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11. 適性

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 風も止まった部屋の中。
 こちらの息遣いまで伝わってしまいそうだった。
「いつだ?あの場に兄上はいなかっただろう」
「はい。夕食のあとテオドール殿下のお部屋で……」
 エリアス殿下の顔が一気に曇った。
 その様子を見て俺は自分の失敗に震撼した。やってしまった!頭を抱える。

 ――テオ殿下がエリアス殿下に必要以上に厳しいように。
 エリアス殿下は、騎士である俺と兄王子の馴れ合いを嫌っている。

 確かに周囲に示しがつかないからエリアス殿下が圧倒的に正しい。
 過去にテオ殿下の護衛騎士だった時。エリアス殿下に会う度に渋い顔をされた。それは明らかに兄王子がやたら俺に構うせいだが、テオドール殿下はどれだけ言ってもそれこそ年下の弟にするような扱いを止めてくれない。
 俺だってテオドール殿下と、適度な距離が取りたい!
「違うんです!!」
「…なにが違う?」

「気軽にいつでもテオドール様の私室を訪ねている訳では、ありません!」

 テオドール殿下は俺のことを体裁のいい女避けに使っている。
 昨日の悪趣味な冗談もそうだ。周囲に俺を男の恋人だと思わせようとする。
 世継ぎ問題や王位継承順位などを考え、テオ殿下は結婚をする気が全くない。しかしそれでも良いからと寄って来る女は大勢いる。時には男も。それに巻き込まれる俺は一番の被害者だ。今まで苦笑いで弁解するだけだった。

 ――それでも、エリアス殿下にだけは誤解されたくない!

「お前は兄上の騎士になるとばかり…」
 殿下の静かな言葉に、微かに傷付く。
「…なぜ私の護衛に立候補した?」
「それは、エリアス殿下が心配で…」
 これは嘘ではない。心配なのは本当だ。…命を狙われているかもしれないという心配でもある。

 エリアス殿下は納得されてないようで、眉間に皺を寄せた。
「護衛なら優秀な者が他にいる。ランベルトに守ってもらうような、私ではない」
「……っ」――胸が痛い。

「…なぜ昨日、私の前に歩み出たランベルト」
 真剣なエリアス殿下、本心から聞いていると分かる。
「――まさか私を、疑っておられるのですか…?」
「私が、貴方の事を思って、護衛になった訳はないと…?」
 この方に信じてもらえない事が、こんなに苦しい。

「…ランベルト。今年私と何度、言葉を交わしたか覚えているか?」

「……」
「――たった三度だ。お前が私を…気に掛けていたなら、もっと話をしたはずだ」
 …それは、俺だけのせいか?
 俺が殿下を見掛けるたび、殿下はいつもこちらを見てもいなかった。
「――信じろと言う方が…無理な話だ」
 純粋に殿下の身を案じる気持ちすら、少しも信じてくれない。


「――…っ」

 目の前のエリアス殿下の姿が歪む。涙の気配に慌てて俯いた。
「…ランベルト」
 いい歳して泣くなんて、それも仕事中に。呆れられる、自己嫌悪もすごい。

「すまない…私が言い過ぎた。顔を上げてくれないか?」
 殿下が身体を動かすのと、この部屋唯一の扉が激しく叩かれたのは同時だった。


「――誰だっ!!」
 エリアス殿下の大きな声、俺は置いていた剣に手をやる。

「――ここを開けろ、エリアス」
「兄上!?」
 確かにテオドール殿下の声だ…。次の瞬間、勢いよく戸が開いた。
「ラン、ここにいたか」
 テオドール殿下と目が合う。目頭に留まっていた水滴がポロリと落ちた。

「なんでもありませんっ!あっ!」
 狭い室内に入って来たテオドール殿下は、素早く俺の両頬を掴んだ。
 顔を覗き込まれ言い逃れが難しくなる。
 瞬きをするとまた一滴、追い打ちを掛けた。情けない!恥ずかしい!消えてしまいたい…。

「…エリアス、ランベルトを泣かせたな?」
「兄上…勝手に入って来られては、困ります」
 地を這うような兄王子の声と、冷たく硬い弟王子の声がぶつかる。
「――テオ殿下っ違います!!俺が勝手に泣いたんです!ひとりで!!」

「「ランベルトは、黙っていろ」」

「うっ…ぐ……」
 ぴたりと揃った二人の声。びりびりと空気中に雷が走っているようだ。

 より傍にいたテオドール殿下は、俺に向かって腕を広げた。
「…おいで。怖かったなラン」
「はぁ…止めてください兄上。犬や猫ではないのですから、みっともない」
 聞いた事もないような冷たいエリアス殿下の声に肩が跳ねる。
「ランベルトお前も。騎士の本分はなんだ?兄上の奇行を諫めるくらいの気概がなければ、務まらないはずだ」
「――それは…申し訳ありません…」
 過去にも言われたことがある。兄上も止められないお前は何の為に騎士でいるのか…と。

「お前は騎士に向いていない」

 騎士になりたいと伝えてから何度もエリアス殿下が俺に言った言葉だった。
 努力して剣の腕を磨き同世代の中では一番の実力になっても、過去でテオ殿下の主任護衛になっても。
 エリアス殿下から俺へのこの評価は少しも変わらないようだ。

「…自分でも、わかっています」情けなさに俯く。
 ――駆け落ちの供として選んでくれた。護衛騎士に指名してくれた。
 ――それでも俺への見解が変わった訳ではないようだ。

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