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26. 三年分の
しおりを挟む――胸の傷痕について説明をする。
それはつまり俺が今から三年後に殺されて、三年の時間を遡ったことを正直に話すという事だ。
もう既に変わり始めている事象も多い。エリアス殿下に話して良いのかも判断が難しい。
黙って考え込んでいると、王子がゆっくり顔を上げた。
「ランベルト…駆け落ちとはなんだ?」
「!!」
倒れていた間に余計な事を口走ったらしい。迂闊な事を言わないように口を固く閉じる。
「逃げろと言ったが、私がお前を置いて逃げるとでも…?」
目を逸らすと顎を掴まれて正面を向かされた。
「…お前の口を割らせる方法はいくらでもあるんだが…」
不穏な気配に慌てて口を開いたが、どこから話せば良いのか…。
「…なにか言えない事があるのだろう?それは恐らく私にも関係がある…」
「――信じられないような…荒唐無稽な話ですが」
「事実であるなら、いやランベルトが信じている事をそのまま話してくれ」
「…はい」
やっと近過ぎる体勢から解放されてベッドの縁へ座り直した。エリアス殿下も隣に座る。
遅かれ早かれこの話をしなければいけないと分かっていた。だからむしろ今聞いてもらって良かったのかもしれない。
「この胸の傷ですが――」
エリアス殿下なら三年後のご自分の行動の理由が分かるかもしれない。
俺は手掛かりになるかもしれない情報を逃さないよう、なるべく慎重に話を始めた――。
「…ランベルト、すこし休もう」
三年分の出来事とエリアス殿下の婚約発表、酒場での一件とそれからの顛末…。
一通り話した所で王子が深く息をついた。
厚いカーテンの端から僅かに光が洩れ始める。どうやら朝を迎えたらしい。
「なにか飲み物を持って…」
「いや寝ていてくれ、私が行こう。ランベルトは大怪我で起き上がれない事になっている」
殿下の言葉に驚く。確かに治癒師の治療を受けなければ大怪我…では済まされない程の重傷だったが。
しばらくして隣室から給仕盆を持った王子が現れた。…似合わな過ぎてすこし笑ってしまった。
「なんだ?なにが可笑しい?私は至って真剣だぞ」
俺が笑ったことで意地になったようだ。そのまま本当に王子手ずから紅茶を淹れてしまわれた。
茶器を受け取り口をつけると、葉の苦みと取り切れなかったであろう茶葉の屑が口の中に広がった。
「…ん?しまった葉が……ラン淹れ直すから返してくれ」
こちらに手を伸ばす王子から茶器を遠ざける。そういえばエリアス殿下は幼い頃からとても慎重な性格だ。
新しい事に挑戦する時は、とにかく説明を聞いて実演を見てから真似をする。流石にお茶を淹れる練習はしなかったようだと顔がにやける。
「せっかく殿下が淹れてくださったお茶なので最後まで頂きます」
「……そうか」
死の瞬間から寮のベッドで目覚めて、エリアス殿下の騎士に手を上げた。そして未来の殿下の婚約相手に出会った途端にこの怪我だ。
自分の行動の変化から、過去になかったことが既に起きている。エリアス殿下に話すことが良い事なのかそうでないのか分からないが、ご自分の命も掛かった話なら知っておきたいはずだ。
はじめは常軌を逸した話に戸惑っていたエリアス殿下だった。
だが今から三年の間に起きた近隣諸国との交渉内容や、現在すでに進んでいる事業の帰結について細かく話すとメモを取りながら真剣に聞いてくださった。
一介の騎士では知り得ない隣国の情勢や、テオドール殿下との外遊で得た情報など話は尽きない。
ただ重要なのはエリアス殿下がどうして駆け落ちという手段を考え、実際に実行に移したのか。
その相手も――。
「エリアス殿下は…三年後に駆け落ちを決心する相手に――心当たりがありますか?」
ああ聞きたくない。だが聞かなければ前に進めない。
隣に座る殿下の顔が見れず、手元のシーツを強く握った。
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