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19. 客間にて

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 ――俺はエリアス殿下が好きなだけで男が好きなわけじゃない。
 というよりエリアス殿下以上に想える相手などいない。

 過去、団長から同じことを言われた俺は大いに悩んだ。
 脅されたと思ったんだ。
 "エリアス殿下への気持ちを周囲にバラされたくなければ付き合え"と、そう暗に言われているのかと思った。
 団長の手が早いのは団内では有名で、積極的に関わってこなかった俺はこの人を誤解していた。
 ――だから脅されているなんて勘違いが起きた。

 そしてバラされたくない一心で、数日だけマルクス団長と付き合った。すぐに寝所にでも引き込まれたら全力で抵抗しようと思っていた。
 ところが一緒に街へ行くとか店に入って話をしたり…と実に健全な交際だった。
 五日もして冷静になると俺もようやく自分の誤解に気が付いた。団長に別れてほしいがバラしてもほしくないと正直に話した。
 すると団長は"余計な心配はするな、そんな卑怯な真似はしない"と潔く別れてくれたのだ。

 ごっこ遊びのような交際だったが、過去の俺が唯一付き合った相手だ。
「ランベルト?」
 また今日の彼との会話でより人柄にも触れた気がする。
 …マルクス団長を好きになれたらもっと違った未来があったのかもしれない。あの緊張で何をしたのかも朧げなデートはもう俺の記憶の中にしか存在しない。
「すみません…私は…」
「…振られたな」
 すぐに団長の影が退いた。引きの良さに呆気に取られていると団長が頭を掻いた。

「別に諦めた訳じゃない。一時撤退して作戦を練り直すよ」
「…え?」
「水を貰って来るから、酔っぱらいは大人しくしているんだぞ」
「は…はい」
 軽く頭を撫でると団長はそのまま部屋を出て行った。



「…はぁ」
 飲み過ぎた。ソファーから身を起こして頭を抱える。部屋を素早く見回すとどうやら臨時の客間のようだ。自分で緩めたのか首元の服を直していると、ノックも無く扉が開いた。
「ありがとうございます、団長…」
 思ったより早い戻りに驚いて振り返ると、そこには思ってもいない人物が立っていた。

「――エリアス殿下!?」

 表情のない王子の後方で、サイロ様が扉の前に立ち苦い顔を作っている。
「ランベルト、どうしてこんな所にいる?」
 俺の傍まで来てそう言った王子は、無表情を取り繕っているが苛立っている事は声色でも分かる。
「マルクス騎士団長の供で参りました」
「…休みには何をしても良いのか?」
「そのご質問は…」意図が分かりかねる。ただ王子が怒っている事だけは肌で感じる。

「服はどうした?」
 すっと伸ばされた殿下の綺麗な指先が、真新しいスーツの襟と胸元のピンをなでた。
「借りました」
 採寸してサイズ調整の為に鋏まで入れていた。明らかに団長はそのままこの服を俺にくれるつもりだ。しかしそんな細かな事は言えない空気だ。きっと休日に羽目を外した、言い訳の一部に聞こえるだろう。

「…そうか。ランベルト騎士の本懐はなんだ?」
「もちろん、側近であれば主君を護ることです」

「私は今夜、急な外出を前にお前を呼びに行かせた。だがお前はいなかった」
「っ申し訳ありません…」
 しまった…同じ王子でもテオドール殿下の騎士をしていた時とは違うのだ。だがエリアス殿下は護衛の騎士を休日も呼び出すのか?それで不満は出ないのだろうか…。
 騎士団直属と違って護衛対象がいればもちろんその方に予定は全て合わすものだ。だが休日中の呼び出しなど無休も同じだ。聞いたこともない。

「なにか言いたい事があるなら言ってみろ」
 黙った俺に何を考えているのか言えと言う。
 今言うべきではないと分かっているが、やはり酔っているのかもしれない。素面ならきっと言わない。

「――では言わせて頂きますが本日私は休暇を頂きました。休暇は国の法で定められたものです」

 ああ、そんなことわざわざ言わなくても王子だって分かっている、止めておけと頭の中で声がする。
「エリアス殿下は仕える全ての者に、休日も呼ばれればすぐに来れるよう連絡が取れる範囲にいろと仰るのですか?それでは臣下は休まりません」
 ちらりと見えたサイロ様の顔色も曇っている。言い過ぎだ。
「民の模範となる殿下が法を順守されなければ、求心力にも影響します。私はエリアス殿下が立派な国王になられると信じて…」

「やめろ!」
 低く唸るようなエリアス殿下の声が響いた。

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