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02. 護衛騎士ランベルト
しおりを挟む酒場から出て、すぐに辺りを見渡した。
もちろんいるだろうと思った、王子の護衛騎士の姿が見当たらない。
ぐいぐいと俺の手を引き、歩き出す王子に違和感を覚える。
そっちは王城の方向じゃない。歩幅が違うので、何度か前につまずきそうになる。
殿下の有無を言わせない空気に、俺は黙って足を進めるしかなかった。
おおきな広場に差し掛かる。俺は無理矢理、足を止めた。
当然、俺の手を引いていたエリアス殿下の足も止まる。
王子と手を繋いだのなんて、何年ぶりだろう…。
握られていた手を解く。じんわりとした体温が離れた。
胸の中にだけわずかに熱が残る。
「エリアス殿下!!どうしてこのような所に…!?」
言いながら、殿下の姿を改めて見る。
分厚い外套に大振りのスカート、亜麻色の鬘。
まるで身元を隠して、逃げ延びるような…。
「まさか城でなにか!?」
暴動の予兆なんてなかったはずだ!思わず王城を仰ぎ見る。…が異変はすこしも見当たらない。
「護衛は…!?それより!とにかく城へ戻りましょう!!」
「…ランベルト、すこし落ち着け」
俺の焦りぶりとは対照的に、王子は妙に落ち着いている。
…殿下は自らの意思で、こんな場所にこんな格好で?
そんな事をする理由が思い当たらない。
「落ち着いてなど…いられませんっ!こんな大切な時期に一体なにが…っ」
すこし遠くから馬車の音が聞こえた。王子を背中に庇い、剣の柄に手を掛ける。
「心配ない、私が呼んだ」
エリアス殿下が俺の肩を軽く叩く。間もなく馬車は静かに目の前に止まった。
先に馬車に乗り込んだ王子に促され、あとに続く。
馬車はそのまま街外れに向かって走り出した。
車輪の音が手入れの行き届いていない道のそれに変わっていく。
向かいに座る、エリアス殿下を窺う。少し痩せられただろうか…。
俺は第一王子の護衛主任を任されている。
――第二王子であるエリアス殿下と、こうして対面するのは久しぶりだった。
外套を脱いだ殿下が、煩わしそうに鬘に手をやった。
本来なら手伝うべきだろう。でもこちらは殿下と密室で二人きり…それどころではない。
…この方の護衛騎士でなくて、正解だったのかも。苦労して外した鬘の下から、美しい金の髪が現れた。
窓の隙間から差し込む月光が、その金色へ反射する。
太陽の下とはまた違った輝きだ。
幼少期はよくこの髪に触れていた事を思い出す。今の殿下に幼き日の面影は、あまりない。
視線に気付いたらしい王子は複雑な微笑を浮かべた。
「滑稽だったろ、笑いたければ笑え」
「いえ、そのような事…」
うまい言葉が浮かばず、結局口を閉じる。
王子は手にしていた巻き毛を、雑に俺の頭へ被せた。
「なっえっ!?」
一瞬慌てたが、向かいから王子が笑った気配がした。
「……エリアス殿下?」
「似合わないな」
慌てて鬘を外して乱れただろう俺の藍色の髪を、王子の長い指先が優しく撫でた。
「――!!?」
心臓が跳ねた。座席から飛び上がらなかった自分を褒めたい。
「……私かおまえが女であればあるいは…」
続いた殿下の言葉の真意は分からない。
それどころではない、これはアレだ。
王子が私室で飼っている猫のルイを思い出す。考え事をする時、ルイの毛並みを撫でるのは王子の癖だ。…耐えろ!俺は猫の代わりだ。
数秒後、やっと俺の髪から王子の指が離れた。
エリアス殿下の瞳からは、先程までの迷いが消えていた。
「ランベルト、頼みがある」
「はい!」
護衛を振り切り、プライドを捨てて女装までしていた。
次期国王の呼び声も高いエリアス様にとって、余程の事だろう。
そこまでして叶えたい願いがあるなら、自分はどんな事であってもお助けしよう。
決意を込めて、エリアス王子を見る。
その形の良い口が開かれた次の瞬間だった。
「…駆け落ちをする、供に来てくれ」
「はいっ!駆け落ちを――…」
――かけおち?言葉が脳を素通りした。
それは想定していた、どの言葉でもなかった。
「かっ…駆け落ちですってッ!!!?」
俺は勢いよく立ち上がり、今度こそ天井に頭をぶつけた。
痛みと驚きに頭を抱え、悶える。徐々に血の気が引いていく。
――エリアス殿下に、駆け落ちを誓った相手がいる。
エリアス殿下に…。
「っカリーナ嬢との婚儀が決まったばかりではないですか!!?」
「ああ」
「駆け落ちまで約束する相手がいたなら!婚約も婚儀もするべきではなかった!!」
――激昂した。自分でも驚いた。一介の騎士が王子に意見するなど、許されない。
――これは醜い…嫉妬だ。主君を諫める臣下の言葉でもなんでもない。
「全く…殿下らしくありませんっ!!!」
瞬間すぐに王子の顔に、悲しみの影が差した。
心臓の辺りが潰れるように痛む。
「……私らしくない…か」
絞り出すような殿下の声。
傍から見れば、臣下として当然の諫言だっただろう。
――国を想う王子が傷つくだろう言葉を、わざわざ選んだ。
それはただの俺からの、最低なやつあたりだった。
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