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50. 再び

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「――停めてよ」

 ツヴァイに言われ馬に指示を出し、荷馬車を減速させた。
 今夜馬を引くツヴァイの背中を見て、感じていた妙な胸騒ぎが的中した。
「エリアス殿下をどうするつもりだ?」
「王子サマはね、いらないからココに置いて行くよ」
 殿下を傷付けるつもりがないのなら、こちらとしても都合が良い。
 少なくともこのまま連れて行くよりも危険度は下がる。

「流石に王子サマ誘拐で捕まりたくないし…朝になれば誰かしら通るでしょ」
 ツヴァイに手伝ってくれと言われ、殿下が乗ったままの荷台を外し脇道の草むらへ降ろす。
「僕はただこの王国から無事に脱出したいだけだよ」
 独り言のように呟いたツヴァイに促され馬に乗る。


 ――今まで変に思う事はいくつもあった。
 どうして過去では接触の無かったラインリッジから使節団が来たのか。
 そしてその使節団は俺にあの森での襲撃事件は、自分達の仕業だと示唆した。
 俺と同じように時間を遡った人間でもいない限り、そんな事は不可能なのに…。

 時間を遡ってから過去の出来事を共有したのはテオ殿下とエリアス殿下、ツヴァイの三人だけだ。
 そしてこの奇跡ともいえる逆行を可能にしたのはきっと自分だと、出会ってすぐの頃に治癒師は言っていた。
 
「あの日…殿下が呼んだ馬車の御者は、君だったんだ…ツヴァイ」
 今更そんな事に気が付いたのかというように、並んで馬に乗る治癒師が笑った。
「そりゃそうだろうね、国を出られる絶好の機会なら僕はきっとそこにいた」

 重いコートを着た彼が、御者として慣れない様子で手綱を握る様子があの時を思い出させた。
「きっと、という事は君に記憶がある訳ではないのか…?」
 俺の探りを入れるような問いかけにアッサリと頷いたツヴァイが続ける。
「よっぽどアンタを守る先祖代々の守護なんかが強くて、死んだアンタに僕が治癒魔法を掛けた…」
 ふとこちらを真顔で見下ろす紫色の眼球と目が合う。
「これ以上は同じ状況でも再現しないと分かんないや」

 間接的にもう一度死んでみるかと言われ、ツヴァイに後れないよう馬の足を速めた。
 彼は俺を手土産にして使節団と再び合流するつもりだ。

「…ラインリッジに何かあるのか?」
 栗毛の馬の手綱を渡しながら、聞いてみる。
「別になんもないでしょ。出て行けるならドコでも良いんだ」

 地面だけ見やすいようにランタンを少し先にぶら下げて、来た道を引き返す。
「…アンタこそ、なんでフツーに僕に従うワケ?さっきまで王子サマと帰る気だったろ?」
「帰れたら良いなとも…思ったけど、このままじゃ向こうも…君も納得しないだろう」
「まぁ、それはそうだね」
 先程までは本当にラインリッジへ行くつもりだった。
 でもエリアス殿下の気持ちを聞いて考えが変わった。
 我ながら自分の考えの変わりように驚くが、これからもあの年下の王子の傍にいたい。

 その為にも彼等と話をする必要がある。





「止まれ―!」

 しばらく馬を走らせると、前方に揺れるいくつかの灯りが見えた。
 ヤーズ・リフラインの声だ。これで再び使節団と合流した事が分かった。
 向こうも馬で来たようで、ちょうど宿屋から丘を降り切った辺りだと分かる。
 馬から降りると同じく馬から降りたヤーズに胸倉を掴み上げられた。

「ランベルトっ!よくも戻って来れたな!!」
「ぐっ…」
 手で庇うふりをして乗って来た馬を逃がす。

「いやいや僕が一旦縛り上げて連れ出したんだって、不可抗力でしょ?」
 俺やヤーズよりも背の高いツヴァイが仲裁に入る。


「良いんです。こうして戻って来ていただきましたから…」
 ネイシャ・シンドラの声にヤーズの手がやっと離れた。
 彼等から距離を取るように、一歩二歩と後退る。
 それこそまた縛り上げられたら堪らない。でも話をしなくてはならない。

「いつからツヴァイと話を合わせていたんですか?」
「…ずっと、貴方が彼に会った時からじゃないかしら」
 ネイシャの言葉にツヴァイは何の反応も示さない。

「――すみません、私は貴方達と一緒には行けなくなりました」
「なんだとっ!アンタ裏切るのか⁉」
「ヤーズ!」
 長髪の男が抜いた剣の刀身が月明りを反射する。
 その動きに合わせるように俺も剣を抜く。
「裏切るもなにも、協力しようかと思っただけだ…」
「…でもその気持ちが変わったと?」
 ネイシャの冷たい声が暗い街道に転がった。

「なぁ…新しいラインリッジの指導者に、両腕は必要か?」
 ヤーズの構える剣が怪しく揺れて、俺はまた一歩後退った。
「そうね、両方は要らないのかもしれないわ…」
 そんなネイシャの声を合図に、まず正面から重い一撃が繰り出された。



 一団から少し距離を取るように駆け出すと、同じだけついて来る。
 そのままこちらの間合いまで飛び込んで来るかと、横殴りに剣を振るが手ごたえはない、
 剣士とは思えない身軽さで身を引くと、ヤーズの鋭い突きが脇をかすめ服が裂けた。
 俺よりも余程この闇夜に目が慣れている。森での戦いを嫌でも思い出す。

「なぁ!両腕が惜しくなってきただろ!?」
 何度も突き刺すような動きに左右へ飛び退き、防戦一方だ。
「話を!ハァ…聞いてくれ!!」
「なんのッ!?」
 すこし距離を取って、お互いに呼吸を整える。

「なにかッ!私がそちらの国へ行かなくても、力になれる事があるはずだ!!」
「…なにかって、なんですか?」
 少し離れた場所に立つネイシャが声を張り上げた。

「ランベルト様、あなたにご迷惑をお掛けしないよう私が誠心誠意お仕えするとお約束します」
 話ながら一歩二歩と近付いて来た彼女が、そっと俺の腕に手を添えた。
「私達と…私と一緒に来ていただけませんか?短い時間でしたが、私は…」

「っ!すみません」
 ずっと彼女が誰かに似ていると思っていた。こんな時に気が付くとは思わなかった。
 ――彼女はエリアス殿下に少し似ている。


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