意地っ張りの片想い

紅と碧湖

文字の大きさ
上 下
216 / 230
16.鉄とオーク

208.鉄とオークの存在意義

しおりを挟む
「……これ……ですか?」
 二人は一瞬視線を交わし、同時に目を落とす。
 そこにあるのは、最初にここに来たとき目をとめた、休憩スペースのテーブルだった。
「でもこれは……」
 複雑な表情で呟く大鳥さんの横で、くちを開いたのは、意外にも照井さんの方だった。
「本当に適当にやったモンで、技術もクソもない、素人のお遊びですよ」
「確かに。でも最初はそんな風に言わなかったですよね、照井さん」
 面白い造形だけど、デザインも作りも荒削り。社長が『ちょっと上手い素人』と評したもの。
 大鳥さんは『あいつが勝手に脚をつけた、適当臭い仕事』と言った。
 照井さんは、なにを言われようと、どうでも良いって感じでホヘッとした顔で笑ってただけだった。
「いや……あのときは俺、本当に素人だったし……」
 目を伏せた照井さんがぼそぼそ言うと、大鳥さんがまっすぐ強い視線で見てくる。
「でも今は違いますよ。こいつもすっげえ勉強してるし、今じゃ俺より色々詳しいんです」
「分かってます。今まで本当に努力されたし、勉強されましたよね」
「……俺」
 やっぱり目を伏せたまんま、照井さんがくちを開く。
「実家でなんでもやってて、そのうち継ぐんだって、なんとなく思ってて、ちゃんと仕事はしてたけど、……でも毎日つまんなくて。てっちゃんが来て、ここでなんか作ってると楽しいって、……それだけだった」
 照井さんはそれまでも、きちんと仕事してたんだろう。車整備の資格だけじゃなく、水道や電気の資格も取ったのは、実家の仕事を広げたかったからだって言ってたし。
「でも藤枝さんが来て、コレ面白いって言ってくれて、それから俺、本当に楽しくって……親も町のために頑張れって言ったし。家の仕事継ぐんじゃなくて、やれることあるって……だから……」
「ススムはマジでチョー頑張ったんです。俺もススムに負けるわけ行かねえってやってたトコあって……」
 二人して言ってくる言葉に頷いた俺は、自然に笑みを深めてた。
「俺がこんなコトいうの偉そうですけど、お二人ともこの一年で本当に成長されたと思います。それを形にしてもらいたい。つまり最終テストです」
「……え」
「テスト、ですか」
「そうです。俺を注文主と思って、要望を形にするって作業をやっていただきます。そして、その課題がこのテーブルです」
 二人の視線が再びテーブルに落ち、大鳥さんの喉がゴクリと音を立てた。
「出来たものは六田家具に持って行って、社長や佐藤さんや、うちの職人たちに見せます。それでみんなが納得したら、正式に業務提携の契約を結びたいんです。条件については、以前部長からお話あったと思いますが」
「は、はい。町長にも見てもらって、コレで行こうってなってます」
 それは部長経由で聞いていた。なにげに社長と町長はマブなので、二人がずっと本気で頑張ってたってのも、六田家具には筒抜けだったのだ。
 なので「ありがとうございます」頭下げ、顔を上げてニカッと笑う。
「それに、興味があるんですよ。今のお二人なら、これをどんな風に作り上げるのかなって」
 どこか呆然と見返していた大鳥さんは、ハッとしてくちもとを引き締め、
「分かりました。やらせてもらいます」
 しっかりと頷いた。


 それまで大鳥さんが個人事業主としてやっていたのを『T&O』という会社にしたのは、
『ちゃんと法人にした方が良いでしょう』
 と佐藤さんが言ったからだ。
 そして業務提携を締結し、大鳥さんたちの仕事だけじゃなく、町の特産を六田家具で取り扱う話も順調に進んでる。
 そこでショールームが欲しいという話になった。
「うちの家具とはまったく違うラインになるからね、見せる場所も別にした方が良くないかな」
 それは営業部全員が同じく思っていたことだ。
 ショールームを兼ねたワークショップは、六田社長の家具が引き立つような内装にしている。極力余計なものを置かずに、木目の美しさや高い技術ゆえのフォルムの美しさに注目してもらいたいからだ。
 そこに『T&O』の家具を置いたらどうなるか。よりインパクトの強い方に目は行き、六田社長の家具の良さは分かりにくくなってしまう。それにあのラインをより際立たせるには、違う演出方法があるはずだ。
 そこで、俺は相談してみた。
 誰にって丹生田に。
「もう一回、この部屋をショールームとして使ってもイイかな」
 ココに引っ越してすぐの頃、一年ほどショールームとしてこの部屋を使っていた。それをもう一度頼みたいと頭を下げた。
「部屋でくつろいだりって時間は無くなると思う。前と違って、こんどは取材もたくさん入れるし、お客を連れてくることも多くなると思う。でも店舗で使ってくれるところが増えれば、そこで取材は完結するようになると思うンだ。店側でも宣伝になることだし、拒否するってパターンはそんな無いと思うし、だからそれまでの間……」
「……ここに越すとき、なかなか部屋が決まらなかったな」
 穏やかな低い声に顔を上げると、丹生田は目を伏せて、くちもとを緩めていた。
「おそらく、もう引っ越すこともあるまい。ならばこの部屋に合う家具を作ってもらうのも良くはないか」
「…………丹生田。それってつまり……」
「どういうものを置くかは、藤枝に任せる。俺は掃除を完璧にするだけだ。ショールームとして使わなくなったら、家具は買い取ろう」
 そう言って目を上げ、丹生田はフッと笑った。優しい顔で。
「ありがとう、マジでありがとう! 迷惑かけると思うけど、ンでもマジでありがとう丹生田!」



 最終テストは満場一致で合格。
 大喜びのT&Oの二人に、ココをショールームにするから部屋に合うよう家具作ってくれつったら、めちゃ張り切ってやってくれた。てか丹生田と楽な挨拶するようになるくらい何度も来て、サイズもデザインも、この部屋にぴったり合うように作ってくれたのだ。
 壁面収納と一体になったテレビボード、本棚、ダイニングテーブルと椅子、彼らとしては今まで無い試みだったんだけど、今回革張りのソファとスツールも作ったんだ。畜産が盛んな隣町には革の工房もあったんで、そこに頼んで家具の木部分と同じ、柿渋色に染めた牛の革を使った。
 そんでソファ前のローテーブルは、最終テストで作ってもらったモノだ。
 ひとめ見て、どうしても気になったあのテーブルが、より洗練されたデザインになり、確かな技術で造形されて、いまここにある。なんつうか、感慨深いよな。
 そうして部屋は再びショールームになった。
 木や革の色見本も並べ、今まで全部黒く塗装してた鉄部分も、他の色でも出来るって感じで作った小物もあり、バルコニーには屋外で使う用に鉄メインで作った椅子やテーブル、パラソルまで置いてある。
 そんで部屋の一角には、町の特産品とかパンフレットが置いてある。業務提携したおかげで、T&Oだけじゃなく町の皆さんもわざわざやってきて色々やってくれたのだ。
「こういうの、楽しいねえ」
「後で六本木ヒルズ行こうね」
「恵比寿も行きたい。ガーデンヒルズだっけ」
「あたしは浅草に行きたいねえ」
 ほぼほぼ観光気分だったけど。
 そんなお姉様方のおかげで、前のショールーム時代から丹生田が育て続けていたハーブは、ハーブガーデンぽくきれいに整い、絶対一般家庭のベランダじゃねえよなって感じになって、ショールームらしくなった。
 オープンする直前、丹生田は当然仕事で不在なので、いつもはワークショップ専従の諏訪さんも含めた営業メンバー全員とT&Oの二人が集まり、ショールームとしての体裁を整える作業をしている。
 んで、殆ど経費はかかってない。
 町議会からも一番若い議員である福井さんが来て、特産品とか置いてるアタリに待機だ。
 事前のプロモーションがうまくいって、マスコミの反応は上々。今日は取材が三本入ってるし、明日以降も来客の予定が立ってる。俺は「よし!」とか気合い入れ、パン! と手を叩く。
「みなさん! 気合い入れていきましょう!」
 イイ感じで空気がピリッとした。
 そして部屋を見渡す俺の視線は、やっぱりソファ前のローテーブルに止まる。
 あのとき自分と丹生田のようだと閃いた造形が、より完成された形で、そこに鎮座している。
 最終テストで依頼したとき、最初に言ったのはサイズと色だけ。
 しかし二人はより深くイメージを探りたいと質問をぶつけてきた。どこに置くか、どんな風に使うか、このテーブルになにを求めてるのか、真剣な目で探ってきた。そうしてこのフォルムを作り上げてくれたのだ。
「どうにでも形を変える鉄は、この形になることを決めて、硬いオークを支えることを選んだ、んです」
「オークは木目だけでも重厚で、そこにあるだけで存在感を出せるし、鉄だって単独で存在できるモンじゃないですか。けどこの鉄は、あくまでオークを支えるコトを選んだんです。だからこそ成り立ってるんだって、そういう世界観で作ってみました」
 コレを見せたとき、社長は唸るように言った。
「こりゃあ、俺には作れねえもんだな」
 社長も唸るほどの見事なできばえ。文句なしの合格だった。
 そして提携はとんとん拍子に進み、二人が作る家具のラインは『DRUIDドルイド』と名付けられた。ドルイドはケルト語で『オークの賢者』。昔のケルト人の祭司のことだ。
 ファンタジーではよく『癒やしの術を使う種族』なんて感じで出てくる。そしてドルイドはオークに寄生したヤドリギを珍重したという。
 以前俺が『照井さんの鉄の造形が、大木に絡むヤドリギみたいだ』つった言葉から、大鳥さんが決めたんだって。
「カッコいいな」
「このラインにピッタリですね」
 そんな周りの反応に安堵を覚えつつ、拓海は自分でも気づいていなかったことを知らしめられた気がしていた。いや───
『てっちゃんがオークで、鉄が俺です』
 照井さんが言った言葉に、気づかされた。
(俺、丹生田に支えてもらってたんだ)
 家のこと色々あって、ガラスハートで、でもホントにイイ奴で。そんな丹生田を俺が守らなきゃって思ってた。けどいつの間にか、こっちが支えてもらってた。
 どんなに疲れてても、ここに帰って丹生田のメシ食って、優しく笑んでる顔見て癒やされて、そんだけで復活して……だからココまでやってこれた。
 そうなんだって気づいて…………どうしたら良いか分からなくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

営業活動

むちむちボディ
BL
取引先の社長と秘密の関係になる話です。

失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった

無月陸兎
BL
ホタル祭で夜にホタルを見ながら友達に告白しようと企んでいた俺は、浮かれてムードの欠片もない山道で告白してフラれた。更には足を踏み外して崖から落ちてしまった。 そこで出会った山の主の熊さんと会い俺は熊さんの嫁になった──。 チョロくてちょっぴりおつむが弱い主人公が、ひたすら自分の旦那になった熊さん好き好きしてます。

旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ
BL
『旦那様と僕』の番外編。 基本的にぽかぽか。

処理中です...