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41. 長い休暇

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「…エリアス殿下が提案してくださった休暇ですが、もし問題が無ければ今日から頂けますか?」
「それは構わないが、どうするつもりだ?」
 暗に使節団へまた近付くつもりではないのかと問われ、首を振った。

「一連の騒動で実家からも手紙があったので、家族に顔を見せようと思います」
 半分嘘で半分本当だ。手紙も家族に会う事も事実だが、休暇と言いながら帰って来る目処はない。

「そうか…それは良い」
 家族という言葉に少し王子の表情が和んだ。
 代わりに俺の心は痛んだが、この嘘をつき通さねばならない。

「何日かゆっくりしてくると良い」
「ありがとうございます。夕刻にも発ちます」
 自然に肩に置かれた手の熱を感じながら、笑顔で頷いた。
 笑顔で…自然に笑えている自信がない。
 それでも不自然だったらこの方は見逃さないはずだから、まだ大丈夫だ。


「――エリアス殿下」
 話が終わり部屋から出て行こうとする王子。
 その背中に思わず声を掛けていた。

 ――もしかしたら今生の別れになるかもしれない。
 あんなに諦めようと捨ててしまおうと思っていた気持ちが、忘れていた頃に顔を出す。
 好きですと一言伝えられたら、思い残す事など無い気もする。
 本当は無事に帰って来られる確率が低いかもしれないと、気付いている。
 なんせ一度殺された相手だ。政治利用した後の駒を生かしておく理由もないように思う。
 誰よりも大切に想っていると伝えられたら良いのに。

 振り返って俺を見たままずっと言葉を待つ殿下。
 自分の感情を優先せずに、素直に人に謝れる所。無理に相手の言葉を引き出さず待ってくれる所も好きだ。
 俺は隣国へ亡命する事になるが、殿下には少しも罪悪感など感じて欲しくなかった。
「…母の、焼き菓子を持ち帰りますね」
「ああ、楽しみにしている」
 殿下の控え目な笑顔と共に扉が閉まる。
 実家に帰る時の常套句だ。出来もしない約束をしてしまった。

「…約束か」
 エリアス殿下としたずっと傍にいるという約束を、俺は自分から破る事になる。




 一通りの挨拶を済ませ、夕日が差し込む城門前に立っていた。
 今生の別れかもしれないが、大袈裟に別れを惜しんでは怪しまれてしまう。
「ルイジアス卿、お待たせしました」
「ありがとう」
 国章の入った馬車へ荷物を積み込み、自身も乗り込む。

「ひとりで逃げる気なんだ?」
「ツヴァイ⁉どうして…」
 ひとりだと思った馬車の中には先客がいた。今日は一度も見掛けなかった治癒師の少年だ。
「遠くへ行くんでしょ?僕も連れてってよオジサン」
「遠くって…俺の実家だよ。面白いものなんてない」

 それに君は城から出られない筈だろうと、喉まで出掛かって呑み込む。
「嘘だね、ラインリッジに行くんでしょ?」
「……どこでそれを?」
 俺からは誰にも言ってない、使節団がツヴァイに話した?それなら俺の所に来る理由はなんだ?
「ついでに僕も外に連れてってよ!自分じゃ出られないって言ったろ?」
 笑顔でヘラヘラと、神秘的な外見と違って軽そうな彼の態度は真意が見えにくい。

「じゃなきゃ今から王子サマに報告に行く。馬車も大声出して止めちゃうよ?困るでしょ?」
「脅してるのか?」
「コレくらい許してよ。僕だって城の外にくらい出たいんだ」
 今度は哀しそうに眉を下げる。わざとだとは分かっているが、そんな顔には少し良心が痛む。

 治癒師は国の宝だ。王族になにかあった時は治癒師だけが頼りだ。
 王国の人間がひとり亡命したどころで問題にはならない。だが治癒師は別だ。
 そんな人物まで使節団が同行を許すとは思えない。
 ラインリッジが治癒師をオルランド王国から連れ出したとなれば。
 最悪、両国間の新たな争いの火種になり兼ねない。

「なにも国から出ようなんて考えてないよ、ただアンタを最後まで見送りたいだけ」
 こちらの心配を察したように、肩を落として諦めたように少年が笑う。
「気が済んだら自分で帰るからさ」
 さあ行こうとばかりに座席に座り直すツヴァイに溜め息が洩れる。

 馬車の御者にも頼んで、間違いなくツヴァイが折り返し城まで帰れるようにしておこう。


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