神盤の操り人形(マリオネット)

遊庵

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縁起撒き

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オレがキスマークを落とし終え、広間に入ると中では既に食事が始まっていた。大和も神楽もいる。どうやらあのまま此処に泊まったらしい。
「おはようございます、永遠様。」
「おはようございます。遅くなって、すみません。」
不知火に挨拶を返す。不知火は、撫子達と同じ巫女服に身を包み、食事を摂っている。さすがは母娘(おやこ)。改めて思うが、不知火の美貌は、娘の撫子達と遜色がない。むしろ昨晩の裸体と重なって色香が増してさえいる。
『人妻。』
ふと過(よ)ぎった言葉に不徳感が増して、洗面所で洗い流したはずの顔に赤みが戻ってくる。顔を火照らせながら、撫子達の間に座ると早速、2人から食事を差し出される。
「はい、永遠様。食べて下さい。」
「永遠ちゃん、こっちも食べて。」
ご機嫌に次々と差し出される2人の愛に流されるまま、飯が、御菜(おかず)が口に入っていく。
「ふふふ、撫子も桜もご機嫌ね。何か良い事でもあったのかしら。」
不知火の言葉に撫子はニヤニヤしながら
「お母様、分かりますかぁ。実は、こちらを永遠様から頂いたんですの。」
と言って、薬指で輝く指輪を見せつけた。撫子に続くように桜も左手を掲げて
「婚約指輪と結婚指輪って言うんだって。綺麗でしょう。」
と言って、皆に見せた。撫子と桜のニヤけ顔が止まらない。それに対し、不知火の顔が怖い。
「へぇ、婚約指輪と結婚指輪ね。私、貰ってないけど…ねえ、長門。」
不知火の言葉に長門の箸からご飯がこぼれ落ちる。長門からオレに向けられる視線が痛い。オレは、長門を見ないようにして目の前の食事に手をつけた。
食事が終わり、誾が不知火達を呼びに来た。神事を前に侍女達が不知火達の巫女服や化粧を直していく。オレも咲の持ってきた服に着替える。着替えを終えるとオレの後ろに気配を感じる。ただならぬ気配に振り向こうとすると、その前に肩に手が置かれ、そして
「永遠殿。」
と一言、強張った声で長門が声をかけてきた。恐る恐る振り向くと声とは裏腹に情けない顔でオレを見る長門の姿があった。
「あの婚約指輪とか結婚指輪っていうのは、いくら位するもんなんだ。」
どうやら不知火に強請(ねだ)られた様だ。オレは、購入までの経緯を話し、
「金額は、給与の数ヶ月みたいなんですが、オレも詳しくは分からなくて。」
と答えた。長門が頭の中で計算する。無言で考え込む長門の背中を叩き、神楽がオレ達を呼びに来た。
「ほら、そろそろ縁起撒きが始まるよ。早よ行かな。」
神楽がオレの背中を押して境内に向かわせる。この間と比べると神楽もだいぶ元気になったみたいだ。背中を押す神楽に縁起撒きについて聞く。
「永遠様は、初めてやもんね。縁起撒きいうのは、不知火義理姉(ねえ)さんらが餅やら縁起菓子やら5円玉やらを境内の櫓(やぐら)から撒くんよ。でね、里の人達がそれを拾うんだけど、撒かれた物の中でも当たり印のついた物は、加護守(かごもり)が貰えるから争奪戦が激しいんよ。」
「加護守?」
「加護守って…なんて言ったらいんかな。御守りなんだけど特別製なんよ。昨日、永遠様達が着ていた衣服を加工した物で…」
『オレ達が着ていた衣服??あの汗がしっかり染み込んだ??そういえば、脱いだ後に誾達が持って行ったけど』
妙な汗が出てくる。
『って、汗臭いんじゃないか。…いや、撫子達の汗ならマニアには堪らない………って、なんか色んな意味で嫌だ』
「加護守って無しにはできないのか?」
オレが焦って聞くと少し驚いた表情を見せ神楽が
「無しって、そりゃあ無理やろな。里の皆が欲してる物やし。」
と答えた。そして
「それに加護守って、健康長寿の最高峰の御守りだけでなく、いざという時の万能薬としても使えるからね。一家に一つは、欲しいんよ。更に今年は、永遠様の加護守もあるから競争は必死やと思うよ。」
と付け加えた。
『万能薬って。竜の巫女への信仰によるものか』
(わぁぁぁ)
境内の方から叫び声が聞こえてくる。
「あー、もう始まってもうたみたいや。」
神楽が境内に向かって走り出す。オレもついて行こうとするが追いつけない。やっと境内に着くと不知火達が撒く縁起物を求めて里の人達が群がっていた。凄まじい争奪戦。普段歩くのも大変そうな年配者も若者以上の勢いで取り合っている。少し怖い。だが、みんな笑顔で取り合っている。里の笑顔に囲まれて不知火も撫子も桜も嬉しそうに見える。
「やったぁぁぁ、当たったぁ」
群集の中から声がする。大喜びで人孤の男性が5円玉に括(くく)り付けられた当たり印の紙を持って、誾達がいる社務所(しゃむしょ)に向かって行く。オレも気になって社務所に向かうと、人孤の男性が誾から今年の干支を模したヌイグルミを渡されていた。大の男がヌイグルミを抱えて喜びの舞を踊っている。呆気に取られたオレを尻目に当たり印を手にした者達が次々と社務所に集まってくる。8体あったヌイグルミは、一瞬にして消えていった。
「誾さん、あれって…」
オレに気づいた誾がにこやかに振り返り
「あら、永遠様いらしてたんですね。永遠様達のお陰様で今年も良いできの加護守ができました。」
と返してきた。誾を含めヌイグルミもとい加護守を作成した侍女勢の笑顔が眩しい。加護守を手にした人達の喜びようと誾達の達成感を見てしまって、オレはもう何も言えなかった。
縁起撒きを終えて、櫓の上で撫子と桜が手を振っている。オレが手を振り返すと2人とも満面の笑みで左手を見せる。
(キラキラ)
笑顔と左手の指輪が輝いてる。本当に喜んでくれたみたいで良かった。その光景を見た誰かがオレに声をかけてきた。
「いやぁ、撫子ちゃんと桜ちゃんの指輪、綺麗やね。ほんとえぇ旦那さんもらったわ。」
「ありがとうございます。」
「いやぁ、ほんと素敵な指輪やね。そこのお兄さん、あの指輪、なんぼするんですか?」
「えっと、300万ほど…」
『はっ。つい、乗せられてしまった。』
そう思い、後ろを振り返るとそこには、笑いが止まらない神楽と棒立ちの長門の姿があった。
「300万円やて、兄貴。」
神楽のその言葉に長門の開いた口が閉じる事はなかった。
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