神盤の操り人形(マリオネット)

遊庵

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家族の絆

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その風とともに
(シャン、シャン。シャン、シャン。)
と遠くから鈴の音が聞こえてくる。オレが鈴の音がする方を振り向くと環が口を開いた。
「どうやら柩が運ばれてきたようですな。」
鈴の音は、不知火の柩を神殿に納めにきた合図だった。不知火の柩が近づくにつれて、やるせない気持ちがオレを覆う。
『オレには、不知火さんの身体を柩に留めておく事しかできなかった。氷が解ければ、いずれ消えてしまう。』
鈴の音が徐々に大きくなっていく。重くなっていく空気に環が再び口を開いた。
「不知火は、これからこの稲荷神殿の生き神として納められます。これからはこの地の守り神として我らを見守ってくれることでしょう。」
その言葉に環以外の全員が目を丸くした。慌てて長門が聞いてくる。
「環様、それはどういう事ですか?不知火は、消えないのですか?」
環は、オレ達の動揺を察するとため息をつき
「なんじゃ、お前達、気づいておらんかったのか。永遠様が不知火にかけられた魔法は永続魔法じゃ。かつて竜の巫女様が竜神様を封印する際に使ったと言われる、古の魔法。あれは解ける事の無い氷。道中、不知火の柩から水が滴る事はなかったであろう。」
と答えた。確かに不知火の柩は、形も変えず、溶けるどころか水が滴る事もなかった。消える事の無い永遠の死。オレの背中が凍りつく。
「永続魔法…。オレは、なんて事を。」
オレの蒼白した表情に環が声をかける。
「永遠様が悲観される事はありませぬ。先程も申しましたが、わしらにとっては、希望を与えてくださったと思っております。不知火の身体が消えずに残っている。それなら、いつか不知火を生き返らせてやる事ができるやもしれません。」
その言葉に桜が真っ先に反応する。
「ばば様、かぁ様を生き返らせる事ができるの?」
環の裾を掴む桜に環は、優しく微笑むと頭を軽く撫で
「九尾の秘術には、体内の神子を留まらせ死を回避させるものがあるんじゃよ。」
と答えた。オレは困惑した。
『死んだ者が生き返る?有り得ない。魔法は、妄想を現実にはできない。確かにこの世界に来て非現実的な現象は何度も見てきた。でも、これは…』
環の告白は、長門や撫子にも少なからず動揺を与えていた。その動揺を払拭するかの様に環は、話し始めた。
「ふむ。生き返らせるというのは、少し違うのかもしれませんな。正確には、不知火はまだ死んではいないのですから。」
環の言葉にオレが尋ねる。
「それはどういう事ですか?」
オレの問いに環が答える。
「そういえば、永遠様は、この世界の知識がなかったとか。それは、困惑されたでしょう。この世界において、多くの者は、死ねば肉塊になります。ですが、力を持つ者、つまり体内に神子を宿している者は、肉塊にはならず、神子が体内から消えると同時に身体が崩壊し、空や大地に還るのです。まだ身体を保っている不知火は、神子を宿している状態。死んではいないと言えるでしょう。」
環の答えにオレがこの世界の知識として納得する中、撫子は表情を曇らせていた。そして、重くなった口を開くと環に尋ねる始めた。
「お婆様、2つお聞きしたい事がございます。1つは、竜神様をも封印した魔法をどうやって解くのですか?そして、もう1つ、その秘術はもしかしてお婆様の…」
撫子は、そこまで言うと口を閉じてしまった。竜達の戦いの事を思い出して、不安な表情で環の顔を見る事が撫子の問いの続きだった。環は、撫子の顔をしっかり見ると一度目を瞑り、撫子の聞けなかった答えを答え始めた。
「撫子は、小さい頃からよく頭の回る子だったね。そう、この秘術には、代償が必要じゃ。術が成立すれば、わしはこの世から消えるじゃろう。」
予感していた通りの答えに撫子は、顔を俯かせる。そして、母親が生き返るかもと期待して目を輝かせていた桜は、一転、顔を歪ませ、環の裾を掴んでいた手を震わせながら
「桜は、かぁ様にもう一度会いたい…。でも、ばば様がいなくなるのは嫌だ。…嫌なのだ」
と言って泣き崩れた。環は、オレに背を向けると撫子と桜を抱きしめ、2人の背中を優しくトントンとたたいた。
「ほんに、うちの孫達は優しく育ったもんじゃな。」
環の言葉に撫子も肩を震わせる。
「撫子、桜。ばばはもう長う生きた。このばばの命で不知火が、お前達の母が生きてくれるなら、本望じゃ。分かってくれるな。」
と言って、撫子と桜の頭を優しく撫でた。撫子と桜は、小さく頷くと環に抱きついた。それが2人の環の覚悟に対する答えだった。その答えに環は、2人の額と自分の額をくっつけることで答えた。しばらくして、気持ちが落ち着いた撫子と桜は顔を上げて環の顔をじっと見た。そして、2人とも一度目を閉じると力強い眼差しを環に向ける事で自分たちの覚悟を伝えた。死を受け入れる覚悟、ましてや家族の死を受け入れる覚悟は、そうできるものじゃない。16歳の少女達には重い決断。その決断に環は、2人の頬を優しく触り、愛しむ様に微笑んだ。その手に撫子と桜は自分の手を添える。言葉のない会話。でも、通じ合う思い。家族の絆がそこにはあった。
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