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始まりと鬼編
隣の芝に別れを告げる Ⅰ
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行く当てもなく彷徨い続ける。
これまで何度も同じようなことがあった。これが初めてというわけでもない。
最初のころは恐怖や焦りといった負の感情が彼女を支配していた。いつ終わりが来るのか分からない先の見えないものに追われているように。
少女ーーーバニーは、泣き叫ぶわけでもなく、何か考えているわけでもなく。
ひたすら自分の明日を繋ぎとめるのに必死だった。死してなお、生物のような生への執着心は健在である。
しかし、一回、二回と繰り返していると、それもまた変わってこよう。
見覚えある不安を前にするたび、かつて抱いていたものは次第に薄れていく。
終わりを拒絶する意思は、いつからか老い先の短い老人のような終わりを待つ様へすりかわっていった。
なぜこうも残念な有様か。
この日、彼女は霊媒師と契約し、守護霊として活動していく予定だった。
野良の霊から守護霊となる、つまり霊にとって存在を安定させる手段。
霊媒師が霊媒師として活動するには、守護霊と契約し、必要最低限の能力を身につけるのが定石だ。
悪霊、霊ガイ退治。力こそ霊媒師のキャリアといってもいいだろう。
だから互いに利益を生む契約を、簡単に解除する事例は極めて稀だ。
霊にとって異常事態、存続を絶つ契約解除。
それも此度で二十四度目を迎えていた。
焦りはない。
あわよくば誰かと契約できれば、その程度にしか考えていなかった。
いつからこんな有様だったかなんて、本人ですら覚えていない。
期待も願望もない、諦めの境地。
霊になったころにあった”希望”、今からでもと目指していた”目的”、残してきた”後悔”、果たせなかった”想い”・・・・
過去のために霊として歩もうとしていた覚悟も、積み重なった挫折の前には屑にも満たないちっぽけなものだった。
ーーーまたここにきてしまった。
ただ漠然と見上げる空。何度見てもその光景は変わらない。
同じ過ちを犯してしまったことに誰を責めるということもできず、出てくるのは溜息ぐらいだった。
遠くを見ていると、そんな重い胸の内を軽くしてくれた。
霊を管理する血社。その管理規模は全国、果ては国際的に活動している。
霊媒師を統治する組織の中で、間違いなくこの血社が最も規模が大きい。
血社の管轄にある霊の中、バニーは問題視されることが多い霊だった。
霊媒師、霊たちを取り囲む霊社会には、タブーというものがいくつか存在する。
公にしづらい、ましてや生死というデリケートな点に関わりやすいとなれば、それがあるのは必然であろう。
タブーとされているものの中に、死者の願望や思想に共感した行動をとってはいけないというものがある。
これを破ることは、今まで人類が築いてきた生命の価値観、死という一種の終着点、倫理観を破壊することと同様。そう考えられているからだ。
いくら霊に意思があって、活動することができても、それが二度目の人生のように扱われてはならない。そうした思想が一般化されている。
もちろん、すべてがこれらを肯定しているわけではないが、タブーを破ろうとする者がいるならば周囲から『開放論者』というレッテルが貼られ、差別や蔑視の対象になることは間違いないだろう。
だから、霊は基本的に私利私欲のために行動することが許されず、人がそれを援助してはいけない。
これが土台にある以上、人と契約をしなければならない霊は見えない首輪に繋がれなければならないのだ。
バニーと契約する場合、タブーに踏み込む危険性がある縛りの内容を飲まなければならなかった。
彼女が提示する縛りとは、そういうものなのだ。
このあたりの知識がある者ならば、まず彼女と契約を結ぼうとはしない。
それでも契約しなければならない彼女は、決まって新人などの知識、見解が浅い者を狙う。開放論者はそもそも結社の紹介リストに挙がらないため、狙い目はそれしかない。
いずれは分かってしまうことだが、そう契約できる期間は長くない。
そうして彼女は、ここまで多くの契約を結んできたのだ。
あがき、もがき続けたのだ。
『俺を解放論者に仕立てようとしたな!先輩から全部聞いたぞ!
よくも、よくも!可哀想だと手を差し伸べた俺が馬鹿だった!』
彼女の中で何度もフラッシュバックする。
自分を消さないためといえど、その行いは騙しであり、裏切りである。
相手の良心に漬け込む、残酷なやり口だ。
バニーもかつては人間だ。こんな罪悪感が続けば、精神も疲弊し、自己嫌悪に呑まれていく。
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
それでも繰り返さなければいけない。そのあり方を選んだのは他でもない彼女だ。
放つことだけで意味はない謝罪は、もはや自己暗示の一種だ。罪の意識に慣れないための。
「それでも、私は」
自分の首を絞めて歩むその道の先に、きっと何かあるはずだ。
数え切れない挫折は、きっと”目的”に昇華する。
その日を、信じて。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
24度目の契約解除から2日。
特にすることもなく、期待こそしていないが仕方なく血社からの報せを待っていた。
変化も訪れない、理論上終わりがない霊にとって、待つこと、暇という時間は苦行でしかない。
睡眠や食事を必要とせず、交友関係も広くない私には、ただ流れるだけの時間は死と同義といっても過言ではない。
むしろ死んでみてもいいかもしれないが、そうもいかない理由がある。
騙してきた人たちへの謝罪も、そう長くはやっていられない。
なら、その苦難をどう乗り越えるか。
契約できそうな人間を見つけるか。
それはできない。血社という巨大な組織でも回せない貴重な人材が、たかだか一人の霊に探し出せると思えない。何より、血社の管轄外での契約なんて、事後処理が面倒なことになるだけだろう。
24回も契約解除をやらかす霊のところに紹介がくるなんて、そもそも希望的観測すぎるが。
そこで、数年前から始めた暇つぶしがある。現実逃避と言った方が正しいか。
人の営みを傍観することだ。
老いも成長もない、変化のない死人にとっては、人の営みほど魅力的なものはそうそう無いのではないか。
人の身のまま、この魅力に気づける人間はほとんどいないだろう。一度終わったからこそ分かることもあるものだ。
毎日同じような暮らしをしていると思っていても、毎朝同じ顔が鏡に映ろうとも、すべては確実に変化を続けている、必ず昨日とは違った何かになっていける。
町並みでも、そこに生きる人々も、それは等しく言えることだ。
気がつけば、あたしは暮らしに夢中になっている。
生前、自分もあんな暮らしができていたら。
手に届かないと知っていても、想像の域を出ないと分かっていても、追い求めてしまう。
幼くして、道半ばで命を落としたあたしには、嬉しかったり、悲しかったりという、無数の起伏が輝いて見える。
変わりゆくものから得られるものはたくさんある。
時に嫉妬し、時に後悔し、励まされ、夢を見て。
そのすべてが、自分が変化の輪の中にいるように錯覚させてくれた。
でも、あたしは知っている。そうではないと。
そこにいる人たちとは関われないし、向こう側にはあたしの存在はない。
絶対に掴めない空となんら大差ないのだ。
それを分かっていても、弱いあたしは虚像の安心に縋る。
この日は、小さな町の公園。
無邪気に遊んでいる子供たち。
何を思っているのか、考えるのも馬鹿らしい。子供たちの胸にはきっと、楽しいの今でいっぱいなのだ。
なんと平和な光景か。
あたしには縁の無い感情や、明るい未来や希望がそこにはあふれている。
そんな中、一人の男の子に目が留まった。
遊具ではしゃいでいたり、おままごとをしていたり、かけっこをしていたり。
楽しげな彼らを他所に、砂場で独りの彼だけが、周りに溶け込めていないように見えた。
少年の周りだけ、どんよりした空気で他の子も寄り付かない。
その寂しげな光景が自分を見せられているようで。
悲しい気持ちもあったが、なんともならない苛立ちの方が勝っていた。
また別の日も見に行ったが、少年に変わりはない。
どうして大人が助けてやらないのか、むかついた。
こうして何日もきて、見ることしか出来ないあたしも大概だけど。
日に日に募る苛立ちも、ついに限界を迎えた。
あたしは気になって少年に近づく。
(この子・・・)
何をしているのかと思えば、穴を掘り、そしてそれを埋めるを繰り返していた。。それでいて意識ここにあらずという具合で。
楽しんでいるでもなく、無意味な行動を繰り返していて、見るに耐えなかった。
「友達と遊ばないの?」
少年の隣に座り込み、そう訪ねた。もっとも、和の外側にいるあたしの声なんて、聴こえるはずも無い。
我慢できずに、抱えた靄を吐き出したに過ぎない。
自己満足、になるはずだった。
「?」
ーーー少年は、あたしの予想を裏切った。
少年は手を止める。少年は脚気にとられたかあっと声を洩らす。
あたしと少年の目があった。
驚きのあまり、互いに一瞬静止する。
まさか、少年にあたしが見えているとでもいうのか。
一度は切り捨てた可能性を前に、動揺せずにはいられなかった。
間違いかもしれない。だからもう一度、全身の震えを殺し、少年に話しかけた。
ーーー「君、いつも一人ね」
これまで何度も同じようなことがあった。これが初めてというわけでもない。
最初のころは恐怖や焦りといった負の感情が彼女を支配していた。いつ終わりが来るのか分からない先の見えないものに追われているように。
少女ーーーバニーは、泣き叫ぶわけでもなく、何か考えているわけでもなく。
ひたすら自分の明日を繋ぎとめるのに必死だった。死してなお、生物のような生への執着心は健在である。
しかし、一回、二回と繰り返していると、それもまた変わってこよう。
見覚えある不安を前にするたび、かつて抱いていたものは次第に薄れていく。
終わりを拒絶する意思は、いつからか老い先の短い老人のような終わりを待つ様へすりかわっていった。
なぜこうも残念な有様か。
この日、彼女は霊媒師と契約し、守護霊として活動していく予定だった。
野良の霊から守護霊となる、つまり霊にとって存在を安定させる手段。
霊媒師が霊媒師として活動するには、守護霊と契約し、必要最低限の能力を身につけるのが定石だ。
悪霊、霊ガイ退治。力こそ霊媒師のキャリアといってもいいだろう。
だから互いに利益を生む契約を、簡単に解除する事例は極めて稀だ。
霊にとって異常事態、存続を絶つ契約解除。
それも此度で二十四度目を迎えていた。
焦りはない。
あわよくば誰かと契約できれば、その程度にしか考えていなかった。
いつからこんな有様だったかなんて、本人ですら覚えていない。
期待も願望もない、諦めの境地。
霊になったころにあった”希望”、今からでもと目指していた”目的”、残してきた”後悔”、果たせなかった”想い”・・・・
過去のために霊として歩もうとしていた覚悟も、積み重なった挫折の前には屑にも満たないちっぽけなものだった。
ーーーまたここにきてしまった。
ただ漠然と見上げる空。何度見てもその光景は変わらない。
同じ過ちを犯してしまったことに誰を責めるということもできず、出てくるのは溜息ぐらいだった。
遠くを見ていると、そんな重い胸の内を軽くしてくれた。
霊を管理する血社。その管理規模は全国、果ては国際的に活動している。
霊媒師を統治する組織の中で、間違いなくこの血社が最も規模が大きい。
血社の管轄にある霊の中、バニーは問題視されることが多い霊だった。
霊媒師、霊たちを取り囲む霊社会には、タブーというものがいくつか存在する。
公にしづらい、ましてや生死というデリケートな点に関わりやすいとなれば、それがあるのは必然であろう。
タブーとされているものの中に、死者の願望や思想に共感した行動をとってはいけないというものがある。
これを破ることは、今まで人類が築いてきた生命の価値観、死という一種の終着点、倫理観を破壊することと同様。そう考えられているからだ。
いくら霊に意思があって、活動することができても、それが二度目の人生のように扱われてはならない。そうした思想が一般化されている。
もちろん、すべてがこれらを肯定しているわけではないが、タブーを破ろうとする者がいるならば周囲から『開放論者』というレッテルが貼られ、差別や蔑視の対象になることは間違いないだろう。
だから、霊は基本的に私利私欲のために行動することが許されず、人がそれを援助してはいけない。
これが土台にある以上、人と契約をしなければならない霊は見えない首輪に繋がれなければならないのだ。
バニーと契約する場合、タブーに踏み込む危険性がある縛りの内容を飲まなければならなかった。
彼女が提示する縛りとは、そういうものなのだ。
このあたりの知識がある者ならば、まず彼女と契約を結ぼうとはしない。
それでも契約しなければならない彼女は、決まって新人などの知識、見解が浅い者を狙う。開放論者はそもそも結社の紹介リストに挙がらないため、狙い目はそれしかない。
いずれは分かってしまうことだが、そう契約できる期間は長くない。
そうして彼女は、ここまで多くの契約を結んできたのだ。
あがき、もがき続けたのだ。
『俺を解放論者に仕立てようとしたな!先輩から全部聞いたぞ!
よくも、よくも!可哀想だと手を差し伸べた俺が馬鹿だった!』
彼女の中で何度もフラッシュバックする。
自分を消さないためといえど、その行いは騙しであり、裏切りである。
相手の良心に漬け込む、残酷なやり口だ。
バニーもかつては人間だ。こんな罪悪感が続けば、精神も疲弊し、自己嫌悪に呑まれていく。
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
それでも繰り返さなければいけない。そのあり方を選んだのは他でもない彼女だ。
放つことだけで意味はない謝罪は、もはや自己暗示の一種だ。罪の意識に慣れないための。
「それでも、私は」
自分の首を絞めて歩むその道の先に、きっと何かあるはずだ。
数え切れない挫折は、きっと”目的”に昇華する。
その日を、信じて。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
24度目の契約解除から2日。
特にすることもなく、期待こそしていないが仕方なく血社からの報せを待っていた。
変化も訪れない、理論上終わりがない霊にとって、待つこと、暇という時間は苦行でしかない。
睡眠や食事を必要とせず、交友関係も広くない私には、ただ流れるだけの時間は死と同義といっても過言ではない。
むしろ死んでみてもいいかもしれないが、そうもいかない理由がある。
騙してきた人たちへの謝罪も、そう長くはやっていられない。
なら、その苦難をどう乗り越えるか。
契約できそうな人間を見つけるか。
それはできない。血社という巨大な組織でも回せない貴重な人材が、たかだか一人の霊に探し出せると思えない。何より、血社の管轄外での契約なんて、事後処理が面倒なことになるだけだろう。
24回も契約解除をやらかす霊のところに紹介がくるなんて、そもそも希望的観測すぎるが。
そこで、数年前から始めた暇つぶしがある。現実逃避と言った方が正しいか。
人の営みを傍観することだ。
老いも成長もない、変化のない死人にとっては、人の営みほど魅力的なものはそうそう無いのではないか。
人の身のまま、この魅力に気づける人間はほとんどいないだろう。一度終わったからこそ分かることもあるものだ。
毎日同じような暮らしをしていると思っていても、毎朝同じ顔が鏡に映ろうとも、すべては確実に変化を続けている、必ず昨日とは違った何かになっていける。
町並みでも、そこに生きる人々も、それは等しく言えることだ。
気がつけば、あたしは暮らしに夢中になっている。
生前、自分もあんな暮らしができていたら。
手に届かないと知っていても、想像の域を出ないと分かっていても、追い求めてしまう。
幼くして、道半ばで命を落としたあたしには、嬉しかったり、悲しかったりという、無数の起伏が輝いて見える。
変わりゆくものから得られるものはたくさんある。
時に嫉妬し、時に後悔し、励まされ、夢を見て。
そのすべてが、自分が変化の輪の中にいるように錯覚させてくれた。
でも、あたしは知っている。そうではないと。
そこにいる人たちとは関われないし、向こう側にはあたしの存在はない。
絶対に掴めない空となんら大差ないのだ。
それを分かっていても、弱いあたしは虚像の安心に縋る。
この日は、小さな町の公園。
無邪気に遊んでいる子供たち。
何を思っているのか、考えるのも馬鹿らしい。子供たちの胸にはきっと、楽しいの今でいっぱいなのだ。
なんと平和な光景か。
あたしには縁の無い感情や、明るい未来や希望がそこにはあふれている。
そんな中、一人の男の子に目が留まった。
遊具ではしゃいでいたり、おままごとをしていたり、かけっこをしていたり。
楽しげな彼らを他所に、砂場で独りの彼だけが、周りに溶け込めていないように見えた。
少年の周りだけ、どんよりした空気で他の子も寄り付かない。
その寂しげな光景が自分を見せられているようで。
悲しい気持ちもあったが、なんともならない苛立ちの方が勝っていた。
また別の日も見に行ったが、少年に変わりはない。
どうして大人が助けてやらないのか、むかついた。
こうして何日もきて、見ることしか出来ないあたしも大概だけど。
日に日に募る苛立ちも、ついに限界を迎えた。
あたしは気になって少年に近づく。
(この子・・・)
何をしているのかと思えば、穴を掘り、そしてそれを埋めるを繰り返していた。。それでいて意識ここにあらずという具合で。
楽しんでいるでもなく、無意味な行動を繰り返していて、見るに耐えなかった。
「友達と遊ばないの?」
少年の隣に座り込み、そう訪ねた。もっとも、和の外側にいるあたしの声なんて、聴こえるはずも無い。
我慢できずに、抱えた靄を吐き出したに過ぎない。
自己満足、になるはずだった。
「?」
ーーー少年は、あたしの予想を裏切った。
少年は手を止める。少年は脚気にとられたかあっと声を洩らす。
あたしと少年の目があった。
驚きのあまり、互いに一瞬静止する。
まさか、少年にあたしが見えているとでもいうのか。
一度は切り捨てた可能性を前に、動揺せずにはいられなかった。
間違いかもしれない。だからもう一度、全身の震えを殺し、少年に話しかけた。
ーーー「君、いつも一人ね」
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