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51. 日の出
しおりを挟む出会い方が違っていれば彼らに同行していた自分もいたのだろうか。
ふとそんな可能性も頭を過ぎり、数多ある行動の中から最善の方法を選べているか自問する。
後退るように足を引くと、誰かに背中を支えられた。
驚いて振り返るとそこには短剣を握ったツヴァイが立っていた。
瞬間、首元に刃先を当てられて、背中から拘束される。
「近付かないで…王子サマ!手元が狂うかもしれないよ」
ツヴァイが叫んだ先はネイシャが立つのとは逆側。
その暗がりの中から見慣れた金髪が現れて息を呑む。
「…エリアス殿下っ!!」
解放した馬がきっと王子を助けてくれるとは思ったが、こんなに早く駆け付けるとは予想外だ。
こちらに来るのではなく、王都へ戻って欲しかったのに…。
「どうして、ツヴァイ…何故ランベルトなんだ?」
「どうして……だって?」
ツヴァイの手元が怒りで震える。
短剣の刃先が俺の首筋をすこし傷付けた。
「生まれた時から国に囚われてた…でもそれは王族だって一緒だと思ったんだ。例えばそう…アンタだ王子サマ」
「僕以上にしんどそうなアンタを見て、僕は勝手に自分の方がマシだってガマン出来てた」
「…実の親の顔を知らなくても、自分の送りたい人生を送れなくても、もっとキツそうなアンタを見て僕は……」
「勝手に自分の方がマシだとか。仲間だなんて思ってたんだ…コイツを見るまでは!」
急に呼ばれて肩が跳ねた。ツヴァイは短剣の柄を握り直す。
「アンタは僕の仲間じゃなかった……役目に縛られる憐れな人間じゃない…」
「自分から檻の中に入って…欲しいモノの為に、我慢をしてるだけだった!!不自由なのは僕だけなんだ!!」
「ツヴァイ……」
エリアス殿下の声に、呼ぶなよと言うようにツヴァイは首を振った。
「裏切り者……!!僕はアンタから一番大事なモノを奪うって決めたんだ」
「くっ…」
また首筋から生温かい液体が流れていく。
「アンタの大事なモノ、ここで壊すか、僕に頂戴?」
「――ランベルト!!」
ツヴァイを中心に誰も下手に動けない、膠着状態だ。
「コレをラインリッジに持って行けば、僕の自由も保障される」
背後から俺の肩口に回っていたツヴァイの腕が、胸の上を過ぎて胴に回る。
「…それか王子サマ、代わりに…死んでくれる?」
誰の代わりだ…俺の?ツヴァイの?それは何の為の死なのか。
ツヴァイの言葉は殿下に向かっているようでいて、その実どこまでも空虚だ。
いっそ俺には…ひとつも自分の思い通りに出来ない少年が、精一杯の虚勢を張っているようにも聞こえる。
腰に回った腕が抱き着くように力が込められたのを感じて、俺は思わず口を開けていた。
「――エリアス殿下!ツヴァイを…あまり叱らないでください!」
「…え?」
「……はぁ!?」
その場に動揺が走るが、構わず続ける。
「ツヴァイは殿下に、自分以外の友人がいると分かり”寂しい”と言っているだけです!」
「なっ!?はぁ~!?頭イカレてんのか⁉なに聞いたらそんな話にッ…!」
動揺したツヴァイの隙をつき、短剣の刃先を握る。
「…違うのか?俺にはそう聞こえたよ」
素手の掌に刀身が食い込むのも構わず刃先を握り込む。
単純な力比べなら負けないはずだ。
そのまま腕ごと捻ると、やっと短剣が首元から外れた。
血まみれになった短剣を暗がりへ放り投げ、俺は身体を反転させてツヴァイに向き合った。
「なっなんだよ!?」
「でも俺はツヴァイとも友達だよ」
もうとっくにそう思っていたと笑うと、ツヴァイは信じられないモノを見る目で俺を見ている。
短剣を拾いに行くでもない、諦めたように項垂れるツヴァイ。
反抗する理由を見失ったように呆然とした様子の治癒師を見て、次にエリアス殿下を見る。
エリアス殿下はツヴァイを怒るでもなく、俺の首筋の傷に手を伸ばした。
患部にハンカチを押し付けられて、忘れていた痛みを思い出す。
あんな小さな短剣では流石に首は斬れないが…。
未だに不気味に静観したままの使節団を見る。
俺が傷付いても慌てた様子もない。
この髪さえ付いていれば、首だけになっても構わないのか?とぼんやり思った。
首さえあれば…他は要らない?
…という事は。
「私の髪が必要なんですよね?」
急に振り返ってそう訊ねると、ネイシャは素直に頷いた。
「私の人格は必要ではない?」
「ええ…ですが…」
奇妙な質問にネイシャは困惑し、ヤーズは見るからに苛立っている。
「アンタの頭が付いてんなら、こっちは腕も足も無くても構わないぜ!」
再び剣を抜きそうな男を無視して、ネイシャに向き合う。
「どうせなら胴も顔も無しにしましょう」
「え?」
「おい…」
「気でも狂ったのか…?」
俺の発言にただ首元を止血してくれている王子だけは、納得したように頷いた。
「ツヴァイ、ランを助けてやってくれ」
エリアス殿下の声に弾かれたようにツヴァイが顔を上げた。
「それって命令だろ?ならもっと偉そうに言えよ…」
そう言ってそっぽを向く治癒師は、図体ばかり大きくなったが少年の姿の時となんら変わらないように見える。
「違うこれは”お願い”だ。…友人として頼む」
潔く頭を下げた王子に今度こそツヴァイは混乱している。
彼は王子に謝ろうと思っていたはずだ。そんな相手に先に頭を下げられて、居たたまれないのだろう。
「まぁ僕は天才だし…?助けてあげない事も、ない…」
絞り出すようにやっと出た治癒師の言葉に、野次を入れるような人間はこの場にいなかった。
俺が思い付いた事を説明する為にも、一旦この場での休戦を申し入れる。
ラインリッジからの使節団と、王国騎士の俺と、第二王子のエリアス殿下と、治癒師のツヴァイ。
全員にとって平和的解決だと思われるこの案の説明をしながら、俺達は朝日が昇り始めた丘を歩き出した。
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