死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨

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30. 隣国より

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 治癒師が姿を見せてから、経過は順調だった。
 というのも怪我自体は綺麗に治っていたので、言われるままに薬を飲み目眩も止まった。

 公爵家であるクインシア家は罪に問われた。
 令嬢のカリーナは王都から離れ長閑な領地で療養するそうだ。
 エリアス殿下はもっと重い刑罰を求めたが、俺からはそれを望まないと伝えた。
 数日前に頭を下げに来た公爵家当主、つまり彼女の父親のやつれた様子を見てその思いを強くした。
 すでに彼女の名前も今回の事件の経緯も、国中に発表されていた。


「――それでどうすんの?王子様のこと」

 少年のような姿のままの治癒師が、面倒臭そうに俺を見ている。
 ベッドの上で寛ぐ姿は俺よりも余程この部屋に馴染んでいた。

「どうって…護衛に戻るだけですよ」
「いや~そうじゃなくて!駆け落ちするくらい好きだって言われたんでしょ!?」
 治癒師ツヴァイから毎日こうした質問攻めにあっている。
 結果エリアス殿下と共有したほとんどの情報をこの少年に話していた。
 事件の処理で忙しいエリアス殿下とは朝と夜しか会えない。
 その度にツヴァイとした会話を報告をすると、王子の表情は日々渋くなっていく。

「違います。"自分が駆け落ちをしたなら相手は私だ"と言われただけで…」
「それがなんで告白に聞こえないんだよ。好きだって言ってるようなもんだろ!?」
 未来の可能性の話と、今現在の気持ちは違うと思う。

 今の殿下にはこれから駆け落ちまでの三年間に新しい出会いがあったとしても、分からないはずだ。
 それに”もし駆け落ちをしたら”なんて仮定の話でしかない。
 そんな可能性だけで自信を持てる程、俺の頭は浮かれていない。
 だってエリアス殿下が男を…俺を好きなはずない。
 そう確信したのは今まで一度や二度ではないのだ。

「はぁ…オジサンにはガッカリだ。せっかく面白くなりそうだったのになぁ」
 さも俺が悪いように話す治癒師に、こちらこそ溜め息をつく。
「どうして貴方を楽しませなければいけないんですか…そもそも私と同じ歳でしょう?」

「分かってるならもっと気楽に喋ってよ、オジサンってのは”心が老けてる”って言ってんだよ」
 お道化た彼の紫の瞳が一瞬まったく笑っていないように見えた。

「だいたい僕みたいに可愛い男の子が、可愛く話してないと不気味でしょ?」
 我が国で唯一の治癒師、確かに彼自身が望んだ訳ではないだろうその姿に、どう声を掛ければ良いか分からなかった。

「あーあ明日から面倒な話が山積みなのにこうも娯楽がないとなぁ~」
 軽い音と共にベッドに倒れ込んだ彼を見ながら、冷めたテーカップに口を付けた。
 明日から何かあるのだろうか。
「…えっナニ、まさか何も聞いてないの?ラインリッジ帝国の使節団が来るらしいよ。急に」
「ラインリッジ…隣国の?そんな予定…」
 使節団?そんな事は過去では無かった。それも駆け落ちで逃げ込む予定だった国から?

「こっちに書簡が届いた時点で、向こうはもう出発してたらしい…よっと!」
 少年がベッドから滑り降りるように勢いをつけて立ち上がる。

 訪問先の国の都合も聞かないとは、余程急ぎの用らしい。
「僕まで接待に駆り出されるんだから、オジサンもちゃんと仕事してよね~」
 バイバイと手を振り、相変わらず自由に部屋を出ていく治癒師を見送る。
 実年齢を知らなければ可愛い仕草だが…。


「ラインリッジから…どうして」
 エリアス殿下に駆け落ちの行き先は聞いていた。国境を越えて隣国ラインリッジへ。
 隣国との仲は悪くないが特別良くもない。
 国境で接している分、二国に跨る解決出来ない問題は多い。
 ラインリッジに殿下の親しい知り合いがいたとは思えないから…不思議に思ってはいた。

 ――俺を斬り伏せた追手の剣術もラインリッジ。そして今過去と違う動きをしている。
 エリアス殿下を護る為にも、使節団滞在中はその一団の意図を探る必要もありそうだ。




「――ランベルト、何をしている?」
 少ない荷物をまとめていると、エリアス殿下が戻って来られた。
 いつの間にか薄暗くなっていた部屋の灯りがついていた。
「荷物をまとめていました。明日から勤務に戻りますので…」
 体調も戻りもう明日から護衛任務に戻っても良いと、今朝エリアス殿下も仰った。
 だから自分は今夜の内にでも騎士寮に戻されるのだろうと思っていた。

「…こちらへ」
 どことなく硬い王子の声を不思議に思いながら、言われた通りソファーに腰掛けた。
 すると隣に座ると思った王子が、俺の前に膝をついたので驚く。
「殿下っ!?なにをっ」
 慌てて立ち上がろうとしたが膝に手を置いて力を掛けられる。

「自分の部屋にでも戻るつもりか?死に掛けたのだと分かっているのか?お前は…」
 苦しそうに歪んだ王子の表情に、胸が痛んだ。
 自分がこの人にこんな顔をさせていると思うと、更に痛い。

 膝に置かれていた手に触れようと、伸ばした手を取られる。
「――不安なんだ。今回の事件も、ランベルトが言う未来の危機も…」
「…エリアス殿下」
 冷たい指先から王子の心労が伝わるようで、熱をわけるようにしっかりと握る。
 あらゆる不安からこの人を護れるような、そんな騎士になりたかったのに…。

「私がお護りします」

 そっと王子が俺の手を解き立ち上がった。
「…頼みがある、私の護衛よりも大切な仕事だ」
 エリアス殿下の護衛よりも大事な任務など存在しない。
「頼めるか?ランベルト」

「――はい…」
 一度死んでこうして過去に戻って来られたのは、エリアス殿下を守る為にきっと他ならないのだから。

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