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53. 寝室にて
しおりを挟む「…そんなの、どちらかだなんて選べません」
脱力したように笑うと、やっぱり殿下は苦い顔で眉を下げた。
この年上の王子に俺の気持ちや考えなんて、見破れない筈はない。
愛している。家族と同じかそれ以上に。
生涯を掛けて二人の力になりたいと、そう思っている。
「でも夜に私室を訪ねるのは、エリアス殿下だけにします」
「だろうな」
やっと肩を掴んでいた手を外し、テオ殿下が俺の前から退く。
すると何時からそこにいたのか、軽装のエリアス殿下が立っていた。
「邪魔者はさっさと消えるさ。いや、待てよ…なぁランベルト」
「はい?」
目の前のエリアス殿下に気を取られて、傍に立つテオドール殿下を見るのが遅れた。
「んむっ!?」
急にテオドール殿下からキスされて、頬とはいえ変な声が出た。
というか素直に先に顔を上げていたら大事故だったのでは!?
「~兄上っ!!!」
「はははっ!お休みの挨拶だろう目くじら立てるな」
エリアス殿下が近付いた分、テオドール殿下は素早く身を翻しそのまま扉へ向かった。
「ではな。…あぁそうだランベルト、昼はいつでも俺の私室に遊びに来いよ」
「兄上!!!」
珍しく声を荒げたエリアス殿下がソファーに乗っていたクッションを投げつけると、やっとテオ殿下は部屋の外へ出た。
テオドール殿下の笑い声は恐らく廊下に響いていた。
「疲れただろう、ランベルト」
そう言うエリアス殿下こそ、疲れた顔をしている。
使節団への対応で疲れていた所に今回の騒動で、馬での移動と大変だった筈だ。
「エリアス殿下も座ってください」
俺が座っているベッドの隣を示すと、エリアス殿下は一瞬硬直した後それを隠すように素早く座った。
「さっきの…」
「え?」
すぐ傍から聞こえた王子の声が小さ過ぎて聞き取れず、聞き返した。
「嬉しかった…」
「えっ⁉あっ…聞こえ…て?」
エリアス殿下の私室だけ訪ねるという下りを⁉
ほぼ言葉を誤魔化さずに言えば夜這い宣言だ。そんなの本人に聞かれているなんて思わないじゃないか!
「あれは…言葉の綾と言うか……」
ゴニョゴニョと言い訳を並べながら、自分でも顔に熱が集中しているのが分かる。
もちろんエリアス殿下が嫌なら来ないと、言おうとしたところで指先を優しく握られた。
「嬉しいよ…ありがとうラン…」
優しく壊れ物を扱うように目線の高さまで上げられた指先に、殿下の唇が落ちた。
それだけで昨晩の荷台での殿下とのやり取りが夢ではないと分かり、俺は年甲斐もなく視界が揺れた。
「…僕を諦めないでくれて、ありがとう」
「エルっ……」
今度こそ留まっていた涙が落ちて、頬を伝った。
「幼い頃はランが褒めてくれるのが嬉しくて…でもそれだけじゃ足りなくて……」
すっかり大きくなった殿下の腕が俺の背に回る。
「ランが騎士になると言った時、そんな危険な目に遭わす位なら…王子なんて辞めたいと思った」
あぁやっぱりそこの気持ちは変わらないのか、と少し気落ちする。
「でも、僕は…同時に王でも王子でもなければ、ランが傍にいてくれないとも思った」
そうじゃないのに!そう思って顔を上げるとエリアス殿下の瞳からも静かに涙が溢れていた。
「僕は自分に自信がなかった。努力はしたけど、いつも堂々とした兄上の半分も…自分に自信がなかった」
「エル…」
「だからランに駆け落ちを申し込んだ自分の話を聞いて、羨ましかった…どうしてそんな勇気が持てたのかって考えて」
はじめて聞く気持ちの吐露に、俺はただ耳を傾けた。
「…答えは簡単だった。ランベルト…ランがずっと変わらず僕に気持ちを向けてくれていたから、僕は自信が持てたんだ」
「国王でも王子でもない、何者でもない僕になっても…ランは好きでいてくれる」
にこりと笑った笑顔は幼い頃のままだ。気持ちが伝わるように強く抱きしめ返す。
「僕の方こそ愛してる、ラン…もう二度と離れないで……」
「エル…!!」
ぎゅうぎゅうとお互いの身体を締め付けるように強く抱き合う。
身体の間に隙間がなくなれば、まるで一つになれるかのような気分だ。
触れるような口付けが徐々に角度を変えていく。
背中がベッドに触れて、今更エルが恥ずかしそうにしていた事を思い出す。
この年下の王子を相手に、どこまでこういった事を具体的に考えていたかと言うと…そこは明言し辛いが。
「ラン…大好き。愛してる…」
「……俺も」
言葉のつづきは彼の唇に飲み込まれた。
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