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始まりと鬼編
隣の芝に別れを告げる Ⅱ
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「君、いつも一人ね」
その問いかけに答えは無かった。
あたしが近づくと少年は再び作業に没頭し始めた。頑なに視線を手元から離さない。
そう、まるであたしを避けているかのように。
無視する、それすなわち少年があたしを認識していることを暗示していた。
真っ先に潰していた可能性が、目の前で形を帯びているのだ。
このときだけは、柄にもなく神様でもなんでも信じてやろうと思えた。
救世主のごとき少年。思うあまりに、孤独な子に何かしてあげられないかと大層な考えがあったが、恩返しという綺麗事の裏には関わりたいというどうしようもない欲望が隠れていただろう。自分を輪に入れてくれと。
分かってはいるが自制できなかった。ずっと闇の中にあったあたしの歩みに光が指したのだから、それを追わないなんて無理難題だ。
そんな立場にいないくせに、あたしは少年に寄り添おうとした。
腰を下ろして少年の横で同じように砂を弄ってみる。
何を言うわけでもなく、ただ隣人のように単調に続ける。
向こうから動くのを待っているのだ。ガキ相手になんて汚い大人。
狙い通り、先に沈黙を破ったのは少年だった。
「なに、してるの」
可笑しなやつを前にして真当な意見だ。
恐る恐る尋ねる少年にあたしは答える。
「いや、ずっとやってるから楽しいのかなって」
手が止まった。悲しそうな顔を見せてしばらくすると、
「…楽しくなんかないでしょ」
そう小さく呟いた。
あたしはすかさず「ええ、つまらない」と肯定してやった。
「とってもつまらない。でも君は楽しいんでしょ?」
少年は首を横に振った。
長い時を過ごしていると色々な経験が蓄積する。
あたしの経験則からして、こういう目的もない孤独な人間は一度強くいってやらなきゃだめだ。自分がそうだったように。
もっとも、こんな子供に同じことが言えるのかは分からないけど。
何があったか知らないけど、この子は今独りに慣れようとしている。
そうしなければきっと耐えることができなくなるから。壊れてしまうから。
あたしから言わせれば、それはもう壊れている。気がつくのはすべて変わってしまったころだ。それでは遅い。
だから今するべきことは、本人の現況を改善すべきだという自覚だ。
「ここは広いから走り回れるし、ボール遊びだってできる。遊具もある。
他の子供だってたくさんいる、楽しそうね。
なのにどうして、君は一人でこんなつまらないことしてるの。」
周りを見させる。考えさせる。子供にすべて考えさせるのは難しいだろうから、問いかけというヒントを与える。
「そんなの…」
言葉が詰まる。なぜかなんて考えもしなかっただろう。
気付けば少年の目が潤んでいた。
そして震えた声で言うのだ。
「…お友達、いない。…ぼくはいつも一人だか、ら」
自らその言葉を振り絞った。強い子だ。
「作んないの、友達」
「だって僕はみんなと違うから、おかしいおかしいって…」
「ふーん」
違うというのは、見えることをいっているのだと勝手に察した。
その力は、あるだけ役に立つものだとばかり思っていた。事実、霊媒師にとって霊力は命であり、その強弱で優劣が決まるものだ。
だが純粋なこの少年にとって、それは呪いでしかないのだろう。周りと自分の世界を隔てる強大な呪い。
いつの時代も、社会というものは異物を排除しようとする残酷な性質を持っているものだ。少年もその被害者の一人というわけか。
ーーーーなんて考えているうちに、少年は泣き出していた。
涙とともに溢れる甲高い叫喚が、存在しない鼓膜を揺さぶった。
子供相手に少しやりすぎた。
「ね、ねぇ。男の子がそんな簡単に泣くなって」
背中を擦ってなんとか宥めようとするも、これといって止まる気配はない。
昔幼い弟を泣き止ませようとしたけど、なかなか苦労したっけ。
今度は頭を撫でて落ち着かせようとするも、
「うわあああああん」
といった具合で、万策尽きた感じだった。
・・・というわけでもない。
一か八か賭けに出てやろうではないか。
「よよよよよし、じゃあこうしよう!」
子供の対処のうちでもかなり信用できる方法。
「私が、君の友達になってあげよう!ね?だから泣き止もう!」
餌で釣ることだ。特に、何を自分が欲しているのかを理解させた上で提示するとなると、その効果は強力だ。
「ふぇ・・・」
あたしの提案を聞いて、少年は少し冷静を取り戻す。
「お友達、なってくれるの?」
食いついた。
「ええ、もちろん」
「…僕、おかしいって」
「言わないわそんなこと。いい?友達よ、友達」
先程とはうって変わって肯定する。
「ほんとにほんと?」
「ええ」
信じられないって顔で聞き返す少年。
「ほんとのほんと?」
「ええ」
そんなに嬉しいのだろうか。
「ほんとにほんとにほんとにほんとのほんとの」
…さすがに、
「しつこい!本当よ、本当!」
やっと納得できたのか、満面の笑みを浮かべていた。
それはあまりに眩しく、冷え切っていた胸を溶かしていくような。
少年を救おうとあたしは動いたが、果たして、本当に救われたのはどちらなのだろう。
「ほら、遊ぶわよ!」
「うん!」
いつぶりだろうか。こんなにいい気分でいるのは。
ただ罪を重ね、傷だらけになって誰かを傷つけ続けていたあたしの人生。
「ところで君、名前は?」
ーーーーーーこれが、そんな迷路にいたあたしに希望を与えてくれた、
「僕、廻!宇ノ 廻!」
少年との出会い。
その問いかけに答えは無かった。
あたしが近づくと少年は再び作業に没頭し始めた。頑なに視線を手元から離さない。
そう、まるであたしを避けているかのように。
無視する、それすなわち少年があたしを認識していることを暗示していた。
真っ先に潰していた可能性が、目の前で形を帯びているのだ。
このときだけは、柄にもなく神様でもなんでも信じてやろうと思えた。
救世主のごとき少年。思うあまりに、孤独な子に何かしてあげられないかと大層な考えがあったが、恩返しという綺麗事の裏には関わりたいというどうしようもない欲望が隠れていただろう。自分を輪に入れてくれと。
分かってはいるが自制できなかった。ずっと闇の中にあったあたしの歩みに光が指したのだから、それを追わないなんて無理難題だ。
そんな立場にいないくせに、あたしは少年に寄り添おうとした。
腰を下ろして少年の横で同じように砂を弄ってみる。
何を言うわけでもなく、ただ隣人のように単調に続ける。
向こうから動くのを待っているのだ。ガキ相手になんて汚い大人。
狙い通り、先に沈黙を破ったのは少年だった。
「なに、してるの」
可笑しなやつを前にして真当な意見だ。
恐る恐る尋ねる少年にあたしは答える。
「いや、ずっとやってるから楽しいのかなって」
手が止まった。悲しそうな顔を見せてしばらくすると、
「…楽しくなんかないでしょ」
そう小さく呟いた。
あたしはすかさず「ええ、つまらない」と肯定してやった。
「とってもつまらない。でも君は楽しいんでしょ?」
少年は首を横に振った。
長い時を過ごしていると色々な経験が蓄積する。
あたしの経験則からして、こういう目的もない孤独な人間は一度強くいってやらなきゃだめだ。自分がそうだったように。
もっとも、こんな子供に同じことが言えるのかは分からないけど。
何があったか知らないけど、この子は今独りに慣れようとしている。
そうしなければきっと耐えることができなくなるから。壊れてしまうから。
あたしから言わせれば、それはもう壊れている。気がつくのはすべて変わってしまったころだ。それでは遅い。
だから今するべきことは、本人の現況を改善すべきだという自覚だ。
「ここは広いから走り回れるし、ボール遊びだってできる。遊具もある。
他の子供だってたくさんいる、楽しそうね。
なのにどうして、君は一人でこんなつまらないことしてるの。」
周りを見させる。考えさせる。子供にすべて考えさせるのは難しいだろうから、問いかけというヒントを与える。
「そんなの…」
言葉が詰まる。なぜかなんて考えもしなかっただろう。
気付けば少年の目が潤んでいた。
そして震えた声で言うのだ。
「…お友達、いない。…ぼくはいつも一人だか、ら」
自らその言葉を振り絞った。強い子だ。
「作んないの、友達」
「だって僕はみんなと違うから、おかしいおかしいって…」
「ふーん」
違うというのは、見えることをいっているのだと勝手に察した。
その力は、あるだけ役に立つものだとばかり思っていた。事実、霊媒師にとって霊力は命であり、その強弱で優劣が決まるものだ。
だが純粋なこの少年にとって、それは呪いでしかないのだろう。周りと自分の世界を隔てる強大な呪い。
いつの時代も、社会というものは異物を排除しようとする残酷な性質を持っているものだ。少年もその被害者の一人というわけか。
ーーーーなんて考えているうちに、少年は泣き出していた。
涙とともに溢れる甲高い叫喚が、存在しない鼓膜を揺さぶった。
子供相手に少しやりすぎた。
「ね、ねぇ。男の子がそんな簡単に泣くなって」
背中を擦ってなんとか宥めようとするも、これといって止まる気配はない。
昔幼い弟を泣き止ませようとしたけど、なかなか苦労したっけ。
今度は頭を撫でて落ち着かせようとするも、
「うわあああああん」
といった具合で、万策尽きた感じだった。
・・・というわけでもない。
一か八か賭けに出てやろうではないか。
「よよよよよし、じゃあこうしよう!」
子供の対処のうちでもかなり信用できる方法。
「私が、君の友達になってあげよう!ね?だから泣き止もう!」
餌で釣ることだ。特に、何を自分が欲しているのかを理解させた上で提示するとなると、その効果は強力だ。
「ふぇ・・・」
あたしの提案を聞いて、少年は少し冷静を取り戻す。
「お友達、なってくれるの?」
食いついた。
「ええ、もちろん」
「…僕、おかしいって」
「言わないわそんなこと。いい?友達よ、友達」
先程とはうって変わって肯定する。
「ほんとにほんと?」
「ええ」
信じられないって顔で聞き返す少年。
「ほんとのほんと?」
「ええ」
そんなに嬉しいのだろうか。
「ほんとにほんとにほんとにほんとのほんとの」
…さすがに、
「しつこい!本当よ、本当!」
やっと納得できたのか、満面の笑みを浮かべていた。
それはあまりに眩しく、冷え切っていた胸を溶かしていくような。
少年を救おうとあたしは動いたが、果たして、本当に救われたのはどちらなのだろう。
「ほら、遊ぶわよ!」
「うん!」
いつぶりだろうか。こんなにいい気分でいるのは。
ただ罪を重ね、傷だらけになって誰かを傷つけ続けていたあたしの人生。
「ところで君、名前は?」
ーーーーーーこれが、そんな迷路にいたあたしに希望を与えてくれた、
「僕、廻!宇ノ 廻!」
少年との出会い。
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