19 / 60
19. 客間にて
しおりを挟む
――俺はエリアス殿下が好きなだけで男が好きなわけじゃない。
というよりエリアス殿下以上に想える相手などいない。
過去、団長から同じことを言われた俺は大いに悩んだ。
脅されたと思ったんだ。
"エリアス殿下への気持ちを周囲にバラされたくなければ付き合え"と、そう暗に言われているのかと思った。
団長の手が早いのは団内では有名で、積極的に関わってこなかった俺はこの人を誤解していた。
――だから脅されているなんて勘違いが起きた。
そしてバラされたくない一心で、数日だけマルクス団長と付き合った。すぐに寝所にでも引き込まれたら全力で抵抗しようと思っていた。
ところが一緒に街へ行くとか店に入って話をしたり…と実に健全な交際だった。
五日もして冷静になると俺もようやく自分の誤解に気が付いた。団長に別れてほしいがバラしてもほしくないと正直に話した。
すると団長は"余計な心配はするな、そんな卑怯な真似はしない"と潔く別れてくれたのだ。
ごっこ遊びのような交際だったが、過去の俺が唯一付き合った相手だ。
「ランベルト?」
また今日の彼との会話でより人柄にも触れた気がする。
…マルクス団長を好きになれたらもっと違った未来があったのかもしれない。あの緊張で何をしたのかも朧げなデートはもう俺の記憶の中にしか存在しない。
「すみません…私は…」
「…振られたな」
すぐに団長の影が退いた。引きの良さに呆気に取られていると団長が頭を掻いた。
「別に諦めた訳じゃない。一時撤退して作戦を練り直すよ」
「…え?」
「水を貰って来るから、酔っぱらいは大人しくしているんだぞ」
「は…はい」
軽く頭を撫でると団長はそのまま部屋を出て行った。
「…はぁ」
飲み過ぎた。ソファーから身を起こして頭を抱える。部屋を素早く見回すとどうやら臨時の客間のようだ。自分で緩めたのか首元の服を直していると、ノックも無く扉が開いた。
「ありがとうございます、団長…」
思ったより早い戻りに驚いて振り返ると、そこには思ってもいない人物が立っていた。
「――エリアス殿下!?」
表情のない王子の後方で、サイロ様が扉の前に立ち苦い顔を作っている。
「ランベルト、どうしてこんな所にいる?」
俺の傍まで来てそう言った王子は、無表情を取り繕っているが苛立っている事は声色でも分かる。
「マルクス騎士団長の供で参りました」
「…休みには何をしても良いのか?」
「そのご質問は…」意図が分かりかねる。ただ王子が怒っている事だけは肌で感じる。
「服はどうした?」
すっと伸ばされた殿下の綺麗な指先が、真新しいスーツの襟と胸元のピンをなでた。
「借りました」
採寸してサイズ調整の為に鋏まで入れていた。明らかに団長はそのままこの服を俺にくれるつもりだ。しかしそんな細かな事は言えない空気だ。きっと休日に羽目を外した、言い訳の一部に聞こえるだろう。
「…そうか。ランベルト騎士の本懐はなんだ?」
「もちろん、側近であれば主君を護ることです」
「私は今夜、急な外出を前にお前を呼びに行かせた。だがお前はいなかった」
「っ申し訳ありません…」
しまった…同じ王子でもテオドール殿下の騎士をしていた時とは違うのだ。だがエリアス殿下は護衛の騎士を休日も呼び出すのか?それで不満は出ないのだろうか…。
騎士団直属と違って護衛対象がいればもちろんその方に予定は全て合わすものだ。だが休日中の呼び出しなど無休も同じだ。聞いたこともない。
「なにか言いたい事があるなら言ってみろ」
黙った俺に何を考えているのか言えと言う。
今言うべきではないと分かっているが、やはり酔っているのかもしれない。素面ならきっと言わない。
「――では言わせて頂きますが本日私は休暇を頂きました。休暇は国の法で定められたものです」
ああ、そんなことわざわざ言わなくても王子だって分かっている、止めておけと頭の中で声がする。
「エリアス殿下は仕える全ての者に、休日も呼ばれればすぐに来れるよう連絡が取れる範囲にいろと仰るのですか?それでは臣下は休まりません」
ちらりと見えたサイロ様の顔色も曇っている。言い過ぎだ。
「民の模範となる殿下が法を順守されなければ、求心力にも影響します。私はエリアス殿下が立派な国王になられると信じて…」
「やめろ!」
低く唸るようなエリアス殿下の声が響いた。
というよりエリアス殿下以上に想える相手などいない。
過去、団長から同じことを言われた俺は大いに悩んだ。
脅されたと思ったんだ。
"エリアス殿下への気持ちを周囲にバラされたくなければ付き合え"と、そう暗に言われているのかと思った。
団長の手が早いのは団内では有名で、積極的に関わってこなかった俺はこの人を誤解していた。
――だから脅されているなんて勘違いが起きた。
そしてバラされたくない一心で、数日だけマルクス団長と付き合った。すぐに寝所にでも引き込まれたら全力で抵抗しようと思っていた。
ところが一緒に街へ行くとか店に入って話をしたり…と実に健全な交際だった。
五日もして冷静になると俺もようやく自分の誤解に気が付いた。団長に別れてほしいがバラしてもほしくないと正直に話した。
すると団長は"余計な心配はするな、そんな卑怯な真似はしない"と潔く別れてくれたのだ。
ごっこ遊びのような交際だったが、過去の俺が唯一付き合った相手だ。
「ランベルト?」
また今日の彼との会話でより人柄にも触れた気がする。
…マルクス団長を好きになれたらもっと違った未来があったのかもしれない。あの緊張で何をしたのかも朧げなデートはもう俺の記憶の中にしか存在しない。
「すみません…私は…」
「…振られたな」
すぐに団長の影が退いた。引きの良さに呆気に取られていると団長が頭を掻いた。
「別に諦めた訳じゃない。一時撤退して作戦を練り直すよ」
「…え?」
「水を貰って来るから、酔っぱらいは大人しくしているんだぞ」
「は…はい」
軽く頭を撫でると団長はそのまま部屋を出て行った。
「…はぁ」
飲み過ぎた。ソファーから身を起こして頭を抱える。部屋を素早く見回すとどうやら臨時の客間のようだ。自分で緩めたのか首元の服を直していると、ノックも無く扉が開いた。
「ありがとうございます、団長…」
思ったより早い戻りに驚いて振り返ると、そこには思ってもいない人物が立っていた。
「――エリアス殿下!?」
表情のない王子の後方で、サイロ様が扉の前に立ち苦い顔を作っている。
「ランベルト、どうしてこんな所にいる?」
俺の傍まで来てそう言った王子は、無表情を取り繕っているが苛立っている事は声色でも分かる。
「マルクス騎士団長の供で参りました」
「…休みには何をしても良いのか?」
「そのご質問は…」意図が分かりかねる。ただ王子が怒っている事だけは肌で感じる。
「服はどうした?」
すっと伸ばされた殿下の綺麗な指先が、真新しいスーツの襟と胸元のピンをなでた。
「借りました」
採寸してサイズ調整の為に鋏まで入れていた。明らかに団長はそのままこの服を俺にくれるつもりだ。しかしそんな細かな事は言えない空気だ。きっと休日に羽目を外した、言い訳の一部に聞こえるだろう。
「…そうか。ランベルト騎士の本懐はなんだ?」
「もちろん、側近であれば主君を護ることです」
「私は今夜、急な外出を前にお前を呼びに行かせた。だがお前はいなかった」
「っ申し訳ありません…」
しまった…同じ王子でもテオドール殿下の騎士をしていた時とは違うのだ。だがエリアス殿下は護衛の騎士を休日も呼び出すのか?それで不満は出ないのだろうか…。
騎士団直属と違って護衛対象がいればもちろんその方に予定は全て合わすものだ。だが休日中の呼び出しなど無休も同じだ。聞いたこともない。
「なにか言いたい事があるなら言ってみろ」
黙った俺に何を考えているのか言えと言う。
今言うべきではないと分かっているが、やはり酔っているのかもしれない。素面ならきっと言わない。
「――では言わせて頂きますが本日私は休暇を頂きました。休暇は国の法で定められたものです」
ああ、そんなことわざわざ言わなくても王子だって分かっている、止めておけと頭の中で声がする。
「エリアス殿下は仕える全ての者に、休日も呼ばれればすぐに来れるよう連絡が取れる範囲にいろと仰るのですか?それでは臣下は休まりません」
ちらりと見えたサイロ様の顔色も曇っている。言い過ぎだ。
「民の模範となる殿下が法を順守されなければ、求心力にも影響します。私はエリアス殿下が立派な国王になられると信じて…」
「やめろ!」
低く唸るようなエリアス殿下の声が響いた。
1
お気に入りに追加
141
あなたにおすすめの小説
【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません
八神紫音
BL
やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。
そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。
【完結】浮薄な文官は嘘をつく
七咲陸
BL
『薄幸文官志望は嘘をつく』 続編。
イヴ=スタームは王立騎士団の経理部の文官であった。
父に「スターム家再興のため、カシミール=グランティーノに近づき、篭絡し、金を引き出せ」と命令を受ける。
イヴはスターム家特有の治癒の力を使って、頭痛に悩んでいたカシミールに近づくことに成功してしまう。
カシミールに、「どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」と言われ、焦ったイヴは『カシミールを好きだから』と嘘をついてしまった。
そう、これは───
浮薄で、浅はかな文官が、嘘をついたせいで全てを失った物語。
□『薄幸文官志望は嘘をつく』を読まなくても出来る限り大丈夫なようにしています。
□全17話
人生に脇役はいないと言うけれど。
月芝
BL
剣? そんなのただの街娘に必要なし。
魔法? 天性の才能に恵まれたごく一部の人だけしか使えないよ、こんちくしょー。
モンスター? 王都生まれの王都育ちの塀の中だから見たことない。
冒険者? あんなの気力体力精神力がズバ抜けた奇人変人マゾ超人のやる職業だ!
女神さま? 愛さえあれば同性異性なんでもござれ。おかげで世界に愛はいっぱいさ。
なのにこれっぽっちも回ってこないとは、これいかに?
剣と魔法のファンタジーなのに、それらに縁遠い宿屋の小娘が、姉が結婚したので
実家を半ば強制的に放出され、住み込みにて王城勤めになっちゃった。
でも煌びやかなイメージとは裏腹に色々あるある城の中。
わりとブラックな職場、わりと過激な上司、わりとしたたかな同僚らに囲まれて、
モミモミ揉まれまくって、さあ、たいへん!
やたらとイケメン揃いの騎士たち相手の食堂でお仕事に精を出していると、聞えてくるのは
あんなことやこんなこと……、おかげで微妙に仕事に集中できやしねえ。
ここにはヒロインもヒーローもいやしない。
それでもどっこい生きている。
噂話にまみれつつ毎日をエンジョイする女の子の伝聞恋愛ファンタジー。
魔術師の卵は憧れの騎士に告白したい
朏猫(ミカヅキネコ)
BL
魔術学院に通うクーノは小さい頃助けてくれた騎士ザイハムに恋をしている。毎年バレンタインの日にチョコを渡しているものの、ザイハムは「いまだにお礼なんて律儀な子だな」としか思っていない。ザイハムの弟で重度のブラコンでもあるファルスの邪魔を躱しながら、今年は別の想いも胸にチョコを渡そうと考えるクーノだが……。
[名家の騎士×魔術師の卵 / BL]
悪役令息に誘拐されるなんて聞いてない!
晴森 詩悠
BL
ハヴィことハヴィエスは若くして第二騎士団の副団長をしていた。
今日はこの国王太子と幼馴染である親友の婚約式。
従兄弟のオルトと共に警備をしていたが、どうやら婚約式での会場の様子がおかしい。
不穏な空気を感じつつ会場に入ると、そこにはアンセルが無理やり床に押し付けられていたーー。
物語は完結済みで、毎日10時更新で最後まで読めます。(全29話+閉話)
(1話が大体3000字↑あります。なるべく2000文字で抑えたい所ではありますが、あんこたっぷりのあんぱんみたいな感じなので、短い章が好きな人には先に謝っておきます、ゴメンネ。)
ここでは初投稿になりますので、気になったり苦手な部分がありましたら速やかにソッ閉じの方向で!(土下座
性的描写はありませんが、嗜好描写があります。その時は▷がついてそうな感じです。
好き勝手描きたいので、作品の内容の苦情や批判は受け付けておりませんので、ご了承下されば幸いです。
好きな人の婚約者を探しています
迷路を跳ぶ狐
BL
一族から捨てられた、常にネガティブな俺は、狼の王子に拾われた時から、王子に恋をしていた。絶対に叶うはずないし、手を出すつもりもない。完全に諦めていたのに……。口下手乱暴王子×超マイナス思考吸血鬼
*全12話+後日談1話
【完結】《BL》拗らせ貴公子はついに愛を買いました!
白雨 音
BL
ウイル・ダウェル伯爵子息は、十二歳の時に事故に遭い、足を引き摺る様になった。
それと共に、前世を思い出し、自分がゲイであり、隠して生きてきた事を知る。
転生してもやはり同性が好きで、好みも変わっていなかった。
令息たちに揶揄われた際、庇ってくれたオースティンに一目惚れしてしまう。
以降、何とか彼とお近付きになりたいウイルだったが、前世からのトラウマで積極的になれなかった。
時は流れ、祖父の遺産で悠々自適に暮らしていたウイルの元に、
オースティンが金策に奔走しているという話が聞こえてきた。
ウイルは取引を持ち掛ける事に。それは、援助と引き換えに、オースティンを自分の使用人にする事だった___
異世界転生:恋愛:BL(両視点あり) 全17話+エピローグ
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる