意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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17.意地っ張りの片想い

212.やっと言えた

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「……藤枝。なにか、あるのでは、ないのか」
 噛みしめた顎から、半分唸るような低い声が漏れた。
「なにかって」
「不満、叱責、なにかあるのだろう。なんでもいい。言ってくれ」
 いやいやいや、なにかあんのそっちだろ? マジでどした?
「俺は聞きたい。俺は……。なにがあったのか、聞かせてくれ。…………藤枝、俺は」
 譫言うわごとみたいになってる低い声が途切れ、丹生田は喘ぐみたいにくちを開き、閉じた。なんか必死だ。んじゃ、んじゃ、ちゃんと答えなきゃ。
「俺は、……細かいことが気になる。小さい男だ……藤枝のようにはできず……」
 けど今くち挟んじゃダメな気がする。
 なぜって、こんな一所懸命になんか伝えようとしてる丹生田、初めて見た気がするから、だから……、まず聞かなきゃいけない、気がする。
 もしかして、前からなんか言いそうになって言わずに飲み込んでたこと、けっこうあったけど、ソレ言おうとしてるんかな? ……そんな気もするし、だとしたら聞きてえし。
「藤枝は俺などより優秀な、立派に仕事を成し遂げる有能な男であると分かっている。だが……、藤枝にとってはたいしたことでは無いのだろうが……どういう……どう、言うべきか、……」
 くちが開いて閉じ、また開いた唇が震えた。
 言えよ、聞いてるよ、教えてくれよ、おまえがそんなになるなんて、そんな辛そうになるなんて、一体なんだよ。
「すまん、分からないままだ。が、……だからつまり……」
 そこで丹生田は言葉を切った。眉間の皺が深くなり、まるで激痛を耐えてるみてえに歪めた横顔を見てるだけで、こっちまで心臓が痛くなってくる。
 イタタタタ、な勢いで、
「つまり、……なんだ?」
 ついくちが開いた。だって丹生田がコレだけ真剣になにか言おうとしてんだ。聞かないわけにいかねえじゃん。
 だから聞いてるぞって目に力込めて見つめたけど、丹生田はこっちを見ない。伏せたままの目は、さっきから灰皿のアタリを見たままだ。
「……つまり、俺は……」
 膝の上に置いてるこぶし、関節が白くなるほどキツく握ってる。
「つまり……」
 ゴクッと生唾飲み込んで息詰めて見つめてた。したら、丹生田は、──────またガクッと身体から力を抜いた。
「ダメだ」
「なにがっ!?」
 聞いても力なく首を振るだけで、丹生田は答えない。
 なんかコッチも力抜けた。はぁぁ~、とか大きなため息が出る。
 そんで……ククッと笑っちまった。自分のアホさに笑えた。笑うしかねえ。
 こんだけ頑張って言えねえって、なんなんだよって、めっちゃ気になる。気になるよ。
 そうだよな、気になるんだよな。
「あ~……あのさ」
 なんか考えてるって分かってたら、そりゃ聞きたいよ。なんかあるんかって……俺だってこんな、気になって聞きたいって、そう思ってんのに、……なんで考えなかった? 丹生田の気持ちになってみろってのアホ。
「丹生田、俺さ」
 つうか、こんだけ長く一緒にいて、それがもうすぐ終わるってのに、事前に一個も相談してないって、ソレどうなの? って話じゃん。そうだよ。
 てか俺が出てくってなったら丹生田だって色々考えなきゃじゃん。引っ越しとか、彼女を呼ぶとか……なのに、なのにソコ考えてなかった。離れるのやだって、そんなんしか考えて無くて、そんで言えないとか……あ~、最悪にアホじゃん。ダメダメなんじゃん。
 なんで丹生田の気持ちになって考えなかったかな。くそっ、俺マジでただのアホじゃん。
「あのさ、俺」
 今までビビってばっかでくちから出なかった言葉。
「……転勤が決まったんだ」
 意外とあっさり言えた。ほ、と息が漏れちまったのは無意識。
 ハッと顔を上げた丹生田は、ゆっくり首を動かしてこっちを見る。眉間には縦皺がくっきりあるままだけど、目が合って、んで……なんかホッとして、言っちまったらなんか楽になった気がして、目を見てニッと笑っちまった。
「前にさ、北海道に拠点できるって話したろ? その立ち上げで忙しくなるって。ンで、正式には第二販売部つうんだけどさ、……言ってなかったけど、そこの責任者……、俺なんだよ」
 丹生田の目が、ゆっくり見開かれていく。
「辞令は三ヶ月前に出てて。……ギリギリまで言わなくてゴメンな? で~、来月中には支社立ち上げの予定で。その前に俺、あっち行かなきゃで。つうか佐藤譲はもうあっち行ってんだけどさ」
 丹生田は珍しい顔をしてる。つまり、限界かってくらい目一杯見開いた目で、ポカーンとくち半開きで……そうだよな、いきなりじゃビックリするよな。マジでゴメン。
「でもさ、言えなかったのは、俺……前から言ってるけど、おまえのこと好きじゃん? けどさすがに北海道で勤務ってなったら……このまんまここで暮らすの無理だし? つまり、ココ離れるのイヤで、言いにくかった……つか。なっさけねえけど、ここまで一緒にいさせてもらってて、……めちゃ楽しかったからさ」
 固まったままの丹生田を見返してたら、自然に自嘲めいた笑いが浮かんだ。
「……はは……、でも、もういいよ。今までありがとな、マジで。だから……ちゃんと結婚して、んでガキ作っちまえよ。おまえならイイ父親になんだろ。んでずっと貯めてた金で家とか買ってさ、幸せに暮らしてくれ。俺が、いっちばん叶えたいコトって……おまえが幸せに暮らしてくことだからさ、だから……」
「て……」
 半開きだったくちから、きしむような声が聞こえ、俺はくちを噤む。したらめちゃ鋭い眼光で、ギッと睨まれた。
「……転勤、……だと?」
 え、そこに戻る? てかもしかしてそっから脳が働いてなかったとか?
「あ、……ああ。そう、その、旭川に、その、来月には行かねえと……て、今月もう1週間くらいしかねえな」
 はは、とまた乾いた笑いが漏れる。
「………………」
 睨む目を見返して、ものすごく悪いことした気分になり「うん、その」ぺこりと頭を下げ、心の底から謝った。
「急になっちまってゴメン」
「……そうか。なら……」
 なのに聞こえた声は、なんか少し嬉しそうに聞こえて、え? と顔を上げる。
「ならば、俺も行く」
「へ?」
「住む場所を探しに行こう。明日にでも」
「いや、明日って……え? イヤおまえ仕事あんだろ。なに言って……」
「問題無い。会社には行かなくても良いんだ」
「いや! ンなわけねえだろ、なに言ってンのおまえ!」
「トウサンしたんだ」
「は? とうさ……なに?」
「今朝、出社したら、倒産したから帰れと言われた」
「な……!」
 今度はコッチがビックリして声が出ねえ。
「大口の取引先が倒産して、連鎖倒産した。ずいぶん前から危ないという噂は流れていたんだ。青原さんは先月転職したし、早めに動いたひとも少なくない」
 なのに丹生田ってば、さっきのビックリ顔はどこ行ったって感じの、いつも通りの淡々とした顔と声で「この部屋の契約は解除で良いのか」なんて言ってて。
「もしおまえの会社で使うなら……」
「なに……ンな、聞いてねえよ……聞いてねえ! 会社危ねえとか!」
「人が減って作業量が増えたので、毎日残業していたのだが……藤枝は忙しかったからな。気づかなくても無理はない」
 丹生田そんな大変なコトなってたのに……ゼンッゼン知らなかったとか!
「う……あぁぁ……」
 なんだそれアホか、なんだよソレ。なんなんだよ、な「んなんだよソレ!」途中から声になってた。
「落ち着け。もう過ぎた話だ」
「は? なに言って」
 思わず声上げたけど、丹生田が、ふ、と笑ったから、「えーと」ちょい熱下がった。
「明日にでもいけるが、藤枝と一緒に行った方が良いのか」
「ちょま、てかなんでおまえも来るってなんだよ? だって……」
 だってコレで同居解消、セフレも終わりって……なんねえの!?
「単身赴任するつもりなのか。しかし折良く会社は倒産したので、俺も問題無く。むしろ早く就職活動をすべきと……」
「は? 単身赴任ってなんだよっ!」
「…………伴侶と離れて遠距離の職場で勤務する……」
「じゃなくて!」
 なんかアタマん中わちゃわちゃでよく分かんなくなって、んでハッと気づいた。
「……てか、は? おまえなんつった今。伴侶と離れ……?」
 まさか、まさかまさかまさか! え? なに?
 なんてパニクってるコッチをよそに、丹生田は真顔でコクッとひとつ頷いた。
「藤枝は俺の伴侶だろう」
「は」
 なんか急に通常営業戻ってる丹生田と、まっすぐ見つめ合いつつ、アタマ真っ白になる。んで、一瞬のまっ白から意識が戻って、丹生田が言った、それが、ようやく脳に届いた瞬間、なんかが崩壊した。
「……はいぃぃぃぃ!?」
 なに言ってンの? なに言っちゃってンの丹生田? てか「伴侶って!?」なに言ってンだよっ!?
 なのに超ヨユーな落ちつきで、「保美はそう言っていた」丹生田はこっくり頷く。
「アメリカでは男同士で入籍している例もあり珍しくないそうだ。日本だと年長の方の籍に養子として入る形になると聞いたが、俺は別に籍などどうでも……」
「ちょ、待て、待て待て待て、待てって!」
 なにコレ。なにこの急展開。え? どゆこと?
「……なにを待てと」
 なぜかいきなり落ちつき取り戻して淡々としゃべってる丹生田、こっちは混乱が深まるばっかで何が何だか分からなくて、とりあえずバッと上げた手をパーにして丹生田に向け
「ちょい! ちょい整理! 整理させて! ちょい待って!」
 怒鳴ったら丹生田はくちを閉じ、しっかりひとつ頷いた。
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