神盤の操り人形(マリオネット)

遊庵

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敗者の代償

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陽が昇り、ようやく負傷者の治療が終わった。皆に疲れの色が見える。とりあえず、馬人族の追撃がなかった事にホッとしていると、誾がお茶を入れて持ってきた。
「お疲れ様でした、永遠様。」
オレは、お茶を受け取ると
「ありがとうございます、誾さん。」
と返した。お茶の温かさで初冬の寒さが一気に和らぐ。撫子も桜も包帯を片手にぐっすりと寝ている。その寝顔にオレの口からもあくびが出てきた。その姿に誾は、立ち上がって
「永遠様もお休みになられて下さい。あとは、私達がやりますので。」
とオレに声をかけた。その言葉にオレが
「いや、誾さん達だって夜通し頑張ってたじゃないですか。最後までお付き合いしますよ。」
と返した。それを聞いて誾は、ふふっと笑い、
「それは、夜のお供までということですか。」
とオレを茶化した。誾の切長の目に見つめられ、動揺したオレは、
「な、なんでそうなるんですか。」
と慌てて返した。誾は、そんなオレをしりめに、帯同していた侍女に指示する。そして、
「冗談ですよ。でも、永遠様は、お休み下さい。此度の件も永遠様には、返しようのない恩義を頂きました。これ以上、永遠様を使ったら、バチが当たりますので。」
と返した。侍女達が撫子と桜に毛布をかける。それを見ながら、オレは
「オレは、そんな大層な事してないですよ。ただ、撫子達と一緒に軽傷者の手当てをしていただけで。誾さんこそ、重症患者の対応で大変だったじゃないですか。」
と言った。オレの言葉を聞いた誾は、座布団で枕を作ると
「私に重傷者の治療なんてできませんよ。私は、これを煎じて流動食と一緒に飲ませていただけです。」
と言って、背後(うしろ)に置いていた高級そうな壺から髪の毛を取り出した。それは、以前に誾が切ってくれたオレの髪の毛だった。
「これがなかったら、私達の犠牲者は、もっと多かったはずです。本当に永遠様には、どの様に感謝したらいいか分かりません。」
誾が深く頭を下げる。後から聞いた話だが、重傷者の中には、誾の両親もいたとの事だった。その事もあり、誾のオレへの感謝は人一倍だった様だ。誾がオレの頭を枕に促す。オレが戸惑いながら枕に頭を乗せると誾は、オレに毛布をかけて
「人肌が必要なら不詳ながら、私が添いさせていただきますが。」
と言ってきた。誾が本気で言っているのか分からないが、オレは、聞こえないフリをして、毛布を被ると眠りについた。
目が覚めると陽は、もう真上に上がっていた。周りは、まだ慌しかったが、長門の予想通り、馬人族の再襲撃は、なかった様だ。
それから数日、住民総出で里の復旧が始まった。オレは、神楽達と一緒に里の境界を周り、今後の襲撃に備えて防壁を築いて回った。"アースウォール"で築いた土壁は、雪解けとともに崩れる可能性があるため、住民が木材で補強していった。神楽と防壁を築いている途中、オレは、依頼の件を思い出し、神楽に宗睦からの手紙を渡した。
「・・・。」
絶句する神楽。そして、オレの前をウロウロする。
「どうしたんですか、神楽さん。」
オレが神楽に声をかけると神楽は、オレに詰め寄り、
「なんなん、これ。何もかも規格外やんか。どないしよ。」
と混乱していた。オレは、神楽の持っていた手紙を見せてもらうと、そこには、金庫の素材や大きさ、請求額が書かれていた。
「なんでこんな事に」
そう呟き、頭を抱え込む神楽を自業自得と思いつつ、慰めようとするとその前に
「永遠様、助けてくれるよね。ねっ、ねっ。」
と言って、オレの胸ぐらを掴んだ。その勢いにオレが
「わっ分りました。で、何を手伝ったらいいんですか。お金は、大丈夫ですよね。」
と返すと、神楽は、目を逸らしながら
「お金は、大丈夫…大丈夫だけど。1億5000万って。こんな金額使ったなんてバレたら、不知火義理姉(ねえ)さんに何て言われるか分からないよ。それにこの大きさ。狐茶屋に入るわけないじゃんか。増築せな無理だって。里がこんな状況なのに…あかん、みんなに怒られる。」
と言って、小刻みに震えていた。オレは、神楽にギルド支部の増築の手伝いを約束すると、後日、不知火に潔い土下座をする事になる神楽を慰めた。
寒さが増し、里全体が雪景色になった頃、ようやく里の要所の防壁が完成した。それと同時に馬人族達が群れで再来したが、訪れたのは、武装をしていない一般人だった。馬人族達は、雪降る中、里の入り口で無残な骸となった仲間を弔うとその場に座り込んでオレ達を待った。門番達が槍を向け警戒する。そんな門番達の間を抜け、不知火が馬人族達の前に出た。何も言わず、馬人族達を見下ろす不知火。その姿を見て、馬人族達が次々と頭を下げる。
「どの面さげて来た、馬人共。」
不知火の言葉に周囲の武器を持つ手に力が入る。鬼気迫る中、一番前に座る年配の馬人族が顔を上げる。
「俺は、馬人族の長。馬金と申す。此度は、我が愚息、武盧芭の愚行を詫びに来た。どうか、武器を納めてはいただけないだろうか。」
馬金は、そう言うと再び頭を下げた。だが、誰一人武器を下げる者はいなかった。門番の一人が言い放つ。
「なに調子のいいこと言ってんだ。お前達のせいで、どれだけ犠牲が出たか分かってんのか。」
その言葉を皮きりにあちこちから馬人族に対する非難の声があがった。不知火は、その声を制すると
「そう言うことだ。こちらが武器を下げる訳にはいかない。詫びがあると言うならさっさと話すがよい。」
と馬金の申し出を断った。馬金は、その言葉を潔く受け入れると部下に何かを指示した。部下達は、馬金の前に大風呂敷を置くと後ろに下がった。馬金が大風呂敷を開く。すると、武盧芭の副官をはじめ、退却していった馬人族達の首が詰まっていた。瞳こそ閉じてはいるものの凄惨な光景に武器を持つ者達の意志が揺さぶられる。だが、里の長である不知火は、その光景にも怯まず、馬金の前に立ち塞がる。
「その者達の首を差し出せば、許されると思っているのか。馬鹿馬鹿しい。そんな物を出されたとて、犠牲になった者達は、還って来ぬわ。如何なる物を以ってしても許されると思うな。」
不知火の言葉に控えていた馬人族の中からは、啜り泣く者も出てきた。おそらく、この首の中に親しい者がいたのだろう。馬金も不知火の言葉に思うところがあったのだろう。拳に力を込めつつもグッと堪え、不知火を見た。そして、
「此の里を治める者よ。その怒りは、至極当然の事と理解した上で、お頼み申す。俺の後ろにいる者達は、此度の愚行に帯同した者達の親兄弟、妻子達。皆、身内の詫びになるならと死の覚悟を持って、この場にいる。だが、どうか御慈悲を賜りたい。」
と言って、背中に隠していた紙の束を取り出した。
「ここに従属契約の書を用意いたした。人数分ある。どうか、この者達の命は、此の地の従属になる事で見逃してはもらえないだろうか。そして、願わくば、此の地に流れる馬人族の血は、これで最後にしていただきたい。どうかお頼み申す。」
馬金がそう言って頭を下げると、示し合わせていたかの様に側にいた馬人族が馬金の首を切り落とした。飛び散る血に馬人族への恨み、怒りが霞んでいく。困惑に包まれた状況で不知火の判断が注目される。不知火は、ゆっくりと馬金の転がった首に近づくと
「死人に問答は無用か…。最期まで勝手な奴め。」
と言って、馬金の見開いた瞳を閉じた。そして、立ち上がると伏せる馬人族達に背を向け、
「其方達を村に入れる事は、できぬ。」
と言い、里に向かって歩き始めた。
「だが、里の外なら構わぬ。精々、我が里のために尽力するがよい。…それと最初の命じゃ。そこの命を賭して民を守った英雄を其方らで弔ってやれ。」
不知火は、そう言うと里へ帰って行った。その言葉を聞いた馬人族達は、深く頭を下げ、不知火が去った後、馬金を丁重に葬っていた。
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