31 / 60
26. 三年分の
しおりを挟む――胸の傷痕について説明をする。
それはつまり俺が今から三年後に殺されて、三年の時間を遡ったことを正直に話すという事だ。
もう既に変わり始めている事象も多い。エリアス殿下に話して良いのかも判断が難しい。
黙って考え込んでいると、王子がゆっくり顔を上げた。
「ランベルト…駆け落ちとはなんだ?」
「!!」
倒れていた間に余計な事を口走ったらしい。迂闊な事を言わないように口を固く閉じる。
「逃げろと言ったが、私がお前を置いて逃げるとでも…?」
目を逸らすと顎を掴まれて正面を向かされた。
「…お前の口を割らせる方法はいくらでもあるんだが…」
不穏な気配に慌てて口を開いたが、どこから話せば良いのか…。
「…なにか言えない事があるのだろう?それは恐らく私にも関係がある…」
「――信じられないような…荒唐無稽な話ですが」
「事実であるなら、いやランベルトが信じている事をそのまま話してくれ」
「…はい」
やっと近過ぎる体勢から解放されてベッドの縁へ座り直した。エリアス殿下も隣に座る。
遅かれ早かれこの話をしなければいけないと分かっていた。だからむしろ今聞いてもらって良かったのかもしれない。
「この胸の傷ですが――」
エリアス殿下なら三年後のご自分の行動の理由が分かるかもしれない。
俺は手掛かりになるかもしれない情報を逃さないよう、なるべく慎重に話を始めた――。
「…ランベルト、すこし休もう」
三年分の出来事とエリアス殿下の婚約発表、酒場での一件とそれからの顛末…。
一通り話した所で王子が深く息をついた。
厚いカーテンの端から僅かに光が洩れ始める。どうやら朝を迎えたらしい。
「なにか飲み物を持って…」
「いや寝ていてくれ、私が行こう。ランベルトは大怪我で起き上がれない事になっている」
殿下の言葉に驚く。確かに治癒師の治療を受けなければ大怪我…では済まされない程の重傷だったが。
しばらくして隣室から給仕盆を持った王子が現れた。…似合わな過ぎてすこし笑ってしまった。
「なんだ?なにが可笑しい?私は至って真剣だぞ」
俺が笑ったことで意地になったようだ。そのまま本当に王子手ずから紅茶を淹れてしまわれた。
茶器を受け取り口をつけると、葉の苦みと取り切れなかったであろう茶葉の屑が口の中に広がった。
「…ん?しまった葉が……ラン淹れ直すから返してくれ」
こちらに手を伸ばす王子から茶器を遠ざける。そういえばエリアス殿下は幼い頃からとても慎重な性格だ。
新しい事に挑戦する時は、とにかく説明を聞いて実演を見てから真似をする。流石にお茶を淹れる練習はしなかったようだと顔がにやける。
「せっかく殿下が淹れてくださったお茶なので最後まで頂きます」
「……そうか」
死の瞬間から寮のベッドで目覚めて、エリアス殿下の騎士に手を上げた。そして未来の殿下の婚約相手に出会った途端にこの怪我だ。
自分の行動の変化から、過去になかったことが既に起きている。エリアス殿下に話すことが良い事なのかそうでないのか分からないが、ご自分の命も掛かった話なら知っておきたいはずだ。
はじめは常軌を逸した話に戸惑っていたエリアス殿下だった。
だが今から三年の間に起きた近隣諸国との交渉内容や、現在すでに進んでいる事業の帰結について細かく話すとメモを取りながら真剣に聞いてくださった。
一介の騎士では知り得ない隣国の情勢や、テオドール殿下との外遊で得た情報など話は尽きない。
ただ重要なのはエリアス殿下がどうして駆け落ちという手段を考え、実際に実行に移したのか。
その相手も――。
「エリアス殿下は…三年後に駆け落ちを決心する相手に――心当たりがありますか?」
ああ聞きたくない。だが聞かなければ前に進めない。
隣に座る殿下の顔が見れず、手元のシーツを強く握った。
11
お気に入りに追加
156
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
大賢者だと言われたが、たぶん違うから、求婚とかやめてください
夜鳥すぱり
BL
目を開けたらそこは、大草原でした。そして、穴があります。ドでかい穴が。何でしょう、この穴は。不思議に思ってボーーッと空を見ていると、遥か遠くから、馬に乗った騎士様たちが近づいてきて、僕のことを大賢者様だと勘違いしちゃって、さぁ、大変。記憶も魔法も何もかもを忘れた僕は、流れに身をまかせてみることにしました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
雪を溶かすように
春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。
和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。
溺愛・甘々です。
*物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています
異世界転生した俺の婚約相手が、王太子殿下(♂)なんて嘘だろう?! 〜全力で婚約破棄を目指した結果。
みこと。
BL
気づいたら、知らないイケメンから心配されていた──。
事故から目覚めた俺は、なんと侯爵家の次男に異世界転生していた。
婚約者がいると聞き喜んだら、相手は王太子殿下だという。
いくら同性婚ありの国とはいえ、なんでどうしてそうなってんの? このままじゃ俺が嫁入りすることに?
速やかな婚約解消を目指し、可愛い女の子を求めたのに、ご令嬢から貰ったクッキーは仕込みありで、とんでも案件を引き起こす!
てんやわんやな未来や、いかに!?
明るく仕上げた短編です。気軽に楽しんで貰えたら嬉しいです♪
※同タイトルの簡易版を「小説家になろう」様でも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
[完結]閑古鳥を飼うギルマスに必要なもの
るい
BL
潰れかけのギルドのギルドマスターであるクランは今日も今日とて厳しい経営に追われていた。
いつ潰れてもおかしくないギルドに周りはクランを嘲笑するが唯一このギルドを一緒に支えてくれるリドだけがクランは大切だった。
けれども、このギルドに不釣り合いなほど優れたリドをここに引き留めていいのかと悩んでいた。
しかし、そんなある日、クランはリドのことを思い、決断を下す時がくるのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
魔術師の卵は憧れの騎士に告白したい
朏猫(ミカヅキネコ)
BL
魔術学院に通うクーノは小さい頃助けてくれた騎士ザイハムに恋をしている。毎年バレンタインの日にチョコを渡しているものの、ザイハムは「いまだにお礼なんて律儀な子だな」としか思っていない。ザイハムの弟で重度のブラコンでもあるファルスの邪魔を躱しながら、今年は別の想いも胸にチョコを渡そうと考えるクーノだが……。
[名家の騎士×魔術師の卵 / BL]
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
漆黒の瞳は何を見る
灯璃
BL
記憶を無くした青年が目覚めた世界は、妖、と呼ばれる異形の存在がいる和風の異世界だった
青年は目覚めた時、角を生やした浅黒い肌の端正な顔立ちの男性にイスミ アマネと呼びかけられたが、記憶が無く何も思い出せなかった……自分の名前すらも
男性は慌てたようにすぐに飛び去ってしまい、青年は何も聞けずに困惑する
そんな戸惑っていた青年は役人に捕えられ、都に搬送される事になった。そこで人々を統べるおひい様と呼ばれる女性に会い、あなたはこの世界を救う為に御柱様が遣わされた方だ、と言われても青年は何も思い出せなかった。経緯も、動機も。
ただチート級の能力はちゃんと貰っていたので、青年は仕方なく状況に流されるまま旅立ったのだが、自分を受け入れてくれたのは同じ姿形をしている人ではなく、妖の方だった……。
この世界では不吉だと人に忌み嫌われる漆黒の髪、漆黒の瞳をもった、自己肯定感の低い(容姿は可愛い)主人公が、人や妖と出会い、やがてこの世界を救うお話(になっていけば良いな)
※攻めとの絡みはだいぶ遅いです
※4/9 番外編 朱雀(妖たちの王の前)と終幕(最後)を更新しました。これにて本当に完結です。お読み頂き、ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる