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15.業務展開
196.めっちゃ幸せ
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佐藤さんの所に戻って報告したら、温和な笑みで聞かれた。
「で、きみの感触は?」
「ちょっと、……考えてみたいんで、時間もらえますか」
少し迷ってからそう言うと、佐藤さんは、眉ひとつ動かさずに小さく頷く。
「もちろんいいとも」
そう聞いて「どうもっす」ニカッと笑うと、佐藤さんも目を細め、優しそうな笑みが深まった。
「急ぐ話ではないしね」
───言われたことを素直に信じ込む。すぐ顔に出ちまう。
それが藤枝拓海だった。
つまり、とりあえず笑っておくとか、そういうのはあんま得意じゃ無かった。
けど今は、とりあえず営業用に笑って
「ありがとうございます」
つっとく、くらいのことはできる。
橋田や姉崎や仙波とかに鍛えられ、部長や会長やったりして、おのずと育ってたんかもな。そんで前の会社で色々あったんで必要に迫られて、しっかり身についちまったっぽい。
不本意っちゃ不本意だけど、なにげに役立ってるンだと思う。
たとえば、いつもこんな風に優しそうな佐藤さんだけど、なに考えてるか分からないから用心しないといけない、とか、そういうことを考えるようになってる。
佐藤さんは非常勤専務で、会社のことも分かってる立場だけど、厳密に言うと社外のひとだし、もしかしたら企業秘密になるかも知れないことを全部言うわけに行かないよな、とか。
ここまで来る車の中で、俺はそう考えた。
なぜなら佐藤さんが直接大鳥さんに出資するって流れになったら、六田家具とは関係ない話になっちまうからだ。
───あのテーブル。
あれを製品化するなら、絶対に自分の手でやりたい。
◆ ◇ ◆
「お帰り」
部屋に帰ると、丹生田がメシ作って待ってた。
「おっ、今日は煮魚か~!」
「アジの南蛮漬けだ。安かったからな」
「お~、うまそう~! いただきまーす」
「まずスーツを脱いでこい」
「はあい」
寝室に入り、脱いだスーツをハンガーに掛けてたら、リビングから声がかかる。
「ワイシャツのアイロンかけてくれ。失敗した」
「おっけ、やっとく。つか洗濯もしてくれたんだ? サンキュ!」
Tシャツ半パンになってリビングに戻りつつ言うと
「藤枝は忙しそうだからな。当然だ」
丹生田はテーブルにみそ汁を置きながら低い声を返した。
座ってメシ食いながら、昨日と今日の話をした。ここんとこイイこともヤなことも、全部しゃべっちまうようになってる。
「んで会社に寄って、社長に話してみたんだ。したら部長も来てさ、一回みんなで見に行こうってことになって」
「そうか」
いつもこうやってメシ食いながら色々話す。
今日誰と会ったか、なにをやったか、仕事のこととかも。まあ、佐藤さんの云々は、さすがに言わねえ、いや言えねえけど。
「うん、もしかしたら仕事広がるかも。なんか気になるんだよ、あのテーブルが」
「……そうか」
箸止めてそう言った丹生田は、少し目を細めててくちもとも緩んでる。
「そのテーブルは、どんなものだ」
でもなんで気になるか、なんてのは言えねえ。丹生田と自分みたいなもの、成立させてみたいなんて言えるわけねえから
「ん~、なんてぇかな~」
とかって誤魔化す。
「ちっちゃいテーブルでさ、いかにも急ごしらえって感じ満載で……垢抜けないっちゃ垢抜けない、でもなんか違うんだ。今まで見たモノとは、なんかさ」
「そうか」
「うん」
ヘヘッと笑いながらアジに頭からかぶりつく。ピリッと辛いタレが染みててうまいんだコレが。
「藤枝は凄いな」
「えっ、なにが」
「前からそうだったが、俺には分からないものが藤枝には分かるんだな」
声に目を上げると、少し笑った丹生田の顔が、すっげ優しかった。ちょいドキッとして
「なに言ってんだよ。おまえにだってあんだろ、そんくらい」
言うと、丹生田の目が少し細まって、もっと優しい顔になる。
「いや、俺など。……しかし、藤枝が良いと思うものは、きっと良いものなんだろうな」
「な~んだよ、それ」
ハハッと笑うと、丹生田はハッとした一瞬後、メシに集中しだした。やっぱ可愛いよなあ、とか思い、ククッと笑って
「まあだから」
誤魔化すみたいに声を張る。
「これからちょいちょい北海道に行くかも」
「そうなのか」
「うん、まあ社長とかがどう見るかによるけど、もし反応悪くても俺一人でやるつもり。そうなったら佐藤さんも頼れるだろうし」
そう言ったら、丹生田は箸をおろし、みそ汁をズズッとすする。
「佐藤さんは、藤枝を高く評価しているからな」
汁椀に隠れた顔から、低い声が聞こえてきた。
「つうか俺、腰軽いし、使いやすいだけじゃねえの?」
「そうだろうか」
「そうだよ。まあ楽しいけどな、あちこち飛ぶのも」
「……藤枝は、もっと忙しくなるんだな」
「うん、元々やってた業務の他に抱えることになるかもだしな~」
「しかし、楽しそうだ」
「……そうか?」
「ああ」
低い呟くような声の後、チラッと目を上げた丹生田は、一瞬目を細めて浅漬けと飯をボリボリ食う。
「んでおまえは? 会社とかどうよ」
「相変わらずだ」
やっぱり最低限しかしゃべらないし、コンプライアンスがなんだかんだって仕事のことは言わないけど、それ以外なら聞けば答えてくれる。わしわし食いながら。
「そういや、またメシ誘ってきた?」
「……なんのことだ」
「だから、柘植さん、……だっけ」
「ああ」
丹生田は頷いてメシかっ込んでる。
会社の後輩、柘植って女の子は、野球行こうだのキャンプ行こうだのってちょくちょく丹生田を誘ってる。ソコまで積極的じゃない感じで他の女性社員からもメシとか色々誘われてるっぽいけど、丹生田は頑なに道場と家と会社の往復のみしてて、一個も誘いに乗ってない。
さすがに上司とか青原さんって先輩には逆らわずついてってるけど……
「外食はもったいない」
つまりこういう理由で。
なぜ青原さんについて行くかというと、驕ってくれるからなんだって。
「そっか。あ~……。じゃあ横浜スタジアムには行くン?」
「なぜだ」
「だってこないだチケット余ってるって言われたって。つーことはタダなんだろ?」
「野球は分からん」
「んじゃ……行かねえの?」
「なぜ行かねばならない」
「いや、行かねばとかじゃなくて」
もやっと湧き上がったモノをヘラッと笑って誤魔化し、言った。
「てか女の子に誘われてんだから。……あんま断ってんのもマズイんじゃね?」
けど、腹ン中にはモヤモヤが溜まる。
あ~、くそっ! なんで俺がこういうコト言わなきゃなんだよ?
そうだよ、いつかそういう日が来たら笑ってやるって、ちゃんと祝ってやるって、そう思ってるよ。だから勝手に女作れよ。そんで好きに出て行け。
そしたらちゃんと『良かったな』つって送り出してやるっつの。
「……藤枝も、そうなのか」
「ん? 俺?」
「そうだ。女性に誘われたら行くのか」
「ああ~、そりゃ……」
「……そうなのか」
言いながら丹生田は茶碗を置いた。
「ごちそうさま」
「え? メシおかわりしてねえよ?」
「いい」
そのまんま、食器下げてドア開け、廊下へ出て行く。なんだ、どうした。箸置いて追いかける。
丹生田は風呂にいた。浴槽に落ちてる湯を、じっと見下ろしてる。
「おい、どした」
「……用意が出来たら呼ぶ」
「いいよ、俺自分で」
「藤枝は出張帰りだ。疲れているだろう」
「ンな疲れてねえって。つか、どしたよ」
「………………」
なんも言わずに、はあっと溜息を吐いた丹生田は、目を浴槽に落としたまま片腕だけ伸ばして、俺の二の腕を掴んだ。
「藤枝」
低く呼ばれ、ニッと見上げて「なんだよ」聞くと、こっち見ないでひとつまばたきし、手を放す。
「………………いや」
また溜息を吐いて、丹生田は洗面脱衣室から出て行った。
それを見送って、俺も溜息を吐く。
ここんトコ、こういうことが良くある。なんか言いそうなんだけど、なんも言わないで行っちゃうってコトが。元々丹生田はそういうトコあったけど、最近はわりとなんでも話してくれるようになったのに。
もしかして───結婚とか、するつもりなんかな
そうじゃなくても彼女できたら、どんなとこに住んでるって話になったり、ここに連れてきたり……いや、やっぱそこは隠すだろ丹生田だって。色々気まずくなるかもだし。
だって男二人同居でベッド一台ってマズイだろし、まあエッチはしてるわけだから……、うん、ココには呼べないよな。
つまり同居は続けられないだろう。だからココ出てくって、そう言おうとして言いにくくて……そゆことなんかな、とか。
思っちゃいるけど「出てくんだろ」なんて、自分で聞くなんて無理だし。
てか言えねえよ、言えねえっての。無理無理、無理! いくらなんでも無理!
……言いたくねえよそりゃ。
だってやっぱ、ずっと丹生田のそばにいてーもん。
分かってる。頭では分かってんだ。丹生田の人生の邪魔しちゃダメだって、ちゃんと分かってンだ。
けどでも離れたくなんてねーもん。
大丈夫なんだったら、このまんま一緒に暮らしてたい。
今の仕事になって、やりがいあるし楽しいんだけど、前より忙しくなったし責任デカい。
てか俺なんかにンなたいそうな仕事任せんじゃねえよっ! とか逆ギレ気味に会社で喚いてっけど!
「期待してねえから、頼んだよ」
とか
「当たって砕けてこい!」
とか
「うるさいし邪魔だから早く行って下さい」
とか、邪険にされてっけど!
でも営業部って、実は現状維持で会社動かすので目一杯なんだ。
部長は対外的な折衝とかカネのこととか一手にやってて、できる男、諏訪さんはワークショップ専従で営業みんなのタイムテーブル作って顧客情報纏めたり、ネット管理もメインは諏訪さんがやってる。
んで、一応主任の俺と部下四人で回してる状態で。
店舗回りやネット管理は今、手ぇ抜いちゃダメなとこで、みんなそれ分かってて頑張ってるから、かなりハードワークになってんだ。もちろん俺も一緒にやってるけど、それぞれ担当してる案件で目一杯。
じゃあそれ以外の案件どうするったら、部長は身動き取れなくて諏訪さんも動けねえし、一応主任の俺が動くしかねえ。
しばらく、ある程度軌道に乗るまではきついって事前に言われてたし、ソレ分かっててこの会社入ったんだ。むしろ『やらせて下さい』ぐらい言った。
だってやってみたかったから。
だから不満とかじゃ無いんだ。分かってやってんだから。
でもキツいコトはいっぱいある。
動いても走り回っても期待する結果が出ない、でも動かねえと、自分がなんとかしねえと、なんて追い詰められた気分になったりすること、わりとしょっちゅうある。
けど丹生田に愚痴ってるから、丹生田が優しい顔で聞いてくれるから、次の日なんとかなってんだ。
愚痴るだけじゃねえ、なんでもねえ話もいっぱいする。
六田家具来てから忙しくてキャンプ行ってねえけど、ツレんとこ一緒に行ったり、丹生田のメシ食って洗濯モン干したり掃除したり、アイロン掛けたシャツ丹生田に渡して、そんな、なんでもねえこといっぱいあって。
そんで丹生田の剣道見て癒やされて、…………エッチもして。
エッチは気持ちイイし、もちろん好きなんだけどさ。そんだけじゃねえんだ。
余韻つかボーッとしながら、めちゃ優しい丹生田の指感じて、キスしたり、抱きしめたり抱きしめられたり、そんな触れ合ってる感じ、めちゃ安心する。
そんでそのまんま、いつの間にか寝ちまったりして。
次の朝、『メシ食うか』とか起こしてくれる丹生田の声聞いて目ぇ覚める、そんな日曜の朝が大好きだ。
二人でゆったりメシ食って、コーヒー入れたりキスしたり、そんで一緒に出かけて買い物したり映画見たり、そのまんま道場行って、『丹生田せんせえー』とかって子供達に囲まれてる丹生田見て……
楽しいんだ。
今、めっちゃ楽しいんだ。
しんどいことあっても帰ってメシ食って風呂入ったら復活するんだ。
いやだ、いやだよ。
この生活の終わり、自分で決めるなんて無理、無理無理無理……
―――でも。
丹生田の邪魔はしない。
丹生田が幸せになれるように、それだけ、考えねえと……ダメだ。
───ダメだよ……。
決めてんだろ? 頑張れよ、俺。
「で、きみの感触は?」
「ちょっと、……考えてみたいんで、時間もらえますか」
少し迷ってからそう言うと、佐藤さんは、眉ひとつ動かさずに小さく頷く。
「もちろんいいとも」
そう聞いて「どうもっす」ニカッと笑うと、佐藤さんも目を細め、優しそうな笑みが深まった。
「急ぐ話ではないしね」
───言われたことを素直に信じ込む。すぐ顔に出ちまう。
それが藤枝拓海だった。
つまり、とりあえず笑っておくとか、そういうのはあんま得意じゃ無かった。
けど今は、とりあえず営業用に笑って
「ありがとうございます」
つっとく、くらいのことはできる。
橋田や姉崎や仙波とかに鍛えられ、部長や会長やったりして、おのずと育ってたんかもな。そんで前の会社で色々あったんで必要に迫られて、しっかり身についちまったっぽい。
不本意っちゃ不本意だけど、なにげに役立ってるンだと思う。
たとえば、いつもこんな風に優しそうな佐藤さんだけど、なに考えてるか分からないから用心しないといけない、とか、そういうことを考えるようになってる。
佐藤さんは非常勤専務で、会社のことも分かってる立場だけど、厳密に言うと社外のひとだし、もしかしたら企業秘密になるかも知れないことを全部言うわけに行かないよな、とか。
ここまで来る車の中で、俺はそう考えた。
なぜなら佐藤さんが直接大鳥さんに出資するって流れになったら、六田家具とは関係ない話になっちまうからだ。
───あのテーブル。
あれを製品化するなら、絶対に自分の手でやりたい。
◆ ◇ ◆
「お帰り」
部屋に帰ると、丹生田がメシ作って待ってた。
「おっ、今日は煮魚か~!」
「アジの南蛮漬けだ。安かったからな」
「お~、うまそう~! いただきまーす」
「まずスーツを脱いでこい」
「はあい」
寝室に入り、脱いだスーツをハンガーに掛けてたら、リビングから声がかかる。
「ワイシャツのアイロンかけてくれ。失敗した」
「おっけ、やっとく。つか洗濯もしてくれたんだ? サンキュ!」
Tシャツ半パンになってリビングに戻りつつ言うと
「藤枝は忙しそうだからな。当然だ」
丹生田はテーブルにみそ汁を置きながら低い声を返した。
座ってメシ食いながら、昨日と今日の話をした。ここんとこイイこともヤなことも、全部しゃべっちまうようになってる。
「んで会社に寄って、社長に話してみたんだ。したら部長も来てさ、一回みんなで見に行こうってことになって」
「そうか」
いつもこうやってメシ食いながら色々話す。
今日誰と会ったか、なにをやったか、仕事のこととかも。まあ、佐藤さんの云々は、さすがに言わねえ、いや言えねえけど。
「うん、もしかしたら仕事広がるかも。なんか気になるんだよ、あのテーブルが」
「……そうか」
箸止めてそう言った丹生田は、少し目を細めててくちもとも緩んでる。
「そのテーブルは、どんなものだ」
でもなんで気になるか、なんてのは言えねえ。丹生田と自分みたいなもの、成立させてみたいなんて言えるわけねえから
「ん~、なんてぇかな~」
とかって誤魔化す。
「ちっちゃいテーブルでさ、いかにも急ごしらえって感じ満載で……垢抜けないっちゃ垢抜けない、でもなんか違うんだ。今まで見たモノとは、なんかさ」
「そうか」
「うん」
ヘヘッと笑いながらアジに頭からかぶりつく。ピリッと辛いタレが染みててうまいんだコレが。
「藤枝は凄いな」
「えっ、なにが」
「前からそうだったが、俺には分からないものが藤枝には分かるんだな」
声に目を上げると、少し笑った丹生田の顔が、すっげ優しかった。ちょいドキッとして
「なに言ってんだよ。おまえにだってあんだろ、そんくらい」
言うと、丹生田の目が少し細まって、もっと優しい顔になる。
「いや、俺など。……しかし、藤枝が良いと思うものは、きっと良いものなんだろうな」
「な~んだよ、それ」
ハハッと笑うと、丹生田はハッとした一瞬後、メシに集中しだした。やっぱ可愛いよなあ、とか思い、ククッと笑って
「まあだから」
誤魔化すみたいに声を張る。
「これからちょいちょい北海道に行くかも」
「そうなのか」
「うん、まあ社長とかがどう見るかによるけど、もし反応悪くても俺一人でやるつもり。そうなったら佐藤さんも頼れるだろうし」
そう言ったら、丹生田は箸をおろし、みそ汁をズズッとすする。
「佐藤さんは、藤枝を高く評価しているからな」
汁椀に隠れた顔から、低い声が聞こえてきた。
「つうか俺、腰軽いし、使いやすいだけじゃねえの?」
「そうだろうか」
「そうだよ。まあ楽しいけどな、あちこち飛ぶのも」
「……藤枝は、もっと忙しくなるんだな」
「うん、元々やってた業務の他に抱えることになるかもだしな~」
「しかし、楽しそうだ」
「……そうか?」
「ああ」
低い呟くような声の後、チラッと目を上げた丹生田は、一瞬目を細めて浅漬けと飯をボリボリ食う。
「んでおまえは? 会社とかどうよ」
「相変わらずだ」
やっぱり最低限しかしゃべらないし、コンプライアンスがなんだかんだって仕事のことは言わないけど、それ以外なら聞けば答えてくれる。わしわし食いながら。
「そういや、またメシ誘ってきた?」
「……なんのことだ」
「だから、柘植さん、……だっけ」
「ああ」
丹生田は頷いてメシかっ込んでる。
会社の後輩、柘植って女の子は、野球行こうだのキャンプ行こうだのってちょくちょく丹生田を誘ってる。ソコまで積極的じゃない感じで他の女性社員からもメシとか色々誘われてるっぽいけど、丹生田は頑なに道場と家と会社の往復のみしてて、一個も誘いに乗ってない。
さすがに上司とか青原さんって先輩には逆らわずついてってるけど……
「外食はもったいない」
つまりこういう理由で。
なぜ青原さんについて行くかというと、驕ってくれるからなんだって。
「そっか。あ~……。じゃあ横浜スタジアムには行くン?」
「なぜだ」
「だってこないだチケット余ってるって言われたって。つーことはタダなんだろ?」
「野球は分からん」
「んじゃ……行かねえの?」
「なぜ行かねばならない」
「いや、行かねばとかじゃなくて」
もやっと湧き上がったモノをヘラッと笑って誤魔化し、言った。
「てか女の子に誘われてんだから。……あんま断ってんのもマズイんじゃね?」
けど、腹ン中にはモヤモヤが溜まる。
あ~、くそっ! なんで俺がこういうコト言わなきゃなんだよ?
そうだよ、いつかそういう日が来たら笑ってやるって、ちゃんと祝ってやるって、そう思ってるよ。だから勝手に女作れよ。そんで好きに出て行け。
そしたらちゃんと『良かったな』つって送り出してやるっつの。
「……藤枝も、そうなのか」
「ん? 俺?」
「そうだ。女性に誘われたら行くのか」
「ああ~、そりゃ……」
「……そうなのか」
言いながら丹生田は茶碗を置いた。
「ごちそうさま」
「え? メシおかわりしてねえよ?」
「いい」
そのまんま、食器下げてドア開け、廊下へ出て行く。なんだ、どうした。箸置いて追いかける。
丹生田は風呂にいた。浴槽に落ちてる湯を、じっと見下ろしてる。
「おい、どした」
「……用意が出来たら呼ぶ」
「いいよ、俺自分で」
「藤枝は出張帰りだ。疲れているだろう」
「ンな疲れてねえって。つか、どしたよ」
「………………」
なんも言わずに、はあっと溜息を吐いた丹生田は、目を浴槽に落としたまま片腕だけ伸ばして、俺の二の腕を掴んだ。
「藤枝」
低く呼ばれ、ニッと見上げて「なんだよ」聞くと、こっち見ないでひとつまばたきし、手を放す。
「………………いや」
また溜息を吐いて、丹生田は洗面脱衣室から出て行った。
それを見送って、俺も溜息を吐く。
ここんトコ、こういうことが良くある。なんか言いそうなんだけど、なんも言わないで行っちゃうってコトが。元々丹生田はそういうトコあったけど、最近はわりとなんでも話してくれるようになったのに。
もしかして───結婚とか、するつもりなんかな
そうじゃなくても彼女できたら、どんなとこに住んでるって話になったり、ここに連れてきたり……いや、やっぱそこは隠すだろ丹生田だって。色々気まずくなるかもだし。
だって男二人同居でベッド一台ってマズイだろし、まあエッチはしてるわけだから……、うん、ココには呼べないよな。
つまり同居は続けられないだろう。だからココ出てくって、そう言おうとして言いにくくて……そゆことなんかな、とか。
思っちゃいるけど「出てくんだろ」なんて、自分で聞くなんて無理だし。
てか言えねえよ、言えねえっての。無理無理、無理! いくらなんでも無理!
……言いたくねえよそりゃ。
だってやっぱ、ずっと丹生田のそばにいてーもん。
分かってる。頭では分かってんだ。丹生田の人生の邪魔しちゃダメだって、ちゃんと分かってンだ。
けどでも離れたくなんてねーもん。
大丈夫なんだったら、このまんま一緒に暮らしてたい。
今の仕事になって、やりがいあるし楽しいんだけど、前より忙しくなったし責任デカい。
てか俺なんかにンなたいそうな仕事任せんじゃねえよっ! とか逆ギレ気味に会社で喚いてっけど!
「期待してねえから、頼んだよ」
とか
「当たって砕けてこい!」
とか
「うるさいし邪魔だから早く行って下さい」
とか、邪険にされてっけど!
でも営業部って、実は現状維持で会社動かすので目一杯なんだ。
部長は対外的な折衝とかカネのこととか一手にやってて、できる男、諏訪さんはワークショップ専従で営業みんなのタイムテーブル作って顧客情報纏めたり、ネット管理もメインは諏訪さんがやってる。
んで、一応主任の俺と部下四人で回してる状態で。
店舗回りやネット管理は今、手ぇ抜いちゃダメなとこで、みんなそれ分かってて頑張ってるから、かなりハードワークになってんだ。もちろん俺も一緒にやってるけど、それぞれ担当してる案件で目一杯。
じゃあそれ以外の案件どうするったら、部長は身動き取れなくて諏訪さんも動けねえし、一応主任の俺が動くしかねえ。
しばらく、ある程度軌道に乗るまではきついって事前に言われてたし、ソレ分かっててこの会社入ったんだ。むしろ『やらせて下さい』ぐらい言った。
だってやってみたかったから。
だから不満とかじゃ無いんだ。分かってやってんだから。
でもキツいコトはいっぱいある。
動いても走り回っても期待する結果が出ない、でも動かねえと、自分がなんとかしねえと、なんて追い詰められた気分になったりすること、わりとしょっちゅうある。
けど丹生田に愚痴ってるから、丹生田が優しい顔で聞いてくれるから、次の日なんとかなってんだ。
愚痴るだけじゃねえ、なんでもねえ話もいっぱいする。
六田家具来てから忙しくてキャンプ行ってねえけど、ツレんとこ一緒に行ったり、丹生田のメシ食って洗濯モン干したり掃除したり、アイロン掛けたシャツ丹生田に渡して、そんな、なんでもねえこといっぱいあって。
そんで丹生田の剣道見て癒やされて、…………エッチもして。
エッチは気持ちイイし、もちろん好きなんだけどさ。そんだけじゃねえんだ。
余韻つかボーッとしながら、めちゃ優しい丹生田の指感じて、キスしたり、抱きしめたり抱きしめられたり、そんな触れ合ってる感じ、めちゃ安心する。
そんでそのまんま、いつの間にか寝ちまったりして。
次の朝、『メシ食うか』とか起こしてくれる丹生田の声聞いて目ぇ覚める、そんな日曜の朝が大好きだ。
二人でゆったりメシ食って、コーヒー入れたりキスしたり、そんで一緒に出かけて買い物したり映画見たり、そのまんま道場行って、『丹生田せんせえー』とかって子供達に囲まれてる丹生田見て……
楽しいんだ。
今、めっちゃ楽しいんだ。
しんどいことあっても帰ってメシ食って風呂入ったら復活するんだ。
いやだ、いやだよ。
この生活の終わり、自分で決めるなんて無理、無理無理無理……
―――でも。
丹生田の邪魔はしない。
丹生田が幸せになれるように、それだけ、考えねえと……ダメだ。
───ダメだよ……。
決めてんだろ? 頑張れよ、俺。
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