意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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15.業務展開

198.職人と素人

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 職人たちに囲まれてムキになってる大鳥さんの方へ向かう途中、社長は少し離れて見てる梨田さんになんか耳打ちした。梨田さんはいつもの難しい顔で小さく頷いてる。

「兄ちゃん、材見せてもらったぞ」

 社長が言うと、職人達のツッコミは一斉に止まり、自然と道を空ける。
 前に出た社長が、大鳥さんの肩をポンと叩いた。

「管理しっかりしてるな」
「あ、ありがとうございます」

 ホッとしたみたいな顔で大鳥さんが答え、横から部長が微笑んで続ける。

「材も塗料も、ずいぶんイイの揃えてるみたいだけど、資金はどこから?」
「あ、それは、お袋が好きに使えって、実家の工場から……」
「じゃあこれ、どっから持って来た」

 社長が並んでる工作機械のひとつをさして聞くと

「それも実家から……もう使ってないから好きにしろって。で、自分でトラックで、何往復もして運んで」
「なるほどな」

 大鳥さんの答えに、社長はため息ついた。

「懐かしいな。昔は俺もコレ使ったよ」

 梨田さんが並んでる機械を眺めて呟いて、小さく頷いてる。

「ちょっとばかしコツいるが、使いこなせば良いんだよ。社長、うちにも欲しいですね」
「ばあか、置き場所がねえよ」

 ニヤッと言って、社長はまた大鳥さんの肩を叩く。

「でもなあ、兄ちゃんの、こりゃ遊びだな。素人にしちゃ上手いが仕事じゃねえ」
「でっ、でも俺、賞取ってデカい会社入って」
「はあ? 会社がデカけりゃ偉いのかよ?」
「そうじゃねえだろ、社長が言ってんのは」
「趣味程度の出来だって言ってんだよ。分かんねえのか」

 大鳥さんの抗弁に、職人たちが一斉攻撃だ。

「いや!」

 けど大鳥さん、逆にムッとして元気になったぽい。さっきも思ったけど、なにげにメンタルつえーな。

「じゃなくて! ちゃんと聞いて下さいよ! その前はちゃんと修行してたんです! 素人じゃないです、技術はちゃんと身について……」

 てか黙ってろって言われたけど、なにコレ、イジメ? なんてジリジリしてくる。そういうのやめろよ! とか言いたくてたまんねえ! けど黙って見てろって社長言ったし!

「修行は何年?」

 部長がニッコリくちを出すと、大鳥さんは微妙な顔で「……五年です」と答えた。
 コレたぶん、どんな顔したらイイか分かんなくなってるぽいよな。

「五年じゃあなぁ」

 梨田さんが追い打ちかけるようにせせら笑う。

「……まあいい、おまえさん、そこで覚えたモンはどこにやった?」

 社長が聞くと、大鳥さんは眉寄せて反論する。

「けど、そっちの会社にはデザイナーとして入って、だから現場にはあんま行ってなくて」
「デザイナー様が製品作れんのか?」
「作れますよ! ていうか、俺のデザイン勝手に変えられるし、描き直せってばかりで、現場入るヒマなんて……」
「デザインは変わるよ、そりゃあ」

 社でデザインもやってる薮原さんが横からくち出し、

「強度の問題じゃねえのか」

 梨田さんが続ける。

「そうそう、強度や耐久性出せないってなったら、このデザイン変えろって話になるよ」

 薮原さんの声が続いて、社長もうんうん頷いた。

「兄ちゃん、少なくともうちの家具は、耐久や強度も考えて百年使ってもらえるように作る。長く使えるからこそ、高いカネ出して買ってもらえるってモンだろ」

 梨田さんが難しい顔で続ける。

「だからよぉ、出されたデザインで強度出せないとなりゃ、デザイン変えるか材変えるか構造変えるか、デザイナーと相談して、とにかくなんとかするわな」
「……デザイン変えるのは相談ナシだったのか?」

 薮原さんが聞く。大鳥さんはどんどん追い詰められた顔になってく。

「そっ、それはありましたけど、頭ごなしにダメだ描き直せって」
「そりゃあ、いきなり新米のデザイン丸呑みするかよ」

 梨田さんが呆れたような声で言うと、社長は大鳥さんに、じいっと睨むみたいな目を向けた。

「デザイナーってのは、現場とそういうやりとりして物事覚えてくんじゃねえのかい? ただこの通り作れ、なんてのは、超有名人が絶対売れるって根拠持って言うことだよ。まあな、どんな有名人だろうが、そんな話、うちはお断りだがね」

 汗滲ませた大鳥さんが、またなんか言おうとしてくち開くと、微笑んだままの部長が言った。

「つまり、思う通りに作りたいから独立したってコトかな?」
「しかも材も機械も親がかり」

 社長が、はあっとため息吐きながら言い、大鳥さんは開きかけたくちを閉じ、声も無く唇噛んだ。
 超悔しそう。てことはアタリか~、そっか~、そういうワガママ系なひとなのかあ~とか思いつつ、なんとなく流れが見えてきたんで、落ち着いて様子見ることにした。

「そりゃ仕事じゃねえ、そういうのはな、ボンボンの遊びつうんだよ」

 社長が言った。デカい声でも怖い顔でも無いけど、興味失ったって感じ。
 コレって大鳥さん的にかなりキツいんじゃない?

 社長は元々迫力とか出すひとじゃ無いし、そんな頑固ってわけでも無いんだけど、社長の職人としての拘りはすごい。だから大鳥さんがちょっとカンに障ったんかもしんない。
 けどこの状況でも、大鳥さんは

「でもっ」

 やっぱり反論しようとする。やっぱメンタル強いわこの人。

「遊びたいんなら好きにやりゃイイ」

 なのに社長はプイッと背中向け、大鳥さんの声は空しく途絶えた。

「藤枝、俺は降りたぞ」

 工房の出口にスタスタ歩いてっちゃった社長のあとを、周りにいた職人達がついて行っちまい、あ~、これダメなパターンか~、とかちょい思って焦る。
 どうしよ、ココで決裂しちゃったら、あのテーブルの製品化は……

「まあねえ」

 部長が声をかける。
 唇噛んで見送ってた大鳥さんは、社長から、部長の微笑みへ目を移した。

「あの人も色々言ってたけどねえ、逆に言えば、そういう部分変えていけば、なんとかなるかも知れないでしょ」
「……それは、どういう?」

 藁にも縋るような顔で大鳥さんが聞くと、部長は微笑んで肩をポンポンと叩いた。

「どう、ちょっと修行してみる気はない? 鉄と木使ってるトコ、紹介してあげるよ」
「……俺が、ですか」
「あっちのヒゲのひとと一緒にだよ。組んでやるっていうことだからね」
「いや、組んでって、別にそういうわけじゃ……あいつ、勝手に来てるだけで」

 またちょい勢い取り戻して大鳥さんは言った。
 けど、わりといつも微笑んでる部長は、実のところかなり手強い人なんだよ。悪いけど大鳥さんじゃ相手にならないだろうな。俺もだけど。

「でもね、うちがあなたの所に来たのは、このテーブルがイケるって藤枝が言ったからなんだよね。それで僕たちも見に来たんだよ? だからあなた一人でやるなら取引の話はナシになる」
「でもあいつ、木のことなんてゼンゼン知らなくて」
「じゃあ兄ちゃんが教えてやれば良いじゃねえか。そんで兄ちゃんも鉄のこと教えてもらえ。組んでやるってぇのは、そういうコトだよ、なあ兄ちゃん」
「え……と」

 梨田さんが背中とかポンポン叩きながら言い、大鳥さんが口ごもる。
 社長が出てったのって、こういうコトだったのかぁ、と分かった俺もニカッと笑いかけた。

「手助けできることあれば、力になりますよ。町の皆さんに期待されてますしね、大鳥さんは」

 すると大鳥さんは、眉を寄せて目を伏せながら呟くように言った。

「ちょっと、考えさせて下さい」

 すると部長は微笑んだまま

「はい、どうぞ」

 と言い、梨田さんは、また背中を叩く。
 大鳥さんは、頭に巻いてたバンダナをむしるみたいに取り、材を乾燥させるスペースに向かって歩いてった。

 その背中は肩がすっかり落ちていて、照井さんがなにげなく追いかけてった。
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