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困った近衛騎士。
しおりを挟む私は未来が不安で困っている。
私はこの王太子の婚約者にして未来の国母である令嬢に好感を持てずにいる。令嬢の実家は確かに最近評判の領地を治める筆頭貴族であり、派閥の規模も家柄も王太子を支えるに問題はない力を持ってはいる。しかし次期当主にあたる長男が気にかかっていた。
一時頻発した貴族同士の暴力事件の際、親身に寄り添い貴族間の仲裁に奔走する姿に好感を持った人間は多く、優秀で冷静、穏やかで平和主義とされるが、自分はあのじっと観察するような目線とゆったりと獅子が動き出すかのような彼の独特の速度感が昔から苦手であった。そもそも発端となるボードゲームは奴が持ち込んだものだ。あの出来事が全て最初から計画的な物であったなら末恐ろしく、あまりかの家の権力が強くなるのは好ましくない。
令嬢自身についても、怠惰で気品の欠片も感じさせぬ態度が問題であると感じる。また常に我々護衛が信用できないと言わんばかりに周囲を睨み付け、警戒する姿勢でいることも癪に触った。
令嬢は今日も先触れもなくやって来てお忙しい王太子殿下の顔面にアップルパイを抉り込んでいる。素直に齧っている王太子への忠誠すら揺らぎそうだ。不敬ではあるが、今この瞬間王位が継承されたとして、心からの忠誠を誓い仕えることが出来るかと聞かれると即答できない。
そんな事を考えていたからだろうか、
突然の「あっ!」と悲鳴に似た叫びが誰から発せられたのか反応するのが遅れた。ワゴンを押す侍女だ。
令嬢を指差す不敬に、しかし誰も直ぐには動けなかった、その侍女は見開かれた瞳と震える唇にすら、高貴と優雅さを感じさせる程にただひたすらにあまりにも美しかったからだ。その声は天上の調べのように耳をくすぐり、私の思考を一瞬にして奪った。彼女の美しさの前では侍女のお仕着せも一流ドレスに、ワゴンに盛られた七面鳥の照り焼きすら彼女を彩る黄金の塊に見える。
誰もが見惚れ、動けずにいる間にもその侍女は見開いた瞳を涙で潤ませ、駆け寄るように令嬢に近付きながら両手を伸ばした。
令嬢に掴みかかる気か!慌てて炎を放つと
「ダメ!」
と叫んだ令嬢が、侍女と私の間に飛び出し七面鳥の乗ったワゴンをぶち当て侍女を弾き飛ばした。
突然の行動に慌てて魔法の軌道をずらすも動揺から加減を間違い、一瞬炎を巻き込んだ大きな風が起こり、悲鳴が上がる。
誰もが混乱する中で、侍女の吹き飛んだ辺りを中心に強い光が襲った。
―――――――――――――――――――――――――――
私はバカだ。
大きく抉れ、黒くすすけた惨劇の場を見つめる。
侍女の正体は派閥争いを原因に役を解かれ没落した下級貴族の令嬢であった。逆恨みからの王太子婚約者を狙った犯行であったと推察される。
私は平和ボケして偉そうにも国の未来など憂いたつもりで講釈を垂れていた自分を恥じた。王宮内での国難を前に、あの場で冷静に対処していたのは、未来の国母となる令嬢その人のみだった。あのまま犯人に魔法が当たっていれば王太子も無傷では済まなかったかもしれない。
辺りも焼け焦げ、犯人の痕跡は跡形も残らなかった。
このような悲惨な最後を選んだ令嬢の思いは分からない。ただどこか寂しげに、事件の衝撃の残る地面を撫でた令嬢の姿に、未来の国母としてふさわしい広く深い心を私は感じていた。
今回の不始末、そして今までの非礼を詫びる私に「いろいろ事情があるんだから!短絡的に攻撃してはダメ!」と仰っただけで、近衛騎士としての任は解かれなかった。気品がないなどと侮っていたが、今改めて対峙するこの方の言葉と行動は深い。私は人を見る目がないらしい。信用されてないなどと不貞腐れていた自分の愚かさを恥じた。
この先どのような辛酸をなめようとも、この国を、この方々を信じ、誠実に使えよう。私はそう固く誓った。
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