おぴちょん様

ひでとし

文字の大きさ
上 下
13 / 31
13 春香の死

おぴちょん様

しおりを挟む
 ようやく春香が笑顔を見せるようになったある日のことだった。西田家の塀に、
「近親相姦夫婦」
と赤ペンキで大きく落書きされていた。それからは嫌がらせの無言電話が日に何度も掛かってくるようになり、差出人不明の手紙が届くようになった、左手で書かれたと思われる文字で、「畜生夫婦」「姉弟夫婦」「狂人夫妻」「天誅」などと書かれている。これを見た春香は卒倒し、それからはすっかり体調を崩してしまった。

 これはあの白川征義がやったことだった。白川征義は娘が西田の兄の西田勝男のせいで死んだと今も西田家に恨みを抱き、西田慶男夫妻が腹違いの姉弟だとの噂を聞いて事態が悪化するのを楽しみにしていた。しかし噂はすぐに下火となりこのままでは折角のチャンスが消えてしまうのが残念でならなかったのだ。嫌がらせは執拗で、電話と手紙が何日も続いた。

 西田は警察に届けたが、捜査の動きは鈍かった。西田が梅河組の婿なので嫌がらせはヤクザ同士のイザコザと見られたのだ。西田が重ねて警察に捜査を求めると家に刑事がやって来て春香に、
「あんたら姉と弟なんだってな、やっててどんな気持ちだい?」
と無神経なことを言って冷やかした。

 それを聞いて春香はショックを受けて寝込んでしまった。
その後も嫌がらせは続き、駅前の電柱に、
「西田慶男夫妻は実の姉弟」
と書いた紙が何枚も貼られていた。噂は再び盛り上がり居たたまれなくなった春香はついに失踪した。

 一人で岩原を出て日光に向かい、曽祖父の代から信仰のあった二荒山権現に、
「罪深きこの身をお浄めください」
と祈り、中禅寺湖に我が身を投じた。連絡を受けた西田は急いで日光に向かい春香の水死体と対面した。春香は白く穏やかな顔をして横たわっていたが、その美しい顔を見た西田はその場に泣き崩れた。
         
 一方でこれを聞いた白川征義は一人快哉を叫んだ、これでようやく自殺した娘の仇を討てたのだ、長年の心のつかえが消えた気がした。

 梅河総吉は以前から膵炎を患っていたのだが、最愛の娘を亡くしたショックから急激に病状が悪化し寝込んでしまった、自分の過ちが春香を追い込んで殺してしまったのだから生きてはいられない気持ちだったろう。

 西田は事実を知って以来、梅河とは距離を置くようになった。梅河のせいで春香は死んだのだ、とても梅河と亡き母の過ちを赦す気にはなれなかった。梅河組を辞めて西田の父の会社に戻りたいと代貸から梅河に伝えると、梅河から呼び出しを受けた。西田が梅河邸を訪れると梅河は広い座敷に布団を敷いて横になっており、ひどく顔色が悪かった。梅河は人払いをして西田と二人だけになった。
                  
「慶男君よく来てくれた、君を苦しめて本当にすまない。いくら詫びても君は許してはくれんだろう、私も春香を亡くしてこのザマだ、もう長くは持つまい。君には無理を承知でお願いをしたい、頼む、梅河組を辞めるなんて言わないでくれ、君の気持ちはよく分かる、よく分かるが春香もこの梅河組を心から大切に思っていたんだ。
 春香は、ヤクザの娘、極道の娘、と小さい頃から後ろ指を指されながらも、うちの仕事は世の中に必要だから私にはその娘としての誇りがある、といつも言っていただろ、君が梅河組を捨てれば春香が嘆くぞ。君と俺は実の親子と判ったんだ、君は嫌だろうが血筋からいっても君が受け継ぐのが自然な話だ、西田さんの会社も君が受け継げばいい、いずれ梅河組と岩勝土木を統合すればいいんだ、梅河組は君のものだ、頼む、出て行かないでくれ」
梅河総吉は病床で西田に手を合わせた。

 西田は春香を想った。
那須の温泉での丁半賭博で方肌脱いだ艶姿、長崎の旅行で手を繋ぎオランダ坂を一気に駆け下りたときの弾けるような笑顔、新居の家具の配置をスケッチに描いて考える真剣で可愛らしい顔、春香の思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。

 確かに春香は、
「うちの仕事は世の中で絶対に必要なの、世の中のはみ出し者をちゃんと生活できるようにしてあげなきゃいけない、そうしないと犯罪者が増えるわ、そうやって世の中の役に立ってきたのが梅河組なの、だから私はお父さんの梅河組には揺るぎない誇りがあるのよ」
といつも言っていた。春香の気持ちを思えば梅河組を去るのはためらわれる。
 それを思うと西田は気持が揺らいだ。

「なあ、慶男君、考えてくれないか」
そう言う梅河の顔は土気色である、この顔では本当に長くないだろう、こんな状態の梅河を振り捨てるのは忍びない、なにより梅河は西田の実の父親なのだ。

「分かりました、梅河組に残ります」
と思わず言ってしまった。
「そうか、そう言ってくれるか、有難い、嬉しいよ、春香も喜んでくれるだろう、私が死んだら梅河組を継いでくれるな」
西田は困ったが、梅河の悲しそうな顔に押されて、
「承知しました。お引き受けします」
と言った、結局は梅河総吉に押し切られてしまったのだ。

「代貸と若頭をここに呼んでくれ」
代貸と若頭が静かに部屋に入ってくると梅河は、
「起こしてくれ」
と言って半身を支えさせた。

「これから言うことは私の遺言だ。三人に言って聞かせる、必ず守るように。
梅河組は春香の婿の西田慶男が継ぐものとする。代貸と若頭は西川慶男を忠実に仕えよ。
西田慶男は組長となり、その一存で組の存廃を決すべし。
代貸と若頭、子分らはいかなる決定であろうとも西田慶男の意思に反するのを許さない。
いいな」
 代貸と若頭は真剣な面持ちで、
「承知いたしました、言いつけは必ずお守りいたします」
と言って下がった。

 再び西田と二人になった梅河は、
「君も知っているだろうが、あの二人は私の子飼いで忠実な部下だ、とくに代貸は君をしっかりと支えてくれるだろう。なんでもあいつを頼ればいい」
と西田の目を見つめて言った。

 それから二週間して梅河総吉は亡くなった。
          
 西田勝慶は、梅河総吉の葬式に参列しての帰りに息子の慶男に、
「春香さんが自殺したのはあの下らん嫌がらせのせいだ、誰があんなに執拗なことをやったのか調べなきゃならん。春香さんが亡くなって総吉さんも後を追ってしまわれた。総吉さん親子の敵討ちをするんだ、警察は何もやってくれないからな」
と言って探偵を雇って調べさせたが結局は犯人を探し出すことは出来なかった。
 西田父子は白川征義が怪しいと睨んでいたが、確たる証拠は見つからなかった。

 西田慶男は自分の運命を呪った。
一美に酷い目に遭わされ、心を病み、そこから救ってくれた女神の春香は実の姉だった。
 その姉と自分は数限りなく交ってしまったのだ。それを悩んで姉は自殺した。おまけに自分は無精子症なのだ。
 西田は神仏を恨み、街で幸せそうな夫婦を見ただけで妬ましくて心が痛んだ。
神社仏閣や教会に放火し、幸せな家庭に押し入って家族全員を刺し殺す夢を毎晩のように見た。
 目が覚めるとそんな夢を見る己の浅ましさが嘆かわしくてならない。

 西田は梅河組を引き継ぎ采配を振るわねばならないが、とてもそんな気力は起きない。さらに梅河総吉に亡くなられてみると言いようのない喪失感があった、なんといっても梅河は西田の実の父なのだ。もっと優しくしておくべきだったと思うが今となってはどうしようもない。

 そんな時だった。気分転換を兼ねて東京に出かけた西田はタクシーから道路脇を歩く浮浪者を見かけた。見覚えのある顔だ、あれは杏二だ。ひょっとして嫌がらせをした人間を知っているかもしれない。
 そう思って杏二を呼び止め、汚い定食屋でメシを食わせてやった。杏二はガツガツと貪り食らい、酒も飲みたいと言いう。西田は嫌がらせの相手を聞き出そうとするが杏二はすぐに話をはぐらかす。それを話してしまうと酒にあり付けないとでも思うのだろう、そう察した西田はカップの日本酒を山のように積んでやった。

 杏二はそれをがぶ飲みし酔って喋り続けるが、自分が犯した窃盗や暴力のろくでもないことばかりだ。
聞くに堪えず慶男が話題を変えようとすると、杏二は、
「俺はこんな凄いことまでやったことがある」
と東京の公園通りで女性を強姦したことを話し始めた。

「なんて奴だ、人前で強姦の自慢をしていやがる」
と、慶男は思ったが、その話をよく聞くと、日時、場所、被害者の女性の容姿、そして被害者が赤ちゃんを抱いていたことまであの事件と一致する。
 一美を襲い、赤ちゃんを手に掛けたのは杏二だったのだ。なんという因縁だろう。
 慶男はいたたまれなくなり一人で店を出た。

それからどこをどう歩いたか覚えていない。気が付くと上野の不忍池の畔にいた。
ベンチに座るとどうしようもない悲しみが襲ってきた。
なぜ自分はこんなに苦しめられるのだ。なにもかも酷過ぎるではないか。
西田は運命を呪った、天を憎んだ。

 涙で曇る西田の目に不忍池の散りゆく蓮が侘しく映った。
        
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

意味がわかると下ネタにしかならない話

黒猫
ホラー
意味がわかると怖い話に影響されて作成した作品意味がわかると下ネタにしかならない話(ちなみに作者ががんばって考えているの更新遅れるっす)

ニューハーフな生活

フロイライン
恋愛
東京で浪人生活を送るユキこと西村幸洋は、ニューハーフの店でアルバイトを始めるが

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

女子に虐められる僕

大衆娯楽
主人公が女子校生にいじめられて堕ちていく話です。恥辱、強制女装、女性からのいじめなど好きな方どうぞ

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

転職してOLになった僕。

大衆娯楽
転職した会社で無理矢理女装させられてる男の子の話しです。 強制女装、恥辱、女性からの責めが好きな方にオススメです!

処理中です...