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鋏角(きょうかく)山
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数十分後、血の付いた白衣を着た愛里須が治療室から出てきた。よほど神経を使ったのか、顔に疲れが出ている。たが、一方で安堵の表情もあった。愛里須は、白衣を脱ぐと薄手のブラウスのまま、オレを抱きしめた。オレの顔が愛里須の胸に埋もれる。
「ありがとう。貴方のおかげで技師長の命を取り留める事ができたわ。本当にありがとう。」
オレの頭を濡らす温かい涙が愛里須の感謝の大きさを物語っていた。オレは、愛里須の気持ちに応えようとしたが、顔が胸から離れない。
『息ができない。巨人族の胸で圧迫死…』
なんて事が頭を過ぎると微かに声が聞こえてきた。
「もう離れて下さい。永遠様は、私達の旦那様なんだから」
撫子の声と同時にオレの体が愛里須から引き剥がされる。目の前の胸から2人の美女の胸に切り替わる。愛里須は、ハッと我に帰ると
「ごめんなさい。私、嬉しくて」
と言って、撫子と桜に頭を下げた。愛里須の言葉に撫子が顔を膨らませる。
「嬉しくて…どういう事ですか、永遠様。あれ程言いましたよね。浮気はダメだって。」
撫子の目が怖い。桜もいつになくプンプンしている。
「永遠ちゃんの浮気者。」
オレは、誤解を解こうと2人の胸から離れると
「誤解だって。オレは技師長を助けるための手伝いをしただけで。」
と返した。オレを擁護するように愛里須も言葉を重ねる。
「ホントごめんなさい。永遠さんのおかげで技師長の命が助かって。その嬉しさでつい。」
愛里須の言葉に撫子達の苛立ちが鎮まっていく。逆に嫉妬で取り乱した恥ずかしさから、オレを上目遣いで見つめている。オレは、2人の頭をポンポンと触ってから、優しく抱きしめた。撫子と桜の尻尾がゆっくり揺れる。
「本当に仲がよろしいんですね。やけてしまいますわ。」
愛里須の言葉に振り向くと治療室がゆっくり開いて、中から人工呼吸器と大きな点滴をつけた宗睦が運び出された。治療を終えても意識は戻っていないらしい。ゆっくりと運ばれる宗睦をオレ達は頭を下げて見送った。
「治療は、上手くいったんですよね。」
宗睦の姿に不安を感じたオレは、愛里須に訪ねた。愛里須は、宗睦が出てきた治療室を見て
「ええ。Ⅲ度の熱傷部は完治したし、Ⅱ度の熱傷部も7割以上再生、熱傷指数で言えば、20以下になったわ。それに損傷した臓器の再生も確認できた。ただ…それまでに時間がかかってしまったせいで意識は戻ってないの。」
と答えた。そして、少しの沈黙の後、オレ達の方に振り向くと
「でも、あの状態から命を取り留められたのは、奇跡でしかないわ。だから、貴方達には、とても感謝しているの。本当にありがとう。」
と改めて感謝を述べた。愛里須は、その後も感謝を述べて宗睦の病室に向かった。
愛里須の姿が見えなくなると待っていたかのように大和が声をかけてきた。
「永遠殿、一息ついたところで、申し訳ないが、こちらも急を要する状況なんだ。」
大和の後ろには武装した阿天坊と渋川を含めた十数人のギルド支部員が待っていた。オレ達は、大和に促され、治療室を後にした。
巨人族の里裏にそびえる山。鋏角(きょうかく)山。
オレ達は、阿天坊に連れられ、鋏角山の麓(ふもと)に向かっている。向かう途中、大和達から阿天坊の依頼内容を確認した。依頼内容は、神代技師長の息子、歐雷の捜索及び救出。ただ、捜索、救出場所となる鋏角山は、【黒鬼蟲(こっきちゅう)】と呼ばれる魔物が住んでいる場所だった。黒鬼蟲は、夜行性で日が出ているうちは、姿を現さないが、姿を見せたが最期、高ランク冒険者でも命を落とす危険な魔物との事だった。そして、歐雷が取りに行った秘薬の生産者でもあった。つまり秘薬というのは、黒鬼蟲の分泌物だった。
日が傾き始めた頃、ようやくオレ達は、鋏角山の麓に着いた。阿天坊は、辺りを見渡すと早速、歐雷の痕跡を探し始めた。
「日が暮れる前に歐雷様を見つけるんだ。」
阿天坊の声に支部員達は、足早に森の中に入って行った。オレ達も支部員達とは別の場所を探しに行く。木々が茂り、陽の光も疎(まばら)にしか入ってこない。
「不気味な場所ですね。」
撫子が辺りを見渡しながら呟く。黒鬼蟲の事もあり、皆に緊張が走る。見えない恐怖の中、探索を続けたが、歐雷の痕跡は見つからなかった。日が暮れ始め、暗さと静けさを深めていく。大和は、一度周囲を確認すると
「永遠殿。日も暮れ始めました。残念ですが、そろそろ戻った方がよさそうですな。」
と声をかけてきた。歐雷の身の危険が大きくなるが、当然、撫子達の安全の方が優先だ。オレは頷くと
「そうですね。一旦、山を降りて阿天坊さん達と合流しましょう。」
と返した。オレが撫子と桜に声をかけると
「うにゃぁぁ!!」
と桜の叫び声が聞こえた。オレ達は、桜の声の聞こえた方に急いで向かうと、粘着のある糸に絡まった桜の姿があった。
「助けて、みんなぁ。この糸、ネバネバしていて取れないんだよ。」
桜の切なる願いに撫子が小刀で糸を切ろうとしたが、糸は伸縮性があり、なかなか切れない。
『嫌な予感がする。』
オレと大和は、急いで桜の周囲の糸を剣で斬っていく。糸には伸縮性以外に強度もあるようで、大和の剣でもなかなか斬れなかった。ようやく斬り終えると斬った糸の一部は、何かに引っ張られるかの様に消えていった。まだ桜に絡みついている糸は、撫子が魔法で燃やしている。どうやらこの糸は、伸縮性や強度はあるが、炎で焼き切る事はできるようだ。オレも魔法で桜の糸を燃やそうとしたが、桜も丸焼きになりそうでやり止(とど)まった。ようやく自由になった桜は、
「ありがとう、なぁちゃん。永遠ちゃんもじぃじもありがとね。」
と礼を言った。撫子は、桜の乱れた服を整えながら
「もう桜ったら何でこんな事になるの。」
と聞くと、桜は思い出したかのように一本の木を指差した。
「あそこ。あそこにモジャモジャの何かがあって。それを見ようとしたら捕まっちゃったの。」
桜の言葉を聞いて、指差した方向をみると、そこには大木に桜のと同じ糸で巻き付けられた巨人の子がいた。
『おそらく歐雷だ。でも、動いていない。気を失っているのか、それとも…』
「桜、お手柄だな。おそらく歐雷殿だ。早く降ろしてやろう。」
大和は、そう言うと歐雷の救出をし始めた。オレも大和に続いて歐雷に巻き付いている糸を斬り始めた。
(しゅるるるっ)
斬った瞬間、また糸が消える様に引き戻される。オレが糸の消えていった方を見ると、そこには大きな洞穴があった。
「うっ」
洞穴を見た瞬間に胸を締めつけられる感じがした。どんどん鼓動が速くなっていく。危険を知らせるアラーム音の様に耳鳴りがする。だが、無意識に足が洞穴へと動く。耳に鳴り続くアラーム音が最高潮になった時、オレは、洞穴のすぐ前まで来ていた。
「永遠様!!」
撫子の叫びに我に帰る。振り返ると撫子と桜が大和に押さえつけられていた。そして、オレは、洞穴から出た糸に絡め取られていた。
「永遠さまぁぁ!!」
「永遠ちゃぁぁん!!」
撫子と桜の悲痛な叫びが響く。オレは、目をつぶる。そして、根拠も無いまま
「必ず帰る。だから待ってろ。大和…後は頼む。」
と言い残して糸共に洞穴へと消えた。
「ありがとう。貴方のおかげで技師長の命を取り留める事ができたわ。本当にありがとう。」
オレの頭を濡らす温かい涙が愛里須の感謝の大きさを物語っていた。オレは、愛里須の気持ちに応えようとしたが、顔が胸から離れない。
『息ができない。巨人族の胸で圧迫死…』
なんて事が頭を過ぎると微かに声が聞こえてきた。
「もう離れて下さい。永遠様は、私達の旦那様なんだから」
撫子の声と同時にオレの体が愛里須から引き剥がされる。目の前の胸から2人の美女の胸に切り替わる。愛里須は、ハッと我に帰ると
「ごめんなさい。私、嬉しくて」
と言って、撫子と桜に頭を下げた。愛里須の言葉に撫子が顔を膨らませる。
「嬉しくて…どういう事ですか、永遠様。あれ程言いましたよね。浮気はダメだって。」
撫子の目が怖い。桜もいつになくプンプンしている。
「永遠ちゃんの浮気者。」
オレは、誤解を解こうと2人の胸から離れると
「誤解だって。オレは技師長を助けるための手伝いをしただけで。」
と返した。オレを擁護するように愛里須も言葉を重ねる。
「ホントごめんなさい。永遠さんのおかげで技師長の命が助かって。その嬉しさでつい。」
愛里須の言葉に撫子達の苛立ちが鎮まっていく。逆に嫉妬で取り乱した恥ずかしさから、オレを上目遣いで見つめている。オレは、2人の頭をポンポンと触ってから、優しく抱きしめた。撫子と桜の尻尾がゆっくり揺れる。
「本当に仲がよろしいんですね。やけてしまいますわ。」
愛里須の言葉に振り向くと治療室がゆっくり開いて、中から人工呼吸器と大きな点滴をつけた宗睦が運び出された。治療を終えても意識は戻っていないらしい。ゆっくりと運ばれる宗睦をオレ達は頭を下げて見送った。
「治療は、上手くいったんですよね。」
宗睦の姿に不安を感じたオレは、愛里須に訪ねた。愛里須は、宗睦が出てきた治療室を見て
「ええ。Ⅲ度の熱傷部は完治したし、Ⅱ度の熱傷部も7割以上再生、熱傷指数で言えば、20以下になったわ。それに損傷した臓器の再生も確認できた。ただ…それまでに時間がかかってしまったせいで意識は戻ってないの。」
と答えた。そして、少しの沈黙の後、オレ達の方に振り向くと
「でも、あの状態から命を取り留められたのは、奇跡でしかないわ。だから、貴方達には、とても感謝しているの。本当にありがとう。」
と改めて感謝を述べた。愛里須は、その後も感謝を述べて宗睦の病室に向かった。
愛里須の姿が見えなくなると待っていたかのように大和が声をかけてきた。
「永遠殿、一息ついたところで、申し訳ないが、こちらも急を要する状況なんだ。」
大和の後ろには武装した阿天坊と渋川を含めた十数人のギルド支部員が待っていた。オレ達は、大和に促され、治療室を後にした。
巨人族の里裏にそびえる山。鋏角(きょうかく)山。
オレ達は、阿天坊に連れられ、鋏角山の麓(ふもと)に向かっている。向かう途中、大和達から阿天坊の依頼内容を確認した。依頼内容は、神代技師長の息子、歐雷の捜索及び救出。ただ、捜索、救出場所となる鋏角山は、【黒鬼蟲(こっきちゅう)】と呼ばれる魔物が住んでいる場所だった。黒鬼蟲は、夜行性で日が出ているうちは、姿を現さないが、姿を見せたが最期、高ランク冒険者でも命を落とす危険な魔物との事だった。そして、歐雷が取りに行った秘薬の生産者でもあった。つまり秘薬というのは、黒鬼蟲の分泌物だった。
日が傾き始めた頃、ようやくオレ達は、鋏角山の麓に着いた。阿天坊は、辺りを見渡すと早速、歐雷の痕跡を探し始めた。
「日が暮れる前に歐雷様を見つけるんだ。」
阿天坊の声に支部員達は、足早に森の中に入って行った。オレ達も支部員達とは別の場所を探しに行く。木々が茂り、陽の光も疎(まばら)にしか入ってこない。
「不気味な場所ですね。」
撫子が辺りを見渡しながら呟く。黒鬼蟲の事もあり、皆に緊張が走る。見えない恐怖の中、探索を続けたが、歐雷の痕跡は見つからなかった。日が暮れ始め、暗さと静けさを深めていく。大和は、一度周囲を確認すると
「永遠殿。日も暮れ始めました。残念ですが、そろそろ戻った方がよさそうですな。」
と声をかけてきた。歐雷の身の危険が大きくなるが、当然、撫子達の安全の方が優先だ。オレは頷くと
「そうですね。一旦、山を降りて阿天坊さん達と合流しましょう。」
と返した。オレが撫子と桜に声をかけると
「うにゃぁぁ!!」
と桜の叫び声が聞こえた。オレ達は、桜の声の聞こえた方に急いで向かうと、粘着のある糸に絡まった桜の姿があった。
「助けて、みんなぁ。この糸、ネバネバしていて取れないんだよ。」
桜の切なる願いに撫子が小刀で糸を切ろうとしたが、糸は伸縮性があり、なかなか切れない。
『嫌な予感がする。』
オレと大和は、急いで桜の周囲の糸を剣で斬っていく。糸には伸縮性以外に強度もあるようで、大和の剣でもなかなか斬れなかった。ようやく斬り終えると斬った糸の一部は、何かに引っ張られるかの様に消えていった。まだ桜に絡みついている糸は、撫子が魔法で燃やしている。どうやらこの糸は、伸縮性や強度はあるが、炎で焼き切る事はできるようだ。オレも魔法で桜の糸を燃やそうとしたが、桜も丸焼きになりそうでやり止(とど)まった。ようやく自由になった桜は、
「ありがとう、なぁちゃん。永遠ちゃんもじぃじもありがとね。」
と礼を言った。撫子は、桜の乱れた服を整えながら
「もう桜ったら何でこんな事になるの。」
と聞くと、桜は思い出したかのように一本の木を指差した。
「あそこ。あそこにモジャモジャの何かがあって。それを見ようとしたら捕まっちゃったの。」
桜の言葉を聞いて、指差した方向をみると、そこには大木に桜のと同じ糸で巻き付けられた巨人の子がいた。
『おそらく歐雷だ。でも、動いていない。気を失っているのか、それとも…』
「桜、お手柄だな。おそらく歐雷殿だ。早く降ろしてやろう。」
大和は、そう言うと歐雷の救出をし始めた。オレも大和に続いて歐雷に巻き付いている糸を斬り始めた。
(しゅるるるっ)
斬った瞬間、また糸が消える様に引き戻される。オレが糸の消えていった方を見ると、そこには大きな洞穴があった。
「うっ」
洞穴を見た瞬間に胸を締めつけられる感じがした。どんどん鼓動が速くなっていく。危険を知らせるアラーム音の様に耳鳴りがする。だが、無意識に足が洞穴へと動く。耳に鳴り続くアラーム音が最高潮になった時、オレは、洞穴のすぐ前まで来ていた。
「永遠様!!」
撫子の叫びに我に帰る。振り返ると撫子と桜が大和に押さえつけられていた。そして、オレは、洞穴から出た糸に絡め取られていた。
「永遠さまぁぁ!!」
「永遠ちゃぁぁん!!」
撫子と桜の悲痛な叫びが響く。オレは、目をつぶる。そして、根拠も無いまま
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