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04. 最期の記憶
しおりを挟む――騎士としてはおろか、人としても力が及ばなかった。
「ランベルトッ!!!あぁ…なんということだ…!」
雨が降り出した森の中。
追手の足音を聞き逃した俺は、本当に護衛失格だ。
せっかく先に逃がしたエリアス殿下が、傍にいる。
泥で汚れた俺の頭を、王子は膝の上に抱え上げた。
「ランベルト!!聞こえるか!?おいしっかりしろッ!!!」
叫ぶ殿下を止めたくて、なんとか声を絞る。
「…逃げて…くだ…さ…」
「嫌だっ!!お前も一緒だ!!!」
逃げ出してからの殿下は、俺の言う事をひとつも聞いてくれない。
まだ駆け落ちの相手とも合流出来ていない。これからなんだ。
「どう…か、しあわ…に…」
「ラン!!おいっ!お前がいなければっ私の幸せなどないと思え!!!」
止血のため押さえられた傷口が痛い。強く押さえる王子の手の甲を掌で包む。
バッサリと斬られた箇所から失われていく熱。
――もう長くないと、自分が一番分かっている。
瞼を開いているのに、殿下の姿がもう見えない。
「ああっランベルト…私がっ私が悪い…すまない私がっ」
散り乱す王子に、複数の足音が近付く。すぐ傍にあった熱が離れていく。
「私の命ならくれてやるッ!!だから今すぐ医者を…治癒師を呼んでくれ!!」
エリアス殿下の悲痛な叫びに、己の無力さを噛み締めた。
それでも彼の声を聞きながら最期を迎えられる俺は。ある意味で幸せなのかもしれない。
――雨の冷たさと、土の感触が残る。
ただ殿下を守り切れなかった事だけが心残りだ。
俺は暗くなる意識から、素直に手を放した。
――深く眠り込んでいる。
前後不覚になる程の深い眠りだ。
意識を手放す感覚は、死ぬ感覚に近いのかもしれない。
自分とその他すべての物との境界が、曖昧になる感覚。
……瞬間、男の大声で意識が急浮上した。
「――ルト!!ランベルト!!!起きろっ朝だっ!!」
「…っはぁ!!?」
「だから呑み過ぎだって止めたんだ!!おい寝直すなっ!」
頭を乗せていた枕を思い切り蹴飛ばされた。振動で脳が動き出す。
「ハーベス、どうして…お前が……」
王立騎士団の同期、同僚でもあるハーベスだ。焦った様子でシャツを羽織る。
こちらを見もしない。自慢の赤い髪が、芸術的に逆立っている。
「いや、そんな事より俺は森で…大変なんだっ!!今すぐ殿下をっ!!」
「な~に寝ぼけてるランベルト」
「真面目に聞いてくれ!!殿下がっ…」
呆れた顔のハーベスが、制服を着て立っている。
見慣れた騎士団寮の二人部屋…変だ、おかしい。
「――……?」
「殿下だって二人いる、どっちの王子だ…おい?」
制服のボタンを留めるハーベスに、違和感が増す。
「ハーベス…髪が…それに制服も……」
数年前にバッサリ切ったハーベスの髪が、寝癖で爆発している。
それに旧式の白い制服に身を包んだ姿。――まるで数年遡ったような…。
「…どうしたお前、体調でも悪いのか?」
数年前の姿になった友人が、心配してくれている。
俺は叫び出したい気分だった。それにハーベスは昨年結婚して寮を出たはずだ。
昇進した俺はもう一人部屋に…。
「…今日は何日だ」
壁に掛かった暦表を見る。――レキウス歴210年、連花の月。
「十日だ、待ちに待った所属先の決定式だろ!」
しっかりしてくれよと、同僚が笑う。
俺の記憶より三年も前…。
今日は王族護衛部隊に、所属が決まった日。
「先に食堂行ってるぞ!」そう言い残し、同僚は消えた。
やっと起き上がった俺は、部屋に唯一の姿見の前に立つ。
夢なんて生温い感覚ではなかった。
森の中で殿下を守りきれずに俺は…。
寝間着の前を開けると、そこには致命傷になった傷が確かにあった。
「やっぱり……」
綺麗に塞がって傷痕になっている。まるで何年も前に負った傷のようだ。
これまでこんなに大きな傷を、負ったことはなかった。
胸の傷が残っていた事で自分の記憶が信じられた。
「時間を遡った…なんて正気じゃないぞ…」
正気とは思えないがこれが事実だ、受け入れるしかない。
まずはエリアス殿下の無事を確かめよう。
俺は急ぎ、懐かしい制服に袖を通した。
過去の俺の記憶通りなら…。
今日エリアス殿下のお姿を確認するには、いくつかの関門がある。
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