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エピローグ

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エピローグの前に、11話を同時投稿しています。

※※※※※※※※

 結局、公一の両親の間では、後日正式な離婚が成立した。
 何度か当人同士が直接会って話し合いをする場が設けられ、調停役まで置くかという話になっていた。そのため、これは長引く揉め事になるかもしれないと公一も、公一の妹も予測していた。
 しかしその予測を完全に裏切り、数回の面談で父親はあっさりと母親からの離婚要求に応じた。

 家を飛び出して栗原の家になし崩しに転がり込んでから、公一はたまに父のいる自宅に帰り部屋の片付けやたまった洗濯物の洗濯、炊事の手伝いをしていた。
 現金なものだと公一自身も思うが、一緒に住んでいるときはあれほど嫌だったのに、一旦離れて距離を置いてみれば今まで家族のために身を粉にして働いてくれていた父親のありがたみも、注いでもらった愛情の深さも素直に身に染みたのだ。
 傲慢な父だったかもしれない。でも公一たちが大きな苦労を知らずにここまで生活してこれたのは、間違いなく父がそれを支えてくれたお陰だった。
 一度それに気が付けば、生活能力のない父親の手助けをしたいという気持ちが公一の中に自然に湧いてきた。
 そんな心の変化をきっかけにして、擦り減るほどに互いにギスギスしていた親子の関係も、ゆっくりとだが穏やかに変わっていった。
 そして、離婚をきっかけに父親の方も大きく変わった。
 本格的にひとりで暮らして行かなくてはならなくなって、必要に迫られたせいもあるだろう。なにもしなかった父親も少しづつ家事らしいことをするようになった。

 家族に必要だったのは、距離と時間だったのかもしれない。
 公一にそれが必要だったように、父にも母にもリセットするためのそれが、どこかで必要だった。
 同じ家で暮らしているという、そのことだけが家族の関係を形作るわけじゃない。近すぎれば、当たり前すぎて気づかないことも、大事にしなければならないことも、人はうっかり忘れてしまうこともある。

 公一の両親は離婚したが、最近では離婚前よりも頻繁にふたりで一緒に出かけているようだ。
 エンジニア上がりで元々凝り性の父親は、独り暮らしの必要性から料理を始めて、どうやら今ではそれが必要性の域を越えてしまったらしい。
 近所の料理教室に通い、変わった料理があると聞けば遠出してまで食べ歩くのが趣味になったそうだ。元々母も料理好きな人だった。ふたりで出かけては、出先でああでもないこうでもないと料理のレシピを研究するのも今は楽しいという。
 照れくさそうにそれをぽつぽつと話す父と、出先からはしゃいだ写真を何枚も公一の携帯に送ってくる母。
 昔、忙しさに流されてできなかったことを今になってやっと取り戻そうとするように、ふたりが楽しげに寄り添っているのを見るのは、むしろホッとした。
 婚姻届けの紙切れ一つが家族を定義するわけじゃない。公一は、両親を見ながらそう考えるようになった。



「公一さん、今日のお弁当なんですか?」

「豚の生姜焼きと、切り干し大根、ニラの卵焼きと枝豆のごはん。ここのところ、昼も夜も魚続きだったからな。お前若いんだからもっと肉食え、肉」

 古くて狭い台所で二つのランチボックスを包みながら、公一はスーツの背中に懐いてくる暑苦しい大きな後輩をいなした。

「仕事から帰るのは何時になりそうです?」

 離せと言ってもなかなか離れない後輩は、後ろから公一の耳の裏と首筋に鼻先をうずめてスンスンと匂いを嗅いできた。前から思ってはいたが、本当に犬のようだ。

「今日は午前様になるな。待ってないで先に寝てろよ」

 背中の大型犬を引きずったまま、公一はブリッジを押してズレた眼鏡の位置を直し、ビジネスバッグに自分用の弁当を収めた。
 栗原は完全なふくれっ面になって、不満をあらわにしていた。

「公一さん、昨日もその前も残業だったでしょう。ちょっと仕事しすぎじゃないですか?」

 その声には、あからさまにいい加減にしてくださいよ、という空気がにじんでいる。公一は思わず噴き出した。

「悪いな、ほったらかしで。来週は約束通り絶対に休みをとるから、一緒にいちゃいちゃしよう」

 自分より高い位置にある頭を撫でて、その頬にキスを贈った。
 再び社畜になるつもりもないが、やはり仕事は好きだ。
 ヘッドハンティングされて先に会社を去った先輩が、公一の退職を耳にするが否や、すぐに連絡をくれた。それは、元の会社に戻る気がないなら自分の今いる会社に来ないかという内容だった。
 担当だった取引先の社長や、以前プロジェクトで世話になった建材メーカーの取締役からもウチに来いという同じような転職の誘いがきた。
 仕事は仕事として、自分のこれまでにやってきたことは間違ってはいなかったのだろう。公一は今まで築いてきた人間関係の中で、自分の居場所をその能力と仕事ぶりで、きちんと作ることができていた。

 一時は全てに見放された気持ちにすらなっていた。しかし今にして思えば、むしろあのままの自分で居た方が、その先でもっと大きな痛い目に遭っていた気もする。
 自分が一番どうしようもなかった時に一番最初に寄り添って、自分を救い上げてくれたのは今背中でぐずぐずと駄々をこねている犬みたいな年下の男だった。

「ごめんな、栗原。やっぱり俺は仕事が好きでたまらないみたいだ」

 以前と違うのは仕事一色だった公一の日常に、これまでは顧みることすらなかった新たなルーチンが加わったことだ。
 朝、早起きしてふたり分の弁当を作る。作るのは先に起きた方。余裕がある方。作りたい気分の方。どちらも作れなければ外で食べればいい。堅苦しく決めない細々とした家事の役割は、今のところふたりの間でそれなりに上手く回っている。
 栗原の方が土鍋でご飯を炊くのが上手い。揚げ物は公一の方がサクサクに仕上げることができる。
 ふたりともに互いの顔も見られないほど仕事が忙しいときは、先に帰った方の布団に潜り込んで抱き合って寝た。

「……公一さんが仕事好きなんて、とうに知ってますよ。仕事してる公一さんがかっこよすぎて、僕はあなたを好きになったんですから」

 栗原は、頑固そうな太い眉の眉尻を八の字にして笑った。
 行ってきますのキスは、味見で食べた卵焼きの味がした。


                おわり

※※※※※※※※

一旦完結です。
11月中に栗原サイドからの続きのお話を書ければいいなーと思ってます。
お気に入りにしていただけると、大変うれしいです。
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