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d. 王子の後悔<4>
しおりを挟む「だからその顔は止めろ…まさかお前俺のせいだなんて思っていないだろうな?」
顔をしかめた兄上にまた自分の表情に自覚がなかったことに気が付く。
「……いいえランベルトは兄上の騎士になりたくて…望んでのことでしょう」
「…本人からそう聞いたか?」
じっと絵葉書の裏の文面を読んだ兄上は、改めてその葉書をひらひらと振った。
「ここにちゃんと書いてあるじゃないか"…エルを守る騎士になる。頑張るから待っていて"と」
何度も何度も読み返した文面だ。一字一句違えず覚えている。
「しかし…ランベルトは兄上の護衛に志願して――」
「志願なんてされてないぞ」
「…?」
「自分から捕まえに行ったんだ、あいつがいた方が俺の公務が面白くなる」
「捕まえ…?では兄上から一方的に指名をしたと…?」
「一方的じゃない、嫌なら断れたのだから」
偉そうに言い切った兄上に急に頭痛が激しくなった。王子が指名をして?断れる騎士などいるのか?そんな前例は聞いたことがない。
あくまで形式として"断る事も出来る"としているだけで、もし本当に断るようなことがあれば。指名した王族と断った騎士はそれぞれに不名誉な噂が付き纏うことになる。それをこの聡い兄上が分からない訳がない。
「なぜそのような事を!?断れるはずがないではないですか!!」
「そうだなぁランベルトと、エリアス…お前の気持ちを見定めるつもりだったのだ」
「私の…?」
「俺はどうしてランベルトを指名したのかと、お前が怒鳴り込んで来るのを待っていた」
兄上の湖畔のような瞳が揺らいだ気がした。
「――だがお前はその状況を知ろうともせず諦めた。ランベルトが騎士になりたいと言い出した時もだ」
「なに…を…」
「お前はあいつの言葉を碌に聞かずへそを曲げたそうだな」
だって騎士になる事と"ずっと供にいる"という私との約束は両立しない…。約束を守れないと言われたようなものだった。
「所詮お前はそこまでなのだエリアス。ランベルトの言うことを信じてやらず、あいつごと国を背負おうという気概も無い」
「それはっ!違います私はっ!!!」
認められる道が無いか必死に模索した。出来る事はした。それでも私の代で私の私情で突然伝統を覆すのは難しいと判断した。
「黙れ。お前の一挙一動に振り回されているランベルトのことをどうして察してやれないのだ」
「はっ…私の挙動など……彼は…見てくれてもいない…」
自分で思っていたよりも弱々しい声が出た。城内では常にランベルトの姿を無意識に探している。そしてやっと見掛けるランベルトはいつも私のことなど見ていない。
――視線の先にはいつも兄上がいた。
「…今日のランベルトは見ていられない。誰かさんの婚約の一報で心ここに在らずだ」
「……そんなはずありません」
「――頑固者め。お前もあいつもな」
珍しく苛立ったように金の髪を雑にかき混ぜた兄上が、大きく溜め息をついたあと覚悟を決めたように笑った。
「俺と賭けをしろエリアス」
「賭け…ですか?」
兄上の思い付きは今に始まったことではない。だがこの人の思い付きに無駄な事がないことも知っているつもりだ。
「ランベルトがなにをおいてもお前を優先するか――つまり愛しているかどうか賭けようじゃないか」
「そんな事どうやって…」
私の返答を肯定と取ったのだろう。兄上が改めてソファーに座りゆっくりと身体を前に乗り出した。
「地位も名誉も国を捨ててもランベルトだけいてくれたら良いと、お前があいつに告げるだけで良い。そう――駆け落ちだ!!」
久し振りに少年のような笑い方をする兄上に脱力する。
「私はもちろんランベルトはお前について行く方に賭けるぞ。全財産賭けても良い」
「…そんな事できる訳がないではないですか――」
ランベルトが…私を?信じられないが誰よりも彼に近い兄上の言葉には妙な説得力もある。
「ははっまぁ良いからまずは話を聞け」
何十年振りかに気安く肩を叩かれ、私は兄上の正気とは思えない計画に耳を傾けた。
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