おぴちょん様

ひでとし

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4 祟り

おぴちょん様

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 南那生との性宴に燃えた経教祖は、深夜に帰宅した。

その物音で起きて来た優美が、

「どうだった、クニちゃんとの逢瀬は?ちゃんとセックス出来たの?」

「ああ、出来たよ。クニちゃんはうちの教団に入ってくれるそうだ」

「ああ、やっぱり、私の言ったとおりになったのね。上手く行ってよかった。じゃあ私はもう寝るわね」

と言って優美は寝室に行ってしまった。

いつもなら経を求めてくる優美だが、男と体を重ねた後の経と交わるのは嫌なのだろう。
経は優美の屈折した気持ちを想った。


  二人の会話にはこんな裏事情がある。


 一月前に、那生から経教祖への取次ぎを求める電話があった夜である。

「優美、今日の午後に気になる電話があった。昔の知り合いからだ。俺は出ていないが、また明日掛けてくるらしい」

と経教祖は、電話をよこした南那生と自分の関りを包み隠さず話して、優美の意見を求めた。
話にじっと耳を傾けていた優美だったが、おもむろに口を開くと、

「あなたがその南さんに好意を持っているのはよく分かったわ。いいお友達だったのね。
私も南さんに良くしてあげたいわ。
でも、今頃になってウリセン時代の友達が電話してくるのは気になるわね。
ひょっとしたら妙なバックがあるかもしれないから警戒は怠れないわよ。
先ずは私が南さんのことを調べてみるわ、その答えが出てから対応を考えましょう。

明日、南さんから電話があっても、まだ南さんには治癒行を受けるとも断るとも言わないでね。
事務局にスケジュール調整させるから担当に電話を代わる、と言ってちょうだい。
私が事務員のふりをして話して、彼の住所、電話番号を訊き出すわ、それから南さんについて調べさせる」

「分かった。すぐにでもクニちゃんに会いたいけど、優美の言うことに従って我慢するよ。
でも、くれぐれもクニちゃんを傷つけるような真似だけはしないでくれよ」

「ええ、もちろんよ。お任せあれ」

 ことは手筈通りに進み、優美は興信所に南那生のことを調べさせた。

 その結果、南那生に怪しいところはなく、静岡の実家で家業のミカン農家を手伝いながら暮らしており、膝の悪い祖母と同居しているのも判った。
さらに調べると南那生は東京で演劇に携わっていたものの夢破れて実家に帰り、今も気持ちを切り替えられず鬱鬱とした日々を過ごしているという。

 これを知った優美には思うものがあった。

「ねえ、経くん、この南さんを教団に入れて経くんの部下の一人として育てたらどう?
これからはそういう人が必要よ。勝俣さんは有能で役に立つけど、私たちの親世代だからいつまでも使えないわ。
経くんと南さんには深い関係があるんだから、これを利用しない手はないわ」

「そうなれば嬉しいけど、それで優美は嫉妬しないのかい?
俺とクニちゃんは体の関係があったんだぜ。
会えばまた燃え上がってやりまくるかもしれない。そうなっても優美は怒らないのか?」

「それを見せつけられるのは女として、妻として決して楽しくはないわね。
でも、あなたは教祖で私は教祖婦人なのよ。
どちらも自分の感情とは別に教団の利益で物事を考えなきゃいけないわ。
その点でいけば南さんには大きな利用価値があるのよ」

「どういうことだい?」

「私に代わって経くんとセックスすること、男妾よ」

「え?」

「経くんは立派な教祖様になったわ。
見事に教祖継承式も果たして、これから岩屋虚空蔵教はますます隆盛を迎えるでしょう。
だから教団のためにもなるべく早く跡継ぎを作らなきゃいけないと思うの。
あなたと私の赤ちゃんが産まれれば信者さんも教団関係者も喜ぶし、

「ああ、岩屋虚空蔵教の未来は安泰だなあ」
って思うでしょ。

優が事故で亡くなったのに、すぐに妊娠したら優に申し訳ないから、経くんとあれだけ交わっても妊娠は避けてきたの。でも、優の服喪はもう終わりにするわ。
経くんが立派な教祖になったからには、その道に猛進しなきゃ、それが優の供養にもなると思うの。

「パパは今までで一番立派な教祖様になったのよ」
って優に手を合わせたいもの。

私たちの心にはいつも優がいて、それは決して忘れないけど、そろそろ妊娠して跡継ぎを産むと決めたわ。
優も弟か妹が出来るのを喜んでくれるんじゃないかしら。

でも、そうなると妊娠中は経くんと今までみたいには交われないわ、激しいことをしたら流産しちゃう。
経くんの霊験力のためにはたっぷりの歓楽が必要よね。
私がその役目を果たせないのなら他の誰かに代わってもらうしかないでしょ。
それが南さんよ。
南さんとやりまくって経くんは霊験力を養えばいいのよ。

私は岩屋虚空蔵教の跡継ぎは私が産んだ子じゃなきゃ嫌よ、これだけは絶対に譲れない。
私はこの教団の王女として育ったけど、DNA検査でほんとは昇天さまの子供ではないと知ってしまった。
本物は経くんだものね。
でも、思い入れのあるこの教団の跡継ぎは私が産まなきゃ承知出来ないわ。
それに信者さんも世間も、私が昇天さまの子供と思っているから、私が産んだ子が跡継ぎじゃなきゃ納得しないわよね。

だから経くんが他の女を妊娠させるのは絶対に許さない。もし、そんな女がいたら殺すわよ。
でも、男なら子供が出来ないからいくらでもやればいい、だから南さんがいいのよ。
もし、南さんがダメなら、どこかで男妾を探してらっしゃいな、秀俊教祖を見習うのよ」

「そういうことか。しかし随分と思い切ったな」

「そうよ、思い切ったわよ。
でも岩屋虚空蔵教のためにはどうしても必要なことだし、合理的な判断でしょ。教祖婦人としては当然の分別よ。

 以前に私は秀俊教祖に怒られたくらい、さんざんに男と遊んでいたでしょ。
それを思えば経くんが結婚前に誰とどんな関係があろうが文句は言えないわ。
秀俊教祖とのことも知っているし、南さんとの過去だって批判しない。

とにかくこれからは割り切って考えることにするわ。

もしこれから南さんとの愛が蘇れば、きっと素敵なんでしょうね」

「優美に言われるとなんと返事していいか分からないよ」

「ふふふ、ちょっぴりイヤミを言ってみたのよ。まあ、頑張ってみなさいよ」


 こんな二人の会話があったとも知らず、南那生は岩屋虚空蔵教に入り教団員としての修行を始めた。
まずは境内の掃除と、先代の秀俊教祖が編纂した教団教義書の学習から始め、次に毎日大勢詰めかける信者の接待、誘導といった雑務をこなした。

経は宗教コンサートの企画に勝俣と共に那生にも当たらせた。
那生はコンサートの仕事に水を得た魚のように生き生きと励んでいる、
かつて歩んだ演劇の道とはいささか毛色は違うもののミカン農家よりは遥かに楽しい。

 
 優美が勝俣を呼びつけて二人だけで話している。

「勝俣さん、お休みのところ悪いわね。来てもらったのは最近入った南さんのことなのよ」

「ああ、教祖様が連れてこられた二枚目の男性ですね、売店の女の子たちが陰でキャーキャー騒いでいますよ」

「そうよ、その南さんよ。私は南さんを主人の性の相手として入らせたの」

「え、なんですと?」

「驚かれるでしょうけど聞いてちょうだい。

私はこれから主人の子を身籠ろうと思うの。私の体質なら避妊しなければすぐに妊娠するはずよ。
教団の跡継ぎを作らなきゃならないからよ、これには勝俣さんも異存はないでしょ」

「もちろんです、お二人のお子様がご誕生となれば教団一同こんな嬉しいことはありません。
ぜひ、玉のような赤ちゃんを産んでください」

「でもね、私が妊娠すれば、それからは激しい性交は避けなければいけないわ。
子供が生まれた後には育児があるし、主人にだけ気持ちを注ぐわけにはいかない。
でも霊験力にはたくさんの性の歓楽が必要なのよ」

「ええ、それは教祖様から伺っています。霊験力を上げようと様々な修行をしたが、どれも成果はなかった。
その挙句、ようやくそれに気づいたんだとのことでした。
なぜ秀俊教祖様はそれを教えてくれなかったのか?ともよく言っておられます」

「だから私の妊娠中、出産後には私の代わりの人が必要よね、性の歓楽を主人に与える人が」

「そういうことになりますかね」

「でも、私は主人が女を作るのは許さないわよ。
私以外の女が岩屋虚空蔵教の跡継ぎを産むなんてことになったら頭がおかしくなっちゃう、許さない」

「ええ、跡継ぎは優美さんのお子様でなくてはなりません」

「それで南さんにしたのよ。
男なら子供は出来ないし、主人にはそういう性癖もあるの。
主人と先代教祖の関係は知っているでしょ、考えたら歴代の教祖はみなそうよね・・・。
ま、それはそうと、昔に南さんと主人もそういう関係だったの、かなり深い間柄だったみたい。
だから主人のために南さんを教団に入れたのよ」

「はあ、そういうことだったんですか。
私は教祖様が昔のよしみでコンサートの顧問にしただけかと思っていました」

「周囲にはそう思わせてあるけど、実際は男妾よ、私が主人にそうさせたのよ」

「よくそんな決断を・・・優美さんは豪胆、いやあ烈婦ですね」

「教祖婦人として、これが一番合理的な判断だと思ったのよ。
教団のためには自分の感情は押し殺すしかないわ」

「英明なご判断に敬服いたします」

「それでね、問題はここからよ。勝俣さんには心して聞いてほしいの」

 勝俣は優美の顔をまじまじと見上げた。

「南さんは教団に入って真面目にやってくれているわ。
周囲とも打ち解けて人柄も問題なさそうだから、主人も安心している。
でも、主人と南さんはまだ体の関係を始めていないの。
 
 主人は、

「優美が妊娠してからそういう関係を持つんだ」

と言っているのよ。
でも、これは私を立てているからじゃないのよ。

南さんと体の交わりが再開すればそちらに一気に突き進んでしまう自分を恐れているのよ。
私との交わりよりも南さんに夢中になってしまうかもしれない、優美との子作りさえ疎かになるのではないか? 
それくらい主人と南さんはかつて深い関係にあってお互いに惚れ合っているの。

 二人がセックスだけの関係ならいいんだけど、主人はお人よしだから南さんを引き立てるようとするでしょう。
教団の幹部にしようとするかもしれない。
そうなると今は謙虚な南さんも慢心して教団に害をもたらすかもしれない、やがて勝俣さんや私を脅かす存在に成りかねないわ。

 だから勝俣さんには、そんな事態が起きないように南さんを上手く飼いならしてもらいたいの。
コンサートの仕事で満足させて教団の運営には一切関わらせず、
主人の引き立ても適当な言い訳をして極力抑え込んでもらいたいの。
南さんよりも前に入った人を引き上げておくのも必要ね。
南さんは、上がつかえて昇進できないようにしておくのよ。

それに、教祖と南さんの関係が世間に知られれば教団にとってもマイナスイメージだわ。
だから勝俣さんにこのことをよく承知しておいてもらいたいのよ」

「よくわかりました、仰せの通りに致します。
先々まで読んで危険を回避されるとは流石です、優美さんには敬服いたします」

「じゃ頼んだわよ」

「はい」

勝俣は教祖婦人としての優美の成長に感心したが、

「やっぱり優美さんは白川理恵の娘だな。先々を読む怜悧で冷たい感じがソックリだ。
あの冷たさがかえってこれからのトラブルを生まねばいいが・・」

と密かに思った。


その2か月後、優美は妊娠検査薬で妊娠4週間目なのを確認した。

経教祖は、

「優美、やったね、プラン通りだ。さすがに優美だなあ。赤ちゃんの安定に注意して体を大事にしてくれよ」

「ええ、気を付けるわ。さあ、もういいからクニちゃんと楽しんできなさいよ。
私に遠慮は要らないから。何事も教団のためよ」

とは言ったものの、優美の心には小さな黒雲が湧いた。

「ああ、ありがとう。近いうちにクニちゃんに声を掛けてみるよ」

経教祖の晴れ晴れとした顔が優美には不快だった。


 その4日後、経教祖は南那生に声をかけて車で東京に出かけた。

「ねえ、クニちゃんあの新宿のラブホテルに行こうよ、あの行きそこなったラブホに」

「ああ、俺は構わないけど、奥さんのことはいいのかい?
それに今の俺は岩屋虚空蔵教の平の教団員だよ、
教祖様のケイちゃんとこうしているのを人に見られるとまずいんじゃないかい?」

「ああ、だからコンサートの視察に行くと言って出て来たんだ。
それと妻の優美は僕とクニちゃんの関係を初めから知っているよ。
クニちゃんとセックスすればいいと言ってる。優美は寛容なのさ」

「ええ、どういうことだい?世の中でそんなことを言う奥さんなんて聞いたことがないよ」

「まあ、あとで説明するよ。もうじき新宿だ。
マスコミに顔を見られたら困る。ほら、マスクとサングラス、クニちゃんも付けてよ」

マスクにサングラスの二人の乗った車がラブホに滑り込む。
部屋に入った二人は抱き合った。

「なんでケイちゃんの奥さんは俺とケイちゃんの関係を認めてるんだい?」

「それは霊験力のためさ」

 経は霊験力を発揮するには多くの性の歓楽が必要なので、
優美は妊娠中の自分に代わって那生に経の相手を勤めてもらうつもりなのだと話した。

「それなら俺は堂々とケイちゃんとセックス出来るということなのかい?」

「ああ、そうだよ。これから僕たちは恋人同士さ。思い切りやれるんだ」

「あ、嬉しい。岩屋虚空蔵教団に入ったものの、
大好きなケイちゃんを遠くから見るだけで、もう君を抱くことは出来ないと思ってたんだ。
ケイちゃんを想ってはオナニーばかりしてたんだぞ」

「また下品な愛の告白だね、あの時みたいな」

「あ、ごめんよ」

「アハハハハ」

二人は笑った。

「このラブホでケイちゃんとやれるんだ。あの時失ったものが今ここにあるんだ」

「ああ、嬉しいよ、クニちゃん」

 二人は8時間にわたって互いを犯し合った。
男にも女にもなれるゲイセックスを味わい尽くして二人は深夜に岩原に帰った。

それからの二人は霊験堂の背後にあるセックス部屋で毎日のように睦み合うようになった。

那生は静岡から祖母を呼び寄せ、岩原市内のマンションで祖母との生活を始めた。


 お腹の胎児は順調に育っているが、優美はツワリが酷くて何も食べる気にならない。
以前に優を妊娠した時には軽かったのにどうしたことだろうか?

妊婦は食べなくてはいけない、
自分の体と胎児のためにと、ヨーグルトや豆腐を無理やりに飲み込むが、
必ず吐き気が込み上がってきて多くを戻してしまうのを繰り返していた。

 
5か月目に入り、少しツワリが落ち着いてきた時だった。

 夕暮れの赤い日差しが照らすリビングのソファで優美がウトウトまどろんでいると、
前夫のマサミが正面のソファに腰かけて、

「ああ、また赤ちゃんが出来たんだね、今度は僕が中に入っていいかい?」

と言って消えた。

ハッとした優美が目を凝らしてソファを見るが誰もいない。

「変な夢ねえ、今までマサミなんて夢に出てきたことないのに嫌だわ」

と優美がつぶやいた瞬間だった。

腹部に痙攣が起きると激烈な痛みが襲ってきた、見れば出血をしている。

「キャーー」

優美が叫ぶとお手伝いさんが飛んできて救急車を呼んだ。

産婦人科に担ぎ込まれたが優美は流産してしまった。

5か月目ならば安定期に入っているはずだ、まるで原因が分らない。

知らせを受けて慌てて駆け付けた経と共に赤ちゃんの遺体を見ると、
色白の優美や経とは似ても似つかない色黒で毛むくじゃらの男の子だった、

サルの赤ちゃんか?と思うくらいだ、
しかも顔といい、ズングリむっくりの体形といい、死んだマサミにソックリである。
優美はこれを見て気を失った。

気が付くと経がベッドの横に立って心配そうに覗き込んでいる。

「ああ、気が付いたんだね。良かった」

と言って手を握った。

「経くん、見た?あの赤ちゃん。マサミにそっくりだった。あれはマサミの祟りよ」

「ああ、見たよ。でも胎児は成長過程でどんどん顔が変わっていくからたまたまのことさ」

「じゃあ、あの毛むくじゃらはなんなの?なんであんな真っ黒なの?」

「先生に訊いてみたけど毛むくじゃらなのは胎児ではよくあることだそうだよ。
色黒なのは母胎内で亡くなってしまった為らしい、内出血さ。
これも稀にあるそうだ、だからマサミの祟りなんかじゃない」

「違うのよ、流産する直前にマサミの幻覚を見たのよ。
あいつが、ああ、また赤ちゃんが出来たんだね、今度は僕が中に入っていいかい?って言ったのよ。
それで気が付いたら急にお腹が痛くなって流産しちゃったのよ」

経はそれを聞いて黙っていたが、

「そんな変な夢を見たから、そのショックで流産してしまったのかもな」

と言ったものの、それ以上は声をかけられず黙ったままだった。
優美もそれ以上は何も言わなかった。


 その翌々日がたまたまマサミの命日だった、
治癒行の休み日でもあったので、経教祖はおぴちょん様の本堂でマサミの追善供養の法要を取り行ったが、
マサミを毛嫌いする優美は出席しなかった。

「あのチンケな男は死んでも私に不幸をもたらすのね、絶対に怨霊退治をしてやるわ」

このメンタルの強さは母の白川理恵ソックリである。


 二ケ月後、優美は体調の回復を俟って自宅の庭で怨霊退散の祈祷を行わせた。

初代の西田教祖が修行して岩屋虚空蔵教を開宗した所縁のある、三峰山の修験道行者を呼んで護摩を焚かせた。
ほら貝の音が響き渡り、ヒノキの葉の焼ける匂いが立ち込める。

隣接するおぴちょん様の境内の参詣者が何事かと訊ねると、
教団員は、

「あれは教祖様のお宅を増築する地鎮祭です」

と胡麻化した。

 この祈祷で気持ちを治めた優美は、

「経くん、これでマサミの怨霊は追い払ったわ。
リセットしてもう一度やり直すのよ、また私を腹ませてよ」
 
 経は優美の気丈さに驚いたが、この強さが優美に惹かれて来た魅力でもある。

 
 教団最高幹部の勝俣克己が計画してきた宗教コンサートが開催の運びとなった。
5000人を収容する東京の港湾アリーナを会場に決めたがチケットは三日で完売となり、
教団の者たちも改めて世間の白川教祖夫妻の人気を痛感した。

 コンサートは、真っ暗な中を、

「ピチョン、ピチョン」

と、おぴちょん様の雫の水音で始まり、やがてそれに虚空蔵菩薩を讃える声明が重なると一気に明るくなって華麗な浄土の色彩世界の映像が大写しとなって荘厳さを演出する。

次にクラシックオーケストラがエルガーの「愛の挨拶」、続けてハープシコートがモーツアルトの「アイネクライネ」を演奏し終わると場が暗転。

スポットを浴びて白川教祖が登場し、法話を語り、さらに治癒行の実践、白川教祖がハケると、治癒を受けた信者たちの感動の言葉を述べる。

次は、岩屋虚空蔵教の縁起と伽藍を解説する映像の映写があり、それに合わせてプロの音楽家信者によるピアノ、ヴァイオリンの仏教音楽が演奏される。

音楽を堪能した観客の前に再び白川教祖が登場し雅楽の演奏をバックに朗詠を行うと一人の演者が登場し雅楽の舞を披露する。

その見事な舞の演者が蘭陵王の面を外すとそれは教祖婦人の白川優美である。
観客は大喜びで拍手喝采である。

そこに大勢の舞人が加わり、舞と朗詠、演奏が絶頂に達して暗転し、暫しの静けさの中でハープと和琴の競演が始まり、盛り上がりを見せて、また静かな演奏になって締める、

という2時間半の演目である。

 本番の3日前には港湾アリーナを借り切ってリハーサルが行われ、マスコミや関係者に披露されたが評判は上々である。

白川教祖はじめ教団一同も慣れないことではあったが、この反響に大いに気を良くした。
この演出は南那生が担当したもので、その出来栄えと反響には本人も周囲も満足した。

 こうして『岩屋虚空蔵教報善コンサート』は準備万端整い公演を待つのみとなった。

 ところが、である。

 公演の前日に港湾アリーナが原因不明の出火で全焼し公演は急遽中止になった。
教団はチケットの払い戻しに忙殺された。

 世間ではこの火事は岩屋虚空蔵教に反感を抱く者の放火、あるいは神仏の怒りだ、などの噂が飛び交った。



 その2か月後、優美はまた妊娠した。

 今度のツワリも酷かった。
優美は苦悶の毎日ながらも二度目のことなのでなんとかやり過ごした。

 今度は神仏を頼みとして、おぴちょん様での安産祈願のみならず、各宗寺院、神社に寄進して無事の出産を祈らせたためか胎児は順調に成長して臨月を迎えることができた。

 すでに超音波検査で女の子だと分かっており、経は密かに名前も考えている。
予定日の三日前に陣痛が来て、優美は分娩台に乗ると2時間後に赤ちゃんを産んだ。

ところが泣き声がしない。
医師が慌てて確認すると産まれた赤ちゃんはすでに心臓が停止しており死産だった。
直前の検査では異常はなかったのに、死産の原因は全くの不明だった。

 死んだ赤ちゃんが固く両手を握りしめている。
何かを握っているのに医師が気づいて手を開いてみると、右手からは黒い塊、左手には白い塊が落ちた。
黒は血液の凝固したもの、白は脂肪の固まりだが、見た目は碁石にソックリだ。

 この塊を見せられた優美はまたもや気を失った、これは囲碁を好んだ白川理恵の祟りとしか思えない。

 理恵は優美と経が過失で死なせてしまったが、その死は今も秘密で失踪したということになっている。
実の娘の優美に殺された理恵にしてみれば、怨霊となって祟っても無理からぬ話だ。

 気丈な優美だが、これには衝撃を受けて寝込んでしまった。

経が眠り続ける優美を見ていると目を覚まして、

「あの女にやられるとは思っていなかったわ、迂闊だった。母親だと思って甘く見ていたわ」

と言ってまた眠りに落ちた。

 優美は半月で床を払い、静養すると今度は真言宗醍醐派の修験道行者と僧侶を自宅に呼んで祈祷を行わせた。
教団の者はおぴちょん様の参詣客に何事かと訊かれると、

「あれは教祖様のお宅を増築する地鎮祭です」

と前と同じ言い訳をした。

 祈祷が終わると、行者と僧侶の前で優美は、

「これで効果があるとも思えないけど、気分転換にはなるわね」
 
と言ったので周囲の者は慌てた。

 経は度重なる凶事に怖気づいた。
優美には無断でおぴちょん様の本堂で白川理恵の追善供養を行い、それを知った優美に毒づかれた。

「あの女の怨霊はそんなことじゃ大人しくならないわ、強烈な魔力で消滅させるしかないわよ。
私はそれを探してるの」

だが、そんな霊力、神通力のある者や宗教団体は見つからない。
岩屋虚空蔵教も宗教団体なのに有効な手が打てないのは情けない。

 一方の優美は戦う気力満々である、自身の霊力を高めようと、初代教祖西田慶男に倣って修験道修行を始めた。

 優美の修行はマスコミの関心を引き、
 
「絶世の美女、教祖婦人の山岳修行」

と題して、優美の美しい修行姿の写真と共に報じられた。

優美はマスコミの質問に、

「悲しいことに私は事故で子供を失い、二度の死産を経験しました。
これは汝と人間が持つ罪業の報いである、その罪業を一人の人間として、女として自覚して滅罪の修行をせよ、
それが岩屋虚空蔵教教祖の娘に生まれ付いた者の定めである
と、おぴちょん様の啓示を受けたのです。
岩屋虚空蔵教での修行ではついつい甘えが出てしまいますから、こうして他教団で修行させていただいています」

と答えた。

 これは世の同情を集めた。

 優美を真似て自ら修験道に励む女性も現れて女性の山岳修行は静かなブームとなった。
歴史的に修験道では女人禁制の修行場が多かったが近年は女性差別だとして開放されつつあり、
優美の修行はその動きを加速させた。

 優美のこのコメントは、自分と岩屋虚空蔵教のイメージを落とさぬためのマスコミ対策に過ぎない。

 本当はかつての西田慶男と同じく、自分を苦しめる「何か」への戦闘布告なのである。






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