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27. 心当たりは
しおりを挟む永遠にも感じられた沈黙をエリアス殿下が破った。
「相手の心当たりは――ある」
「そう…ですか」
駆け落ちの相手はやはり三年前の今より、もっと前から殿下の心の中に在るようだ。
そうだろうとは思っていたがこの方の口から改めて聞くと…。
「推測の域は出ないが…他にもランベルトの話から分かることがある」
明るくなり始めた室内で殿下が壁際の椅子に座り直した。差し込む光も相まって一枚の絵画のようだと思う。
「おそらく私はその計画について兄上に相談をしていただろう」
「テオドール殿下にですか?」
「まず誰の協力も得ずに私が城を一人で出られるとは思えない。それに検問すら敷かれなかったという点も気になる…」
エリアス殿下が言われる通り俺も検問が設置されなかった事は気になっていた。
王族の少なくともテオドール殿下かその上、王や王妃がエリアス殿下の動向を知りながら許していた可能性がある。しかし王位継承を目前とした王子に駆け落ちを許すとなると、テオドール殿下か王妃を説得したと考えるのが妥当だ。恐らく国王は許さないだろう。
「計画の全容も私自身が立てた物にしては大胆過ぎる…」
「それは確かに…そもそも駆け落ち自体エリアス殿下らしくはありませんし…」
やや軽い口調で言うと急に立ち上がった殿下が再びベッドの隣に腰掛けた。
「――らしくない?お前が思う私らしいとはなんだ?」
「それは…エリアス殿下は立派な王になろうと常に努力されているではありませんか、ですから…」
「私には王位以上に欲しい物がないと?」
殿下の気迫に押され後ろに手をつき思わず仰け反った。王位以上に欲しいもの?それが駆け落ちの相手だと?今の言い方では当然私がその相手を知っているかのようではないか。
しかし分からないとバッサリと切り捨てる事も出来ない。真剣に考えるがやはり浮かんでくるような人物はいない。
「ランベルト、よく聞いてくれ」
身体ごとこちらに向き直った殿下の様子に思わず背筋を伸ばした。正面から見詰める黄昏色の瞳の中に自分の姿が映っている。
「おそらく私が諦めの気持ちから令嬢と婚約をした事はよく分かる。それにその駆け落ちにお前だけを連れて行った理由も…」
エリアス殿下の言葉からふと在り得ない想像をしそうになって、思わずその考えを打ち消す。
「――本当に分からないか?」
哀しそうに殿下の瞳が揺れる。あの馬車の中で何度も見た表情だと思った。
あの時は国を離れることに対しての憂いの表情かと思っていたが、なにか伝えたい事があったのに最後まで言えなかった…そんな気がしてならない。
「私は"駆け落ちをするから供に来て欲しい"とお前に頼んだ。確かに言葉は足りなかったかもしれないが――」
膝に置いていた手に殿下の掌が重なった。自分に都合の良い夢でも見ているのかもしれない。
「私の駆け落ちの相手はお前だ――ランベルト・ルイジアス。それ以外考えられない」
静かに握られた手に熱がこもる。殿下の駆け落ち相手が…俺?そんな事あの時殿下は言わなかった――。
言っていなかった…本当に?
俺が駆け落ちについて行くと言った時に見せた笑顔を思い出す。
駆け落ちの相手と何処で落ち合うのかと聞いた時の諦めたような顔は、俺がそうさせていたのではないか。
自分が殿下からの多くの合図を見落としてしまっていたような気持ちになる。言葉にしなくてもその視線や空気で感じられることがあったはずだ。
「エリアス殿下は私が騎士になったことに怒っていたのではないのですか…?私に騎士としての素質もないと言われました。私がテオドール殿下の護衛になってからは特に…会う機会は増えても目も合わないことも多く…」
「…私がランベルトが騎士になることに反対したのは、お前に危険な仕事をして欲しくなかったからだ。もしランが兄上の護衛になっていたら…兄上の隣に立つお前をまともに直視は出来なかっただろう」
両手で顔を覆うように俯いた王子の後頭部を見詰める。想像するだけでも嫌だと言われているようで胸がざわつく。
「――私はエリアス殿下の傍に少しでも長くいられるようにと…そう思って騎士を目指しました」
驚いたように俺の言葉に急に顔を上げた殿下だったが、その顔がすぐに歪んだ。
「そんなもの文官でも秘書官でも…なんでも良かっただろう」
どうしようもない子どもを諭すように言う殿下の声が弱々しく、思わずその背に手を伸ばした。
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