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44. 紹介

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「――ランベルト、あなたまだ寝てるの?」

 聞き覚えのある高い声で目が覚めた。
「…姉さん、いつ帰って来たの?」
「昨日の夜よ。兄さんから聞いて急いで帰って来たの」
 旅行に出たと聞いていた二人目の姉は、今でも上の兄と仲が良いようだ。

 彼女が開けたであろう窓から朝陽と爽やかな風が入ってくる。
 それだけで城の中ではなく、実家に帰って来たという実感がした。

 もう一度眠ってしまいたい衝動を抑えて、傍に立った姉を見上げた。
 きっちりした化粧、流行りの髪型に粟色の毛を結い上げて…朝から?家で?何故…。
 姉の恰好に驚いていると、姉は我慢出来ないというように俺の寝間着の襟首を掴んだ。
「うぐっ…」

「~ねぇ!それより、早く私を彼に紹介してよ!!」
 少女のようにはしゃぐ姉に呆れる。もう少し年相応に落ち着いたら?とでも言うと叩かれそうなので止める。
「紹介って?…誰かいるの?」
 俺が寝ている間に誰か来たのかと、姉を押し退けてベッドから起き上がる。

 隣で寝ていたはずのツヴァイはとっくに起きたらしい。着替えを手に取り姉を振り返る。
「一緒に城から来たんでしょ?しらばっくれないでよ~」
 お願い!と手を合わせる姉に首を捻る。馬車の御者をしてくれた騎士見習いの彼の事だろうか?
 まだ十代だろうあの青年に、自分を紹介してくれと言っているのか?姉さんは今年で三十だ。

 我が姉ながら図々しいな…と考えながらシャツのボタンを留める。
 姉は母に似て器量は良いはずだが。
 なかなか結婚しないのは選り好みし過ぎるせいだと、家族全員が口を揃えている。
 まだ何も言っていないのに姉に肩を小突かれた。
「年下なんて分かってるわよ、でもあんなに綺麗な顔ならもっと近くで見たいじゃない」
「綺麗?そうだったかなぁ…」

 どちらかというと寡黙で地味な印象だった。上着を羽織ると姉が腕を引っ張った。
「あなたは殿下達のせいで判断基準が狂ってるのよ、本当に美形なんだから!」
 騒ぐ姉と共に食堂へ向かった。



「こちら騎士見習いのユルグ・ロイヤード。こちらは私の姉です」
「っはじめまして!お邪魔しています!」
「…ようこそ我が家へ」
 食堂で朝食をとっていた彼に近付き、姉を紹介した。突然の挨拶を受けて彼は目を白黒させている。
 改めて彼の顔を見ても、真面目そうだなという言葉しか浮かばない。
 俺の腕を掴んだままだった姉が、余所行きの声で彼に挨拶して俺を部屋の外へ連れ出した。

「…なにまだ何かあるの」
 もっと話がしたいなら俺を介さずやってくれと態度で示す。
「~あなた、わざとやってるでしょ?」
「はぁ?なにが…」
 言葉を続けようとしたが、廊下の先から長身の人物が歩いて来た。

 長い草原のような色味の髪が揺れる、中性的な印象の透き通るように美しい男が立っていた。


「――ツヴァイ…?」
 時間が止まったように感じる程、深く考えてからその名を口にした。
 応えるようににこりと微笑んだ男に、姉が短い悲鳴を上げた。

「おはようございます。"弟"のツヴァイは先に帰しましたよ」
 俺よりも低い声、面影はあるのに別人のようだ。もうすっかりあの少年が俺と同じ歳という事を忘れていた。
 それでも底知れない宝石のような紫色の瞳は、彼がツヴァイ本人だと物語っていた。

 姉が俺の背中を頻りに叩く。なんと紹介したものか…。
「…二番目の姉です。こちらはテレジオ卿」
 色々端折ってみたが嘘は言っていない。熱心にツヴァイを見上げる姉に、同情の目を向ける。
「お姉さまでしたか、以後お見知り置きを」
 ツヴァイはそれこそ王子様のように姉の手を取り、その甲に口付けた。

 姉は顔を真っ赤にして、挨拶もそこそこに廊下の先に一瞬で消えた…。


「姉さん……」
 さっきまでの勢いはなんだったのか。呆れて姉を見送ると、すぐ後ろにツヴァイが立っていた。
 振り返り改めてツヴァイを見上げる。一晩でどうやってここまで大きくなったのか…。
 俺より頭一つ分高い、エリアス殿下よりも高いかもしれない。
 意外と身体に厚みもあるが…治癒師に筋肉は必要ないのではないだろうか?

 不躾にツヴァイの身体を観察していると、頭上から声が掛かった。
「なんか僕に言う事ないワケ?」
「言うこと…?」
 おはようと挨拶を返してなかったが絶対これではない自信がある。
「大きくなった…な?」
「くっ、ははっ」

 珍しく笑った男を不思議に思って見上げた。身体が大人になって態度に余裕でも出たのか?
「テオドール殿下と同じコト言うんだな」
「ああ…そういう…」
 確かに親戚の子どもに使うような言い回しだったかもしれない。

「そんな事より俺はすぐに出発するけど、ツヴァイはどうする?」
 なんとなくツヴァイが俺の家族を気に入ってくれた気がして、もう少し滞在するか聞いてみる。
 俺の見送りになんて出なければ、あと半日はこの家でゆっくり出来る筈だ。
 それで馬車で大人しく城に帰ってくれと思ったが、彼は腰までありそうな髪を指ですきながら首を振った。

「いやアンタの覚悟を見届けてから帰るよ」
 なんとも底意地が悪そうに笑って、そんな事を言った。


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