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28. 稀代の
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「昔…木登り中に足を滑らせたエリアス殿下と私を、サイロ様が木の下で受け止めてくれたことを覚えていますか?」
「ああ…あったな」
木の上からテオドール殿下が呼ぶので俺が木に登ると、健気に小さなエリアス殿下がついて来ようとした。
「あの時本当は貴方を木の上へ引き上げたかったのに、私にはその力がありませんでした」
咄嗟に目の前の殿下の腕を掴めたのに、体重を支え切れず共に木から落ちた光景が今でも目に浮かぶ。
「悔しかったです。殿下を助けられない自分が…私ごと受け止めてしまえる護衛の騎士も…」
エリアス殿下の背に手をあてた。近付いた肩口に額を押し付けると確かな体温を感じる。
「殿下の傍に一番長くいられて、いざという時貴方を助けられる騎士になりたいと思いました」
頭の後ろにエリアス殿下の掌が添えられた。身体が触れて振動として殿下の声が直接響く。
「……私との約束を、忘れたのかと…」
聞き逃してしまいそうな小さな声で言われて思わず顔が緩む。幼い頃は気恥ずかしいお願いをする時いつも耳打ちで伝えてきた事を思い出す。
いつからかエリアス殿下からの反応が怖くて、関わることに消極的になっていたのは自分の方も同じで。王子の本質は昔から変わっていないのかもしれない。
「――私は貴方と共にいるという約束を…なにより大切に想っています」
「ラン…」
王子が顔を上げたその時、隣の部屋で物音が聞こえた。
続いて侍従がエリアス殿下を呼ぶ声も聞こえてくる。
座っていた俺をベッドに入るよう促した殿下は声を一段潜めて言った。
「いいかランベルト、お前の怪我が治った事はまだ公表していない。…流れた血までは戻せないから数日はここにいてもらう」
「しかし…ただ寝ているだけというのは」
「ではまだ話していない事があればまとめておいてほしい…いいかラン。この部屋には私しか入らない誰が来てもお前から内鍵を開けては駄目だ」
王子の隣室に俺を訪ねて来る人間など限られている。
「…テオドール殿下が来られてもですか?」
「ああ兄上が来てもだ。…お前の話を聞いてその気持ちを強くしたところだ」
「え?」
まさかテオドール殿下が駆け落ちの、いやその後の襲撃事件と関係しているか疑っているという事か?
「そんなっエリアス殿下…テオドール殿下に限って…」
「…お前はそう言うだろうな。いいか?絶対に開けてはいけないよ」
「殿下っ!」
念を押すように振り返ったエリアス殿下に訴えたが、テオドール殿下も警戒しろという言葉は撤回されなかった。
扉の方からエリアス殿下と侍従が話す声が遠くに聞こえる。
ベッドに入ると温かさからやっと自分の身体が冷えている事に気が付く。休めと言われたことを思い出し目を閉じると――すぐに強い睡魔に襲われた。
扉が開く音で目が覚める。
エリアス殿下の部屋と繋がる扉が開いた。当然殿下だろうと思ったが足音が違う。
硬い靴が絨毯を踏む音ではなく…もっと軽い。
なんとか侵入者の姿を見ようと音を立てないように首を回すが、その人物はとっくに俺の枕元へ移動していた。
「気分どう?あんた女の子にやられたって?よく騎士が勤まるなぁ」
「!?」
声変わり前の高い少年の声に驚いた。その内容にも。
半身を起こすとぐらりと目の前の景色が回って、堪らず両手で頭を支えた。
「あーあ急に動くと良くないって王子様にも言われたでしょ」
「……君は?」
城内では見た事がない。歳の頃にして十二歳前後だろうか、高位の神官が着るような丈の長い薄紫を基調とした服を着ている。
涼し気な顔は女の子と見紛う風貌だが意志の強そうな紫の瞳と、短く揃えた薄緑の髪で彼が少年であることが分かる。
「自分の恩人の顔も覚えてないの?」
初対面の少年にそう言われて考えてみるが今この部屋に出入りできる人間など限られている。
「……治癒師の方…ですか?」
「なんで疑問形なワケ?そうだよ稀代の天才治癒師とはこの僕…ツヴァイ・テレジオのことだ!」
高らかに宣言した少年に合わせて拍手をした。調子を合わせてみただけで名前を知っていた訳ではない。
治癒師は数が少なく最近ではご老人が一人いるだけと聞いていたが、違ったようだ。
「ほらボーっとしてないで早く服脱いでよオジサン」
想像していた治癒師とはもっと神秘的な存在だった…。やや乱暴な口調の少年が言うままに服を脱ぐ。
「やっぱ治ってないかぁ何なのかなその剣傷…」
治癒師の少年の視線の先には刺客に斬られた傷痕がある。古傷となった傷痕まで治そうとは本当に優秀な治癒師のようだ。
「治せないモンなんてないんだけどなぁ…もしかしてオジサンこの傷未来で受けた?」
「――!?」
なんでもない事のように口にした少年に驚き言葉を失った。
「ああ…あったな」
木の上からテオドール殿下が呼ぶので俺が木に登ると、健気に小さなエリアス殿下がついて来ようとした。
「あの時本当は貴方を木の上へ引き上げたかったのに、私にはその力がありませんでした」
咄嗟に目の前の殿下の腕を掴めたのに、体重を支え切れず共に木から落ちた光景が今でも目に浮かぶ。
「悔しかったです。殿下を助けられない自分が…私ごと受け止めてしまえる護衛の騎士も…」
エリアス殿下の背に手をあてた。近付いた肩口に額を押し付けると確かな体温を感じる。
「殿下の傍に一番長くいられて、いざという時貴方を助けられる騎士になりたいと思いました」
頭の後ろにエリアス殿下の掌が添えられた。身体が触れて振動として殿下の声が直接響く。
「……私との約束を、忘れたのかと…」
聞き逃してしまいそうな小さな声で言われて思わず顔が緩む。幼い頃は気恥ずかしいお願いをする時いつも耳打ちで伝えてきた事を思い出す。
いつからかエリアス殿下からの反応が怖くて、関わることに消極的になっていたのは自分の方も同じで。王子の本質は昔から変わっていないのかもしれない。
「――私は貴方と共にいるという約束を…なにより大切に想っています」
「ラン…」
王子が顔を上げたその時、隣の部屋で物音が聞こえた。
続いて侍従がエリアス殿下を呼ぶ声も聞こえてくる。
座っていた俺をベッドに入るよう促した殿下は声を一段潜めて言った。
「いいかランベルト、お前の怪我が治った事はまだ公表していない。…流れた血までは戻せないから数日はここにいてもらう」
「しかし…ただ寝ているだけというのは」
「ではまだ話していない事があればまとめておいてほしい…いいかラン。この部屋には私しか入らない誰が来てもお前から内鍵を開けては駄目だ」
王子の隣室に俺を訪ねて来る人間など限られている。
「…テオドール殿下が来られてもですか?」
「ああ兄上が来てもだ。…お前の話を聞いてその気持ちを強くしたところだ」
「え?」
まさかテオドール殿下が駆け落ちの、いやその後の襲撃事件と関係しているか疑っているという事か?
「そんなっエリアス殿下…テオドール殿下に限って…」
「…お前はそう言うだろうな。いいか?絶対に開けてはいけないよ」
「殿下っ!」
念を押すように振り返ったエリアス殿下に訴えたが、テオドール殿下も警戒しろという言葉は撤回されなかった。
扉の方からエリアス殿下と侍従が話す声が遠くに聞こえる。
ベッドに入ると温かさからやっと自分の身体が冷えている事に気が付く。休めと言われたことを思い出し目を閉じると――すぐに強い睡魔に襲われた。
扉が開く音で目が覚める。
エリアス殿下の部屋と繋がる扉が開いた。当然殿下だろうと思ったが足音が違う。
硬い靴が絨毯を踏む音ではなく…もっと軽い。
なんとか侵入者の姿を見ようと音を立てないように首を回すが、その人物はとっくに俺の枕元へ移動していた。
「気分どう?あんた女の子にやられたって?よく騎士が勤まるなぁ」
「!?」
声変わり前の高い少年の声に驚いた。その内容にも。
半身を起こすとぐらりと目の前の景色が回って、堪らず両手で頭を支えた。
「あーあ急に動くと良くないって王子様にも言われたでしょ」
「……君は?」
城内では見た事がない。歳の頃にして十二歳前後だろうか、高位の神官が着るような丈の長い薄紫を基調とした服を着ている。
涼し気な顔は女の子と見紛う風貌だが意志の強そうな紫の瞳と、短く揃えた薄緑の髪で彼が少年であることが分かる。
「自分の恩人の顔も覚えてないの?」
初対面の少年にそう言われて考えてみるが今この部屋に出入りできる人間など限られている。
「……治癒師の方…ですか?」
「なんで疑問形なワケ?そうだよ稀代の天才治癒師とはこの僕…ツヴァイ・テレジオのことだ!」
高らかに宣言した少年に合わせて拍手をした。調子を合わせてみただけで名前を知っていた訳ではない。
治癒師は数が少なく最近ではご老人が一人いるだけと聞いていたが、違ったようだ。
「ほらボーっとしてないで早く服脱いでよオジサン」
想像していた治癒師とはもっと神秘的な存在だった…。やや乱暴な口調の少年が言うままに服を脱ぐ。
「やっぱ治ってないかぁ何なのかなその剣傷…」
治癒師の少年の視線の先には刺客に斬られた傷痕がある。古傷となった傷痕まで治そうとは本当に優秀な治癒師のようだ。
「治せないモンなんてないんだけどなぁ…もしかしてオジサンこの傷未来で受けた?」
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