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始まりと鬼編
叶わない、敵わない
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月明かりが葉から薄っすらと、光のカーテンを作り出す。
木に背を預ける少女は独り、膝を抱えて涙で頬を濡らしていた。
(なんでよ、もう。バカ)
少女は知っていた。自分がなぜこうして泣いているのか。
それが誰のための涙なのか。
情けない話だ、自分勝手だ、傲慢だ怠惰だ臆病だ。
逃げることを選んだ自らの弱さを呪い。
後悔することはあっても、前へ進めない。
何度拭っても溢れる雫のように、心は正解を知っていても、負の感情は止まらなかった。
歩みを止める弱さに、打ちひしがれてやることしか出来ない。
いっそ殺してくれなんて飛躍的な発想も、きっと少女の本音だ。
過去の誓いを裏切った出会いと運命は、少女の意思と決断を揺らし続ける。
ーーーーもう一度、機会があるというのなら。
藁にも縋るような願いに、どこか期待を寄せて、少女はケジメを付ける。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あれから二日が経った。
バニーがどこかへ消えてから、彼女を夜通し探し回ったが、見つけることは叶わず。
勝手に出掛けて母さんに怒られて、いつもなら申し訳ない気持ちでいっぱいだが、それよりも消えたバニーのことが気になっていた。
翌日、アールグレイが俺のところに報告に来た。
頭を下げて謝罪から始まったから、少し不安もあったが、どうやら朝方彼女達のもとへひょっこり戻ってきたらしい。
俺の心配はなんだったんだか。
でも、本人は俺に会いたくないらしく、それからアールグレイとシドゥしか顔を見せなかった。
何か地雷でも踏んでしまったかと思ったが、それらしいことをした覚えはない。
アールグレイにも、彼女の勝手さに振り回されただけと諭されたが、どうも気になって仕方がない。
なんでこんなに気になるのかは自分でもよく分からない。
彼女達の存在や聞いた話が全て俺の妄想でなければ、自分が救える存在を見捨てたようで後味が悪い。
バニーが望んでいなくとも、契約をしなかったばっかりに、なんてことは御免だ。
今はそう思うことにした。
色々あったが、俺の高校生活は再開する。
「とびお、おはよさん!」
「おう、おはよ」
こういう何気ない会話も、俺にとっては成長を感じるものだ。
ずっと殻に閉じこもっていたような人間が、普通に振舞えている。
この切り替えは、我ながら自慢できると思う。
まだ数日だが、確かな変化を感じていて、割と満足している。
安い人間だ。
変化といえば、他にもある。
皆には見えていないだろうが、俺の傍には二人の幽霊が憑きっきりだ。
アールグレイとシドゥ。バニーはむくれたまま一度も顔を合わせていない。
アールグレイは前と変わらず、俺のサポートをしてくれる。
母さんが仕事で弁当を作れないときは、代わりに作ってくれたり。
授業中は寝ないよう起こしてくれるし、それがダメだとノートをとってくれる。
このままだとダメ人間になりそうだ。
シドゥには、勝手に弁当を食ったりしないように注意したところ、その言いつけをしっかり守っている。
そもそも幽霊は腹なんて減らない。
彼女はそもそも本能だけで動いている節があって何かと自由だ。
そんなこんなで二人とは上手くやっているが、肝心の契約についてはまだ行っていない。
本人たちの申し出で、契約はバニーも交えて三人一緒がいいらしい。
仲間想いなやつらだ。
「前々から思っていたのですが、なぜ廻様はとびおというあだ名で呼ばれているのですか」
「とんだから、らしい」
「なるほど」
満足のいかない答えだっただろうに、アールグレイは不思議と納得した様子だ。
「今ので理解したのか・・・」
「はい、廻様がとぶといったら、心当たりがありますので」
「・・・そういえばいつから俺を憑けてたの?」
「内緒です」
その笑みは悪人のそれだ。幽霊怖すぎる、そりゃそうだ。
なんて話していると、前の席の男子が振り向いてこちらを見てきた。
「お前、誰と話してんの?」
「な、なんでもねえよ」
いかんいかん、つい周りを気にせず幽霊と話してしまった。
周りからみれば頭おかしいやつだろ。人間って学習しない。
「そうか、またトんじまったのかと」
「トんでねぇよ!失礼な」
いつものノリで笑って済んでよかった。
今築いたポジション的に俺は弄られキャラだから、別に気味悪がられたりはしないと思う。
だからあまり心配する事はないのかもしれないが、やはり過去がフラッシュバックしてひやひやすることが多い。
冷や汗でじっとりとした額を拭って、ひとまず安心した。
俺の中の一番の変化と呼べるものは何か。
それは恐らく、ずっと拒絶し続けてきた幽霊こいつらとの共存を選んだことだろう。
一日の授業を終え、新入生を付け狙う部活動勧誘を振り切り、まっすぐと家に向かった。
小中と、特に習い事とか部活動とかしなかった俺にとって、今更何か始めようなんて気は起きず、帰宅部でいるつもりでいる。
最近になって、トラウマがあるとはいえ自分がそれほど人と関わることが苦手じゃないと分かって来ていても、集団で動くにはまだ躊躇してしまう部分もあるかもしれない。
そうして、もし自分が普通に青春していたらと考えながら自室の扉を開けると。
「あっ・・・」
部屋の真ん中で正座し、間抜けに声を漏らすバニーと目があった。
「お、お前、急にどうして」
ずっと避けられていた相手がこうして現れて、俺も戸惑っていた。
「その・・・色々・・・ごめんなさい」
あのいつも強気だったバニーが俺に頭を垂れていて、なんて反応したらいいか分からなかった。
「いや、いいけどさ。」
別に謝罪されるようなことされてない、いやあるのか。
そこは曖昧だが、ともかく、心配事が一つ消えて素直に嬉しかった。
「何も、聞かないのね・・・」
・・・。
「あら、バニー。来たんですか。」
「お、うさぴょん!仲直りのキスは済ませたかね?」
後から来た二人の様子を見るに、バニーのことは聞かされていなかったらしい。
「しないわよ!」
先程の謝罪は嘘のようなその態度に、なぜか安心感を覚えた。
短い時間しか共有していない相手でも、こいつはこういうやつだって納得できてしまうのは、バニーだからこそなのだろうか。
なんてことを気にするよりも、先にやるべきことがあるのを忘れていた。
まずは、
「バニーもこうして来た事だし、契約済ませちゃうか」
そう、契約をしなければならばならない。
こいつらは三人とも、いつ消えてなくなってしまうか分からない、不安定な状態だ。
三人揃ったというなら、手遅れになる前に契約とやらを済ませ、安定させるのが最優先。
「あたしとも、その、契約してくれるの?」
「何言ってんの、当たり前じゃん。
家出娘には縛っとかなきゃまたどっか行っちゃうだろうがよ」
バニーが謙虚だとなんだか気味が悪い。
悪態と、すぐ手が出てしまうのも考え物だが、やはり前のような様子でないと元気に見えない。
それと、なぜこうもよそよそしいのか気にはなったが、聞こうとは思わなかった。
人間も霊も、そっとしておくべきときがあるのは変わらないんだろう。
生死だけでは、人間の本質は変わらないのだと、こいつらと話しているとそう見えてくる。
「そう、ありがと」
バニーが目を逸らしていても、その言葉は棘がない感謝だと伝わった。
「それと、一つ質問」
「はい、なんだ?」
「あんた、あたしのこと覚えてる?」
その質問の意味は、いまいち理解できなかった。
「なんのことだよ」
「・・・ならいいわ。なんでもない」
なんでもないなんて言うわりに、なんだか悲しそうな表情だった。
心当たりはまったくないが、どうしてもその言葉が引っかかる。
なぜか頭に浮かぶ忌々しい夢。
今どうしてそれのことを考えたか、自分でもわからなかったが。
意識は確かに、何かを思い出そうとしていた。
木に背を預ける少女は独り、膝を抱えて涙で頬を濡らしていた。
(なんでよ、もう。バカ)
少女は知っていた。自分がなぜこうして泣いているのか。
それが誰のための涙なのか。
情けない話だ、自分勝手だ、傲慢だ怠惰だ臆病だ。
逃げることを選んだ自らの弱さを呪い。
後悔することはあっても、前へ進めない。
何度拭っても溢れる雫のように、心は正解を知っていても、負の感情は止まらなかった。
歩みを止める弱さに、打ちひしがれてやることしか出来ない。
いっそ殺してくれなんて飛躍的な発想も、きっと少女の本音だ。
過去の誓いを裏切った出会いと運命は、少女の意思と決断を揺らし続ける。
ーーーーもう一度、機会があるというのなら。
藁にも縋るような願いに、どこか期待を寄せて、少女はケジメを付ける。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あれから二日が経った。
バニーがどこかへ消えてから、彼女を夜通し探し回ったが、見つけることは叶わず。
勝手に出掛けて母さんに怒られて、いつもなら申し訳ない気持ちでいっぱいだが、それよりも消えたバニーのことが気になっていた。
翌日、アールグレイが俺のところに報告に来た。
頭を下げて謝罪から始まったから、少し不安もあったが、どうやら朝方彼女達のもとへひょっこり戻ってきたらしい。
俺の心配はなんだったんだか。
でも、本人は俺に会いたくないらしく、それからアールグレイとシドゥしか顔を見せなかった。
何か地雷でも踏んでしまったかと思ったが、それらしいことをした覚えはない。
アールグレイにも、彼女の勝手さに振り回されただけと諭されたが、どうも気になって仕方がない。
なんでこんなに気になるのかは自分でもよく分からない。
彼女達の存在や聞いた話が全て俺の妄想でなければ、自分が救える存在を見捨てたようで後味が悪い。
バニーが望んでいなくとも、契約をしなかったばっかりに、なんてことは御免だ。
今はそう思うことにした。
色々あったが、俺の高校生活は再開する。
「とびお、おはよさん!」
「おう、おはよ」
こういう何気ない会話も、俺にとっては成長を感じるものだ。
ずっと殻に閉じこもっていたような人間が、普通に振舞えている。
この切り替えは、我ながら自慢できると思う。
まだ数日だが、確かな変化を感じていて、割と満足している。
安い人間だ。
変化といえば、他にもある。
皆には見えていないだろうが、俺の傍には二人の幽霊が憑きっきりだ。
アールグレイとシドゥ。バニーはむくれたまま一度も顔を合わせていない。
アールグレイは前と変わらず、俺のサポートをしてくれる。
母さんが仕事で弁当を作れないときは、代わりに作ってくれたり。
授業中は寝ないよう起こしてくれるし、それがダメだとノートをとってくれる。
このままだとダメ人間になりそうだ。
シドゥには、勝手に弁当を食ったりしないように注意したところ、その言いつけをしっかり守っている。
そもそも幽霊は腹なんて減らない。
彼女はそもそも本能だけで動いている節があって何かと自由だ。
そんなこんなで二人とは上手くやっているが、肝心の契約についてはまだ行っていない。
本人たちの申し出で、契約はバニーも交えて三人一緒がいいらしい。
仲間想いなやつらだ。
「前々から思っていたのですが、なぜ廻様はとびおというあだ名で呼ばれているのですか」
「とんだから、らしい」
「なるほど」
満足のいかない答えだっただろうに、アールグレイは不思議と納得した様子だ。
「今ので理解したのか・・・」
「はい、廻様がとぶといったら、心当たりがありますので」
「・・・そういえばいつから俺を憑けてたの?」
「内緒です」
その笑みは悪人のそれだ。幽霊怖すぎる、そりゃそうだ。
なんて話していると、前の席の男子が振り向いてこちらを見てきた。
「お前、誰と話してんの?」
「な、なんでもねえよ」
いかんいかん、つい周りを気にせず幽霊と話してしまった。
周りからみれば頭おかしいやつだろ。人間って学習しない。
「そうか、またトんじまったのかと」
「トんでねぇよ!失礼な」
いつものノリで笑って済んでよかった。
今築いたポジション的に俺は弄られキャラだから、別に気味悪がられたりはしないと思う。
だからあまり心配する事はないのかもしれないが、やはり過去がフラッシュバックしてひやひやすることが多い。
冷や汗でじっとりとした額を拭って、ひとまず安心した。
俺の中の一番の変化と呼べるものは何か。
それは恐らく、ずっと拒絶し続けてきた幽霊こいつらとの共存を選んだことだろう。
一日の授業を終え、新入生を付け狙う部活動勧誘を振り切り、まっすぐと家に向かった。
小中と、特に習い事とか部活動とかしなかった俺にとって、今更何か始めようなんて気は起きず、帰宅部でいるつもりでいる。
最近になって、トラウマがあるとはいえ自分がそれほど人と関わることが苦手じゃないと分かって来ていても、集団で動くにはまだ躊躇してしまう部分もあるかもしれない。
そうして、もし自分が普通に青春していたらと考えながら自室の扉を開けると。
「あっ・・・」
部屋の真ん中で正座し、間抜けに声を漏らすバニーと目があった。
「お、お前、急にどうして」
ずっと避けられていた相手がこうして現れて、俺も戸惑っていた。
「その・・・色々・・・ごめんなさい」
あのいつも強気だったバニーが俺に頭を垂れていて、なんて反応したらいいか分からなかった。
「いや、いいけどさ。」
別に謝罪されるようなことされてない、いやあるのか。
そこは曖昧だが、ともかく、心配事が一つ消えて素直に嬉しかった。
「何も、聞かないのね・・・」
・・・。
「あら、バニー。来たんですか。」
「お、うさぴょん!仲直りのキスは済ませたかね?」
後から来た二人の様子を見るに、バニーのことは聞かされていなかったらしい。
「しないわよ!」
先程の謝罪は嘘のようなその態度に、なぜか安心感を覚えた。
短い時間しか共有していない相手でも、こいつはこういうやつだって納得できてしまうのは、バニーだからこそなのだろうか。
なんてことを気にするよりも、先にやるべきことがあるのを忘れていた。
まずは、
「バニーもこうして来た事だし、契約済ませちゃうか」
そう、契約をしなければならばならない。
こいつらは三人とも、いつ消えてなくなってしまうか分からない、不安定な状態だ。
三人揃ったというなら、手遅れになる前に契約とやらを済ませ、安定させるのが最優先。
「あたしとも、その、契約してくれるの?」
「何言ってんの、当たり前じゃん。
家出娘には縛っとかなきゃまたどっか行っちゃうだろうがよ」
バニーが謙虚だとなんだか気味が悪い。
悪態と、すぐ手が出てしまうのも考え物だが、やはり前のような様子でないと元気に見えない。
それと、なぜこうもよそよそしいのか気にはなったが、聞こうとは思わなかった。
人間も霊も、そっとしておくべきときがあるのは変わらないんだろう。
生死だけでは、人間の本質は変わらないのだと、こいつらと話しているとそう見えてくる。
「そう、ありがと」
バニーが目を逸らしていても、その言葉は棘がない感謝だと伝わった。
「それと、一つ質問」
「はい、なんだ?」
「あんた、あたしのこと覚えてる?」
その質問の意味は、いまいち理解できなかった。
「なんのことだよ」
「・・・ならいいわ。なんでもない」
なんでもないなんて言うわりに、なんだか悲しそうな表情だった。
心当たりはまったくないが、どうしてもその言葉が引っかかる。
なぜか頭に浮かぶ忌々しい夢。
今どうしてそれのことを考えたか、自分でもわからなかったが。
意識は確かに、何かを思い出そうとしていた。
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