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43. 花冠を

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「――ラン、ねぇ起きてラン」

 天使のように可愛らしい少年が、青空を背景に顔を覗き込んでくる。
 黄昏時のような瞳と青空を同時に見れるなんて、なんとも贅沢な気がした。
 頬に小さな草花が当たりくすぐったくて俺は笑った。

「あっ起きた」
 幼いエリアス殿下は俺が居眠りから目を覚ましただけで、林檎のように頬を染めて微笑んだ。
 ああこれは夢だ。俺が騎士になりたいと秘かに決意した頃の。


 この頃は、士官学校に入る前に実家で剣の稽古を始めてすぐだ。
 慣れない訓練に疲れていた。
 この日は久し振りに会うエリアス殿下に誘われて花畑に来ていた。程よい風と暖かい日差し。
 王子が寝転んでみてと言うのでそうした所、見事に居眠りをしてしまった。
「ごめんねエル…すこし眠くて…」
「ラン疲れてるんだよ。もっと寝る?」
 きっと会えなかった間の事で沢山話したい事があるに違いない。

 年下の乳兄弟でもある王子は我が儘を言わない。
 俺と別れる時に”行かないで”と控え目に引き留める時くらいのものだ。
 兄であるテオドール殿下やご両親である国王、王妃、侍従に至るまでエリアス殿下から我がままを聞いた人はいない。

 そこまで教育係や周囲に言われた訳でもないのに、王子は自制心が強かった。
 既に王位継承者としての重責を背負っているかのようなエリアス殿下の心労が、俺は気掛かりだった。

「エルはまた勉強の時間を増やしたと聞いたけど、無理してないか?」
 起き上がって王子のまだ幼い額に触れると、彼は楽しそうに笑った。
「新しい事を知るのは、楽しいよ」
「そうなら良いけど…」
 あまり勉強は好きではない俺からすると、それだけで尊敬出来る言葉だった。


 穏やかな日差しに蝶が舞う。王子は小さな手で花を手折る。
 赤い花、白い花、黄色い花、青い花、紫の花…色とりどりだ。
「ねえラン、最近流行っているおまじない知ってる?」
「おまじない?」
 珍しいなと思った。六歳になるエリアス殿下は同世代の友人をなかなか作ろうとしない。
 だからそんなおまじない等という迷信を吹き込む人間は周りに少ないはずだ。
 …いや一人だけいるような気もする。

「テオドール殿下に聞いたんですか?」
「うん」
 歳も離れているのになにかと張り合うこの二人でそんな会話があったのは喜ばしいが。
 俺にはよく揶揄って嘘を教えるテオ殿下も、流石にエルにそんな事しないよな…?

 エリアス殿下の小さな手が懸命に花の付いた茎を編み込んでゆく。
 なんでも器用に出来る殿下が、本当は人前でする前に何度も練習をすると知っている。
 …きっと部屋で茎を編む練習をしたはずだ。多分硬めのリボンかなにかでしたんだろう。
 そんな様子を思い浮かべるといじらしさに笑ってしまいそうになる。

 ――ずいぶん時間は掛かったが、綺麗な花冠が完成した。

「すごいねエル。どこで覚えたの?」
 素直に褒めると王子が口をふにゃりと歪めた。照れているのだ。
「ラン!頭を下げて」
「え?はい…」
 珍しい王子の大きな声に驚きながら頭を下げる。
 予想した通り、出来上がったばかりの冠が頭に乗せられた。

「きれい…!」
 ぱっと花が咲くような王子の笑顔に、こちらも自然と笑顔になる。
「そうですね」
 エリアス殿下があんなに丁寧に作った花冠だ。綺麗に決まっている。
 出来栄えに満足したのか、色々な角度から冠を見詰める王子はとても可愛らしい。


 そういえば先程の話をすっかり忘れていた。
「おまじないって何のこと?」
 首を傾げて訊ねると、頭の上の冠が落ちそうになり慌てて片手で押さえた。

 嬉しそうにもじもじとする王子を見守る。話したくないのかな?とも思ったが、すこし待つと口を開いた。
「…お花畑で花冠をあげると、ずっと一緒にいられるって兄様が言ってた」
 にこりと頬を染める王子を前に、やはりテオドール殿下は少し大雑把だなと思った。

 確かにそのような"おまじない"は聞いた事があった。
 民間に伝承する古い話だ。いわく花畑で花冠をもらう花嫁は幸せになる。
 確かに綺麗な花畑を探して、練習をして花冠を編む男性はさぞ献身的だろう。

 今では結婚式での花冠を模した頭飾りが、その逸話を後世に伝えている。
 テオドール殿下がどのようにエリアス殿下にこの話をしたのかまでは分からないが。
 後々に年下の王子が恥をかかない為にも、訂正する必要があった。

「ありがとうエル。でもね俺は花冠が無くてもエルと一緒にいるよ?」
 髪に絡まらないよう、両手で丁寧に花冠を外す。
「だからこの冠はいつかエルが結婚する相手に、作ってあげて」
 賢い王子のことだから、これで意味が伝わるはずだと思った。


「……どうして?」

 王子の悲しそうに寄せられた眉に心が痛む。
「花冠はエルが花嫁さんにあげる物だから。俺はもらえないよ」
 もちろん今日この花冠を突き返す訳ではない。大事に部屋に飾るつもりだ。
 だからエリアス殿下の表情がどんどん曇っていく事が不思議だった。

「ランは…ぼくと結婚できないの?」
 エリアス殿下の口からそんなに幼い言葉が出ると思わず、驚いた。
 でも年齢からいくとまだまだ不思議ではないのかもしれない。
 いや逆に、昨今の王国内で増えた同性婚の近状も考慮しての言葉かもしれないが。
「出来ないわけじゃなくて…エルは王様になりたいんでしょ?」
 俺の問いかけに素直に頷く殿下。

「だったらきっと大きな家門の女の子と結婚することになるよ」
 もうそろそろ子どもだけでの集まりで顔合わせがある頃だ。
 もしそこで仲良くなる子がいれば、婚約者に決まるかもしれない。
 そうしたら、こうして俺ばかり頻繁に呼び出してはくれなくなるのかも…。

「エルがその子と結婚して、王様になって、歳をとっても、俺はずっと傍にいるよ」
 もちろんエリアス殿下が望めば、だが。

「……うん」
 先程までの様子が嘘のように静かになった殿下に、今度は俺が焦る。
 体調不良かと急いで部屋に戻ったが、悪いところはどこもなかった。

 …ただそれから王子が考え込む様子を見る機会が、増えた気がした。


 自分が年下の王子を好きだと意識するのはもっと後で。この時は本当に悪気なんてなかった。

 家族や親しい人と"結婚したい"と無茶を言うのは、子どもの成長過程によくある事だと思ったから。
 それでも、ふとした時にこのやり取りが思い出された。
 俺は自分自身の言葉にも強く締め付けられているのかもしれない。

 エルが笑ってくれるなら、本当はなんだって良いはずなのに…。


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