お弁当

ともえどん

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お弁当

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 やっぱり、尻がひやりとした。ベンチの水滴は払ったが、足りなかったらしい。
 都会の塵埃と雑踏を覆う雲より漏れる光の照らす野花は、まるで星のようで、きらめきの上を跳ねる子供たちの黄色い声が、びしょ濡れのジャングルジムを通って耳に届いた。
 子供の頃より人と相対することが苦手だとわかっていたのに、サラリーマン、それも営業職に就いてしまったのも、両親を始めとする大人たちと向き合うことのできなかった、この性格のせいだろう。
 今だって、新しく開店した手作りの弁当屋にこぞって向かう同僚たちを訝るふりをしながら、会社の最寄りから二つは離れたコンビニへと足を運び、五百円で釣りが出る程度の弁当を膝上に乗せている。そんなみじめったらしい性分との相対からも逃げることのできない、いつもの、昼休みだった。
 ここのところ、実績があまり芳しくないこともあり、自己への嫌悪が胸中を埋め尽くしたかと思うと、灰色の靄の中から、どす黒い手がすっと伸びてきて、心臓の辺りをざらりと撫でた後、きゅっと締められる。その度に、ばくばくとした心臓の鼓動を身近に感じることで、まだ生きていると、安心するが、まだ生きていなくてはならないのかと、落ち込むのだ。
「あの」
 降ってきた声に少しだけ顔を向けると、スーツを着た女性が少し身をかがめてこちらを伺っていた。ブラウンの髪をきゅっと結い、元より整っているであろう顔にしっかりとした化粧を施していた。
「お隣、いいですか」
「どうぞ」
 ありがとうございます、と腰掛けた途端に女性はうわっ、と声を上げた。自分の座るところだけを手で払った僕の尻がそれなりに濡れたので、この女性の尻にはさぞかし浸潤したことだろう。
「濡れてるって、先に言っておけばよかったですね。すみません」
「いえいえ、確認せずに座った、私が悪いんです」
 そりゃあそうだろう、とは言わない。
「あれ、同じですね、お弁当」
 見ると、お互いの膝上に乗ったものは同じものだった。
「偶然ですね」
「そこに出来たお弁当屋さんが、とっても美味しいって評判で。買いに行ったら、もうこの時間で売り切れちゃってて。仕方なく、今日はコンビニ弁当です」
「仕方なくなんかないです」
 同じものであるはずがなかった。
「いいじゃないですか、コンビニ弁当。最近はどんどん美味しくなっていますし、値段も手頃で、どこだって買える。食べられる。これ以上、望むことなんて、ありますか」
 また、胸中を灰色の靄が包んだ。
「手作り、無添加というだけで、ぞろぞろと列を作って大して変わりもしない味の弁当に群がる様は、没個性以外の何者でもないですよ。そんな奴らと一緒になりたくないから、僕はコンビニで弁当を買っているんだ」
 吐き切ってしまった空気を取り込もうと、大きく深呼吸をした。
「そうでしょう」
 ぽかんとした後、女性は向き直った。
「確かに!」
 その屈託のない笑顔を見て、また心臓が締まった。
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