死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨

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「…参りました」

「――それまでっ!」
 乱れた息を整え、突き付けられた刃先が触れそうな胸の傷に手をやる。
 正確に同じ位置に据えられたそれに、寒気がした。

 倒れたままでいると、息を整えた対戦相手が律儀に手を差し伸べてきた。

 自分から伸ばした手が震えている事に気が付いて、悟られないよう手を下ろした。
 相手に断り、自力で立ち上がった。
「…流石使節団の剣豪ですね」
 笑ったつもりだがうまく笑えているか自信がない。
 対戦中とは違い、面白くなさそうに目を眇めた男が首を振った。

「ヤーズ・リフラインだ」
「騎士団所属ランベルト・ルイジアスです」
 握手に応えると、一歩近付いた間合いでヤーズがニヤリと口角を上げた。
「…こちらの流儀は、わざと負けて相手に花を持たせるのか?」

 俺の真意まで見透かすような態度に驚くが、苦い笑顔で返す。
「先日怪我をして、万全でなく申し訳ない」
「ああ、まぁそういう事にしておこう」
 やっと外れた手の中には、小さく折り畳まれた紙が。


「ネイシャから、ルイジアス卿を見掛けたら渡せと言われたんだ」
 そっちから見付けてくれて手間が省けたと言い、素早く踵を返した男の灰茶色の髪を見送る。

 審判役にも礼を言うと、俺はどっと疲れた足を引きずる。
 彼が歩き去った方とは別の方向へ足を進めた。



 いまだ鳴り止まない動悸を落ち着けたい。
 手近にあったベンチに座る。

 ――間違いない。
 …俺は湿った森の中であの男、ヤーズ・リフラインに殺された!

 剣の扱い方、太刀筋や剣の重さ、最後に見せた一瞬で胸元へ斬り込む技。
 すべてあの日の森の中での襲撃を再現したような動きは、間違えようがない。


 ただ先程の男からは俺への個人的な恨みの念は感じられなかった。
 つまり隣国の人間が、もっと言えば使節団に選ばれるような剣士に指示を出せる人間が関わっている。

 掌に握ったままだった紙片をゆっくりと開く。
『東塔で、お待ちします』
 宛名も差出人も無いメモのような一文だ。

 やっと震えが収まったところで、奇妙な呼び出しに応じるべく立ち上がった。




 怪しげな呼び出し先は鍛錬場をよく見渡せる場所にあった。
 見張り台として日に何度か兵士の出入りがある以外、特別誰もが用の無い塔だ。

 石造りの螺旋階段を上がると、備え付けの小部屋の前に先程剣を交えたばかりの男がいた。
 俺の姿を認めたヤーズ・リフラインは、静かにその扉を開ける。

 ここ数日でよく見る、薄青色の髪の女性が振り返った。
「ランベルト・ルイジアス様、お待ちしておりました」
「…昨日は失礼しました」
 まずエリアス殿下の登場で別れの挨拶も有耶無耶になった事を謝る。
 ネイシャ・シンドラは気にした風もなく、首を振った。

 呼び出しの意図も分からないまま勧められた席に着く。
 張り出した小さなバルコニーからは少し冷たい風が吹きこむ。


「実は折り入ってお願いがあり、我々は貴方をお呼びしたのです」

「お願い…ですか、一介の騎士でしかない私に…?」
 隣国の使節団の願い事など、騎士一人で叶えられるとは思えない。
 一瞬内容を聞かずに帰るべきかとも考えたが、部屋の扉に鍵が掛かる音が響いた。

「ランベルト様、貴方でないと叶えられない望みなのです」
「しかしシンドラ卿…」
「ネイシャと、気軽にお呼びください」
 長い綺麗な髪と同じ薄い青の瞳で見詰められ、ドキリとした。
 既視感がある…誰かに似ている気がする。
「戸惑われるのはご尤もですが、まずは我々の話を聞いてください」

 ネイシャ・シンドラはラインリッジの民なら誰でも知っている話を始めた。

 ――遥か昔、まだ隣国ラインリッジと我が国オルランド王国の国境が確立する前。
 オルランド王国は既に王制が始まり、周辺の領地の取り込みに掛かっていた頃。
 後にラインリッジの建国の祖と呼ばれる一人の女性が、教会から武装蜂起した。
 王政に反対し宗教の下で全ての人間が平等であると説いたのだ。

 千日間にわたる紛争と停戦協議の末、現在の国境が定められた。
 無事独立を認められたラインリッジであったが、その犠牲は大きかった。
 建国の祖とされた女性は新たな争いの火種にならないよう自ら姿を消した。
 地位も名誉も求めない、本当に教会での教えを体現したような人物であったと今でも語り継がれている。
「…我が国の歴史は、一部が美化された物語です」

 つらつらと語っていた彼女の口調に熱が籠った。
 まさか今更建国の歴史を聞かされるとは思わなかった。
 俺への頼みとどう関係があるのか?

「恥ずかしいお話ですが…現在我がラインリッジは次期統治者代表の座を巡って争いが起きています」
「っそれは…」
 急に話は現代となり、機密情報であろう事実を一方的に開示した女に驚く。

 こんな話を聞いてしまってはきっとタダでは帰れまい。

「私達はオルランド王国へ、人を探しに来たのです」

「…私に人を捜せと?」
 静かに首を横に振ったネイシャの水色の髪が緩やかに揺れた。


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