意地っ張りの片想い

紅と碧湖

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14.三年後

189.三日酔い

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「この度は大変、申し訳ありませんでした!」
 頭下げ大声張り上げながら、内ポケットから封筒出して、両手で差し出す。
「些少ではありますが、これをお使い下さい! ご迷惑をおかけした穴埋めにもならないとは思いますが、よろしければ、是非!」
「……これはなんだい、藤枝さん」
「私の落ち度で、こちらの工房に損害を被らせてしまいました! ご迷惑をおかけしましたので! 気持ち程度ですが是非!」
 封筒が手の中から抜き取られ、頭を下げたまま手を下ろした。
 人件費や材料費、作業にかかった経費の様々。
 起きてから試算して、おそらく百八十万から二百万くらいの損害が出ると見た。作業は半分までしか進んでなかったらしいけど、ドコまで進んでたとか分かんないし満額で計算した。
 でも封筒の中身は百三十万くらいしか無い。うち百万くらいは丹生田の貯金だ。情けねえ。
 会社の天引き貯金あるけど今日は休日だし、そもそもすぐに引き出せるわけじゃ無いんで、後で引き出して丹生田に返す。足りなかったら月々返していくつもり。
 ため息が聞こえ、「やれやれ」と渋い声が続く。
「……藤枝さん、これはアンタのポケットマネーだろ」
「……そうです」
「バカじゃ無いのかねあんた。こんなことしてたら仕事にならないだろうに」
 呆れたような声が聞こえた。けどココが無くなったら、俺は絶対後悔する。
「私は、六田さんの仕事が好きなんです。この工房を無くしたくないと、……僭越ながら、考えました」
「……本当にバカにしてくれるねえ」
 声に続いて、フフッと笑う声が聞こえ、え、と顔を上げると、六田社長は苦笑いしてた。
「まあ、あんたには言いたいことが無いわけじゃあないが、こんなバカげた誠意見せられちゃあ……おおい、みんなちょっと手を止めて出てこい!」
 工房から響いていた作業音が止まる中、社長は封筒を俺の胸元に押し付ける。
「こんなのは要らないよ。いくらうちだってコレくらいで潰れるもんかね」
「……あ。はい。そうなんですか」
 ほけっと声を返しつつ封筒を受け取ると、職人さん達がゾロゾロ出てきた。
「なんですか」
「休憩ですか」
 くちぐちに言ってくる職人さん達に、社長は「いやあ、なんだか知らねえがな」ニカッと笑顔を向け、大声で言い放った。
「藤枝さんが驕ってくれるそうだ! おまえら、なんでも好きに食って飲んで良いらしいから、すぐに着がえてこい!」
「はあ?」
 思わず声を上げると、社長は愉快そうに笑い、職人さん達も「へえ~」「ほお」なんてくちぐちに言いながらニヤニヤしてる。
 すると肩に力強い手が乗って、揉むようにした。
「やはり肉が良いだろうか」
 俺は工房の方を向いてて、なんかちょい泣きそうで、顔なんて見られなかったけど、丹生田の低い声は、なんだか嬉しそうだった。

  *

 一日おいた月曜、出社した俺は
「う~……」
 PC起動しながら、デスクに這いつくばるみてーに唸ってた。
 出がけにシャワーは浴びたけど、ゼンゼンスッキリしない。三日酔いだ……初体験だよ。
 佐藤譲が隣からこそっと声をかけてくる。
「……どうしたんですか、藤枝さん。一昨日元気そうだったのに」
「ん~、や、だいじょぶ。てかだいじょぶじゃねーけど」
「風邪ですか」
「いや病気とかじゃねーから」
 一昨日、百三十万持って突撃した六田工房で、いきなり宴会に巻き込まれちまった。
 てか土曜日も仕事してる、休み返上してるんだ、忙しくさせてゴメンナサイとか思って謝ったら
「なにいってんだい、藤枝さん。土曜日は休みじゃないだろ」
 つう驚きの結果で、むしろうちの注文無くなったからちょいヒマだったという。
 そんで、丹生田オススメの体育会系御用達、激安焼き肉店にて、みんなマジで好き放題飲み食いした。そっから三次会まで流れ、最終的にうちに着いたの二十六時だった、らしい。
 んで、全部俺のおごり。ビックリするくらいカネかかったけど、百三十万に比べれば激安だ。丹生田のカネも使わずに済んだし、なんかテンション上がって、肉食いまくって騒いじまった。
 ただ酒は既に前日飲み過ぎてたんで、ご遠慮したくて『車なんで、済みません』つって断ったんだよ。なのに
『大下に車運ばせるよ』
『うん、俺下戸だから任して』
 なんて大下さんはニコニコ言うし、てか大下さんめちゃ食ってたし。で、断り切れずグラスになみなみ酒次がれて、コレどーしよ、なんて半笑いしてたら、丹生田がグラス奪って一気に飲み干したんだ。
『おお、でっかい兄ちゃんやるな!』
 けどやっぱり俺のグラスにはなみなみ注がれ、丹生田がすかさず飲み干すつうエンドレスな状態になって、丹生田が飲んでる最中に注がれて『ホレ飲め』とか、よってたかって言われて飲むしか無くて。
 そんで酔っ払っちまって眠くなって、途中から丹生田にもたれてニヤニヤしたまんま寝てたらしい。ちょい起きたら、また『呑め~』つうノリで、結果ハンパなく呑んじまった。今まで生きてて一番いっぱい呑んだよな。
 最後までツラッと飲み続けてた丹生田は、職人さん達に絶賛されたらしい。
 なんてことは日曜、昼過ぎに起きてから、丹生田がメシ食ってるときに教えてくれて、なにげに自慢げだった。
 ともかく、二日連続で酒いっぱい飲んだし、昨日なんて歯磨いてるだけで肉だの酒だのが胃から出てきそうになったりして、一日廃人状態だったけど、まだ復調してない。
 んで今日は会社来たけど、まだスッキリしてるわけじゃ無かったりする。なんで珍しくミネラルウォーター買ってくちを湿してるわけ。
「それより、おまえ昨日なんであそこに行った?」
 へろへろ声で聞くと「ああ~、なんか分かんないんですけど」佐藤譲は微妙な顔をした。
「うちのおじさん、ちょっと変わってて……なんか、企画書が見たいとか言い出して」
「企画書って、俺が出したやつ?」
「はい、それで俺に連れてけって。社長とコンペの話とかしてて……なんか専門用語連発で、なに言ってるかちょっと分からない感じで」
 専門用語? ちょい引っかかって「……おじさんってどこ業界の人?」と聞いたが、佐藤譲は少し首を捻る。
「いや、なにやってるか知らないんですよね」
「はあ? おじさんだろ」
「住んでるの旭川だし、海外あちこち行くみたいだし、二年に一回くらいしか会わないんで、ちょっと」
「旭川。……北海道だよな。家具とかわりと有名」
「ああ、なんか木工団地とかあるんですよ。叔父に連れてってもらったことあります」
「ふうん。……いいな、面白そうじゃん。行ってみたいな」
 なんてコソコソしゃべってたら「そこ! 業務始まってるぞ」主任に言われちゃったんで、ツラッと仕事に入る。ヘロヘロだけど、ちゃんとやるぜ。
 なんにせよ、六田社長が自デザインの家具をコンペに出してくれる気になったら、きっとイイことになりそうな予感がして微笑んだ直後、あれこれ喉まで上がってきた気がして「うぷっ」くちを押さえ、ミネラルウォーターをくちに含むのだった。
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