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第8話

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 文官のサリウスさんからの形式的な質問が続いた。

 元いた国についてや、この国への入国の方法についてなど色々な事を聞かれた。
 今まで仕事は何をしていたのか、名前のスペルと現在の年齢(この年齢の所で何度も間違いがないか聞き返されたのは心外だが)家族構成など、好きな食べ物や何色が好きか果ては好みのタイプだとか、住民登録とはおおよそ関係の無さそうな事まで聞かれた気がする……。

 質問数と会話量の多さにグッタリしていると、熱心に書類に書き込みをしていたサリウスさんがやっと顔を上げてニコリと笑った。

「すみませんついつい夢中になってしまって。特にイツキさんのいた国では“漆黒が珍しくはない”ですとか、この国に来た方法が不明な点も大変興味深いのですが、入国審査としては特に問題はありません。ヴィルヘルムさんが身元を保証してくれるそうですし、すぐに国民証を発行しますよ」

「ありがとうございます。助かります」
 ほっと息をついて、静かに成り行きを見守っていてくれていたヴィルヘルムにも、感謝の意味を込めて頷いて見せた。

「貴方には国に求めれば生活が安定するまでの補助を受ける権利があります。働く先については私共から紹介も出来ますが、魔法の素養についてはどうでしょうか?」
「どう……と言われても、分かりません」
 この世界では魔法を使えるかどうかを、何か履歴書に書ける資格を持っているかどうか聞く程度にポピュラーに質問するのだろうか……。
「イツキは魔法を見ること自体が初めてだったようだ。まだ根源の書にも触れていない」

「なんですって!ヴィルヘルムさん正気ですか!まず1番先に気になるでしょう!!漆黒の彼がどんな魔法を使うのか!我々は世紀の大魔法使いの誕生に立ち会うのかもしれないのですよッ!?」

 熱弁と拳を振り回して興奮するサリウスさんを見て、オレは静かにヴィルヘルムの背中に隠れるように移動した。

「すまない……彼は研究熱心というか熱中すると周囲が見えなくなる人間なんだ。悪い人間ではない……多分」
「いや怖い、流石にあのテンションは怖い」
 ヴィルヘルムのマントの陰に隠れるようにして首をブルブル横に振っているとオレに気が付いたサリウスさんが、ハッと何かを思い付いたような顔になり部屋から飛び出して行ってしまった。

 数分もせずに小走りに戻って来た彼は、分厚い六法全書のような本を両手で抱えていた。
 さっきヴィルヘルムが言っていた書物?なのだろうかとてもではないがあの厚みは数日で読み切れるような厚みには見えない。


「どうか僕にイツキさんの“魔力渡し”をさせてください!心配ないですよ故郷の教会では何度かやっていましたから」

 手にしていた分厚い本をドカリとテーブルに置き、とても良い笑顔でオレを真っ直ぐに見てくる。
 サリウスさん……黙っていたら中性的な美青年にしか見えないのに、好奇心が前面に出過ぎていて全く爽やかに笑えていない。
 返答に困っていると見かねたヴィルヘルムが助け船を出してくれた。

「すまないサリウスが言っている魔力渡しとは司祭の資格を得た魔導士が、まだ自分の適性に気が付いていない人間に対して内なる魔力に気が付く切っ掛けを与える儀式のようなものだ」
「オレにも魔力があるかどうか分かるって事?」

「ええ!モチロンです!私は今日世紀の瞬間に立ち会うのかもしれない……今日の出来事はきっと後世に語り継がれる事でしょう」
 何故かもう既にうっとりした様子のサリウスさんを見て不安しか感じないが、自分にも魔法が使えるかもしれないなら是非その可能性を知ってはおきたい。

「本来ならこの地の教会で司祭に頼むところだったが……」
 そうか朝の神官に再会するのは本当に遠慮したいので、素直にやる気満々のサリウスさんに頼む事にした。


 椅子に座り直すとサリウスさんが先程の分厚い本のある頁を開き、オレに膝の上で抱えているように言った。
 本には小難しい文字と教会で見た壁面の絵のような挿絵が並んでいた。

 向かいに立つサリウスさんがオレの前髪を横手に流して、綺麗なガラス瓶のような容器から取り出した透明な液体を額に塗った。
 ヒヤリとした感覚に驚いたが先程までとは違った室内の真面目な雰囲気に圧されて、質問をしてみたい気持ちを呑み込む。

「目を閉じて、身体の力を抜いてください」
 そのままオレの額を掌で包んだサリウスさんが、医者か催眠術師のようにゆっくりとした口調で続けるので素直に従う。
 なんだか先程から触れられている自分の額が熱くなっている感覚がある。

 しばらく黙ってそうしていると額にあった熱がどんどん移動して心臓の方へ向かってくるのを感じた。
「熱い……」
 思わずそう呟くと膝の上に抱えた本が何頁か捲られるような、紙同士が擦り合わされる音が響いた。


「今から僕は手を離しますが、目は閉じたままゆっくり深呼吸してください」
 深呼吸を繰り返すと自分の胸の中に集まった熱をより強く感じる。
 思わずそろそろと胸の上へ手を持って行こうとすると、じっとしているように嗜められた。

「ではその身体の中央まで来た熱を指先へ移動させる気持ちで、声は出さず念じてみてください」
 念じる……先程額から熱が移動してきた事を思い出して指先へ指先へと意識を集中させると、次第に熱は肩から腕、腕から両手へと移動し末端の指先のみに熱を感じるようになった。

「最後にその指先へ集めた熱を発散してください。手についた水の雫を落とすようなイメージです。手を振っても良いですよ」
 そう言われて手首を軸に両手を何度か振った。確かに指先の熱は抜けていき周囲に熱が発散されたような気配がする……。

 今ので何か分かるのだろうか?サリウスさんからの次の指示を待って、目を瞑ったまましばらく周囲の気配に集中した。


 ……なにも起きない?何の音も匂いも変化も自分にはもちろん、周囲にも感じられない。
 あれだけ期待されていてなんだか拍子抜けというか申し訳ない気持ちになってきたが、別にオレから“力を見てくれ!”と言い出した訳ではないから、魔法の才能がゼロでもガッカリされる筋合いもない訳だが……。


 ……それからゆうに1分は待っただろうか耳鳴りのしてきそうな静寂にそろそろ耐えられなくなりそうな頃、やっと押し黙っていたサリウスさんが口を開いた。

「なにも……起こりませんね。もう目を開けても良いですよ」

 言われた通り目を開けて身の回りを見回すもやはり何も変化した様子はない。
 目の前のサリウスさんも心なしかガッカリしているように見えるので、なにか思っていたような効果が無かったのだろう。

「変ですね……確かに途中まで大きな魔力を感じたのですが……通常精霊系統術で髪や瞳の色合いから魔法傾向は特定出来るのですが、イツキさんの場合は前例がない……」
 腕を組みブツブツと言いながらその場をグルグルと歩き始めた彼に、とにかく結果を確認する。

「あのオレには何の魔法も使えないという事でしょうか?」
 自分なりに状況を整理してそう聞くとその場で歩き回っていたサリウスさんが目の前まで戻ってきて、オレの肩に手を置き大きく頭を振った。
 落ち着きがないなこの人……。

「とんでもない!先程僕から渡した魔力をイツキさんがご自分の魔力に切り替えをして、魔法発動をされる流れは確認出来たので問題はその効果に“我々が気付けなかった”ことです!」

「あっ、アレでもう魔法を使った事になっていたんですね」
 てっきりこの部厚い本から呪文のような言葉を覚えたり、なにか術の名前を叫びながら魔法を使うのかと思った。

「そうですね自分の使う魔法傾向と影響範囲が分かっていれば、より効果を絞って使う事が出来ます」
 先程用意してもらったまだ手付かずのティーカップを、受け皿ごと手に持った彼が続ける。
「例えば水の魔法でこのカップの中身を真水で満たしたり、炎の魔法で中身だけ適温に温めたり煮立たせて水蒸気へ変化させる事も可能です。土の魔法でカップの材質自体を焼く前の土や砂まで変化させる事も出来ます」

「すごいですね!」
 いよいよ想像していたようなファンタジーな世界観だ。
 火も水も勝手に何もない所から生み出せるなら相当便利なのではないだろうか。


「ただ、普通の人間であれば使える魔法の傾向は水なら水と、多くの場合1種類に限られまたその範囲も手の触れる場所まで、効果はせいぜい生活の助けになる程度の……カップ1杯の水ならなんとか出せますが、浴槽に水を満たそうと思えば途中で倒れてしまう程度の魔力しか持ち合わせません」
 うーん……この世界の魔法はそこまで便利なモノでもないらしい。

「では自由に雨を降らせたり雷を起こしたり、竜巻のようなものを起こしたりは出来ないのですか?」
 オレの言葉を受けて、サリウスさんとヴィルヘルムが思わずといった様子で目を合わせて同時に笑い出した。

 どうやらかなり突拍子もない事を言ってしまったらしい……。

「なるほど!いえすみません、そうですね想像した事もありませんでした。もしそんな事が出来たら世紀の大魔導士か王立魔道院の院長くらいは任せられるでしょうね」
 思わずといった様子で笑った後に彼はふと真面目な顔になって続けた。
「ですがイツキさんであればその可能性が無いとは言い切れません。先程も大きな魔力は感じたのでどんな現象が起こるのか、つい貴方の周囲にばかり注目してしまいましたが……。もしかしたら建物の外では大雨が降り、はたまた町の外では突風が起こっていたのかもしれません……」

 言い始めて色々な可能性が気になり始めたのかまた自分の世界に入りかけたサリウスさんだったが、秘書らしき男性が持ってきた国民証に手早くサインをして渡してくれた。



「世話を掛けたな、サリウス」
 マントを翻しながらソファーから立ち上がったヴィルヘルムが綺麗な所作で礼をした。
 つられてオレも立ち上がり頭を下げた。
「いえむしろ感謝したいくらいですよ。そうだヴィルヘルムさんはすぐに発つのでしょうが、イツキさんはしばらくこの町に滞在されるなら僕が相談に乗れると思いますが」
「ああ、当初はその予定だったが……」

 言い淀むヴィルヘルムの様子を見て、午前中の変態おじさんこと教会の神官の事を思い出した……。
 確かにあんな人がいると分かっているエリアにこれから住むのはやや抵抗がある。

「出来れば何かヴィルヘルムの手伝いが出来れば良かったのですが、どちらにしてもいくつか町を見てから住む場所を決めても良いかと思っています」

 オレ達の言葉に納得した様子のサリウスさんが深く頷いた。

「そうですねこのサンディケルはのどかで良い町ですが、もっと大きな街の方が色々と選択の幅は広いかと思います。特にイツキさんのような人にとっては」

 もし町に残る場合は明日ここへ訪ねて来る事を約束して役場を後にした。


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