神盤の操り人形(マリオネット)

遊庵

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神の道楽

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桜が持ってきたお茶を撫子が並べる。環は、お茶を一口飲むと
「永遠様は、もう落ち着かれましたかな?」
と声をかけた。オレは一度頭を下げると
「取り乱してしまい、すみませんでした。もう大丈夫です。ご心配をおかけしました。」
と答えた。環は、オレの言葉に頷くと再びお茶を啜った。お茶を配り終えた撫子は、オレの横に座り、オレの手を取った。それを見て、桜もオレの横に座る。その光景をみて
「なんじゃ、孫達の戯言かと思っておったが、永遠様も満更じゃないようですな。」
と呟いた。聞き取れない様な小さな声にオレが聞き返すと環は、
「何でもございません。それでは、先程の話の続きをさせていただきます。」
と言って、話し始めた。
「ミク様は、自身が狙われていると悟ると身を隠し、各地を転々としながら、過ごしたそうです。ですが、ある日、能力を求める者に捕まってしまい、その後は凄惨な日々を過ごされたそうです。毎日の様に血を抜かれ、肉を削がれる日々。ミク様は、何度も死のうとしたそうです。ですが、自身の能力で死ぬ事は、許されませんでした。」
環の話に再び吐き気とぶつけようの無い怒りが湧いてくる。揺らげば崩壊してしまいそうな心が形を保っていられるのは、撫子の手が支えてくれているからだろう。
「そんな地獄の日々からミク様を救ったのが、ソフィア様です。ソフィア様は、ミク様を開放すると自身が治めていたフレイヴェールに連れて行き、ミク様を自身の庇護下に置きました。ミク様は、自身を守ってもらう代わりにソフィア様に血を与えていたそうです。そして、その後、千年近くの間、ミク様は、ソフィア様と一緒に過ごされたそうです。」
『千年…【不老不死】か。オレの知っている未来は、いつ死ぬか分からない儚い存在だった。そんな未来が生き続けた千年は、想像ができない。神は、何故、未来にこんな…』
そう思った瞬間、オレは、自分の犯した過ちを悟った。
『もしかして、オレが【妹とともに生き続ける事】を願ったせいで、未来は【不老不死】になったんじゃないか?…オレは、何らかの形であの洞窟に封印され、生き続けていた。だから、未来は、死ぬ事を許されず、生かされ続けたんじゃないだろうか。…だとしたら最悪だ。オレが、未来を地獄に落としたんじゃないか。クソったれ。これが神の…お前の言っていた道楽なのか。』
未来の悲運を嘆き、憤りさえ感じていたオレが加害者だった。頭の中が後悔の念で埋め尽くされる。環の話は続いていたが、もう耳に入ってこない。唇を噛み締め、僅かに血が滲み出る。身体が震える。異変に気づいた撫子が声をかける。
「永遠様…永遠様…大丈夫ですか?」
撫子の声に我に帰る。環や桜がオレに注目する。オレは、最悪な事実を胸にしまい、
「大丈夫です。…未来の過ごした千年が想像できなくて…」
と言って取り繕った。無理な言い訳だったかもしれない。それでも環は、
「それでは続けますね。」
と言って話を続けた。
「その後は、先ほど話した歴史の通りです。外界と距離をとっていたミク様が人獣や人鳥の解放活動に参加したのは、自分の身と家畜とされた我々が重なったからなのでしょう。ですが、解放活動や竜神リアム様との戦いが、ミク様を竜の巫女様として表舞台に立たせてしまいました。その結果、ミク様の能力が千年の時を超えて、今度は世界全体に広がってしまったのです。世界を救った英雄を食そうなどという者はいませんでしたが、旅先で得られたミク様の髪や爪等は万能薬として高価で取引されたそうです。そして、再び、悲劇が生まれました。ミク様の血族が捕まり、食される事態が起こったのです。ミク様は、嘆き、悲しみ、そして、1つの決断をしました。ミク様は、自身の血族、眷属をフレイヴェールに集めると、自身をその地に封印し、国ごと外界と切り離したのです。その後、フレイヴェールは、幻想郷として名前のみが語り継がれる様になりました。」
環がお茶を啜る。オレは、直ぐにでもフレイヴェールの場所を聞きたかったが、未来への罪悪感から声が出なかった。そこに居た誰もがオレの言葉を待っていたはずだ。だが、沈黙が続いた。その状態に環は、何かを察してくれたのだろう。
「ミク様は、フレイヴェールに旅立つ際に巴様にこの様に言っていったそうです。『私の生命は、ある人のお陰で紡がれてきました。だから、前を向いて生きてこれたのです。もし、私を求めてこの地に来る人がいたなら伝えて下さい。私は、幸せだったと』。」
言葉が出ない。自然と涙が溢れる。
『未来は…未来は、オレを恨んだりはしていなかった。』
オレの止まらない涙を見て、桜が抱きつく。そして、撫子は手を握ったまま、額をオレの肩にくっつけた。オレは一言
「ありがとうございます。」
と環に感謝を伝えた。本当に環には敵わない。オレの欲しい言葉をいつも与えてくれる。
しばらくして、オレの心は平穏を取り戻していった。その様子を見て、安心したのか撫子から笑みが溢れる。
「永遠様は、本当にうちの孫達に慕われている様ですな。これならわしも安心して旅立てるというものですじゃ。」
環が目を細めて話す。オレは2人の頭を撫でると
「2人には、本当に助けられてばかりです。2人が居なかったら、オレの心は、保たなかったと思います。」
と言った。撫子と桜は、頬を赤らめながら大きな尻尾を揺らしている。環は、2度頷くと目を閉じ、物思いに耽った。
その後、オレは、環にフレイヴェールの場所を聞いたが、幻想郷となった今では正確な場所を知る者はいないとの事だった。ただ、環が幼少の頃、フレイヴェールを行き来している者が居るという噂があったらしい。僅かながら未来への道が開けた気がした。
他にも疑問に思っていた事について幾つか聞いた。
黒龍石の剣と白竜石の剣に神話に準えた2つ名を付けたのは、未来だった。昔から未来は、神話と言われる書物が好きだった。未来らしいと言えば、未来らしいが、2つ名を付けたのには理由があったのではないかと思う。そのうちの1つは、その名から剣の特性を知らせる事。そして、もう1つは、オレに未来自身の存在を認識してもらう事だったのではないかと思う。
それと竜神リアムと戦う為に何故白竜石の剣を造ったのか?それは、環も知らなかった。ただ、賢神オリバーが造ったのだから何らかの理由があったのではないかとの事だった。
以前に撫子から聞いていた話だが、魔法の属性は、血肉による継承は、同属性で受け継がれるが、母子遺伝する際は、配偶者によって属性が変わる事があるとの事だった。そのため、不知火と桜は風属性だが、撫子は炎属性、環は地属性との事だった。
最後に神子を有している者は、死ぬと身体が崩壊して、消える事。これは、竜神リアムが封印されてから暫くして、神が定めた世界の秩序との事だった。獣族、鳥族の一部だったとはいえ、知性を有している者を家畜や奴隷とした事が、創造神アイシャとの誓いに反したとして、当時の獣神アイシャと鳥神アイシャが2度とこの様な事が起きない様にと自らの生命と引き換えに神の代理者である王に嘆願したのだ。王は、その嘆願を受け入れ、唯一神との協議の結果、この世界の新たな秩序として制定したとの事だった。ただ、ソフィアは、疑問を呈していた様だ。もし創造神アイシャの理念を守る為なら、神子を有する者だけではなく、全ての生物に適応する秩序にしたはず。おそらくは、反魂の秘術を封じる為に制定したのではないかとの事だった。
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