上 下
4 / 10

困った跡取り長男。

しおりを挟む

僕は理解が及ばず困っている。

色々あるが大体の元凶は妹だ。

僕は彼女が産まれた瞬間から今までずっと、まるで彼女を理解できないでいる。
異常なまでの縦ロールと共に誕生したそれは今日も天才らしく僕には理解できない理論で動いている。


僕から見た妹の印象は実はそんなに悪くない。

文字は書けない読めないが、喋ると案外その年齢以上にまともな受け答えが帰ってくるし、彼女なりにこちらの気遣いや事情を汲んだやり取りができていると思う。

ただし「教育」と名の付くもの全般に対してはダメだ。反抗的で怠惰で自由人といった印象しかない。


妹の教育に手こずり、揃ってノイローゼになった父母は何やら悩みすぎて吹っ切れたのか今は妹の教育は程ほどに、専ら領地経営に精を出している。実際に領地に赴き、組合を作ったり何だりと領民の目線に寄り添いながら意見を集め精力的になんやかんやしている。苦労した事の結果がそれなりにプラスの形で返ってくる事が涙が出るほど嬉しいらしい。

何にせよ両親と領民が健やかであるのは良い事だ。



しかし令嬢が読み書きまで出来ないのはまずい。

何か糸口がないか妹を観察していて気になったのが、彼女お気に入りのノートだ。

読み書きをしない彼女なりに物事をイラストで管理しているのだと単純に思っていたが、必ず添えられる帯状の模様をよくよく観察すると似たような形の線の集合体が一定の法則と規則性を持って登場している。

まさかと思いつつも専門家に意見を求めた結果、やはりこの国や周辺諸国の公用語とは文字も文法も異なる複雑に進化した形式言語である可能性が出てきた。


どうやら妹は読み書きの勉学を拒否するあまり彼女独自の文字と言語を編み出し使用しているらしい。

正直その執念はちょっと気持ち悪いと感じた。

やはり無駄に天才ではあるのだろうが理解できない。ひとまず妹のその信念が苛烈で情熱的で強烈であるという事は理解した。



ならばと遊びながら領地経営や地理が学べるボードゲームなんて物も作ってみた。
これは妹の興味を引けたようで、ただ遊ぶだけではなく更に「参加者間である程度の操作ができる様な宗教的要素による理不尽さや気紛れな救いの要素」を盛り込むのはどうかといった提案が出るなどゲームの仕組みやルール作りについて大いに盛り上り、僕は手応えのようなものを感じていた。

妹は全く何もかもに怠惰な人間ではない。
興味さえ引けばそれなりの成果がある。
彼女を理解できないなりにも、こうしたやり取りを通じて妹を変えていける。

と、その時は思い上がっていた。



恐ろしいのはここからだ。



妹の何気ない

「皆で出来たら盛り上がるよね!」

との言葉から、改良したボードゲームを若い貴族の集まるサロンに持ち込んだ。多人数で興じることの出来るその社交性と教育的効果からそれは広く好意的に貴族社会に迎えられた。

しかし

最初こそ穏やかに其々の戦略を楽しんでいた筈だった。それが何がどうしてそうなったか、そのうちゲームの進行によって殴り合いに発展する事がそこかしこで頻発する事態となり、瞬く間に家同士の派閥争いにまで影響を及ぼしはじめたのだ。


そこに来てやっと僕は妹の提案によって盛り込まれた「宗教的要素」による人間同士の信頼すら一瞬にして狂わせるようなスリリングなゲーム性と悪魔的な中毒性の危険に気が付いた。


どうも単純なゲームの結果云々以上に、そこに至る戦略過程によって負の人間性が炙り出されるらしい。
ゲームを離れた後も疑心や不信感が尾を引いてしまうらしい。

「らしい。」としか言いようがない。僕には理解できない。だってゲームじゃないか。

しかし実際そうらしい。事は深刻だ。
「卑怯もの!」「邪魔しやがって!」「やはり君は信用できない!」そんな罵声と当て擦り、嫌みを聞かない日がない。

僕が自分の派閥内のいざこざを諌めてルール見直しに奔走している間にも、多くの派閥が互いの信頼関係に修復できない溝を残しながら次々と瓦解していった。



誓って言うがこんな事は意図していなかった。

しかしここまで事態を予測も出来ず、その後のコントロールも十分に出来なかった自分が不甲斐ない。

もしもこれを最近識字率の上がって来ている領民に不用意に配布していたらどうなっていたか…考えたくもない。次期当主、筆頭貴族の跡取りとして致命的な判断ミスであった。



この事態を前に

「わかる!そうゆうのあるよね!」

と笑顔で軽く返す妹が本当にどこまでわかっているのかすら、もはや僕には判断がつかないが、意図的であればだいぶ倫理観が狂っている。



今回の事態によって、僕は己が優秀で冷静であるとの思い上がりと未熟さを自覚すると同時に強く反省した。

と同時に妹はそこまで邪悪ではないはずだと僕は信じる事にした。

妹の考えは理解しきれないのだから疑うのは無駄だ。過剰な不信感に操られた要らぬ争いの馬鹿馬鹿しさは嫌と言うほど学んだのだ。


僕は理解を放棄し、諦めと共にため息をついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。

あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!? ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。 ※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

幼女に転生したらイケメン冒険者パーティーに保護&溺愛されています

ひなた
ファンタジー
死んだと思ったら 目の前に神様がいて、 剣と魔法のファンタジー異世界に転生することに! 魔法のチート能力をもらったものの、 いざ転生したら10歳の幼女だし、草原にぼっちだし、いきなり魔物でるし、 魔力はあって魔法適正もあるのに肝心の使い方はわからないし で転生早々大ピンチ! そんなピンチを救ってくれたのは イケメン冒険者3人組。 その3人に保護されつつパーティーメンバーとして冒険者登録することに! 日々の疲労の癒しとしてイケメン3人に可愛いがられる毎日が、始まりました。

みんなで転生〜チートな従魔と普通の私でほのぼの異世界生活〜

ノデミチ
ファンタジー
西門 愛衣楽、19歳。花の短大生。 年明けの誕生日も近いのに、未だ就活中。 そんな彼女の癒しは3匹のペット達。 シベリアンハスキーのコロ。 カナリアのカナ。 キバラガメのキィ。 犬と小鳥は、元は父のペットだったけど、母が出て行ってから父は変わってしまった…。 ペットの世話もせず、それどころか働く意欲も失い酒に溺れて…。 挙句に無理心中しようとして家に火を付けて焼け死んで。 アイラもペット達も焼け死んでしまう。 それを不憫に思った異世界の神が、自らの世界へ招き入れる。せっかくだからとペット達も一緒に。 何故かペット達がチートな力を持って…。 アイラは只の幼女になって…。 そんな彼女達のほのぼの異世界生活。 テイマー物 第3弾。 カクヨムでも公開中。

二度目の人生は異世界で溺愛されています

ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。 ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。 加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。 おまけに女性が少ない世界のため 夫をたくさん持つことになりー…… 周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気が付くと見知らぬ部屋にいた。 最初は、何が起こっているのか、状況を把握する事が出来なかった。 でも、鏡に映った自分の姿を見た時、この世界で生きてきた、リュカとしての記憶を思い出した。 記憶を思い出したはいいが、状況はよくなかった。なぜなら、貴族では失敗した人がいない、召喚の儀を失敗してしまった後だったからだ! 貴族としては、落ちこぼれの烙印を押されても、5歳の子供をいきなり屋敷の外に追い出したりしないだろう。しかも、両親共に、過保護だからそこは大丈夫だと思う……。 でも、両親を独占して甘やかされて、勉強もさぼる事が多かったため、兄様との関係はいいとは言えない!! このままでは、兄様が家督を継いだ後、屋敷から追い出されるかもしれない! 何とか兄様との関係を改善して、追い出されないよう、追い出されてもいいように勉強して力を付けるしかない! だけど、勉強さぼっていたせいで、一般常識さえも知らない事が多かった……。 それに、勉強と兄様との関係修復を目指して頑張っても、兄様との距離がなかなか縮まらない!! それでも、今日も関係修復頑張ります!! 5/9から小説になろうでも掲載中

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

処理中です...