな声に朱李が駆け寄り、
「お父さん、お父さん。死なないで…。」
と言って、紅牙の身体を抱きしめた。その場にいた誰もが最悪の結末を覚悟した、その時だった。紅牙の胸で泣き崩れる朱李の頭に紅牙の左手が添えられた。僅かに動く紅牙の左手が朱李の頭を撫でる。紅牙の意識は、間違いなくまだ朧(おぼろ)げだった。だが、紅牙の左手は、確かに朱李の言葉に反応していた。朱李は、その左手を握ると
「お父さん!お父さん!」
と連呼した。朱李の呼びかけに反応して紅牙の口が動くが、あまりにか細い声で聞き取れない。
『意識はあるけど、このままでは紅牙は、腕からの失血で…いや、違う。腕の包帯は、赤くなっているが、血は、滲み出ていない。』
オレは、巻き直した包帯を再び剥がし、ガーゼの内側を確認すると紅牙の腕は、歪(いびつ)ではあったが、皮膚で覆われていた。
『出血は、おさまっている。だが、今の紅牙は、気力で生き延びているにすぎない。早く血を与えないと』
オレは、シコタに
「紅牙の血液型は?それと誰か輸血ができる人間を。」
と指示をした。だが、シコタは、オレの指示の意味を理解できないのか、オレの指示を確認する。
「紅牙様の血液型って?輸血って何?」
『嘘だろ。血液型の概念がない?輸血も知らないのか?いや、鳳来の時は、輸血や輸液を入れていた。医療にここまで格差があるのか。でも、麻酔の技術がある。多少の心得がある人間がいるはずだ。』
オレは、シコタに先程までこの部屋で治療を行っていた男性を連れてくる様に頼んだ。連れてこられた男性は、部屋に入ってくるなり、何が起こったのかと周囲を確認した。挙動不審な男性にオレが声をかける。
「すみません。貴方は、輸血を知っていますか?」
オレの言葉に男性は、驚いた表情で
「輸血だって?何でそれを君は知っているんだ。」
と聞いてきた。オレは、男性に近づくと
「輸血を知ってるんですね。早く、紅牙さんに輸血を行って下さい。」
と頼んだ。だが、男性は、首を振ると
「輸血はできない。あれは、巨人の里で血液の種類を調べないとできないんだ。血液の種類を間違えれば、血液が壊れてしまう可能性があるから。それに輸血ができたとしても出血の続くあの状況では…。」
と答えた。
『確かに血液型を間違えれば、血液の凝集が起こる可能性がある。そういう意味では、万能薬と称されているとはいえ、オレの血液を使用したのは、失態だったのかもしれない。だが、今は、紅牙にどうやって輸血するかだ。』
オレは、男性に現状を説明する。
「紅牙さんの止血は、済んでいるんです。後は、何とか血を…」
オレが言い切る前に男性がオレに掴み掛かる。
「どういう事だ。止血が済んでる?そんなわけ無いだろ。あの傷だぞ。そんな事ができるなら、俺が何とかしてる。」
オレを疑い、興奮する男性にオレは、紅牙の右腕を見せた。そして、
「何とかできるなら、急いで下さい。紅牙さんの容態は、一刻を争っているんです。」
と言った。男性は、信じられないものを見たかの様に一度言葉を失ったが、オレの言葉の意味を理解したのか、急いで部屋を出ると何やら薬品を持って戻って来た。
「それは?」
オレの問いに男性は、息を切らしながら
「これは、造血剤。巨人族の里で作られた緊急手術用の一級薬剤だ。」
と答え、注射器でその液剤を取ると紅牙に投与した。
『造血剤?詳しくはないが、血液を増やすのに数日かかるのではなかっただろうか。それでは紅牙がもつか。』
男性の言葉に心配になったオレは、
「造血剤で大丈夫なんでしょうか?それだと血液を増やすのに数日くらいかかるのではないですか?」
と聞くと男性は、呆れた様にオレを見て、
「何を言っているんだ。さっき言っただろ。巨人族の里で作られた緊急手術用の一級薬剤だって。使用すれば、1~2時間はかかるが、通常血液の半分位は回復できる。その分、腎臓等に負担はかけてしまうが、紅牙様なら大丈夫だろう。」
と答えた。そして、男性は、紅牙を触診すると
「はぁ、しかし本当に奇跡だ。巨人族の里で長年研鑽を積んできたつもりだったが、こんな奇跡は、見た事がない。君は、一体何をしたんだ?まさか噂に聞く回復魔法か?」
と問い詰められた。答えられない。紅牙を助けるのに必死で言い逃れる為の言葉を考えていなかった。オレの目が泳ぐ。そんなオレを助けるかの様に部屋の外から男性を呼ぶ声が聞こえてきた。部屋の外には、まだ患者がいる。男性は、渋々部屋を出たが、あの目は、きっとまた追求に来るだろう。それまでに何か考えておこう。
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