神盤の操り人形(マリオネット)

遊庵

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始まりの"ねがい"

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(ぴちょん...ぴちょん...)
何処からか水の音が聞こえる。辺りは真っ暗だ。体は...動く。でも、力が入らない。此処は何処だ。何故こうなった。心の整理ができないまま、オレは再び目を閉じた。

「お兄ちゃん...お兄ちゃん、起きて」
オレが体を起こすとそこには、妹の姿があった。春風に絹の様ななめらかな黒髪を靡かせ、微笑む妹。ここは、妹の入院している病室だ。妹は重い心臓の病を抱えている。助かる方法は、移植しかないが、ドナーがすぐ見つかるはずもなく、もう5年も入院している。
「もぅ、お見舞いに来るなり、熟睡するんだもん。どっちが病人か分からないよ。」
妹はプンプンしながらも、言い終わるとクスリと笑った。
「多野神さん、そろそろ」
後ろで待っていた看護師さんが声をかける。
「あ、すみません。お兄ちゃん、今日はこれから検査なんだ」
妹は、白く、細くなった足をベットから下ろし、看護師さんの用意した車椅子に乗った。妹の体は日に日に弱ってきている。5年ももっているのは奇跡でしかなく、もう歩くのも困難な状態なのだ。オレが検査に向かう妹に声をかけようとすると、妹はこちらに振り返り
「お見舞いに来てくれるのは、嬉しいけど、無理はしないでよね。いつでも会えるんだから。…じゃあ、またね。」
と言った。その無邪気さが残る笑顔に
「あぁ、またな」
とオレは返した。妹の笑顔は、いつもオレを癒やしてくれる。今も昔も。
うちの家庭は複雑だった。いや、複雑になってしまった。妹の病気が見つかった途端に父親が失踪した。失踪後に母親の口座に見知らぬ会社から10億円が振り込まれた。そのせいで母親は警察に事情聴取をされ、周囲からは白い目で見られた。母親は、ノイローゼになり、妹の事を託して、自殺した。ほんの1年で、家族はオレと妹だけになった。周囲からの風当たりは依然強かったが、それでも生きて来れたのは妹が側に居てくれたからだ。いつ死ぬかもしれない体で、それでも懸命に生き、いつも笑顔で迎えてくれる彼女がオレの支えだった。
オレは、夕暮れの中、家に帰る。家と言っても生家ではない。10億円という大金を未成年であるオレが管理する事はできず、母方の伯父が後継人となってくれたのだ。その結果、今は伯父の家に住んでいる。無口な伯父だが、今まで何不自由ない生活をさせてくれた。身寄りがなくなったオレ達にとってそれは救いだった。
(ガチャ)
玄関を開ける。いつも静かな家から声が聞こえてくる。伯父の声だ。普段は物静かな伯父が廊下まで聞こえる声で喋っているのは珍しかった。そのせいか、普段なら直ぐに部屋に籠もるオレが、興味から伯父の話声に聞き耳を立ててしまった。
「…全く予定外だ。妹の方はすぐに死ぬはずじゃなかったのか。そういう話だったから、監視なんて面倒な話を受けたんだ。まさか5年も生きるなんて…。ちっ。…妹が死ねば、兄貴の方も美沙と同じで自殺でもすると思ってたんだがな。……はっ?今更、入院費の支払いをやめたら、あの金を使い込んだのがバレちまう。ホント早く死んでくれればいいのに、今夜にでも、コロッとさ。…そうだ。どうせアンタも雇われているんだろ。どうだ5000万、いや1億払うよ。あの兄妹を殺してくれないか。」
頭に血が上った。金はどうでもよかった。ただ、妹の死を望む伯父が悪魔に思えた。
「ふざけるな!」
オレがリビングのドアを力任せに開けると、伯父は驚き、椅子から転げ落ちた。手に持っていた携帯は通話のまま床に転がっている。
「ま、待ってくれ。落ち着こうじゃないか」
伯父が怯えている。それはオレが叫んだからではない。無意識に右手に持った置物のせいだった。オレはジリジリと伯父に近づく。伯父は何かを言っているが、オレの耳には届かなかった。オレは、置物を振り上げると伯父の頭に向けて振り下ろした。
その後の事は、はっきり覚えていない。伯父が死んだのかも分からない。ただ気づいた時には暗闇の中、妹のいる病院に向かって歩いていた。スマホが鳴っているが、出る気力がない。降り始めた雨が不安と恐怖を煽ってくる。心が狂い始める。目の前の光景が歪んできた。
『あぁ、ダメだ…』
そう思った瞬間
(チクッ)
何かが首の後ろを刺した。
……………何も見えない、何も聞こえない。オレは死んだのか。しばらくの静寂が心の平静を取り戻していく。一呼吸する。すると、男の声が聞こえてきた。
【聞こえているか、選ばれし者よ】
「…オレ…ですか?」
【そうだ、選ばれし者よ。君は私に選ばれたのだ。神の力を授けられし、7人のうちの1人に】
「オレが…?何故?」
【何故?神の選択に理由などない。さぁ願うがよい、どんな力でも与えてやろう。】
「どんな力でも…」
【あぁ、どんな力でもだ。ただし、神の誓約を交わしてもらうがな】
一度目を閉じる。頭に浮かぶのは妹の笑顔だった。
「力はいらない。」
【力はいらない?なら、君の願いは何だ】
「オレの願いは、妹の病気を治したい。そして、オレは妹とともに生き続けたい。それだけだ。」
【…そうか。願えば世界さえ創造できる力を与えてやるのに、君の願いは妹とともに生き続ける事か。…いいだろう。願いは叶えてやろう。】
男の声がそう言うと周りの視界が開けていった。オレはいつの間にか病院の屋上にいた。体は、雨で濡れたままだった。辺りを見回したが、誰もいない。夢かと思った。その瞬間、足元が崩れていった。下には何か液体の様なものが見える。落ちていくなか、またあの男の声が聞こえてきた。
【願いは、叶えてやった。妹の病気は治した。言い忘れていたが、誓約の件だ。君には私の道楽に付き合ってもらう。永遠に…そう、永遠に】
(ボチャン)
オレは液体の中に落ちた。
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