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32. 覗き見る
しおりを挟む「おーい?ランベルト…無言で睨むのヤメテくれ」
わざとらしく俺の目の前で手を振ったハーベスに気が付いて、肩の力を抜く。
「ああ悪い、考え事してた…」
無意識に食べていたらしい昼食は、胃の中で居心地が悪そうだ。
「とにかく何か困ったことがあれば言えよ」
「そうだぞランベルト、お前は士官学校時代から自分に厳し過ぎんだよ」
気さくに掛けられた二人の言葉に、自然と笑えている自分に気が付く。
「ありがとう二人共…頼りにしてるよ」
ちょうどツヴァイが席を立つのが見えて、話し足りない様子の二人と別れた。
昼の食堂は忙しく人が出入りしているが、誰一人この少年を気にする人間はいない。
「人目を避ける魔法具なんて、便利な物があるんだな」
「こんなんでも無かったら、僕みたいな美少年すぐ攫われちゃうでしょ」
「…それはどうだろ」
減らず口を叩く少年を見下ろすと、確かにその容姿は整っている。
今まで着けていなかった白のチョーカー型の魔法具も、少年にはよく似合っていた。
「…あんまジロジロ見ないでよ」
「あぁ、ごめん…」
鬱陶しそうに首の飾りに手をやって、首との間に隙間を作ろうとしている。
その動作はエリアス殿下が飼っている猫を思い出させた。
ツヴァイはまるで気分屋の猫みたいだな…と思った瞬間。
こちらを見上げた紫の瞳の中に、確かな怒りの色を見た。
「嫌いなんだコレ、まるで首輪だろ?」
「――え」
こんなに低い声も出るのかと、一瞬本当に目の前の少年が発した言葉だろうかと思考が止まる。
「"飼い主"は選べない、飼い犬と同じさ…」
そう言い捨てて歩き出した少年の後を追う。
俺は今までこの国の在り方について、疑問を持ったことがなかった。
ずっと生まれ育った場所が国が、そのまま自分の居場所なのだと信じていた。
もしこの治癒師が自由を望むなら、それを止める権利が果たして誰にあるだろう。
何百年も昔の…盟約によって、自分が生まれる前から使命が決まっているとしたら…。
「――オジサン!止まって」
「!?」
中庭に面した廊下の途中、急に立ち止まったツヴァイが柱の影に隠れた。
同じように石柱に身を寄せると、進行方向の先に見慣れた金色が見えた。
エリアス殿下と…おそらく隣国からの使節団も一緒だろう。
使節団には関わらないようにと言われた手前、不味いなとは思うが不可抗力だ。
「…鉢合わせって覗きに来たことになんのかな?」
どうでも良さそうに呟いた少年の頭越しに、使節団らしき人々が見えた。
四人…五人はいるだろうか、文官風の男と屈強な騎士…その中でもひと際目を引く人物がいた。
空色の長い髪を高い位置でまとめた細身の女性。
エリアス殿下のすぐ隣、立ち位置からも使節団の中で一番位が高いのは彼女だろう。
女騎士というほど身体に厚みはなく、かといって華美に着飾ってもいない。どういう役職の人物なのか。
「げっ…あぁ、ほら見付かった!」
一団の後ろ、文官風の男と話していた人物が俺達に気が付いて手を振っている。
テオドール殿下だ!まさかそのまま仕事を抜けてこちらに来るような事はないと思ったが、考えが甘かった。
「ツヴァイ行こうっ!」
「…はぁっ!?」
咄嗟に少年の身体を抱えて今来た道を走り出す。
すぐ後ろからテオドール殿下が制止する声が聞こえるが、立ち止まらない。
治療中何度も心配して来てくれたらしい殿下には悪いが、使節団の目がある場所で目立ちたくない。
「止まれランベルト!急に走るヤツがあるかっ!!」
テオドール殿下にこちらの意図が伝わる訳もなく、もう手遅れかもしれないが…。
「元気、そうで…なによりだ」
ヒヤリと冷たい煉瓦の壁が背に触れて、これ以上逃げ場がない事を悟った。
使節団の目の前から逃げるだけでよかった鬼ごっこは、人気の無い城の端まで続いた。
走っている途中で腕の中から暴れて逃げたツヴァイはどうしただろう。
カツカツと踵を鳴らして肩で息をしたテオ殿下が、目の前で止まった。
「覚悟は出来ているんだろうなぁ?」
「――っ!!!」
「ぐっえぇ…」
強く胴体を締め上げられ、俺は情けない悲鳴を上げていた。
「俺が見舞いに行って一度も顔を見せんとはどういう了見だ⁉」
「ゆっ許してください~!!」
更に強く抱きしめられて、ミシリと身体が軋んだ気がした。
容赦の無い締め上げに殿下の怒りが滲んでいて、平謝りする。
面会謝絶にしたのはエリアス殿下だが――。
いい加減解放してもらえないかと見回すと、殿下の肩越しに小さな影が見えた。
「ツヴァイ!一緒に説明をっ…」
「――ツヴァイだって?」
本気で組み合う俺達から少し離れていた少年が、驚いたように肩を揺らした。
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