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15. 思い出
しおりを挟む幼いころテオドール殿下は、よく俺の面倒をみてくれた。
実の兄姉と、どちらが本当の兄弟なのか分からない程。
兄と呼ぶように言われ、本当にそう呼んだ時期もあった。
幼いころのエリアス殿下は、天使のように愛らしかった。
テオドール殿下よりも俺に懐いた。本当の弟のように思っていた。
エリアス様と呼ぶと拗ねるので、王妃様と同じようにエルと呼ぶ。
ご兄弟でも性格はまったく違う。
強引に見えて、無理なく周りの人間を動かすテオドール殿下。
頭がよく、最善の方法をご自分だけで導き出すエリアス殿下。
――俺はどちらの王子も王様になるのに相応しい、と思っていた。
「ランベルト!遠乗りに行こう!ほらっ早く」
子ども部屋に飛び込んできたテオ様に抱きしめられる。
お勉強の時間が増えたテオ様は、すこしの時間でもこうして会いに来てくれる。
「テオ様!でも今は…エルが本を」
ご自分では開けないほど分厚い本を真剣に読むエリアス様。出てくる言葉の意味を俺はその度に教えている。
「エリアス、お前は小さいから馬はムリだ」
「え?あっそうですよ、エル」
読んでいたはずの本を閉じ悠然と立ち上がった弟王子。
俺の半分も身長はないが、その立ち姿は明らかに”自分も行く気”だ。
「残念だったなエリアス!早くデカくなることだな」
「テオ様っ!ひどいですそんな言い方」
俺の足に小さな腕で必死にしがみつく弟王子を抱き上げる。
「ランベルト、早く行こう!」
「行きません。エルと本を読む約束が先です」
本当は馬も好きだ、遠乗りにも行きたい。テオ様は教え方が上手い。
それに馬に乗っている時のテオ様はいつもよりもっと笑うから好きだ。
…でもエルは俺がいないと独りきりで寂しそうにする。
「なんだって!?エリアス、本は一人で読むものだ。ランベルトは本当は馬に乗りたいんだぞ?」
「~テオ様っ!」
図星なだけに声が大きくなった。ピクリと小さな王子の肩が震える。
「…ランほんと?…ランは兄様といっちゃう…?」
うるうると大きな夕暮れ色の瞳に涙の膜がはる。
テオ様が大袈裟にため息をついた。
「わっ!行かないっ!エルと一緒に本を読む、だから泣かないで…」
「…やったぁ」
「俺にもそんな武器があればなぁ…」
テオ様は"ランベルトはエリアスに甘すぎる"と怒る。
――いつも俺を甘やかすテオ様が言うのが面白くて、俺は笑った。
幼い頃を思い出して自然と気の抜けた顔をしていたらしい。
隣でグラスを傾けたマルクス団長が笑みを深めた。
「…なんだ何か面白い物でもあったか?」
俺の視線の先を探すように広間を見渡している。
「なにもありませんよ…昔のことを思い出していただけです」
「それは残念だな」
正装の騎士団長が肩をすくめる。制服姿しか知らなかったが社交界用の派手な衣装はこの人によく似合っていた。
団長室に呼び出されてキッチリ制服を着込んで行った俺は、団長に開口一番。
「着替えて来いと言ったのに野暮な奴だな」
と言われるやいなや、ぞろぞろと現れた団長の私的な使用人達に囲まれていた。
それからは勝手に身体中の採寸をされて、髪を整え衣装合わせをさせられた。
使用人に揉まれていると、あっという間にパーティでも行きそうな正装の自分が仕上がっていた。
もちろん今までに小さな家名を背負ってパーティに参加した事はある。だが騎士団に入団してからは"仕事"という免罪符で全て断ってきた。
姿見の前に立つ俺は即席で手入れされた濃い紺色の髪を半分上げている。
グレー地に白い刺繍が施されたスーツは、自分には少し派手ではないだろうか。
瞳と同じ青が強い紫の石をあしらったピンが胸元に輝いている。
「なかなか良いじゃないか」
そう言ったマルクス団長もいつの間にか正装で。
俺は訳も分からないまま夜会へ連れ出されていた。
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