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その1

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 その惑星の名はシェオル。第13銀河の端に位置する恒星クーシュマーの周りを回る、6つ目の惑星。
 その星で文明社会を築いた種族の多くは、異星の知的生命体の、生命力を主食としていた。あるものは崇拝を、あるものは血液を、あるものは精気を求めた。
 それは奇しくも全ての被捕食者たちから一様に、『悪魔』と呼ばれていた。

 現在 地球及び日本、東京。
 大きく丸い月を背に、白いヒトガタが音もなく、宙を横切っていった。それは、男である。透き通るような銀の髪に、紫の瞳。肌は白く、全身を包む真っ白なスーツは間違いなく彼の身体に合わせて作られた特注品だ。
 彼が飛ぶ場所は高く、道ゆく人間にとっては米粒のようにしか見えないだろう。だがもしも誰かが運良くマンションの屋上にでも立ち尽くしていたのなら、その美しさに息を飲むはずだ。それは紛れもなく、魔性の美貌であった。
「アイツらが最後に通信を寄越したのは……この辺りか」
 男は手元の通信端末を一瞥すると、閑静な住宅街の上空でゆっくりと静止した。豪邸の立ち並ぶ、東京都心の一等地だ。彼が浮かぶ空中からは、整然と居並ぶ巨大な敷地が見て取れる。男はしばらくじっとそれらを見下ろすと、音もなく、とある一軒家の、開け放たれた窓に向かって降下した。
 窓枠に降り立てば、部屋の中には巨大なレザーベッドの真ん中で座り込む、1人の乙女が居た。
「こんばんは、お嬢さん。今宵は月が綺麗ですね」
 女がくるりと振り返る。長くて真っ直ぐな黒髪が揺れた。白い手足を惜し気もなく晒したその女は、こぼれ落ちそうなほど大きな目をゆっくりと見開いていった。
「え……」
 女は振り返った瞬間こそ驚いた様子だったが、こちらの姿を映してすぐ、その表情は歓喜と期待の色に塗り変わっていった。細くたおやかな手で自身の口を覆ったが、それでもその視線は一時もこちらから離れない。
(掴みは上々)
 これこそこの男、サキュバスという悪魔がもつ生来の能力であった。対象とした知的生命体にとって最も理想的な姿に変わり、対象が自らその身体を受け渡すよう誘惑するのだ。その力は絶大であり、常人では決して抗えない。
(……しかし、全く姿が変わらないな)
 女の視界に映ってしばらく経つが、男は自身の体格も、肌の色も、髪の長さもまるで変化する気配がないことに気付いていた。それすなわち、この女にとってこの容姿や雰囲気が、充分身体を預けるに値するということだ。元より淫魔の類は優秀な外見を持って生まれてくるし、それに、きっとこれは努力の賜物でもある。
 地球人、こと日本の文献には入念に目を通した。この種族はあの『月』という星に大きな親しみを抱いており、『月が綺麗ですね』は恋人同士の挨拶であるという。フォーマルな白いスーツはわざわざ日本の文化を踏襲したものを作らせた。全ては想定通りの、完璧な滑り出しである。
 女の顔をじっと見つめ返せば、女は、あの、とか細い声を上げた。
「す、すみません、不躾な視線を……あんまり綺麗で、驚いてしまって……。確かに今夜は月が綺麗だわ。でも、それも……あなたほどじゃない」
「光栄です。俺の、お姫様」
「あ、あ……その……」
 女の真っ白な肌が、見る見るうちに紅潮していく。美麗なサキュバスは音もなく部屋に入り、ふわりとベッドの上へ降り立った。窓枠のところで靴を脱ぎ、外へ置いておくのも忘れなかった。
「さあ、俺だけを見て。言ってよ、俺が欲しいって」
「わ、たし……っその、違うんです……」
「大丈夫さ、恥ずかしがらないで。この部屋には俺たちしかいないよ」
「そっ、そのっ、わたしは……っ!」
 女はぎゅっと目を瞑り、意を決した様子で男の手を自身の股間へと誘導した。にっこりと微笑み、彼女の身体を抱き寄せる、そんな時だった。
「え……?」
 男の口から困惑の声が溢れた。
 女は、こちらが戸惑ったと見るや、怯えた様子で後ずさる。そして見ていて可哀想なほどに身体を縮こまらせていった。
「すっ、すみません、すみません……! 気味が悪いですよね。本当に恥ずかしい……いつもそうなんです、わたし……」
 折れそうなほど細い身体に、華やかな香り。それは魔物たる自分の本能が、確かに女性として認識するものだ。だが、だとしたら、今触れたものは本来そこに存在してはならないものである。
 男が手を伸ばした彼女の足と足の間には、女性にはあるはずのない、確かな膨らみが存在していた。
「そうか……α性、なんだね」
「……はい」
 α、それは一部の種族に存在する第二の性である。Ω性であれば元来の性別に関わらず子を孕むことができるし、α性であれば女性であろうと他者を孕ませることができる。事実上、Ω男性とα女性は、二つの性を身体に宿すことになる。
 存在は知っていたが兎角絶対数が少なく、実際にお目にかかるのは初めてのことだった。α性の性欲は人一倍であると聞く。このままコトを進めるのなら、確実に自分が抱かれることになるだろう。
(いや、しかし……)
 男性器を相手にするのは本意ではない。ないが、その効率がケタ違いであることは確かなのだ。精液という物理的な魔力源は、ただの粘液接触で得られる魔力とは格が違う。
 本来ならば親族に顔向けできなくなる程のことではあるが……なに、女性であることに違いはあるまい。それになにより、この女は上玉だ。地球に着いてから何も食べていない身には魅力的に過ぎ、こんなことで手放してしまうのは、あまりに惜しい。
 無意識に、口に溜まった唾を嚥下する。ああ、いけない。自分はどんな女性にとってもすべからく魅力的であるように、常に余裕を持っていなければいけないのに。野犬のようにがっつく男は愛されない。
 女が、うぅ、と呻く。彼女はただ俯いて、ぷるぷると震えていた。
「りょ、両親にも、先立たれてしまって……わたしはこの広いお屋敷に1人きりです……。こんな身体だから、お友達も、恋人もいなくて……婚約者さまだって、両親が死んでうちの、か、神崎家が危ないと知れたら、一言の挨拶もなく離れていったわ……本当に駄目なの、わたし……」
 そう言うと、女は顔を覆ってしくしくと泣き始めた。男は何も言わず、ただ彼女を抱きしめた。
「あ、あの……」
「とっても、辛い思いをしてきたんだね」
 女が息を飲む。男は更に腕に力を込めた。
「もっと早く出会えていれば良かった……1人で泣かせてしまって、ごめんね」
 そういって身体を離す。あとはただじっと、瞳を覗き込んでやるだけでいい。自分の顔が映るくらい、近く、近く。そして何より、情熱的な声で。
「俺はただ君の全部が欲しいんだ。ありのままの君が」
「ああ、私……死んでもいいわ……」

 はあ、と女の熱っぽい吐息が空気を揺らす。覆いかぶさる彼女は必死に腰を揺らしているが、その顔は今にも泣き出しそうなほどくしゃくしゃだ。
 腐っても淫魔、例え相手に男性器が生えていようが問題はない。そもそも思春期を境に口から食事を取らなくなるのだから、尻の穴なんてものは所詮お飾りに過ぎないのだ。
 わずかに10分前。男はベッドで腕を広げ、『おいで』と優しい声で言った。
 女は顔を赤らめると、『はい……あの、私、なんの経験もなくて……』と言って俯いた。
 男は返した。『そうなんだね。嬉しい、なんて言ったら失礼かな……でも本音なんだ。大丈夫、全部俺に任せて』
 そう、全ては順調だ。あとは女が吐精したら適当なことを言って去ればいい。
 しかし先ほどの彼女の言葉はいささか意外だった。これだけの美女であれば、いくらα性とはいえ引く手数多ではなかろうか。いや、むしろその星の文化に依ってはα性は崇められ、珍重さえされているはずだ。
(確か女性サキュバスの連中にも、αの女は人気だったような……)
 文化が発展すればするほど生物は性に依存しなくなり、数の増加は収まっていく。きっとこの地球という星はよほど豊かで、この手の女が未だ手付かずのまま、ゴロゴロと眠っているのだろう。
 無意識に口角があがる。わざわざ大枚を叩いてこんな辺境の星にまで来た甲斐があったというものだ。この星には未だシェオルのいかなる種族も足を踏み入れていないはず。きっと、我々男性サキュバスの繁栄は遠くない。
「あ、あの……っすみません、もう、出ちゃいそう……」
 蕩けた瞳でこちらを見つめる女を強く抱き寄せた。わざとらしいくらい熱っぽい息を吐いて、熱い夜の演出も忘れずに。
「うん、いいよ、中に出して……」
「……んっ、う」
 女の身体がぶるりと震えた。その、瞬間だった。
 ドクン、と身体の奥が脈打った。
「う、わっ……!?」
 ズシリと煮溶かされるような感覚が腹の奥を蝕む。それはあっという間に全身へと広がり、腕へ、足へ、頭頂へと移動していくうちに痺れるような感覚に変わった。腹の中が熱く脈打って、思わず腰が浮く。それは過去に幾多の精気を食らった身にとっても、全く初めての経験であった。
(なん、だ、この星の人間……いやこの女……? なにか……っ)
 それは魔力、と呼ぶにはあまりに重い。まるで毒か呪いのような……。咄嗟に身じろぐと、女の腕が、ガシリと両の二の腕を固定した。
「……どうかした?」
女の口角は鋭く吊り上がっていた。愉悦の色を隠しもしないその表情に、先ほどまでの気弱な乙女は欠片も残存していない。掴まれた腕が、ギチ、と音を立てた。
(っこの、女……ッ!!)
 焦燥と怒りにカッと顔が熱くなる。ああ、最悪だ。騙された。捕食者は自分ではなかった。この女の方だったのだ!
「貴様ッ、はな」
 言い終わるよりも先に、ガツン、と女が腰を突き上げた。
 その時のことは、後になってもよく思い出すことができない。ただ、カッ、と視界が白く弾けたことは覚えている。気がつけば自分の身体は背骨が折れそうなくらいのけ反っていて、全身にざあっと鳥肌が立っていた。そのたった一突きで、自分は射精していた。
「あっ、ひ……!」
 脳天にまで突き上がった電撃は、果たして快楽であろうか。
 一瞬、息の仕方さえ思い出せなくなった。身体が痺れて、どこまでが自分の身体なのかもよくわからなくなる。それなのに、腹にかかった自分の精液の熱さだけは、鮮明に覚えている。
「あはは、出た出た。トコロテンって言うんだよ、地球では」
 女はそう言って無邪気に笑うと、容赦なく腰を振り始めた。それは的確に腹の奥を突き上げ、そのたびに、自身の尿道を何かが駆け抜けていく。
「あっ、あ、っぐ、やめ、やめろっ、貴様あぁっ!」
「いいねえ、威勢が良くて」
 コロコロと、鈴の音のような笑い声が部屋に響いた。女はこちらの髪を掴んで乱暴に引っ張ると、ぐっと顔を近づける。ああ、その時の、女の真っ黒な瞳に映った自分の顔といったら。
「ねえ、キミ、しばらくうちにいない?」
「ひっ、ゔうっ、なっ、にを」
「しばらくこの星で、私に可愛がられないかってこと」
「……っ!」
 煮えたぎるような怒りが、昂る熱に一瞬、冷や水を浴びせかけた。人間風情が、この僕を支配しようって? そんなこと死んでもごめんだ。断じて、断じて看過できる発言ではない。
「ふっ、ざ、けるなよ……醜女がぁあっ!」
 肺に残った空気を絞り出して叫ぶ。女は眉を潜めて身体を引いたが、気味の悪い薄笑いは、その顔に張り付いたままだった。
「うーん、これは躾が必要だなあ……えいっ」
「んぎぅうっ」
 女が一層深く、その凶器を腹の奥へと捻じ込んだ。身体の中の熱がボン、と爆発して、内臓全部が内側に収縮していく。それに引き絞られるように、一層濃い精液が勢いよく尿道から飛び出していった。
 なにか数え切れないほどの罵倒が頭に浮かんでいた筈なのだが、その全てはスコンと抜け落ちてしまった。精液が腹の奥から押し出されるほどに、自身の思考すらも溶け出ていってしまうようだ。
 反射的に後ずさった腰を、女の腕が押さえ込んだ。最早逃げ場さえなく、今までよりも更に奥へ、奥へと女が腰を打ち付けてくる。
「あっ、あ、ああっ、ん、っぐ、ふぅうう」
 顎がガタガタと震えた。無理だ、こんな暴力みたいな快楽、知らない。耐えられない、おかしくなる。
 出された時の熱い熱い感覚が今も腹の奥でじくじくと熱を持っていて、なにもされなくたって出てしまいそうなくらいなのに。突かれる度、まるで火薬に撃鉄が振り下ろされるみたいに、腹の中が爆発する。力ずくで精液が外に押し出される。何一つ抗えない。
 女がクスクスと、楽しそうに笑った。
「素直ないい子だったらやめてあげよっかなーって思ってたけど、そっかあまだ足りないかあ。なら、しょうがないね」
「やめっ、はあぁっ、あっ、や、あ、やめろおぉ」
 息がうまくできなくて、語尾が情けなく震える。
 自由になった腕はなんとか女の肩にかけることができたが、もう身体のどこにもまともな力は入らなかった。ああ、ああ、もっと早く気付いていれば。せめて中に出される前であったなら、こんな細身の女、簡単に振り払うことができたのに。
「泣いちゃだめだよ~……って、もう泣いてるか」
 女の長い舌がベロリと頬を伝う涙をなめる。その舌先は目のフチをかすめ、それだけでもゾクゾクと背筋が粟立った。
「あー、でそ」
 女が言った。一瞬遅れて、かすかに残った理性が必死に警鐘をかき鳴らす。今なんと言った。たった一度出されただけでこの有り様なのに、さらに、もう一回……?
「いっ、いやだっ! や、め……っやめろ、やめろ!」
「えー、そう?」
 意外にも、女は動きを緩めた。まさか、ここまできて話が通じる相手なのだろうか……? 疑念はあれど、自分はただ、一縷の望みにかけて必死に頷くしかない。
「そうだなあ、もう充分オシオキは済んだみたいだし……」
 女はこちらを覗き込むと、頬に手を添え、汗で張り付いた髪を払った。ああ、今やその感覚さえ身体の奥に響く。本当に、もう、限界────

「なーんて、ウソ♡」
 女は太陽のように晴れやかに、悪魔のように純粋な顔で、笑った。
 ざあっと、頭から血の気が引く。女はそのまま、乱暴に腰を揺らし始めた。
「あっ、あっあっ、いやだ、っやめて、やめ……っ!」
 ペロリと舌舐めずりをする女の顔が、最後に見た光景だった。巨大で、途方もなく、激烈な快感は津波のように押し寄せ、全身を飲み込んで何もかもがわからなくなった。
 そうして、自分の意識はブツリと途切れた。
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