上 下
33 / 60

28. 稀代の

しおりを挟む
「昔…木登り中に足を滑らせたエリアス殿下と私を、サイロ様が木の下で受け止めてくれたことを覚えていますか?」
「ああ…あったな」
 木の上からテオドール殿下が呼ぶので俺が木に登ると、健気に小さなエリアス殿下がついて来ようとした。

「あの時本当は貴方を木の上へ引き上げたかったのに、私にはその力がありませんでした」
 咄嗟に目の前の殿下の腕を掴めたのに、体重を支え切れず共に木から落ちた光景が今でも目に浮かぶ。
「悔しかったです。殿下を助けられない自分が…私ごと受け止めてしまえる護衛の騎士も…」

 エリアス殿下の背に手をあてた。近付いた肩口に額を押し付けると確かな体温を感じる。
「殿下の傍に一番長くいられて、いざという時貴方を助けられる騎士になりたいと思いました」
 頭の後ろにエリアス殿下の掌が添えられた。身体が触れて振動として殿下の声が直接響く。
「……私との約束を、忘れたのかと…」
 聞き逃してしまいそうな小さな声で言われて思わず顔が緩む。幼い頃は気恥ずかしいお願いをする時いつも耳打ちで伝えてきた事を思い出す。
 いつからかエリアス殿下からの反応が怖くて、関わることに消極的になっていたのは自分の方も同じで。王子の本質は昔から変わっていないのかもしれない。

「――私は貴方と共にいるという約束を…なにより大切に想っています」
「ラン…」
 王子が顔を上げたその時、隣の部屋で物音が聞こえた。

 続いて侍従がエリアス殿下を呼ぶ声も聞こえてくる。
 座っていた俺をベッドに入るよう促した殿下は声を一段潜めて言った。
「いいかランベルト、お前の怪我が治った事はまだ公表していない。…流れた血までは戻せないから数日はここにいてもらう」
「しかし…ただ寝ているだけというのは」
「ではまだ話していない事があればまとめておいてほしい…いいかラン。この部屋には私しか入らない誰が来てもお前から内鍵を開けては駄目だ」
 王子の隣室に俺を訪ねて来る人間など限られている。

「…テオドール殿下が来られてもですか?」
「ああ兄上が来てもだ。…お前の話を聞いてその気持ちを強くしたところだ」
「え?」
 まさかテオドール殿下が駆け落ちの、いやその後の襲撃事件と関係しているか疑っているという事か?
「そんなっエリアス殿下…テオドール殿下に限って…」
「…お前はそう言うだろうな。いいか?絶対に開けてはいけないよ」
「殿下っ!」
 念を押すように振り返ったエリアス殿下に訴えたが、テオドール殿下も警戒しろという言葉は撤回されなかった。

 扉の方からエリアス殿下と侍従が話す声が遠くに聞こえる。
 ベッドに入ると温かさからやっと自分の身体が冷えている事に気が付く。休めと言われたことを思い出し目を閉じると――すぐに強い睡魔に襲われた。




 扉が開く音で目が覚める。
 エリアス殿下の部屋と繋がる扉が開いた。当然殿下だろうと思ったが足音が違う。
 硬い靴が絨毯を踏む音ではなく…もっと軽い。
 なんとか侵入者の姿を見ようと音を立てないように首を回すが、その人物はとっくに俺の枕元へ移動していた。

「気分どう?あんた女の子にやられたって?よく騎士が勤まるなぁ」
「!?」
 声変わり前の高い少年の声に驚いた。その内容にも。
 半身を起こすとぐらりと目の前の景色が回って、堪らず両手で頭を支えた。
「あーあ急に動くと良くないって王子様にも言われたでしょ」
「……君は?」
 城内では見た事がない。歳の頃にして十二歳前後だろうか、高位の神官が着るような丈の長い薄紫を基調とした服を着ている。
 涼し気な顔は女の子と見紛う風貌だが意志の強そうな紫の瞳と、短く揃えた薄緑の髪で彼が少年であることが分かる。

「自分の恩人の顔も覚えてないの?」
 初対面の少年にそう言われて考えてみるが今この部屋に出入りできる人間など限られている。
「……治癒師の方…ですか?」
「なんで疑問形なワケ?そうだよ稀代の天才治癒師とはこの僕…ツヴァイ・テレジオのことだ!」

 高らかに宣言した少年に合わせて拍手をした。調子を合わせてみただけで名前を知っていた訳ではない。
 治癒師は数が少なく最近ではご老人が一人いるだけと聞いていたが、違ったようだ。
「ほらボーっとしてないで早く服脱いでよオジサン」
 想像していた治癒師とはもっと神秘的な存在だった…。やや乱暴な口調の少年が言うままに服を脱ぐ。
「やっぱ治ってないかぁ何なのかなその剣傷…」
 治癒師の少年の視線の先には刺客に斬られた傷痕がある。古傷となった傷痕まで治そうとは本当に優秀な治癒師のようだ。

「治せないモンなんてないんだけどなぁ…もしかしてオジサンこの傷未来・・で受けた?」
「――!?」
 なんでもない事のように口にした少年に驚き言葉を失った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています

八神紫音
BL
 魔道士はひ弱そうだからいらない。  そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。  そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、  ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。

【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません

八神紫音
BL
 やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。  そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。

人生に脇役はいないと言うけれど。

月芝
BL
剣? そんなのただの街娘に必要なし。 魔法? 天性の才能に恵まれたごく一部の人だけしか使えないよ、こんちくしょー。 モンスター? 王都生まれの王都育ちの塀の中だから見たことない。 冒険者? あんなの気力体力精神力がズバ抜けた奇人変人マゾ超人のやる職業だ! 女神さま? 愛さえあれば同性異性なんでもござれ。おかげで世界に愛はいっぱいさ。 なのにこれっぽっちも回ってこないとは、これいかに? 剣と魔法のファンタジーなのに、それらに縁遠い宿屋の小娘が、姉が結婚したので 実家を半ば強制的に放出され、住み込みにて王城勤めになっちゃった。 でも煌びやかなイメージとは裏腹に色々あるある城の中。 わりとブラックな職場、わりと過激な上司、わりとしたたかな同僚らに囲まれて、 モミモミ揉まれまくって、さあ、たいへん! やたらとイケメン揃いの騎士たち相手の食堂でお仕事に精を出していると、聞えてくるのは あんなことやこんなこと……、おかげで微妙に仕事に集中できやしねえ。 ここにはヒロインもヒーローもいやしない。 それでもどっこい生きている。 噂話にまみれつつ毎日をエンジョイする女の子の伝聞恋愛ファンタジー。    

魔術師の卵は憧れの騎士に告白したい

朏猫(ミカヅキネコ)
BL
魔術学院に通うクーノは小さい頃助けてくれた騎士ザイハムに恋をしている。毎年バレンタインの日にチョコを渡しているものの、ザイハムは「いまだにお礼なんて律儀な子だな」としか思っていない。ザイハムの弟で重度のブラコンでもあるファルスの邪魔を躱しながら、今年は別の想いも胸にチョコを渡そうと考えるクーノだが……。 [名家の騎士×魔術師の卵 / BL]

悪役令息に誘拐されるなんて聞いてない!

晴森 詩悠
BL
ハヴィことハヴィエスは若くして第二騎士団の副団長をしていた。 今日はこの国王太子と幼馴染である親友の婚約式。 従兄弟のオルトと共に警備をしていたが、どうやら婚約式での会場の様子がおかしい。 不穏な空気を感じつつ会場に入ると、そこにはアンセルが無理やり床に押し付けられていたーー。 物語は完結済みで、毎日10時更新で最後まで読めます。(全29話+閉話) (1話が大体3000字↑あります。なるべく2000文字で抑えたい所ではありますが、あんこたっぷりのあんぱんみたいな感じなので、短い章が好きな人には先に謝っておきます、ゴメンネ。) ここでは初投稿になりますので、気になったり苦手な部分がありましたら速やかにソッ閉じの方向で!(土下座 性的描写はありませんが、嗜好描写があります。その時は▷がついてそうな感じです。 好き勝手描きたいので、作品の内容の苦情や批判は受け付けておりませんので、ご了承下されば幸いです。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

処理中です...