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第47話
しおりを挟む発言を許されるまで口を開けない雰囲気に、なんともいえない居心地の悪さを感じながら部屋の中を見回すでもなく見ながら誰かが動いてくれるのを待っていた。
大きな部屋の中でも一際大きなベッドには誰かが横になっているようだが、こちらからは窺い知れない。
視線を彷徨わせているとジャミエルトさんの傍に歩いて来た魔法使いのような長い髭の老人が厳かな口調で話し始めた。
「此度は我がフォンヒューズ帝国の危機を救ってくださり感謝の意を申し上げる」
油断をすると聞き漏らしてしまいそうな小さく細い声に耳を澄ませる。
「其方達の働きに恐れ多くもフォンヒューズ・ジャミエルト・ルランド殿下が直々に謝意を示されておられる」
老人の言葉に慣れた様子で頷いたジャミエルトさんが当然のように口を開いた。
「我が妹姫、救出の尽力に礼を言う」
帝国の殿下?妹が姫……って事は王子様なのか?ジェミエルトさんが?目の前の彼と”王子”
という存在が結び付かず思わず開いた口が塞がらない。
「もったいないお言葉、痛み入ります」
片膝をついて礼をする団長さんの所作が堂に入っていて、現実逃避もあってかその様子を横目で眺める。ジャミエルトさんが王子……瞬間移動の魔法が使える少し胡散臭い商人の青年だと思っていたら帝国の王子様だったらしい。というかそもそもあんな魔法が使えて正体不明なら実は”大国の王子”であるくらいが確かに納得出来るかもしれない。
ただ、今までの彼への砕けた態度を考えると今更どんな顔をして話せば良いかは分からない。
「重ねて衰弱した姫殿下への治癒魔法をお願いしたいのです」
魔法使い風の老人がジャミエルトさんの目配せを受けて、オレ達にもう少しベッドへ近付くように言った。後ろにいたエルミアさんが一歩進み出てくれたので、彼女の後ろから覗き込む様な体勢でベッドの中の様子を見て思わず息を呑む。
そこにはただでさえ白い肌を、もはや青白いと言って語弊の無い顔色の少女が横たわっていた。西洋人形のような整った顔が薄い緑の髪で縁取られていて、一見して生きているのか心配になる様子だが胸の部分が微かに上下している事でやっと呼吸をしている事が分かった。
複数人からの視線に気が付いたのか少女の目が開かれた。その印象的な瞳を見てオレはやっとその女の子が安否を案じていた少年、ルノである事が分かった。
「ルノ……」
誰にも聞こえないような小さな声で呼ぶと、少女は目元と口元だけで微かに笑った。
すぐにルノの様子を確認したエルミアさんが水分や着替えなど的確に必要な物の指示を出して、淡く光り出した掌を優しく少女の額に置いた。
「こうしていれば、明日にはきっと良くなりますよ」
心配そうに固唾を呑んでいた老人にエルミアさんが笑い掛けると、老人の小さな身体からも力が抜けるのが分かった。
「もっと早く見付けてやれれば良かったのだが……」
ベッドの反対側に腰を下ろしたジャミエルトさんがそっとルノの頬を撫でた。妹に対してのその眼差しはとても優しく、一体どうして姫であるルノが孤児のように王国の街中でスリまでして生活していたのか疑問が尽きない。その理由について想像をしているとジャミエルトさんが優雅に立ち上がった。
「ユグリル悪いが余は席を外すぞ」
「殿下、どちらに行かれるのですか!」
老人が大袈裟に声を上げたのに驚いた、勢いのままにジャミエルトさんに詰め寄っている。未だにこの老人の正体は分からないが、2人の様子から苦労性のお目付け役といった所のようだ。
「なにここの領主に用があるのだ」
「言付けであれば私に仰せください!ルランド殿下!!」
精一杯であろう音量で叫んだ老人を気にする事なく、ジャミエルトさんが飾り棚に置いてあった書類を手に取るとオレ達に向かって一緒に行こうと気楽に言った。
「爺はルーシャの傍にいてやってくれ」
爽やかに笑ったジャミエルトさんに続いて団長さんとヴィルヘルムが扉に向かうのでオレも後に続くと、背中からおじいさんの泣き言が聞えてきてあえて振り返らず部屋を出た。
「皆さん硬くならず、話してくださいネ」
宿を出ると突然ジャミエルトさんの口調が片言に戻って、思わず全身の力が抜けそうになった。
「あの……その口調はわざとなんですか?」
「口調?変ですか?ワタシ王国の言葉苦手デス。イツキは帝国の言葉どこで覚えましたか?」
「えーと……」
噛み合わない会話にどういう事かとヴィルヘルムに助けを求めると、オレがこちらの世界の言葉を理解する為に飲んだ魔法具によってこの国の言葉だけでなく、同時にこの世界の幾つかの言語を理解出来るようになっているのだと説明してくれた。
ちなみにジャミエルトさんや帝国の人達は自国の文化を大切にする意味合いもあって、それこそ必要がなければ近隣諸国の言葉は覚えない人も多いらしい。こちらの国では一般的に広まっている魔法具の研究に対しても懐疑的で、余り積極的には取り入れていないそうだ。
「という事は翻訳とか通訳の仕事も出来るって事かな?」
努力もしていないのに何ヶ国語か理解出来るようになっていると知り、俄然テンションが上がったがそうなんでも上手くもいかないらしい。
「いや難しいだろう、あくまで相手の言語に合わせて発揮されるものだ」
つまり相手があって初めてオレは相手が話している言葉に自動的に合わせて話せているだけだから、自分が今それこそ王国の言葉で話しているのか、帝国の言葉で話しているのか判断出来ない。
自分が何語を話しているのかも分からないのに、通訳や翻訳は確かに無理だ。
一人で納得しているとジャミエルトさんが不思議そうな顔をしているので、目的地までどれだけあるのか分からないので単刀直入に考えていた事を聞いてみる。
「あの、どうして”彼女”は一人でこの町にいたんですか?」
先頭を歩き始めた団長さんは既に事の経緯を聞いているのだろうか。隣に並んで歩くジャミエルトさんは片言に戻ってもやはりどこか違和感が拭い去れない。
「妹のルーシャは好奇心の塊なんだ、他の兄弟にも頼んではいたがある日帝都を抜け出してな……」
これは帝国語だろう、ヴィルヘルムが若干言葉を咀嚼している様子を見なければやはり違いは分からない。
「まさか男児の振りをしているとは思わず、自慢の長い髪も切ってしまっていただろう?親父殿が見たら卒倒する」
やれやれと首を振った彼は他の家族の事を思い出しているのだろう、目元が柔らかい印象だ。ルノの髪については出会った時から短髪だったので、想像し辛いが恐らくフランス人形のような癖のあるクルクルとした巻き毛がそのまま長くなるのだろう。
「ともかく無事で良かった、今回の件は教会にも言いたい事ばかりだが我が国で起こった事件ではない故、こちらの国王と協議して処分を決めたいと思う」
ジャミエルトさんがそこまで言うと、先頭を歩いていた団長さんが足を止めたので目的の場所に到着した事が分かった。どうやら彼だけをここに残してオレ達は騎士団の詰め所へ向かう手筈らしい。
「イツキ」
「はい、なんですか?」
ジャミエルトさんの正面に向き直ると、握手を求めるように左手を差し出された。
感謝の気持ち別れの挨拶とどちらの意味が込められているのだろうか、不思議な気持ちでその左手を握ると瞬間左の手首に少し冷たい感触が走った。一瞬の早業でそこには見覚えのある華奢な葉っぱのモチーフの金のブレスレットが嵌められていた。
「あっ!これ!」
「プレゼントです、ワタシからあなたに」
「だから貰えませんって!」
高価そうな事もあるが、なによりこれは発信機代わりに相手の居場所が分かる道具でもある。GPSを付けられていると想像すると余り良い気はしない、右手で外そうとするが継ぎ目の金具が一切無く一体どうやって腕に嵌まったのかと頭を捻る。
「困った時にお金になります、便利ね」
「腕から外れないなら売れないんですけど!?」
焦って外そうとするオレとその様子を笑うジャミエルトさんに団長さんがそろそろ行くぞと声を掛けた。
領主の屋敷というだけあって立派な門扉だ、中へと進んだジャミエルトさんが最後に振り返って手を振った。
「イツキが成人したら、きっとワタシの国にも来てくださいね」
成人?ってなんの話だろうか?ここでまた引き留める訳にもいかず曖昧に笑って手を振り返した。彼の背中が屋敷に消えて行くのを見守って、大きな溜め息と共にやっといつもの調子に戻った団長さんとヴィルヘルムと共に詰め所へ向かう。
「……あっ王子様にあんな態度で良かったんでしょうか?」
唐突に思った事を口に出せば、前を歩いていた団長さんが足元の石段に躓きそうになった。
「今かっ!!いやまぁ殿下が良いって言ってたんだから、良いんだろうよ」
言外に”普通では許されない”というニュアンスを含む言葉に、次があったら気を付けようと納得した。
「ところでお前達も疲れてるとこ悪いが、これ以上騒がしくなる前に王都に向かってもらうぞ」
団長さん曰くこれからこの港町には国中から人が押し寄せるそうだ。
ただでさえ光の大祭の開催中で人が多い所に今回の事件についてより詳しく知りたい国民が、自分達の目で事態を確認する為に集まって来るらしい。お触れや王国発行の新聞のような物はあるが今回は多くが子どもの誘拐事件である事から、行方不明者の家族が自分の子ではないか自分の子の手掛かりもあるのではないかと集まる事が予想される。
それだけこの世界では誘拐が頻繁に行われ、その多くは解決しないままになっているのだと分かり廃墟で見た子ども達の様子も思い出され胸が痛くなった。
「俺達がもっとしっかりしねーとなぁ」
口調こそ軽いが悔しさの滲む団長さんの言葉に、この人ならきっと確かな手段でそれを実行するのだろうなと思った。
「……早ければ明日経ちますが、姉を残していっても問題ないでしょうか」
ルノの治療に当たっているエルミアさんは明日一杯治療に専念する様子だった。オレはてっきりこの町での手伝いが終わってから、彼女を故郷の村に送り届けて、それから王都へ向かうと思っていたので急な展開に驚いている。
「勿論だ、確かに騎士団で責任持って家まで送り届けると約束する」
頷いたヴィルヘルムの横顔を見ていると、間もなく見慣れた詰め所のレンガ造りの堅牢な壁が見えてきた。
「団長!ヴィルヘルム!待っていましたよ!!」
詰め所では挨拶に来た時よりも少ない5名程の騎士が出迎えてくれた。昨晩の突入作戦で負傷した者と外回りで人が出払っているようだ。ローレンツさんの姿もない。
「ヴィルヘルム!良かったな!!その……」
ヴィルヘルムの肩を抱いた中堅の騎士が不自然に口籠もると、その隣にいた別の男が肘でその騎士を小突いた。
「お前はまだ若いっ!いや早過ぎたきらいすらある!!」
一体なんの話だろうか?オレだけが分からない内輪のノリかと思えば当のヴィルヘルムも困惑気味だ。そのヴィルヘルムの様子になにを思ったのか痺れを切らしたように別の年若い騎士が身を乗り出した。
「王都にはもっと良い女がいる!!うちの妹なんてどうだ!?」
「お前……それならヴィルヘルムうちの娘を紹介してやる!」
突然始まった縁談話に一体何事かと思い騒ぎの中で団長さんを探すと、静かに部屋から出て行こうとしていたのでその肩を叩いた。こちらに気付いたヴィルヘルムも同じく団長さんの退路を塞ぎ、大の大人が三人で壁際でコソコソと話す。
「違うんだよ、ほらお前達が王都に向かうのに”嫁さん”は何処いったって話になるだろう?」
「それで……?」
一体どういう説明をしたらヴィルヘルムが同僚達にこんなに同情的な扱いを受けるのか、団長さんの説明が悪いとしか思えない。
「”ヴィルヘルムのとこは別れた”って言ったら、あいつ等そりゃもう目の色変えてなんでだって理由を聞くもんだからよぉ」
「な……なんて答えたんですか?」
架空の夫婦ではあるがヴィルヘルムかオレ”イレーネ”のどちらかが悪く言われたのかと思うと少し複雑な気持ちだ。
「嫁さんに別の男がいて逃げられたって言ったんだ。いやーすまんな!他に思い付かなくてなぁ!」
「団長!!」
「うわぁなんかショック……」
女装していたとはいえオレのイメージって……それよりも周りから奥さんに逃げられたと思われているヴィルヘルムが可哀想だ。騎士団の人達の同情的な目も納得できる。
改めて室内を見回すと、宿舎に食事をしに来てくれたヴィルヘルムの同期のモラヴィアさんと目が合った。
余りにも気まずくヴィルヘルムに声も掛けられなかったであろう彼に思わず愛想笑いを浮かべると、モラヴィアさんの方から声を掛けてくれた。
「あの、貴方はもしかしてイレ……」
「は!初めまして、イツキです」
明らかに確信を突かれそうになって、思わず強引に握手を求めてモラヴィアさんの言葉を塞いだ。団長さんによって自然な流れで今後の予定とヴィルヘルムが明日には王都に発つ事が告げられ、同僚の騎士達からは彼を惜しむ声が聞かれる。
いまだに握手をしたままだったモラヴィアさんがそれ以上なにも聞いてこない事を確認して、事情は後で聞いてほしいと小声で耳打ちした。
騎士団の人々に見送られ詰め所を後にすると、既に空は綺麗な夕焼け色だった。
小高い丘の上から見下ろす町はどこか落ち着かず、もう事件は解決した筈なのになんとなくまだ完全には緊張が解けない。
宿舎に向かって歩き出そうとした所で夕食の用意をどうしようかと気が付くと、同じタイミングでヴィルヘルムが近くの店で食べて帰ろうと提案してくれた。
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